第27話 戦う魔法少女たち
「やっと本性を現したわね、ロイヤール星人。ここにいる四人はいい加減な気持ちじゃない。あんたの野望は、絶対に阻止してみせる」
魔法少女みーたんが、四人を代表するように中央で叫んだ。その声に合わせて、他の三人も真剣な表情でそれにうなずく。
今までの対決みたいな緩い空気は全然ない。地下室内が緊張感で張り詰める。
一瞬でも茶番劇の筋書きだと思った俺は、深く反省した。
「巻き戻せないんじゃ死んだら終わりだよ。俺のことはいいから、みんなは逃げてくれ。命懸けで助けに来てくれてありがとう。その気持ちだけで俺はもう充分だよ」
もちろん俺は死にたくない。でもこんな化け物と戦っても、魔法少女たちが勝てるとは思えない。だったらここは少しでも被害を減らすべきだ。
俺は最後の目一杯の強がりを、感謝の気持ちと共に魔法少女たちにぶつける。
だけど魔法少女たちのリアクションは、俺の想像とは大きくかけ離れていた。
「何を言ってらっしゃるんです? わたくしたちは、逃げるわけにはまいりません」
「あなたが何を勘違いしてるのかわからないけど、こいつの野望を止めないとこの子たちの星が滅亡するのよ」
「この子たち……って、誰だよ?」
みーたんに続いて、カリンやリーンも真剣な表情で危機を訴える。だけど、話が俺とはちっとも噛み合わない。
そして気が付けば真っ白いイタチのような生き物が三匹、いつの間にか魔法少女たちの側に現れていた。その姿は、変身前のレクターにそっくり。魔法少女たちに寄り添ってるってことは、あれは彼女たちのマネージャーなんだろう。
魔法少女たちがここに来た理由って、俺の救出じゃなくてあのマネージャーたちのためだったのかよ。ガッカリだよ……。
その三匹を代表するみたいに、魔法少女みーたんの隣のマネージャーが少し無機質な口調で、俺に向かってしゃべり出す。
「ボクたちはアリオメーヤという星からやってきた。見ての通り非力で、星の資源も乏しい。だからこうして地球にやって来ては、正義感エネルギーを集めてたんだ。おかげでボクらの星は随分と豊かになったよ。だけど最近、ボクらは他の星から侵略され始めた。それがあいつらの星、ロイヤール星なんだ」
「ふん、勝手に吾輩の星をロイヤールなどと呼びおって。だがな、戦争ももうすぐ終結する。平和ボケした貴様らの星など、我が星の軍事力で滅ぼしてくれるわ」
言い争う、姿を変えたレクターと魔法少女のマネージャーたち。
今までは漠然と地球外生命体としか思ってなかったけど、星の名前まで出てくると急に実感が沸いてくる。だけど突然二つの星の名前が出てきた上に、星間戦争を繰り広げてるなんて穏やかな話じゃない。
今日は状況があまりにも目まぐるしすぎて、俺は話についていけなくなりそうだ。
もう少し詳しい情報が欲しかった俺は、アリオメーヤ星から来たっていうみーたんのマネージャーに説明を求めた。
「ちょっと待ってくれよ。どういうことなんだよ? 話が全然見えないよ」
「キミたちにはわからないかもしれないけど、人間の感情には物凄いエネルギーがあるんだ。だからボクたちは地球にやってきて、魔法少女と敵役っていう状況を作り出しては正義感エネルギーを集めてた。だけど、そこにいるレクターはボクたちの姿に成りすまして、キミを使って正義感エネルギーを掠め取ったんだよ」
「あぁ、いい働きだったぞ、泰歳よ。そして貴様の体内に蓄積された正義感エネルギーを、我が星の高エネルギー砲に活用することによって、戦争に終止符を打つというわけだ。ガッハッハッハッハ」
レクターの重低音の笑い声が、金属質の冷ややかな室内に響き渡る。
俺が悪事を働いて回収したエネルギーが、正真正銘の悪事どころか戦争に利用されるなんて……。俺は自己嫌悪で立ち直れそうもない。
どうやらレクターは、今の身体がロイヤール星人としての本来の姿。愛嬌があった今までの姿は、アリオメーヤ星人に成りすますための擬態だったのか……。
今のレクターの存在感は圧倒的。こんな化け物に太刀打ちできるはずがない。
なにしろ、桁違いの体格はただ大きいだけじゃない。四本の足は太くてがっしりとした筋肉の塊。その足先の爪も、なんでも裁ち切れそうな鋭さで鈍く光っている。
顔は外周をたてがみで縁取られて、姿を変える前の愛くるしさは微塵もない。
魔法少女を丸呑みできそうな大きな口には鋭い牙、口角からはよだれを垂らしている。そして、睨みつけられるだけで震え上がる冷酷な眼光には恐怖しかない。
そんな猛獣を目の前にして、室内には沈痛なムードが漂う。
だけどそれを、魔法少女たちの言葉がかき消す。
「あたしたちから奪った正義感エネルギーを、この子たちの星を滅ぼすために利用するなんて絶対に許せない。あたしたちが倒してあげるから覚悟してちょうだい」
「わたくしたちが力を合わせれば、きっと倒せるに相違ございません。みなさん、力を合わせて頑張りましょう」
「しばらくこのムチを振るってなかったから、ちょっとイライラしてたの。今日は思う存分痛めつけてあげるから、覚悟しなさいよね」
「私も先輩のために頑張る」
四人の魔法少女はそれぞれに決意を口にすると、一斉にレクターに向かっていく。
挑まれたレクターも二本の後ろ足で立ち上がって、魔法少女たちを迎え撃つ。
拘束されたままで見守ることしかできない俺は、情けないやら、歯がゆいやら。俺にできるのは、彼女たちを応援することだけだった。
「とぁっ!」
魔法少女みーたんはいつもの赤いチェックのミニスカートで、勇ましくハイキックを繰り出す。ヒラリとひるがえったスカートの奥にチラリと見えたのは、薄い水色のヒモパンだった。
ちょっと待って。あれって、シャワールームで対決した時に更衣室にあった、スケスケの奴じゃないのか……?
こんな一大事の戦闘中だっていうのに、俺は不謹慎にも色めき立った。だって、どうせ俺は手出しできないし……。
レクターはみーたんの蹴りを前足で軽くいなす。けれどもそれは織り込み済みで、みーたんはその反動を利用して今度は後ろ回し蹴りを繰り出した。
「てやっ!」
「いいぞ! もっと蹴れ、激しく! 足はもっと高く!」
俺は思わず願望を……いや、声援を飛ばす。
振り上げられる足、めくれ上がるスカート、その付け根にあるのはスケスケのパンティ……のはず。
だけど今のみーたんは正義感に燃えているせいか、俺と対決した時なんて目じゃないほどに身体能力が向上してる。これが正義感エネルギーの真のパワーか。
蹴りは鋭く、目にも止まらない速さ。俺の目にはパンティの残像さえも映らない。
そんなみーたんを、横から援護するのはリーン。
リーンはピッチリとした真っ黒いボンデージ風のレオタードに身を包んで、手に持った長いムチをレクターの身体に容赦なく打ち付ける。まるで猛獣使いのように。
「あはははは、休んでなんてあげないわよ。もっと私のムチを味わうがいいわ」
打ち付けられるリーンのムチもまた、身体能力が向上してるせいかとても力強い。
ピシピシなんていう軽い音じゃない。バスン、バスンという重い衝撃音は、俺が食らったらひとたまりもなさそう。
それがいつも以上に素早く振り回されて、その攻撃にはレクターも手を焼いているらしい。油断すると容赦なく襲い掛かるムチ、けれど隙を見せればみーたんの蹴りも飛んでくる。
そんな注意力が散漫になったレクターに、今度はナイツが飛び掛かった。
「とー」
凄まじい跳躍力でレクターの左前足に飛びついたナイツは、そのまま一瞬で身体を絡ませて、全身を使って関節を極める。さらにナイツは唇を噛みしめながら眉間にしわを寄せて、ギリギリとレクターの肘の部分を曲がらない向きに締め上げていく。
レクターも当然、その怪力で抗う。けれどもその顔面にリーンのムチがヒットした瞬間、レクターの腕の緊張が緩んだ。
――バキッ。
部屋に響く、鈍くて痛々しい音。
と同時に、レクターの絶叫も室内に反響した。
「ぐおぉ、吾輩の腕がぁっ!」
だらりと垂れ下がるレクターの左前足。
レクターはまとわりついているナイツを叩き潰そうと、折れた左前足をそのまま床に向けて振り下ろした。
「ぐわぁっ!」
上がった悲鳴は野太い重低音。レクターのものだった。
ナイツは床に衝突する寸前に宙に舞い、女子高の制服のプリーツスカートをはためかせながら見事に着地。俺の目にライムグリーンの縞模様のパンティを焼き付けた。
結局レクターは折れた自分の前足を、自らさらに床に叩きつけただけだった。
カリンはどこだろう?
俺は周囲を見回して、姿の見えないカリンを探す。確かに身体は小さいけど、あの圧倒的な迫力の胸を俺が見失うなんて……。
目を走らせること数秒。いた! カリンはレクターの長いたてがみを握りしめて、後頭部の辺りにぶら下がってる。
いつの間にそこまでよじ登ったんだろう。でもカリンはそれ以上は何もできない。ただひたすらにしがみついてるだけ。あれが彼女の精一杯か……。
「目障りな奴め。おまえも振り落としてくれるわ」
「わたくしにも、魔法少女としての意地がございます」
レクターは歌舞伎の連獅子のように、頭を振り回し始める。
その遠心力で何度も振り落とされそうになりながらも、カリンは死に物狂いでしがみつき続ける。浴衣風のコスチュームの裾がまくれ上がって、大きくぷりんとしたお尻にシルクのパンティが、ギリギリと食い込む様を晒そうがお構いなしに……。
何の取り柄もなく、ただ必死にしがみついてるだけのカリン。だけど彼女のそんな地味な行動も、決して無駄じゃなかった。
カリンを振り落とそうと頭を回すレクターの動きは単調、軌道の予測も容易だ。そこにタイミングを合わせて、みーたんの強烈な蹴りがカウンター気味に炸裂する。
すると今度は動きが止まったレクターの目を、リーンのムチが鋭くえぐった。
「ぐおぅっ」
たまらず右の前足で目を覆うレクター。
左前足は折れて垂れ下がったまま。
視力を奪った上にガードも緩む、そんな絶好の機会をみーたんは見逃さなかった。
「今よ、みんなで一気に行くよ!」
その掛け声に、みんなが一斉にうなずく。
みーたんはレクターの正面に陣取り、リーンは足元へ、ナイツは目を覆っている右の前足へと飛びつく。
こっそり練習でもしてたんじゃないかっていう、流れるような動き。
そして位置取りを済ませると、今度はみんな一斉に決め台詞を叫ぶ。
「あなたの悪事は許さない。すべてあたしが葬り去る。悔い改めよ、正義の鉄槌、ジャッジメントハンマー!」
「いじめの始末は私がつける。いつでもどこでも容赦はしない。必殺、エレクトリック・マッサージ!」
「必殺技!」
「お父様、お母様、成長したわたくしをご覧ください。おとなしいだけがわたくしじゃありません、おてんば娘の渾身の一撃、ヒップ・アターック!」
みーたんは両手でレクターの胸元に、リーンは足で股間に、ナイツはしがみついた右前足に、そしてカリンはお尻で後頭部に……それぞれ必殺技が炸裂した。
四人同時の魔法少女の必殺技。その衝撃は爆発に似た音を発生させる。そして一瞬遅れて俺の顔に、その衝撃波が風となって吹きつけた。
「おぉ、なんて凄まじい正義感エネルギーだったんだ……」
爆音が鎮まると、アリオメーヤ星人の一匹がつぶやいた。
そしてレクターの足元には、正義感エネルギーを放出し切った四人の魔法少女たちが、ぐったりと座り込む。
でもその表情はまぶしい笑顔。力を出し切った達成感が、彼女たちの身体中から滲み出ていた……。
――だけどその歓喜は、すぐに絶望へと変わる。
「吾輩にそんな攻撃は効かぬわ」
レクターは地響きのような声を轟かせると、ナイツが折ったはずの左前足を調子を確かめるようにグルグルと回し始める。
そして冷徹な眼光も取り戻して、魔法少女たちをキッと睨みつける。どうやら視力も回復してるらしい。
そんな完全復活のレクターの姿に、魔法少女たちの笑顔は一瞬で消失した……。
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