さようなら魔法少女
第26話 本当の筋書き
『今回の対決相手は? 随分待たされたけど、やっぱりみーたんか?』
『それは、現場についてからのお楽しみだよ』
『散々待たせておいて、まだ引っ張るつもりかよ……』
日曜日の昼下がり。いつもならそろそろ目覚めて、録り貯めてるアニメを一気に消化してる貴重な時間。
だがしかし! 今日は任務を予告されてたから、昨夜のうちに見まくった。
ほんの三時間前まで、夜通し見まくった。
仮眠は取ったけど、ちょっと寝不足かも……。
だけどそんな生活とも、もうおさらばかもしれない。
最近じゃ魔法少女たちと対決してる方がずっと楽しい。魔法少女たちとは、プライベートの方でもなんだか良い感じになってきたから、先行きが楽しみで仕方ない。
三次元なんかって思ってたけど、いやいやどうして。二次元にはない、生身のあの感触を味わっちゃうと、もう温もりなしじゃ生きていけない。
ぼちぼち、誰を本命にするか考えておかないと……って言うのはフラグだろうか?
『この道だとやっぱり学校か? ってことは、みーたんか?』
『あ、その道を左ね』
『なんだ、学校じゃないのか。ってことは、まさか……』
俺は今日の対決をレクターに告げられた時から、ちょっと嫌な予感がしてる。
それは、日曜日の対決相手はナイツが多いこと。っていうことは、リーンもセットで来ちゃったりして……。前回二対一で散々いたぶられた悪夢が、つい頭をよぎる。
だけど、レクターは大掛かりな任務って言ってたっけ。だったら以前のみーたん戦みたいに、一度は俺が勝利するなんていう展開かもしれない。
そうだ! いっそのことリーンがこっちに寝返って、今度は俺と一緒にナイツをじっくりと丹念に意地悪く、いたずらしてやるなんていう展開はどうだろう?
『しかし、キミの妄想力には恐れ入るね。相手も筋書きも何も話してないのに、よくそこまで色々と考えるもんだ』
『そんなに褒めるなよ』
『あんまり褒めてないよ』
『お前が教えてくれないんだから、勝手に想像するしかないだろ? 対決相手をここまで引っ張るってことは、また新人だったりするのか?』
『さぁ、着いたよ。いらっしゃいませー』
『自分の家みたいに言うな!』
レクターに案内されるがままにやって来たのは、学校の近くにある廃倉庫。トタン製の波打った外壁は錆びていて、あちこち腐って穴が開いている。
ここは、俺が小さい頃からずっとこんな感じだ。
年々ボロさが増していくのに、全然建て替えられる気配がない謎の建造物。俺が小学生の頃は、実は宇宙人の秘密基地で人体実験の施設なんだって言われてた。
だけどこうしてレクターに案内されると、そんな噂が突然信憑性を増す。
『早く入ってよ。それとも怖いのかい?』
『こ、怖くはないよ。ただ、私有地だから気が引けてるだけだよ』
薄暗い建物の中に恐る恐る入っていくと、人気はないのに奥の方が明るい。
光に惹かれる虫みたいにフラフラ進むと、そこには大小様々な大きさのモニタが置かれてて、見たこともない形の文字らしきものを映し出していた。
『本当に、入っても大丈夫なのか?』
『心配いらないよ。その足下から地下に降りられるから、入って、入って』
レクターの言葉で足下を見たら、確かにハッチみたいなものが開いている。その、マンホールぐらいの大きさの穴には金属製の梯子がついていて、そこから下に降りられるようになっていた。
俺は不安感にドキドキしながら、だけどそれ以上に、これから始まる魔法少女との対決にムラムラ……いや、ワクワクしながら、梯子を伝って地下室へと降り立つ。
するとそこは教室一つ分ぐらいの空間。壁は金属質で部屋全体が光ってる。外のオンボロな外観とは正反対の近未来的な内装だ。
そして突き当りの壁際にはちょっと変わった形のリクライニングチェアと、その隣に操作卓みたいなものが置かれていた。
『こりゃすごい。今回はずいぶんと手の込んだ筋書きみたいだな、こんなものを用意するなんて。で、内容は?』
『今回の筋書きはね……あ、その前に、先に変身してもらうね。ほほほほーいっと』
レクターは姿を現すと、すぐにバック転して俺を変身させた。
そしてここには他人がくる心配がないみたいで、レクターは自分の声で普通にしゃべり始める。
「じゃぁ、椅子に座って、そこに脚を乗せて」
「え、なんだよ、このヘンテコな椅子……。ちょっと屈辱的な体勢なんだけど」
「でもこれ、キミの世界の物だよ?」
リクライニングチェアに座った俺は、足元にある一段高くなった金具にふくらはぎを乗っけた。その金具の位置が左右に大きく離れてるせいで、俺は椅子の上で大股開きの体勢になる。
「次は、その横にあるヘルメットを被ってもらえるかな」
「あぁ、これね」
俺は背もたれの横に掛けられてた、工事現場で使うような半球型のヘルメットを被って、あごひもで固定した。
ヘルメットは銀色の金属製で、ケーブルが複数壁に向かって伸びている。
「これでいいか?」
「そしたら、両手をひじ掛けに乗せたまま少し待ってて。危ないから、ボクがいいって言うまで動いちゃだめだよ」
「お、おう」
今日は、これからどんな筋書きが待ち受けてるんだろう……。俺はワクワクしながらレクターの合図を待つ。
するとレクターは隣の制御卓に飛び乗って、前足で卓上にあった赤いボタンを叩いた。その瞬間、ガシャンという音を立てて俺の両手両足、そしてお腹の部分が金属製の枷で固定される。
あれ? 俺、一瞬にして拘束されちゃったんだけど……。
魔法少女が悪の組織に囚われるのは聞いたことがあるけど、敵役を捕らえても全然面白くない。レクターは何を考えてるんだろう……。
「なぁ、レクター。そろそろ、今回の筋書きを教えてくれないか?」
「筋書きってほどのものじゃないんだけどね。今日はキミの最終任務、体内に蓄積された正義感エネルギーを取り出す作業だよ」
突然レクターから宣告された【最終任務】という言葉。
いずれ終わりは来るだろうって思ってたけど、あまりにも急すぎる。魔法少女の敵役に未練のある俺は、すがる気持ちでレクターに尋ねてみた。
「これが最終任務ってことは、魔法少女の敵役はもうおしまいってこと? 俺、クビなの? レクターは、俺に才能があるって言ってくれてたじゃないか」
「キミの才能は申し分ないよ。歴代でも最高クラスだったさ。でももうキミの身体には、これ以上蓄えられないほどに正義感エネルギーが詰まってる、自覚はないだろうけどね。だからキミの任務はここまでなのさ」
「あー、でもエネルギーを取り出したらまた空になるわけだろ? そしたら、またエネルギーの回収を再開できるじゃないか」
俺が提案を持ち掛けると、普段は表に出ないレクターの表情に陰りを感じた。
そして言い辛そうな重い口調で、俺が耳を疑う言葉を吐いた。
「でも……人間は死んじゃったら、もう活動できないだろ?」
「レクターくーん、今なんて言ったー? なんだか、エネルギーを取り出すと俺が死んじゃうように聞こえたんだけど、気のせいだったかなー?」
「気のせいじゃないよ。蓄積した正義感エネルギーを取り出すには、キミの身体にとっても高い電圧をかけなくちゃならない。人間の身体ではそれに耐えられないんだ」
へー、そうなんだ……って、黙って聞いてていい話じゃない。
納得がいかない俺は、拘束された身体を暴れさせながらレクターを怒鳴りつける。だけどいくら暴れようが、頑丈なこの拘束装置はびくともしない。
「ちょ、ちょっと待てよ。聞いてないぞ、そんな話!」
「最初に言ったよね? キミは正義感エネルギーの回収装置だって。エネルギーを集めたら、それを取り出す。当然の流れだろ?」
「待て待て、お前最初にこうも言ったよな? 『死ぬことは絶対にないから安心して欲しい』って。あれは嘘だったのかよ」
「ちゃんとボクの話を聞いてたかい? ボクは『魔法少女との戦いで死ぬことは絶対にないから安心して欲しい』って言ったはずだよ。エネルギーの取り出しは魔法少女との戦いじゃないからね」
「そんな屁理屈が通用するか!」
でもこの状況を見れば、通用しちゃってるのは明らか。
詰んだ……。でもこれも、散々いい思いをして調子に乗った報いか……。
考えてみりゃ美味すぎる話だった。クラスでも孤立してたこんな俺が、女の子のおっぱいを揉んだり、お尻に顔を埋めたりなんて出来すぎだったかも。
たぶん俺は、誰も体験できないほど良い思いをした。だからこの命を奪われるのも仕方がない…………わけあるか!
俺はなりふり構わず、さらに身体を激しくばたつかせながら、操作卓をいじり回してるレクターに懇願する。
「なぁ、頼むよ、助けてくれって。まだ死にたくないよ、俺。だって、まだ童貞だぞ? この程度で命を奪われちゃ、割に合わないって」
「そうかなぁ。充分すぎるほど、いい思いはさせてあげたと思うけどな」
「頼む、もっとエネルギー集めるから、もっと貢献するから、もう少しだけ生かしておいてくれよ。お願いします、この通りです!」
「だから……キミの身体はもう満タンで、これ以上エネルギーは集められないんだってば。可哀そうだとは思うけど諦めてよ」
俺が何を言っても、レクターは取り付く島もない。
あれ? 涙が出てきた。急に実感が湧いてきちゃったかもしれない……。
しんみりした俺にとどめを刺すように、レクターが最終宣告する。
「じゃぁ、あと五分もしたら回収を始めるから、覚悟を決めてね」
地球外生命体。テレパシーを使ったり、変身させたり、環境を巻き戻したり……。そんなのが相手じゃ、勝ち目なんてあるわけない。
それにそもそも、この拘束から抜け出せないんだからどうにもならない。
「……わかった」
「うん、うん、いい返事だね。しばらくの間、おとなしくしててね」
そう言って、レクターが操作卓の作業に没頭し始める。
俺はすべてを受け入れるしかなかった……。
――シュタッ!
正面に見えるハッチから人影が降り立つ。
「迷惑行為を許さない。不正行為を許さない。真面目に生きる人のため、弱者のためにあたしは戦う。魔法少女みーたん!」
少し前に歩み出て、赤いアイマスクの魔法少女みーたんはポーズを決める。
するとまた一人、ハッチから人影が降り立った。
「私はいじめを見逃さない。私は悪事を見逃さない。いつでもどこでも駆けつける。魔法少女リーン、ここに見参!」
黒いアイマスクの魔法少女リーンも一歩前へ歩み出る。
そしてトレードマークのムチを手に、いつものように斜に構えた。
「魔法少女ナイツ! です」
次に登場したのは、青いアイマスクの魔法少女ナイツ。
お前は相変わらず宿題やってないんだな……。
「痛ったーい……」
ハッチから飛び降りた途端、大胆なM字開脚を俺に拝ませてくれたのは、もちろんピンクのアイマスクの魔法少女カリン。
彼女は尻もちをついたまま、シルクの純白パンティを丸見えにさせている。そして今日はいつも以上に気合が入っているのか、食い込みが激しい。
カリンはお尻をさすりながら立ち上がると、気を取り直して名乗った。
「元気いっぱい、夢いっぱい。ドジでノロマが玉にキズ。失敗しても許してください。みんなを癒す魔法少女カリン、よろしくお願いいたしますね!」
これで四人の魔法少女が勢揃い。みんなで俺を助けに来てくれたのかと思うと、目頭が熱くなる。
いや、展開がここまで出来すぎてるってことは、これも筋書きのうちか……。
ちょっと気が楽になった俺は、駆け付けてくれたみんなに感謝の言葉を述べた。
「みんな、ありがとう。俺はここだよ!」
「分娩台で、なに気の抜けたこと言ってるの! あんた本当に状況わかってる?」
「えっ? あぁ、これが分娩台ってやつなのか、産婦人科とかにある……」
「その状況じゃないわよ!」
みーたんが張り上げたその大声は、ツッコミとはかけ離れた本物の怒声だった。
表情だっていつもの対決の、どこか緩んだ雰囲気なんて微塵も感じられない真剣なもの。泣き出しそうにすら見える必死な眼差しは、他の三人の魔法少女全員からも俺に向けられている。
――いつもの茶番じゃない!?
正直言うと、俺はまだ心のどこかで信じられずにいる。
だけど、あの嘘のつけないみーたんがそう言ってる。
リーン先輩以外に興味のなさそうなナイツまでもが俺を心配してる。
リーンの手は震えてるし、気弱なカリンも心に迷いが感じられない。
そんな四人が醸し出す雰囲気に、半信半疑だった俺の心も焦り始め、次第次第に不安感が募っていく。
「ねぇ、信じて? これは今までの茶番劇とは違うの! あんたはそこにいるレクターに騙されて、利用されてたのよ」
魔法少女みーたんの渾身の言葉。その必死な物言いに、レクターへの不信感はさらに膨らみ、信頼感は急速に萎んでいく。
レクター……信じてたのに……。
今度は、気弱なはずの魔法少女カリンの堂々とした声が、地下室内にこだまする。
「さぁ、本性をお見せなさい。レクター、いいえ、ロイヤール星人!」
「ボクを……いや、吾輩をその名で呼ぶな!」
魔法少女カリンがレクターを『ロイヤール星人』と呼んだ途端、様子が一変した。
レクターはヒステリックに喚き散らすと、作業卓から飛び降りる。そして「ガルル……」という呻き声と共に、次第次第に身体を大きくしていく。
真っ白いイタチみたいな身体だったレクターは、もはや獰猛な猛禽類。伸びた毛並みのせいもあって、今の姿はまるで真っ白いライオンだ。
こうなってしまったら、どっちを信じるまでもない。
俺は力なく、レクターに恨み言をつぶやいた。
「レクター、俺を騙してたのかよ。ひどいよ……」
「ふん。貴様には毎晩の献立に迷うほどのオカズを与えてやっただろうが。その恩返しと思えば、貴様の命ぐらい差し出してもバチは当たらぬだろうに」
「ひどい話ね。食べ物で釣って、その命を奪おうとするなんて!」
「いや、みーたん。それはちょっと違うんだ……」
もう、人懐っこい小動物のようなレクターはどこにもいない。
狛犬のように鎮座する姿勢はいつも通りでも、その大きさは座った状態で俺の身長と同じぐらい。体長はきっと三メートルぐらいあるだろう。
変身を終えたレクターは低く響く声で、部屋中の全員を恫喝した。
「吾輩の邪魔は許さぬ。巻き戻しもないこの状況で、命が惜しくないのならかかってくるがいい、魔法少女たちよ!」
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