ep.2 魔法少女の弱み

『さて、今日は真っ昼間から、女の子の部屋にコッソリ忍び込んでるわけだが……』

『そうだね』

『おい、レクター。俺はどうすりゃいいんだよ、これから。女の子の部屋なんて、俺初めてなんだよ』

『筋書きは昨夜話したろ? その通りにやればいいんだよ』


 今日の悪事は、俺が女の子の部屋に忍び込んであれこれ物色してたら、そこへ魔法少女が登場するっていう筋書き。

 昨夜レクターからその話を聞いたときは、ニヤニヤとワクワクが止まらなかった。

 何しろ生まれてこの方、女の子の部屋なんて入ったことがない。俺にとってそこはもはや異世界。漂う空気も、流れる時間も、俺の小汚い部屋とは絶対違う。

 しかも、そこを好き放題物色していいなんて言われたら、鎮めても鎮めても次から次へと妄想の花が開いてしまった。おかげで今は寝不足だ……。


『でもさ、本当にいいんだよな? 引き出しや、押し入れを開けても』

『だって、そういう筋書きだからね』

『もしもだよ? ヤバい物見つけちゃったらどうすんだ?』

『さすがにそんなにヤバい物なんて、簡単に見つからないようにしてるさ。だから、キミは宝探し気分で楽しめばいいと思うよ』

『それもそうだな』


 まず俺は気持ちを落ち着かせるために、二回、三回と大きく深呼吸。部屋の空気を、肺一杯に吸い込んだ。

 優しい甘い匂いが鼻の奥に絡みついて、なんとも言えない安らぎを俺に与える。


(あぁ……これが女の子の部屋の匂い。きっとこの部屋で、あんなことやこんなことを……。ひょっとしたら、あんなことまで……)


 全然安らいでなかった俺の心。妄想が爆発して、より一層に鼓動が高鳴る。

 普通に深呼吸しただけでこの破壊力かよ……。

 早くも自爆気味の俺は、開き直って本能の赴くままに行動する。俺は基本中の基本、チェストへと手を伸ばした。

 上の二段はきっと小物用だ。俺は三段目の引き出しに手を掛けると、そのままスルスルとそれを引き出す。


 ――ビンゴ!


 そこはまるで花畑かってほどに、色とりどりの下着の花が咲いていた。

 パンティ、ブラジャー、ストッキング……と、種類ごとに綺麗にまとめられた光景は、まるで花壇のよう。この部屋の主が几帳面なことをうかがわせる。

 あれ? そういえば、ここは誰の部屋なんだろう……。

 それに、どうやってここまできたんだっけ? なぜだか思い出せない俺は、レクターに尋ねてみた。


『なぁ、レクター。俺、ここまでどうやってきたっけ? 表札だってあったはずなのに、ここが誰の家かもわかんないんだけど』

『そりゃあ、ここに関するキミの記憶を消させてもらったからね。個人情報やらなんやらうるさいんだろ? この星じゃ』

『不法侵入させといて、個人情報にはこだわるのかよ』

『記憶を消すっていうのは、事前に説明したはずなんだけどね。でも、その記憶ごと消しちゃったみたいだ』

『説明の意味ねーじゃん』


 まぁいいか、今は家探しが最優先。まだ引き出しを一つ開けただけなのに、魔法少女が登場しちゃったらジ・エンドだ。さっそく俺は下着の花畑に顔を押し付けて、たっぷりと息を吸い込んだ。

 その鼻腔をくすぐる優しい香りに、俺は身も心もとろけていく。

 洗濯済みの下着の香りなんて、ぶっちゃけてしまえば洗剤や柔軟剤の匂いだ。でもそんなつまらないことを考えたら負け。ステーキに舌鼓を打ってる最中に、生前の牛の姿を思い浮かべるような興醒めはしたくない。


 俺は花畑から一輪のパンティをむ。そして広げてみた。

 それは純白の綿製で、肌に優しそうな素朴なパンティ。布面積も広くて色気にはちょっと欠ける。それは持ち主の清純さを表しているかのようだ。

 続けて俺はもう一輪のパンティを摘み取る。花畑に不似合いな黒いやつを。

 今度はレースの黒いパンティ。大人びた感じのそれは、引き出しの奥の方に隠されるようにしまわれていた。きっと普段は真面目な持ち主が、少し大人の世界に憧れて買ってはみたものの、やっぱり恥ずかしかったに違いない。

 なるほど、なるほど。見た目は清純で生真面目だけど、その内面は好奇心も旺盛で不純な一面も持っている。その上――。


『ちょっと、いつからキミはプロファイラー(性格分析官)になったんだい? そんなことしてていいの? いつ魔法少女がやってくるかわかんないんだよ?』

『おっとそうだった、引き出しはここまでにしとくか。これは、参考資料に……』


 手に握り締めていた綿と黒レースのパンティを、俺はポケットに押し込む。

 すると脳内に、レクターの声がまた響いた。


『ごく自然にポケットにしまったね。だけど対決が終わったら巻き戻すから、それは無意味だよ?』

『え? あ、いいの、いいの。これは雰囲気だから』


 レクターには取り繕ってみせたけど、内心では舌打ちした。そういや、巻き戻しなんてものがあったっけ……。


『だから、その取り繕いも筒抜けだから無意味なのに……』

『そうだったな』


 引き出しに別れを告げた俺は、いよいよ本腰を入れる。さっきの引き出しは、俺からすれば軽いウォーミングアップだ。

 部屋の中央に立って俺は腕組みをすると、気持ちを落ち着かせて室内をひと眺め。するとすぐに、俺の脳内センサーにビビビッと警告音が鳴った。


(ここが怪しい……)


 俺が怪しんだのは、勉強机の引き出し。その最下段。一番深さのある少し重い引き出しを、俺はスルスルと引く。

 中に入っていたのは、大小さまざまな小箱。それがまるでパズルみたいに、隙間なくぴったりと収められている。

 でも俺は、そんなものには目もくれない。さらに引き出しを引っ張り出す。

 引き出しの一番奥が顔を出しても、さらにさらに引っ張り出す。

 そして限界まで引き出すと、そのまま持ち上げるようにして、引き出しを机から引き抜いた。


(そこだ……!)


 俺は引き抜いた引き出しを傍らに置いて、ぽっかりと口を開けた空間に腕を突っ込む。すると俺の指先に、薄いノートのようなものが触れた。

 俺はそれを引っ掴むと、さっそく取り出す。


「……マジか」


 どうやら俺はお宝を引き当てたらしい。

 俺が手にした薄い本の表紙は、国民的魔法少女アニメのイラストだった。

 だけどおなじみの笑顔じゃない、泣き顔の主人公。衣装はボロボロで胸も丸出しのまま、敵の親玉に組み敷かれている……。


「凌辱ものじゃねーか!」


 俺は嬉しいような、それでいて呆れたような微妙な声を上げた。

 うーん、こんな趣味の持ち主っていうと……一人、心当たりがいるな。

 俺がパラパラとページをめくって本の内容を確認していると、背後のドアが大きな音を立てて開いた。


「迷惑行為を許さない。不正行為を許さない。真面目に生きる人のため、弱者のためにあたしは戦う。魔法少女みーたん!」


 みーたんは口上を言い終わると同時に、いつも通り俺に右手の人差し指を突きつけて、左手でその長い黒髪をかき上げる。

 けれど俺が薄い本を手にしていることに気付くと、いきなり冷静さを失った。


「それ、あたしの! ……えっと、知人の本。だけどあなた、どうしてそれを見つけられたのよ!」


 あっさりと個人情報を漏らした気もするけど、それを追及するのは可哀そう。

 そしてみーたんは、この隠し場所によっぽど自信があったと見える。見つけられたのが信じられない様子だ。


「ふふふ……。貴様の考えることなどお見通しだ。俺様を見くびるなよ」


『それって、キミのエッチな本の隠し場所と一緒だっただけだよね?』

『ちょっと、今は黙ってて』


 レクターめ、対決の最中に割り込むなんてマナー違反だろ。

 それにしても、今日の対決相手はみーたんだったか。記憶を消された影響で、俺はそれさえも忘れてたらしい。

 結局、筋書きの舞台は魔法少女本人の部屋。合理的と言えば合理的。だけど、それでいいのか守秘義務……。だから記憶を消したんだろうな、レクターは。


「女の子の部屋に忍び込んで室内を漁るなんて、とんでもない悪党ね。そんな全国の女子の敵は、あたしが退治してあげるから覚悟しなさい!」


 うーん……俺はとうとう日本中の女子を敵に回してしまったか。

 気勢を吐いた魔法少女みーたんは、いつも通りマントをひるがえしながら俺に向かって身構える。

 赤いチェックのミニスカートに真っ白いブラウス、そして襟元には赤い大きなリボン。どっかで見た気がずっとしてたけど、今やっとスッキリした。

 そう、それは国民的魔法少女アニメの主人公。手にした薄い本の表紙を見て、それに気づいた。ついでだから、その内容も参考にさせてもらうか。


「ふふふ、みーたんよ。これが見えないのか? この子の命が惜しければ、俺の言うことを聞くんだな」

「誰があなたの言うことなんか聞くもんですか――」

「ほう。じゃぁ、この子がどうなってもいいんだな?」


 俺が取った人質は薄い本そのもの。物言わぬ国民的魔法少女は、今や俺の手の中。

 いやらしくニヤリと笑いながら、今にも本を引き裂きそうな素振りで俺はみーたんを睨みつける。

 さぁ、どうする? どう出る?

 するとみーたんは、俺の期待通りの行動に出た。


「この、卑怯者! あたしはどうなってもいいから、その子を放しなさい!」

「バカか貴様は。俺がこの子を放すわけがなかろう。それでも貴様は俺様の言うことを聞かないわけにはいかない、違うか?」

「くっ……。この、人間のクズ!」

「はっはっは、良い誉め言葉だ。でも貴様はこれから、その人間のクズの命令に服従させられるんだぞ?」


 俺が盛大に煽ってみせると、魔法少女みーたんは悔しそうな表情を浮かべながら目を背ける。でも息遣いはちょっと荒い。そしてその顔はほんのりと紅潮してる。

 そんなみーたんの様子を観察してると、みーたんの方から俺をけしかけた。


「なによ、何をさせるつもりなの!? どうせあなたのことだから、いやらしいことさせるんでしょ? 早く言いなさいよ」


 これって、やっぱり催促? 由美子……いや、みーたんも待ってる?

 一気に艶っぽくなったみーたんの目を見つめながら、俺はさっそく最初の命令を下した。


「じゃぁ、まずは下着姿になってもらおうか。魔法少女みーたんよ」

「…………」

「どうした? この子の命運は我が手中にあるのだぞ? 早く人間のクズに、お前の下着姿を晒せ」

「わ……わかりました……」


 魔法少女みーたんは従順な返事をすると、首のところにあるマントの結び目に手を掛ける。俺は慌ててそれを制止した。


「まて、まて、それはほどくな!」

「え? は、はい……」


 みーたんは驚いた表情を見せたけど、命令には絶対服従。余計な質問をすることもなく、マントの結び目から手を放して、今度はその胸元の大きなリボンへと手を伸ばした。


「まて、まて、それもそのままだ!」


 みーたんはわかってない、それを取ってしまったら台無しだってことを……。

 俺の再三の制止に少しイラっとしながらも、みーたんはやっとブラウスのボタンに手を掛ける。そうそう、それでいいんだ。


「…………この、変態……」


 みーたんはポツリとつぶやきながら、上から順にブラウスのボタンを外していく。

 ゆっくりと、ゆっくりと、俺だけじゃなく自分自身も焦らすように……。

 俺は思わず舌なめずり。いや、これはちょっと唇が渇いただけだから。

 やがて全てのボタンを外すと、ブラウスがだらりと垂れ下がる。そしてみーたんは次の命令を待つように、ジッと俺の目を見つめた。


「…………」

「…………」


 俺が無言で返すと、みーたんは悟ったようにブラウスを肩から滑り落とす。そして両腕を抜いて自分の身体の前で簡単に畳むと、すぐ横の床へそっと放り投げた。

 丸出しになるブラジャー。今日は薄いピンクの花柄だ。

 あー、やばい。見たい。その中身を見たい。その衝動を抑えきれなくなった俺は、最初の命令を撤回することにした。


「スカートは後でいい。ブラを……先にブラジャーを取ってくれ」

「……見たいの? おっぱい」


 少し首を傾げながら、上目遣いでみーたんが俺に尋ねる。

 そんな反則級の仕草、いったいどこで仕入れたんだよ!

 完全に魅了された俺は、五回も六回も繰り返し激しく首を縦に振る。まるでキツツキのように……。


 みーたんが背中に両手を回す。

 一瞬の間があって、プチっという音と共にブラジャーのカップが緩む。

 それを左手で押さえながら右腕を肩紐から抜き、今度は右手で押さえながら左腕を肩紐から抜く。

 イライラするほどにじれったい、だがそれがいい!

 焦らされまくって期待感は最高潮。そしてついに、その瞬間が訪れる。

 準備の整ったみーたんは両手で押さえているブラジャーを、躊躇しながらもゆっくりと下にずらした。


「…………あんまり見ないでね……」


 そう言って、恥ずかしそうにみーたんは横を向く。でも身体は正面を向けたまま、いやむしろ少し胸を突き出すように。

 少し尖ったロケットのような胸は、大きすぎず小さすぎず。重力なんか軽く無視して、その張りのある形を保っている。

 薄茶色の先端は、単三電池のプラス極のような凸。思わず摘まみたくなる。

 やばい、身体中をすごい勢いで血液が駆け巡る。今の俺は、普段の三倍ぐらいの勢いで寿命を消費してるんじゃないだろうか……。

 目は釘付け、鼓動は極限状態、たぶん口はだらしなく開いたまま。そんな俺を、みーたんがまた上目遣いで見つめてくる。

 そして吐息交じりの色気のある声で、俺の心をさらにくすぐった。


「ちょっとだけなら……触ってもいいよ……」


 うおー、マジか!

 以前、俺はみーたんのおっぱいを揉んだことがある。つきたての餅のように柔らかかったあの感触は、今でも忘れてない。

 あの時は強引にだったから、罪悪感で楽しむ余裕はなかった。

 だけど今日は、みーたんの方から誘ってきた。あの気持ちいい感触を再び味わうために、俺は丸出しになってるみーたんのおっぱいへと、まっしぐらに手を伸ばす。

 あわよくば、みーたんも気持ちよくなってもらっちゃったりなんかして……って。


「あ……」


 伸ばした手がおっぱいを捉えたと思ったその寸前、みーたんの握り拳がカウンター気味に俺の顔面にめり込む。バキィッという激しい音は、歯が折れたか……。

 せめて指先だけでもと、俺はそれでも手を伸ばす。

 その手をみーたんは軽々と叩き落して、ついでに左腕に抱えてた人質も奪われてしまった。


 ――また、騙された……。


 でも俺は後悔してない。

 あのまま眺めてても、得られる幸福はそのまんま。さらなる幸福を望むなら、リスクを伴った賭けは必要不可欠。

 そう、俺はその賭けに負けただけだ。今回はほんの少し運が悪かっただけだ……。


『いや、彼女は最初から、触らせるつもりは微塵もなかったよ?』

『ちょっと黙っててくれないか』


 脳震とうを起こしたのか、俺はフラフラとその場にへたり込む。

 朦朧として焦点の合わない目でみーたんを見上げると、おっぱいはもうブラジャーにしまわれていて、背中のホックを留めるところだった。

 悠々とブラジャーを着けるみーたんを、俺はジッと見てる。なんだか事後みたいな光景だな。対決に決着がついてるから、ある意味事後か……。

 カップの中に手を入れて、おっぱいの位置調整を済ませたみーたんは、俺を見下ろしながら「くくく……」と笑う。


「ねぇ、あなたバカなの? 二度も同じ手に引っかかって。……でもなんだか、可愛く見えてきちゃった。次回はちょっとぐらいなら、触らせてあげてもいいかもね」


 そりゃどうも……。

 みーたんの心境に変化があったなら、今回の賭けは無駄じゃなかった。対決に負けて、勝負に勝ったってやつだ。俺はさっき殴られてジンジンする鼻頭を、ポケットから取り出したハンカチで押さえる。

 すると突然、みーたんがヒステリックに叫んだ。


「ちょっとあんた、何持ってんの! 返して、返して、返してよ!」

「え? なに?」


 みーたんが俺の白いハンカチを奪い取る……あれ、黒い?

 俺が反対側のポケットに手を突っ込むと、そっちにハンカチが。俺はその真っ白いハンカチを取り出し――。


「また、あんたは! さっきのなし。可愛いなんて思ったあたしがバカだった。やっぱりあんたはただの変態よ。地獄に落ちなさい!」

「え? え? なに?」


 戸惑う俺の胸にみーたんは両手をあてがうと、間髪入れずに決め台詞を叫ぶ。


「あなたの悪事は許さない。すべてこのあたしが葬り去る。悔い改めよ、正義の鉄槌、ジャッジメントハンマー!」


 みーたんの必殺技が胸を貫くと、声を上げる間もなく俺は意識を失った。

 仰向けに倒れた俺の顔に、その衝撃で手放した真っ白い布切れがふぁさりと被さる。その純白のパンティは、死者にかける顔隠しのようだった……。

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