ep.1 魔法少女は文学少女?

『なぁ、ほんとにやらなきゃダメか?』

『ここまで来て、今さら何言ってんだい』

『でもさ……。薄気味悪いよ、深夜の図書室なんてさ』


 夜の学校ってだけでも薄気味悪いのに、今日の現場は図書室。

 照明は全部つけたけど、それでもやっぱり不気味だ。

 背の高い本棚が並んでるせいで死角がいっぱい。ひょっとしたら何か潜んでるんじゃないかって思うと、生きた心地がしない。


『で、忘れずにちゃんと持ってきてくれたよね?』


 全方位に向けて警戒態勢を敷いてる俺の脳内に、レクターが直接話しかけてくる。その唐突さに、俺は思わず「うぁぁぁ……」って変な声が出てしまった。


『突然話しかけてくるなよー』

『悪かったよ。でもこの場合、どうやったって最初の一言は突然にならないかい?』

『まぁ、そうかもしれないけどさ。最初は小声で……って、それも気味悪いな』

『それで? ちゃんと持ってきてくれたんだろうね』

『あぁ、お前があんまりうるさく言うから、とっておきの奴を持ってきたよ』


 そうレクターに返事をして、俺は懐から大判の薄い本を取り出した。

 今は姿を隠してるから、レクターがどこにいるのかわからない。それでも俺は、その表紙が良く見えるように掲げてみせる。どうせどっかで見てるんだろ?


『なるほど、なるほど。それがキミの趣味ってわけかい』

『お前が持ってこいって言ったんだろ!?』

『それがエロ本ってやつなんだね。キミも持ってるんだね、やっぱり』

『持ってこいって言っておいて、その言い草かよ。ひょっとしてケンカ売ってる?』

『いやいや、感心しただけだよ、単純に』


 今日の悪事は図書室にエロ本を紛れ込ませるっていう、あまりにも地味な筋書き。

 それをネタに魔法少女と対決したって、美味しい展開になるなんて全然思えない。だけど今日の相手は魔法少女カリン。彼女ならきっとやってくれる。勝手に美味しい展開に持ち込んでくれるに違いないさ!



 俺は自前のエロ本を図書室の本棚に紛れ込ませて、カリンの登場を待つ。

 外が真っ暗闇なせいで、俺の姿を映す鏡みたいな窓ガラスに時折怯えながら……。


 ――そして、その時はきた。


「失礼いたします」


 コンコンと丁寧な二回のノックの後に、静かに入り口の戸が開いた。そして図書室に入室するなり、深々と頭を下げる。

 裾が短めの浴衣風衣装に、背中には大きな蝶々結び。顔にはピンクのアイマスクとくれば、言わずと知れた魔法少女カリンだ。

 そして彼女は静かに戸を閉めると、俺に向き直って名乗りをあげる。


「元気いっぱい、夢いっぱい。ドジでノロマが玉にキズ。失敗しても許してください。みんなを癒す魔法少女カリン、よろしくお願いいたしますね!」


 今日もカリンは、右のゲンコツで軽く自分の頭を小突いて、チロッと可愛く舌を出す。なんか見慣れると、これちょっと癖になるかも。

 そしてカリンは、そのまま続けて俺に向かって言った。


「あなたがいかがわしい本を、この図書室にコッソリ置いているのは存じ上げております。神妙にしてください!」


 おいおい、ちょっと待ってくれ。

 俺はさっき本を置いたばっかり。それなのにもうバレてることになってるのは、ちょっと納得がいかない。いくら筋書きだからって、これじゃ俺のさっきの労力は何だったんだって話だ。

 俺は少し意地悪く、カリンに絡んでみた。


「証拠はあるのか? 魔法少女よ。神妙にしろというのなら、その俺が置いたといういかがわしい本とやらを見せてもらおうか」

「そ、それは……」

「どうした? まさか、証拠もなしに俺を成敗しようとしたんじゃあるまいな?」


 一気に困った表情を見せたカリン。俺だって別に本気で意地悪をしたいわけじゃない、ちょっと筋を通したかっただけだ。


「まぁ、貴様の言う通り、俺は確かにこの図書室に薄い本を紛れ込ませた。俺の罪を糾弾しようというなら、せめてそれを探し出してからにしてもらおうじゃないか」

「しょ、承知いたしました」


 とはいえカリンが、この広い図書室からエロ本を見つけ出すのを待ってたら夜が明けてしまう。なので俺も、少しはヒントを出してやることにした。


「俺は推理小説が大好きなんだ」

「そうなのですね。わたくしは恋愛小説を良く読みます。特にハッピーエンドなお話が大好きです」

「いや……そういうことじゃなくて……」


 小説談議なら日常生活でいくらでもしてやる。でも今は違うだろ……。

 カリンは察してくれそうもないので、俺はわざとらしいとは思いながらも直接彼女を誘導する。


「俺のおすすめの小説はこっちだ」

「なんというタイトルなのでしょう。なんだか、ワクワクいたしますね」


(だから、そうじゃないってば……)


 目を輝かせるカリンを尻目に、俺は推理小説の並ぶ棚へとカリンを案内した。

 分厚いハードカバーの本がズラリと並んでる棚の最上段に、ひときわ薄い本がこれ見よがしに飛び出してる。ここまでお膳立てすれば、いくらなんでも気付くだろう。


「あとは自分で探してみるんだな、魔法少女カリンよ」

「そんな。タイトルがわからなくては、探しようが……あっ」


 棚の左上から目でなぞりだしたカリンは、その右端ですぐにお目当ての品に行き着いた。けれどもそれは最上段、カリンの身長じゃ手を伸ばしてみるまでもなく、届かないのは明らかだ。

 カリンは備品の二段しかない、高さ五十センチほどの低い脚立を持ってくると、申し訳なさそうに俺に相談を持ち掛けた。


「敵役の方にお願いするのは、大変心苦しいのですが……。倒れないように押さえていて頂けないでしょうか……?」


 運動神経もバランスもあんまり良くないカリン。普通に歩いててもよく転ぶ。

 そういうことなら仕方ない。俺はひざまずいて脚立の両脚に手をかけ、ぐらつかないようにしっかりと押さえつけた。

 カリンは一段目に足をかけ、続けて天板に乗る……。

 いや、これは仕方ないでしょ。見上げちゃうよね? 男なら必然だよね?

 カリンは本を取るのに夢中で、俺のことなんて気にかけちゃいない。となれば俺はカリンの心配を装いつつ、じっくりと浴衣の裾から覗くパンティを観察するだけだ。


「もう少しなのですが……」


 天板の上でつま先立ちになるカリン。それでも届かず、右足一本になったり左足一本になったりしながら、必死に本に手を伸ばしている。

 俺の視線にはまったく気づいてない。

 カリンが身体をよじると、シルクのパンティの下側からお尻の肉がはみ出す。それを下から見上げるなんて、絶景すぎるだろ。

 ムチムチの大きなお尻。小振りで細身のタイプもいいけど、こういう肉感的なのもたまらない。


「あ、届きました」


 カリンがちょっと嬉しそうな声を上げた途端、注視してたシルクのパンティが俺の目の前に迫る。

 一気に急接近するカリンのお尻。何のことはない、カリンがバランスを崩して後ろに倒れてきただけの話だ。

 だけど一点に集中してた俺は、そんなことに気づけるはずがない。倒れかかってきたカリンのお尻を顔面で受け止めて、またしてもその下敷きになってしまった。


「申し訳ございません、申し訳ございません」


 カリンは慌てて俺の顔からお尻をどけると、何度も何度も必死で謝りだした。俺としちゃ、ご褒美でしかなかったんだけどな……。

 おっと、こうしちゃいられない。余韻に浸ってる場合じゃなかった。今は任務の真っ最中、先に進めないと夜が明けてしまう。

 俺はお尻の余韻は胸にしまって、敵役としての職務を続ける。


「それで、証拠の品は見つかったのか? 魔法少女カリンよ」

「はい、この通り! これが! ……これが……」


 カリンは自分の目の前に、証拠の品として薄い本を突き出す。

 でもその裏表紙が目に入ったのか、カリンは驚きながら目を背けた。でもまた吸い寄せられるように、その裏表紙にチラチラと視線を向けている。

 世間知らずなお嬢様でも、やっぱり興味あるのか……。目の前で見せた友恵……いや、カリンのその仕草に、俺はちょっと興奮した。


「これで証拠の品も揃いました。わたくしはあなたを成敗いたします。覚悟はよろしいですね?」


 カリンはそう言い放つと、俺に対して身構える。

 そして、いよいよ戦闘を始めようというところで、俺はそれを制止した。


「――ちょっと、待った!」


 ビクリと身体を縮めるカリン。そこまで脅かしたつもりはなかったんだけど……。

 そんなカリンに、俺は再び意地悪を仕掛ける。


「それは果たして本当に俺の物かな? その本のタイトルを読み上げてみてくれ。覚えがあれば、俺も正直に認めるとしよう」

「え? タイトル……で、ございますか? えーっと……」


 カリンは手にしていたエロ本を正面に持って、その表紙に目を移す。

 するとカリンの顔が、見る見るうちに真っ赤に染まっていく。


「どうした? タイトルはなんだ?」

「それは……申し上げられません。ご自身でご確認ください」

「何を言っている。貴様が証拠だというのだから、貴様が問いだすのが筋ではないのか?」

「でも……これは……わたくしの口からは――」

「ならば認められんな。俺は帰らせてもらうぞ」


 そう言って俺は、カリンに背を向けて帰ろうとする。

 するとその背中に、カリンの叫び声が突き刺さった。


「待って! お待ちください。言います、言いますから、その……お待ちください」


 よし! 俺は賭けに勝った。心の中でガッツポーズだ。

 きっと友恵……カリンなら、ここまで言えば引き留めてくれるって信じてたぞ。

 俺は立ち止まって、ニヤける顔を抑えながらカリンに振り返る。


「ほう、そうか。ならば聞いてやろう、タイトルを言ってみろ」

「わたしの…………は、おっき、な……。今が…………、……早く……」

「さっぱりわからんぞ。それじゃ認められんな」


 俺は冷たく言い放つ。

 カリンは真っ赤な顔で表紙を見つめながら、改めてタイトルコールを試みた。


「わたしのおっ…………おっ……メロン。今が熟れ頃……早く……」

「さぁさぁ、もうちょっとだ。思い切って言ってみろ」


 さすがにちょっとじれったくなってきた。

 これでも言えないようなら諦めるか……と思ったとこで、カリンの風向きがちょっと変わった。

 カリンはゆっくり呼吸を整えると、開き直ったような大きな声でキッパリと叫ぶ。


「わたしのおっぱいはおっきなメロン。今が熟れ頃なの、早く食べて!」

「おぉ……そのタイトルは、聞き覚えがあるような、ないような……。頼む、もう一回だけ言ってくれ。そうしたら思い出せそうなんだが……」

「『わたしのおっぱいはおっきなメロン。今が熟れ頃なの、早く食べて!』です。もう言いません」

『まったく……。キミは本当に巨乳好きだねぇ』

『うるさい。気が散るから今は黙っててくれ』


 俺は耳に残る今のカリンの言葉の余韻を、何度も思い返して味わう。

 目を閉じた俺の脳内には、カリンが丸出しのおっぱいを突き出しながら、俺の耳元で囁いてる姿が浮かんでる。完全に妄想、本人を目の前にしての妄想。やばい、これはそそる……。


「これでよろしいですね。今度こそ、このいかがわしい本を図書室に――」

「ちょっと待った!」

「まだ何かございますか?」

「その本のどこがいかがわしいんだ? 説明してくれないか? まさか、内容も知らずにいかがわしいなどと言ってはいまいな?」

「え? 内容……」


 俺の言い分にも一理あると思ったのか、カリンは反論せずに表紙を見つめた。

 そして唾を飲み込むと、覚悟を決めたみたいに恐る恐るその表紙をめくる。その途端、まだ一ページ目だっていうのに、カリンは口をぽかーんと空けて固まった。


「あ、あ、あの……大人の男性と女性は、本当にこんなことをするのでしょうか……?」


 お嬢様にはちょっと刺激が強すぎたかな?

 いやいや、こんなのたぶん序の口。俺だって経験はないけど、もっとすごいのをDVDで見たことがある。

 ここはちゃんと質問に答えてあげないと……。


「実際はそんなもんじゃないって。手やら口やら、使えるものはなんでも――」

「いけません、いけません」


 カリンは俺の声を聞こうとしない。むしろ喚き散らして、俺の声をかき消した。

 俺もちょっと調子に乗り過ぎたみたいだ。羞恥心が限界を超えちゃったのか、カリンは真っ赤な顔で突然戦闘態勢に入る。


「信じません、信じません。わたくしはそんなこと信じません。こんなにいかがわしい本を図書室に持ち込んだあなたを、このわたくしが成敗して差し上げます!」

「あ、ちょっと待って、それは……」


 俺が止める声も耳に入れず、カリンは手に持っていた俺の貴重な人生の参考資料をクルクル巻き始める。さらにきつく絞るように細めて棒状にすると、こん棒のように振り上げて俺に殴り掛かった。


「やめて。それ。俺の……」


 容赦ない殴打を食らう合間に、思い止まるようにカリンに声をかけてみる。

 だけど今のカリンは戦闘マシーン。煽られた羞恥心で頭がいっぱいなのか、逆に雑念が振り払われたみたいだ。一心不乱に殴りつける今日のカリンは、ちょっと手が付けられない。


「このようなこと、わたくしは絶対にいたしません!」

「まて。まて。俺の話も。聞いて。くれ」

「聞きません、聞きません」

「女の、おま――」

「何を言い出すんですかー!!!」


 カリンはエロ本の棍棒を水平にフルスイング。魔法少女の正義感エネルギーが発揮されたせいで、俺は首がねじ切れそうなほどに見事にかっ飛ばされた。


「女の、おま……えもいずれ、わかる日が……くる……」


 そのまま俺はノックアウト。

 その日俺は、とっておきの一冊を失った……。

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