5mの恋

宵埜白猫

5mの恋

カチャリ、と玄関の鍵が開く音がする。

2DKのこの部屋は玄関を入ってまっすぐ歩けば、まず数歩で私のいるキッチンまでたどり着く。

私はここに、彼と二人で住んでいる。


「ただいま」


聞こえてきたのは君の、少しくたびれたような声。


「お帰り」


私はあえて料理の手を止めず、彼に背を向けたまま声を返す。

靴を脱いだ彼が、こちらに向かって歩き出す。


「今日も美味しそうな匂いがしますね」

「今日はひき肉が安かったから、君の好きなハンバーグにしたんだ。もうすぐ食べれるよ」


一歩、彼の踏み出す音がフライパンで焼けるハンバーグの音よりも大きく聞こえる。


「覚えててくれたんですね」


また一歩、嬉しそうに彼が笑う声がする。


「当たり前だよ。初めて作ったあの日、あんなに美味しそうに食べられたらね」


私もくすりと笑う。


「だってほんとに美味しかったんですよ」


一歩、足音がするのとほぼ同時に耳元で彼はささやいた。


「先輩の料理、僕は昔から大好きですよ」

「なっ!」


彼の不意打ちに、思わず顔が赤くなる。


「昔は先輩なんて呼んでくれなかったじゃないか」

「あの時から身長だけは変わらないですよね」


頭をポンポンと叩きながら彼が言う。


「やめ、料理中だから」

「あとでならいいんですか?」

「ずっとだめ!」


昔から、彼にはペースを崩されてばっかりだ。

でも昔から、この距離感が心地良い。

高校のとき彼が初めて部室のドアを開けて、私のところまで歩いてきたあの日から、何も変わらない。


「それよりお皿の準備して、もう出来るから」

「了解です!先輩!」


私は何度でも、この距離を埋めてくれる彼に恋をする。


「さあ、食べようか」

「いただきます!」

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5mの恋 宵埜白猫 @shironeko98

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