第24話 魔法少女リーンの真実

『またキミに対決の申し込みが来てるけど、どうする?』


 レクターが、わざわざ俺に確認を取るときはろくなことがない。

 そして対決の相手も大体予想がつく。


『相手はリーンだろ』

『よくわかったね』

『お前が俺に確認するときはいっつも対決相手がリーンかナイツだし、ナイツはこの間対決してからまだ日が経ってないからな』

『で、どうする? 受ける?』

『ちょっと考えさせてくれ』


 リーンの正体に気づく前だったら即答で断ってた。

 だけどこの間のファミレスでのやり取りで、リーンが幸子だってわかっちゃったから、できることなら受けてやりたい。とはいっても、リーンと対決すればひどい目に遭わされるのもわかってる。

 俺は激しく葛藤する。

 幸子には遊園地での引け目もある。だけどリーンの攻撃はいっつも度が過ぎてる。

 あぁ、悩む。受けるべきか、やめとくべきか……。


『ちなみに今回の筋書きは、女子更衣室で着替えを覗く――』

『よし、やろう!』




 今回の現場は女子高の更衣室。明け方とか何考えてんだ……。

 レクターに鍵を開けてもらって俺は更衣室に忍び込むと、ロッカーと壁の隙間に身を隠して息をひそめる。

 日の出前に家を出て、チャリでここまでやってきた。まだ早朝の五時、生徒が登校してからだと大変なのはわかるけど、そりゃないぜ。

 すると間もなく、ドアがガチャリと開いて制服姿の女の子が入ってきた。それは魔法少女リ……あれ? ナイツ?

 体形は似てるけど顔には青いアイマスク、あれは間違いなくナイツだ。ナイツはそのままロッカーの前に立つ。

 それならそれでまぁいい。俺はナイツの着替えシーンをたっぷり堪能するだけだ。


 ナイツが立ち止まったのは、俺が潜んでるロッカーの並び。ナイスポジション。

 その位置なら、ナイツの着替えを斜め前方から拝める。俺は胸が高鳴った。

 ナイツは果たして何に着替えてくれるんだろう。体操服なら下着姿までか。まさか水着に着替えるために、目の前で全裸になってくれちゃったりして?

 俺は今か今かと目を凝らして、呼吸を忘れるほどに意識をナイツの手に集中する。

 ナイツの指先は静かにブラウスに伸びて、そっとボタンを摘まむ。

 そしてそれを、ゆっくりと……。


「そこにいるのはわかってる。出てきて」


 えーっ、着替える前に発覚!? 全裸どころか、ブラジャーもパンティも拝めず?

 俺は朝早くにこんな遠くまで、いったい何しに来たんだ……。

 仕方なく俺は姿を見せる。きっとそこに、リーンが颯爽と登場する手はずになってるんだろう。


 ――パーン!


 俺はビンタを食らってロッカーに叩きつけられた、魔法少女ナイツから。

 あれ? 今日の対決の相手はリーンのはずじゃ……。

 動揺してる俺をすかさず突き飛ばす、魔法少女ナイツが。

 おかしい、色々とおかしい……。俺はレクターに相談した。


『今回の対決相手はリーンじゃないのか?』

『向こうにも考えがあるかもしれないからね。このまま様子を見よう』

『わかった』


 対決してる相手が違うのもおかしいけど、それ以上におかしいのはナイツの様子。ナイツがこんなにしっかりと攻撃を仕掛けてくるなんて初めてだ。

 驚いてる俺の横っ面を、ナイツが今度はグーで殴った。


「ぐへっ」


 結構威力がある。痛みはないけど、そのパワーに顔が反対側に振られた。

 すると今度はナイツが俺の胸倉を掴んで、そのまま床に引き倒す。仰向けに倒れた俺の腹に馬乗りになると、ナイツは俺の頬を左右交互に平手打ちした。

 なんだこれ。どうしちゃったんだ、ナイツ……。

 止まないナイツの往復ビンタに耐えきれなくて、さすがに俺も反抗する。


「ちょっと待って。ねぇ……俺、そこまでされるほどの悪事働いた? まだ俺、ナイツの下着を見るどころか、ボタンだって一つも外れてないんだよ?」

「不法侵入。容赦しない」


 確かに正論。反論の余地なし。だけどこれは筋書き、この仕打ちはあんまりだ。

 ナイツはそのまま立ち上がると、今度は俺の胸のあたりを踏みつけてきた。

 屈辱的。だけど今度はいい眺め。仰向けの俺の目に、青のギンガムチェック柄のパンティが飛び込んだ。

 ナイツはその体勢のまま、振り向いて叫ぶ。


「先輩、とどめお願い」


 ナイツが振り返った更衣室入り口の方を見ると、そこには陰に隠れて見てる魔法少女リーンの姿。俺はなんだか嫌な予感がした。

 顔と上半身の一部を覗かせるリーンは、いつも通りの黒のアイマスクにボンデージ風のコスチューム。だけどナイツの呼びかけに無反応で、様子もちょっとおかしい。

 ナイツに踏みつけられてる俺の姿を見ながら、頬を紅潮させてうっとりした表情を浮かべてる。しかも何やら、モジモジと身体をよじらせてる……。


「せんぱーい、お願い」


 ナイツが再び呼びかけると、リーンはやっと気がついた。

 だけどリーンからは、信じられない答えが返ってきた。


「お願い……もうちょっとなの。もうちょっとだけ続けて……」


 おい、何がもうちょっとなんだよ……。

 リーンの返事を聞いて、ナイツは短いため息をついた。そして俺に向き直る。


「……悪く思わないで。先輩のため」


 ナイツは少し申し訳なさげに俺に言葉を掛けると、再び攻撃を始めた。仰向けに横たわる俺のわき腹を蹴ったり、お腹をグリグリと足で踏みつけたり……。

 でも今度は気が引けてるのか、その攻撃はさっきまでに比べるとかなり優しい。

 それに見上げる俺の視線の先には、攻撃の度にその青い格子模様を歪ませるナイツのパンティ。その最高の眺めに、ナイツに対して怒りの感情は微塵もない。


(ナイツは先輩のためだからって張り切ってたのか。きっと頼まれたんだな……)


 俺はナイツに少し同情しながら、依頼主だろう幸子……いや、リーンの方に目を向ける。するとリーンは、たまらなく嬉しそうに目をとろけさせていた。

 リーンは口をだらしなく半開きにして、息を大きく荒げていく。

 そして身体を小刻みに震わせるその姿を見た時、俺は思い出した。そして気付いてしまった。

 あぁ……幸子は小学生の時から、俺を心配して物陰から見てたわけじゃなかったんだ。俺がいじめられてるところを見て喜んでたんだ……。


「先輩、もういい?」


 三度目のナイツからの呼びかけで、リーンはやっとその姿を現した。さっきから見えてたけど……。

 そしてスッキリした顔で、魔法少女リーンは名乗りを上げた。


「私はいじめを見逃さない。私は悪事を見逃さない。いつでもどこでも駆けつける。魔法少女リーン、ここに見参!」


 リーンの『見逃さない』ってのは、必ず発見して対処するって意味じゃなくて、匂いを嗅ぎつけて自分が見落とさないって意味だったんだな……。

 登場したリーンは手にしたトレードマークのムチを一振りして、床に打ち付ける。

 そして既に、ぐったりと仰向けに横たわってる俺を見つめながら言った。


「今日は対決してくれてありがとう。やっぱり私は、あなたが相手じゃないと感じない。だからこれからもお願いね」


 なんのこっちゃ。俺の存在は、お前を感じさせるためかよ……。

 だけど俺じゃないと感じないって言われたら、それはそれでちょっと気分がいい。いや待て待て、これはリーン得意の飴と鞭かもしれない……。

 お礼の言葉を述べたリーンは、さっそく仰向けの俺の両足を掴む。

 そして今日も靴を脱ぐと、俺の脚の付け根にリーンは足の裏をあてがった。ナイツに攻撃させといて、俺が弱ってから登場してすぐに必殺技。なんていう重役出勤なんだ……。


「いじめの始末は私がつける。いつでもどこでも容赦はしない。必殺、エレクトリック・マッサージ!」

「あががががが……」


 リーンは決め台詞を叫ぶと、自分の足を小刻みに震わせながら掴んだ俺の足を引っ張り上げる。すると今日もいつも通り、俺の急所に強烈すぎる刺激が突き刺さる。

 あれ? でも今日は絶妙な力加減でなんだか心地いい、かも……。

 ひょっとして刺激に慣れてしまったのか、それとも癖になってしまったのか。俺は下っ腹がむず痒くなるような夢心地で気が遠くなっていった。

 そんな朦朧とした俺の頭に、独り言のようなレクターのつぶやきが響く。


『――ダメだ、こいつら。なんとかしないと……』

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