第25話 ドキドキの文化祭
女子高でのリーンとの対決以来、パッタリと任務がなくなった。
学校も夏休みに入って、『さぁ、これからは悪事にもじっくりと時間を掛けて、魔法少女たちとのスキンシップを満喫するぞ』って意気込んでたのに……。
たまに様子見にやってくるレクターに任務の催促をしても、大掛かりな奴を計画中だから楽しみに待っててよの一点張り。おかげで俺の引きこもりが加速した。
結局、そのまま夏休みも終わってしまって二学期スタート。そしてうちの高校は、二学期に入るとすぐに学園祭がやってくる……。
「ただいまより開演いたします。一年七組による創作劇をお楽しみください」
俺のクラスの出し物は劇。どっかで見た、童話をパロった創作物。
友恵は、取り巻きからの強い推薦でせっかくお姫様役に決まったのに、それを辞退して小人役に立候補した。本格的なダンスシーンがある役なのに大丈夫か……?
友恵の辞退で空席になったお姫様役は、由美子がやることに。見た目は抜群だし、適任だとは思うけど……。
まぁ、辱められるシーンなんてないし大丈夫だろう。
そして、ここのところ姿を見せてなかったレクターも文化祭には興味津々らしくて、今日は俺の隣で呑気に見学している。
『へぇ、みんな上手いもんだね』
『気が散るから話しかけないでくれよ』
『あぁ、ごめん、ごめん』
『それにこの後はいよいよ、この劇の最大の不安要素なんだから……』
それはもちろん友恵のダンスシーン。
あざだらけになりながら練習して、ぎこちなくだけど通して踊れるようにはなった。でもやっぱり不安しかない……。
照明係の俺は客席の後ろから、右目を閉じて友恵のダンスを見守る。
そしてやっぱり、その瞬間が訪れた。
「――きゃっ!」
短い悲鳴を上げて、衣装のスモックが捲れあがるほど見事にすっ転ぶ友恵。
友恵はその大きな柔らかいお尻で尻もちをつくと、客席に向けて豪快にM字開脚を披露した。その瞬間、客席がどよめく。
まぁ、今日履いてるのは体操着の短パンだったから、事なきを得たけど……。
俺は大慌てで照明を落とす。そして闇に慣らしておいた右目を開くと、舞台に駆け寄って友恵を立たせた。
「……決めポーズ作って、待っててくれ……」
「……はぃ、申し訳ございません……」
「……反省は後、後……」
俺は持ち場に戻って舞台を照らす。
すると、スポットライトに浮かび上がるドヤ顔の友恵の姿。客席からは忍び笑い。
まぁ、ごまかせるわけないよな……。
午前公演が終わった後の反省会は、空気が重苦しい。
友恵がダンスシーンで失敗したせいだ。別に話の本筋には影響なかったけど、やっぱり芝居が止まっちゃったのは大きな反省点だ。
「あの、みなさん、先ほどは――」
「岡本さん、衣装は大丈夫?」
「え、ええ、それよりも――」
「音は大きすぎなかった? 気になったことがあったら言ってね、友恵ちゃん」
友恵が謝ろうとしてるのに、取り巻き連中が余計な気を使うもんだから、却って妙な雰囲気に。これじゃいつまで経っても、友恵の罪悪感は晴れないだろう。
余計に委縮していく友恵が見てられなかった俺は、わざと明るく声をかけた。
「はははっ、友恵。さっきは派手にやっちまったね!」
するとすかさずバリアでも発動したみたいに、友恵と俺の間に取り巻き連中の人垣ができた。
「呼び捨て……だと?」
目からビームでも出そうな冷ややかな視線が、俺に向けて一斉に突き刺さる。
俺は取り巻き連中から、予想を上回る総攻撃を食らった。
「広原君って、ほんとにデリカシーのない人ね」
「広原、お前は人として最低だな」
「そういうとこだぞ、広原」
だけど友恵は塞いでる人垣をかき分けると、取り巻き連中の存在を気にも留めずに、とびっきりの笑顔で俺に向かって返事をした。
「えへへっ、コケてしまいました」
教室中の空気を一気に和ませたその笑顔を見て、俺は無意識に言葉が出た。
「満足そうじゃないか」
「ええ、とっても。それに泰歳さんにフォローしていただいたので、たぶんお客様には気づかれておりませんよね?」
「あれで気付かれてないと思うのかよ、図太くなったもんだな。残念だけどバレバレだから」
「うふふ、そうでしたか。わたくし大恥をかいてしまいましたね」
友恵は口に手を添えて、少し恥ずかしそうにくすくすと含み笑いをした。
今まで教室じゃ見せたことのない友恵の様子に、取り巻き連中も戸惑ってる。でも友恵が落ち込んでないのがわかって、みんなも安心したらしい。
だけど今度は由美子の厳しい声が、少し不機嫌そうな表情とともに響いた。
「岡本さん、さっきのは何? せっかく見に来ていただいたお客様に対して、あれは失礼じゃないかしら?」
「あ、あ、申し訳ございません」
その威圧的な声に友恵は顔をこわばらせて、由美子に深々と頭を下げた。
すると今度はひそひそと、人垣の中から内緒話が聞こえてくる。
「……あんな言い方しなくてもいいのにな……」
「……みんなから煙たがられてるの、気付いてないのかしらね……」
冷ややかな視線ビームは、今度は由美子に向けられる。
だけど由美子の言葉も正論だと思った俺は、ちょっと露骨かもしれないけどフォローを入れることにした。
俺はちょっと真面目ぶって、友恵を諭す。
「委員長の言うことも正しいよ。友恵のあれは完全に失敗だったもんな。芝居も止まっちゃったし」
「……はい、その通りでございます」
「だから今回の失敗を反省して、午後の公演じゃ完璧なダンスを披露しようぜ」
「申し訳ございませんでした、委員長。次回は失敗しないように、精一杯努力いたします……」
由美子をフォローしたら、今度は友恵が元気をなくした。あちらを立てればこちらが立たず。なかなか難しいもんだ……。
だけど由美子は少し表情を緩めると、一転して穏やかな口調を友恵に向ける。
「わかってくれればいいのよ。きつい言い方してごめんなさいね、失敗をなんとも思ってないように見えちゃったから、つい……」
「いえ、委員長さんのおっしゃる通りです。失敗しておきながら、ヘラヘラしていたわたくしがいけませんでした。ご指摘ありがとうございます」
雨降って地固まるって感じ。
俺は失敗を明るく笑い飛ばして友恵を励ましたけど、しっかり反省を促して罪悪感をなくしてあげるのも手なんだと、由美子を見ながら思った。
「……岡本さんも納得してるみたいだし、これでよかったのかな……」
「……委員長も、昔みたいに頭ごなしじゃなくなったんじゃない……?」
「……確かに……。少し丸くなった……?」
二人のやり取りを見て、取り巻き連中も手の平を返す。いい加減なもんだ……。
そして友恵と由美子は今の会話がきっかけになったのか、急に親密になり始めた。二人はお互いが魔法少女だって知らないのか……?
「そんなに深刻に考えなくていいのよ。お昼ご飯を食べ終わったら、午後の部の開演まで練習しましょう。あたしも付き合うから」
「よろしいのでございますか? ありがとうございます。それでしたら、お昼もご一緒にいかがですか?」
友恵も立ち直ったみたいだし、由美子も注意をちゃんと受け止めてもらえて嬉しそうだ。あとは勝手に上手くやるだろう。
無事に一件落着したから立ち去ろうとしたら、二人が俺を呼び止めた。
「泰歳くんも一緒にどう? お昼」
「ええ、ぜひご一緒にいかがでしょうか? 泰歳さん」
「ごめん、今日の昼は予定があるんだ」
文化祭で両手に花の昼食。左右から、『お食事よりも、わたくしをお召し上がりください』『いやーん、あたしも食べてぇ』なんていう妄想が頭に浮かぶ。
だけど残念ながら今日は予定が……。こんなことなら予定は、明日の二日目にしとくんだった。
俺は後ろ髪をひかれながら、待ち合わせ場所に急ぐ……。
「泰歳、遅い!」
待ち合わせ場所の校門に走って行くと、予定の相手はもう来てた。幸子だ。
だけどもう一人、幸子の後ろからひょっこりと顔を出す。
「どうも……」
口数少ない彼女は、ファミレス以来の小夜だった。魔法少女ナイツには、あの後もお目にかかったけど……。
俺が文化祭に招待したのは幸子だけなのに、どうやら勝手について来たっぽい。
「藤崎小夜さんだっけ?」
「…………」
小夜は無言でコクリとうなずく。
そして前に出た小夜は、幸子の右腕に自分の腕を絡めてぶら下がる。相変わらずのイチャイチャっぷりだ。
そして今日も二人揃って、同じシャンプーの匂いを漂わせていた。
「二人とも腹減ってるだろ? どっか、模擬店にでも入ろうよ」
「賛成!」
「おごり……?」
この二人には随分とひどい目に遭わされた。でも良い思いもさせてもらってるか。今日はおごってやるとしよう。
「仕方ない、特別だぞ」
入ったのは二年の教室のラーメン屋。
生徒だけでやる飲食店なんて、冷静に考えたら衛生的に不安すぎる。だけどこの店も、お祭りのノリでかなり繁盛してるみたいだ。
入り口で注文して食券を受け取ると、普段使ってる机を寄せてテーブルクロスをかけただけの、質素な席に案内される。
俺は女子高の制服姿の二人と向かい合うように座って、紙コップに注がれたお冷をグイっと一気に飲み干した。
「二人とも、今日はよく来たね。でも、うちの文化祭なんて見ても楽しくないだろ。仲のいい友達がいるわけでもなさそうだし」
「学校が別々になっちゃったから、普段の泰歳を見るいい機会だよ。また中学校の時みたいに、いじめられてるんじゃないか心配だったからね」
「…………」
その幸子の言葉には異議ありだ。心配じゃなくて楽しみの間違いだろ。
だけど、そんな幸子に付き合う小夜も相当に物好きだ。
「藤崎さんなんて、もっとつまんないんじゃないの?」
「先輩と一緒ならどこでも楽しい」
「あぁ、なるほどね。尊いな」
「それに、先輩の彼氏にも興味がある」
「幸子の彼氏? お前、うちの学校に彼氏いんの?」
幸子を冷やかした途端、小夜はビシッと俺に向けて人差し指を突き付けた。
指をさすなよ……。
幸子との仲は最近急接近してると思うけど、まだ付き合っちゃいない。俺はとりあえず否定しておく。
「え? 俺? 俺、幸子の彼氏になった覚えないんだけど……」
「えっ、そうだっけ?」
「おい、何すっとぼけてんだよ、幸子」
幸子はそっぽを向いて、俺の追及を完全に聞き流す。
これはなんだ? 既成事実を作りに来たのか?
俺は以前、魔法少女リーンから告白された。あの時の俺は魔法少女の敵役だったけど、正体に気付いてた可能性だってある。
もしそうだったら、あれは俺に向けた告白ってことになるんじゃ……?
(最近の幸子はすっごく可愛く見えるし、彼女ってのも悪くないかも……。だけどなぁ……。友恵もすごく魅力的だし、由美子とは色々と相性良さそうなんだよな……)
いつの間にか、俺が選ぶ立場のハーレム状態で妄想が膨らむ。
そんな調子に乗ってる俺に、小夜が畳みかけてきた。
「でも、遊園地でデートしてた」
それをお前が言う?
そりゃ、ナイツとしてあの場に居たんだから知ってて当然だけど、魔法少女の守秘義務ってガバガバだな……。
だけどデートしてたのも事実。俺は一応、言い訳をしておくことにした。
「あのデートは、遊園地でたまたま幸子と会って、そのまま成り行きで……」
「たまたま?」
小夜が不思議そうな表情を浮かべて、俺に聞き返してきた。
あれ? ひょっとしてあれって、幸子とバッタリ会ったところから仕組まれてた?
戸惑う俺に、今度は幸子が調子に乗ってくる。
「知ってる? 小夜。泰歳ってね、こんな顔してテクニシャンなんだよ。あの時、とっても気持ち良くって……私、感じちゃった」
「おい、こら、何を言い出すんだ」
「私も誘って欲しかった。そしたら私も先輩のこと、一緒に気持ち良くしてあげられたのに……」
「おい、お前も!」
あの時の筋書きは、幸子に襲い掛かる俺をナイツが懲らしめる話だっただろ。ナイツが一緒になって幸子を襲ってどうすんだよ……。あ、でも絵的に悪くないかも。
突っ込みが追い付かない俺を嘲笑うみたいに、幸子がますます図に乗る。
「ねぇ、泰歳。あれ、遊びだったの? 私あの時、最後までいってもいいって覚悟したんだよ?」
本気……じゃないよな? 冗談だよな?
目を潤ませながら、上目遣いで言い寄る幸子に俺はドギマギする。
確かに俺は幸子を襲ったけど、あの時は敵役としての筋書きで……いや、ちょっと本気も入ってたかも。
だけど幸子はあの時、俺があれ以上手出しできないのを見切ってたはず……。
あー、ダメだ、ダメだ。こんなところで本気で答えられるわけないし、上手くごまかす言葉も見つからない。
答えに困った俺は、小夜に救いを求めた。
「ちょっと藤崎さん、こいつを止めてくれよ。藤崎さんだって、俺と幸子が最後までいったらやだろ?」
「先輩の幸せは私の幸せ。先輩がセックスしたい相手なら全然かまわない。その代わり、私も一緒にお手伝いする」
「セッ、セッ……何言ってんの、小夜。冗談、私が言ったのは冗談だよ!」
「手伝うって何するつもりだよ!」
火に油を注いだ……。小夜は思った以上にヤバい奴だった。
そして俺は人影に気付く。横を見上げると、そこには店員として注文の品を持ってきた二年の女子が立っていた。
「あ、大丈夫。何も聞いてなかったからね。ご注文の品はこれでお揃いですねー?」
絶対聞いてただろ……。
注文したラーメンをすすりながら、俺は話題を変える。
どうみても袋ラーメンの味なのに、五百円はちょっと高い。
「二人はどうして仲良くなったんだ? 人見知り同士だったんだろ?」
二人に向けた質問に、塩ラーメンを頼んだ小夜が答える。
だけどその返事は、ちょっとばっかり重い話になりそうだった。
「それは無視されてた私に、先輩が話しかけてくれたから」
「無視されてた?」
口数少ない小夜の返事を聞き返した俺に、豚骨ラーメンを頼んだ幸子が補足する。
「小夜はクラスでシカトされてたの。だけど私は用があったから、小夜に話しかけただけのことよ」
「でもそのせいで、先輩まで無視された」
「いいの、いいの。その前から、私だってシカトされてたようなものだったから」
「へぇ、いじめを見逃さなかったわけだ、幸子は」
魔法少女リーンの登場のセリフを引用してみたら、幸子がピクッと反応した。
さすがにやり過ぎたか……?
だけど幸子は、少し伸びた横髪を耳に掛けながらラーメンをすすって、そのまま会話を続ける。
「そんな大げさなもんじゃないよ。私はああいうのが嫌いなだけ」
俺の時は楽しんで見学してたくせに、この待遇の違い……。
性別の差なのか、いじめの内容のせいなのか。たぶん幸子は暴力的なのがお好みってだけだろう。
そんな謙遜した幸子に、小夜は崇めるような眼差しを向けながら、さらに語る。
「それだけじゃない。その後、先輩は私を本気で叱ってくれた、いじめられる方にも問題があるって」
「あ、あれは……小夜が情けない顔してたから……つい」
「へぇ、いいとこあるんだな、幸子」
「先輩は涙を溜めながら、何発もビンタしてくれた。愛のムチ」
「……ごめん。あの時は、ちょっとゾクッとしちゃって……」
嬉し涙じゃねーか!
俺は思わず、頬張ってた味噌ラーメンを噴き出した。
一瞬、幸子に敬意の眼差しを向けかけたけど、やっぱりそんなとこか……。
「叱ってくれて嬉しかった。先輩は私の恩人。だから私はどこまでもついて行く」
「はは……ほんとについて来ちゃうんだけどね、この子」
小夜が幸子にべったりになってる理由はなんとなくわかった。俺も中学時代にいじめられた後、幸子にハンカチを差し出された時はすごく嬉しかったっけ……。
あれは幸子の趣味だったわけだけど、優しくされて嬉しかったのは変わらない。きっと小夜も、無視しないでくれた事実が何よりも嬉しかったんだろう。
「もう昔話はおしまい。それより、泰歳。今度のデートいつにする?」
「俺はまだ行くなんて言ってないだろ。だいたい、どこに行くつもりだよ」
「私も一緒に行く……」
幸子は、ファミレスでうやむやになった話を蒸し返してきた。
次から次へと返答に困る厄介な話続きで、俺はちっとも気が休まらない。休憩時間のはずなのに、余計疲れるってのはどういうことだ。
「話まとまったじゃない。今度はラブホテルにしようって」
「ちょ、言ってない、言ってない」
「セックスするなら、私も手伝う」
「手伝っちゃダメだろ! ってか、そもそもしないから!」
ここは俺の学校だぞ。二人の言葉を制しながら周りを見回すと、さっき注文の品を持ってきてくれた二年生が、苦笑いをしながらこっちを見てる……。
二人は美味しそうにラーメンをすすってるけど、俺は気まずい。味なんてわかりゃしない。千五百円返してくれ……。
「じゃぁ、私たちは適当に見て回るね。後で泰歳のクラスの劇も見に行くね」
「二人がラブホテルに行くとき、絶対呼んで」
呼ばねーよ!
ヒヤヒヤドキドキの休憩時間がやっと終わった。俺は午後の公演準備のために、教室に急ぐ。
すると突然俺の頭の中に、レクターから連絡が入った。
『来週の日曜日に久々の任務をお願いすることにしたから、期待して待っててね』
※いよいよ次話から最終章に突入します。お楽しみに……。
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