第21話 魔法少女の正体
幸子のことを考え続けて、昨夜はちっとも眠れなかった……。
いい思いをしたドキドキでじゃない。やっちまった自己嫌悪の方で。
だから俺は謝るために、幸子を近所のファミレスに誘った。そろそろ来てもいいはずなんだけど……。
「はぁ………………」
もう、ずっと深いため息をつきっぱなし。幸子を待つこのちょっとの間でも、昨日の反省で頭の中がグルグルしてる。
昨日は、幸子に襲い掛かることしか考えてなかった。だって幸子がナイツだと思ってたから。そして身の危険を感じたら変身するだろうって、勝手に思いこんでた。
『なんであらかじめ、幸子は魔法少女じゃないって教えてくれなかったんだよ……』
『そりゃ守秘義務があるからね、魔法少女関連の情報は漏らせないよ』
『魔法少女の正体を明かすのはまずいんだろうけど、逆は構わないだろ……』
昨日のレクターは、俺が幸子に付きまとわれたから任務が遂行できないって、向こうのマネージャーに中止を掛け合ってくれたらしい。
だけど昨日のナイツは珍しくやる気満々だったから、一般客の不純異性交遊を懲らしめる筋書きに変更することで手を打ったんだとか……。
そう、そのターゲットとして、変身してない一般客の俺が幸子を襲ったところを、ナイツが懲らしめる手はずだった。昨日の最後みたいに……。
あぁ、それなのに……。
俺が幸子に襲い掛かったのが、観覧車の中だったばっかりに……。
いくら魔法少女って言ったって、イリュージョンやテレビアニメじゃあるまいし、空中の観覧車の密室の中に駆けつけられるわけがない。
『せめてレクターが、観覧車に乗る前に止めてくれてれば……』
『それは昨日も謝ったじゃない。あの時ボクはナイツの様子を見に行ってて、キミを見失ってたって』
『だったら幸子の記憶を消してくれれば……』
『記憶の消去は不可能な場合もあるって、昨夜説明したろ?』
『あぁ……幸子になんて謝ろう。やりすぎちゃったよ、俺……』
『やりすぎてないさ。この星じゃ、先っぽまではセーフって聞いたことがあるよ』
「アウトだよ!」
俺は思わず両方の拳を握り締めて、強くテーブルを叩く。ガシャンと、テーブルの上のコップやナイフ類が音を立てるほどに。
だけど、レクターのせいにしても始まらない。やっちまったのは俺だから……。
今日はとにかく幸子に謝ろう。誠心誠意、謝ろう。今の俺にできるのはそれぐらいしかない。
「ごめんね、遅刻しちゃって。怒ってる? 私、アウト?」
「あぁ、いやいや、それはこっちの話だから気にしないでよ」
あぁ、なんて間が悪いんだ……。レクターと心の中で言い争いをしてたら、いつの間にか幸子がテーブルの横に立ってた。
そんな幸子は、今日も不思議なぐらいに可愛い。
服装は昨日と色違い。水色のフレアミニスカートに、薄いピンクのカットソー。今日のスカートも、ちょっと突風が吹いただけで中身が拝めそうに短い。そしてたぶん、薄っすらと化粧もしてる。
「昨日は俺がやり過ぎた。ごめん」
幸子が座るか座らないうちに、俺は深々と頭を下げて謝った。
だけど昨日のことを、幸子はなんとも思ってないみたいだ。
「やり過ぎた? なにを?」
「怒ってないのか?」
「どうして怒るの? 楽しかったよ、遊園地」
彼女でもないのにキスしちゃったり、おっぱ……いや胸を、揉み……いや、撫で回したり……。
軽蔑されるか、激怒されるか、下手したら痴漢で訴えられるか。俺はそれぐらいの後悔をしてたのに、目の前の幸子はケロッとしてる。俺の取り越し苦労だったのか?
でもあれが許されるってことは、やっぱり幸子の奴……。
あぁ、今はその前に確認しないといけないことがある。謝り終わったら聞こうと思ってたことだ。
「なぁ、幸子。昨日のアレ……なに?」
「アレって? 帰り際の?」
「アレしかないだろ、昨日のアレって言ったら」
「なんだったんだろうね、アレ。あの後、すぐいなくなったし」
なんだ、家まで送ってもらったんじゃなかったのか。そりゃ、あんなアイマスク姿でウロウロしてたら怪しいもんな。
ナイツは幸子と同じ女子高の制服だったから、正体がわかるかと思ったけど収穫は無し。これ以上詮索すると、俺が契約違反になりそうだから自重しておくか……。
そんな思案にふける俺に、今日も流暢に幸子が話しかけてくる。
「それより泰歳、またデートしよう。今度はどこがいい?」
「俺なんかとで本当にいいのか? でも、遊園地はもう勘弁な」
「遊園地は嫌なんだ……じゃぁ、遊園地にしよう」
「お前、昨日もそうやって俺の意見無視したろ」
またデートに誘われた。これはもう、絶対に俺のこと好きだろ?
でなけりゃ昨日あんなことした俺を、また誘うなんてあり得ない。
あぁ、ダメだ。意識しちゃって、会話が全然頭に入ってこない。
「泰歳が行きたそうなところだと……。邪魔が入らないラブホテル?」
「うん、ラブホテルね。そこなら邪魔も……って幸子、本気か!」
「嘘に決まってるでしょ。泰歳のスケベ」
幸子って、こんな冗談を言う奴だったっけか……?
それとも、からかわれてるだけなのかな? 俺じゃきっと、手を出し切れないだろうと思って……。
だけど本気だっていう確証がないと、あれ以上は俺には踏み込めない。意気地なしって言われても仕方ない、それが俺の性格だから。
そんなことをぼんやり考えながら窓の外を眺めると、怪しい人影が生け垣の間からこっちを見てる。俺がちょっと注目すると、その人物はすかさず物陰に身を隠した。
「なぁ、幸子。今、外に怪しい人影がいたんだけど」
「どんな人?」
「俺らと同じぐらいの歳で、雰囲気はお前にそっくりな女の子」
「うーん……」
すると幸子は携帯を取り出して、どっかへ電話を掛け始めた。警察とか?
でも話はすぐに終わって、幸子はすぐに携帯をバッグにしまう。
するとその直後、俺らのテーブルの脇に一人の人物がやってきた。その少女はついさっき、物陰に隠れた女の子だった。
「この子でしょ? 泰歳が見た子って」
「そうだけど、知り合いだったの?」
「ほら、自己紹介して」
「藤崎 小夜」
藤崎 小夜(ふじさき さよ)って名乗った女の子は、幸子と同じ匂いがした。もちろん雰囲気って意味だけど、漂うシャンプーの香りも幸子と同じ気がする。
髪型も輪郭も幸子に似てるけど目は切れ長で、口はちょっと不満げに見える小さめのへの字口。顔立ちは幸子とはずいぶん違う。そのくせ、ぼそぼそとしゃべる声は幸子にそっくり。今の幸子じゃない、中学生の頃の幸子だ。
服装も似た雰囲気。っていうか、見覚えがある。ボーダー柄のカットソーに、黄色のフレアミニスカート……ってこれ、幸子が昨日着てた服じゃないのか?
気になることは色々あるけど、まずは紹介されたから俺も挨拶しておくか……。
「広原泰歳です。幸子とは保育園からの幼馴染で――」
「知ってる」
「あ、そうっすか……」
小夜とは会話が続かない。以前の幸子みたいだ。
そういえば幸子とはいつの間に、こんなに会話が盛り上がるようになったんだろう。小夜を見て、俺はそんなことを考えていた。
「ほら小夜、座って」
「うん」
「前に泰歳に話したよね? 高校で友達ができたって。それがこの子」
小夜はボックス席の幸子の隣に座ると、ぴったりと身体をすり寄せる。
これって友達じゃなくて、ただならぬ関係に見えるんだけど……。俺がアニメの見過ぎなのか?
それにしてもこの感じ、どこかで……。
「先輩、変なことされてない? こいつに」
「されてないよ。どうせ、見てたんでしょ? それから小夜、同じクラスなんだから先輩っていうのやめてね。なんだか私がダブってるみたい」
「でも、先輩は先輩」
言い争いっていうよりは痴話ゲンカ。むしろ、いちゃついてるまである。
二人の関係に興味を持った俺は、ちょっと探りを入れてみた。
「二人はすっごく仲が良さそうだな。お風呂とか一緒に入ってそうなぐらいに」
「バカ。泰歳、何言ってるの――」
「一緒に洗いっこしてる。洋服の貸し借りも」
「小夜! なに言いだすの。私たちそんなこと……」
「先輩、隠す必要ない」
「洗いっこなんて……。ちょっと、一緒にお風呂に入ったことがあるだけだから!」
暴露しちゃった小夜を、幸子がたしなめたところでもう手遅れ。
同じシャンプーを使ってるだけかと思ったけど、まさか一緒に風呂に入ってたなんて。ふーん、そういう仲か……これは捗るな。
それにしてもこの小夜って子は人見知りっぽいのに、幸子の話になると途端に饒舌。なんだか似たような人物を、最近見た気がする……。
「洗いっこねぇ……。いいね、そういうの。あぁ、俺も混ざりたい……」
「ダメ。先輩の身体を、お前なんかに見せない」
「何言ってんの、小夜。泰歳も変な妄想してるでしょ、やめてよね」
「前に聞いた時には否定してたけどさ、本当はやってるんだろ? お泊り会だって」
「なに言ってんの! そんなこと――」
「毎週してる。先輩がいっつも、土曜日に遊びに来てくれる」
「へぇ、そんなこと……してるんだね。幸子」
俺はニヤニヤしながら、ゲスな視線を幸子に向ける。あぁできることなら、この二人の私生活を覗き見たい!
さっきから小夜にペースを乱されて、幸子は顔を真っ赤にしながらしどろもどろ。普段の余裕しゃくしゃくな表情はどこにもない。そんな幸子が新鮮で、とっても可愛く見えて……あぁ、やっぱり意識してんのかな、俺。
幸子は視線を感じたのか俺を見つめると、居たたまれない様子で立ち上がった。
「も、もう、私帰る!」
「そんなぁ、逃げなくてもいいじゃないか、幸子。もっと詳しく話聞かせてよ」
傍らに置いてあったバッグを手繰り寄せ、幸子が帰り支度を始める。
もうちょっとお泊り会やら、洗いっこの話を聞きたかったのに……。
そして当然のように、小夜も幸子に倣うように立ち上がる。二人連れ立って、窮屈なボックス席からスルリと身体を滑り出させた。
「私も帰る」
「じゃぁね、泰歳」
あれ、まてよ……?
二人を見送りながら、俺は急に胸がざわついた。
そして思い当たったことを確認するために、小夜を呼び止めて質問をしてみる。
「ちょっと聞きたいんだけど。もしかして藤崎さんの家って、女子高の近く?」
「泰歳、小夜が可愛いからってストーキングしたらダメだよ」
「しないから。幸子はちょっと黙ってて」
「女子高近くの大きな公園のそば」
「そうか、やっぱり……」
「何がやっぱりよ。帰ろ、小夜。じゃぁね、泰歳」
「あぁ、またな」
二人を完全に見送った俺は、深い深い深いため息をついた。
はぁ、そういうことか………………。
謎は全て解けた! いや、そこまで気合いを入れるほどのもんじゃない、さっきから薄々は勘付いてた。
でもこれだけ状況証拠が揃っちゃったら間違いない、小夜が魔法少女ナイツだ。
――そもそも、俺が幸子をナイツだと思った理由はなんだっけ?
最初の魔法少女ナイツとの対決の直後に、まるっきり同じ服装の幸子とバッタリ会ったからだ。
あの日は日曜日。見たいアニメを見逃した日だから、しっかり覚えてる。
あの日曜日にコンビニで立ち読みしてた幸子は、きっと小夜の家に泊まった帰りだったんだろう。ナイツのコスチュームがまるっきり同じだったのは、きっと小夜が憧れてる幸子のその日の服装を真似て変身したから。
シャンプーの香りが同じだったのだって、一緒にお風呂に入れば当たり前。
体型も髪型も幸子に似てる。これならアイマスクをしちゃえば、どっちがどっちだかわからない――。
そこにたどり着いたら色々と辻褄も合ってくる。
小夜だって同じ女子高だから、魔法少女のコスチュームに選んでもおかしくない。
それに名前が小夜、だからナイツ。
『ってことだよね? レクター』
『それはお答えできないね』
『最近そればっかりだな』
幸子の友達の小夜が魔法少女ナイツだった。でもそれだけだったら、こんなに胸騒ぎはしない。俺の不安はこの先だ。
魔法少女ナイツは、リーン先輩に憧れて魔法少女になったって言ってた。
そして魔法少女ナイツである小夜が、幸子のことを先輩って呼んでたのもついさっき目撃してしまった。
まさかそんなはずは……。あの地味で目立たなかった幸子が……。
でも待てよ、鈴木幸子だろ。鈴……リン……リーン……。つながっちゃったかもしれない。
幸子も魔法少女だから、レクターは守秘義務があるって言ってたのか。そして記憶が消せなかった理由っていうのも、幸子が魔法少女だから……。
俺の目の前は真っ暗になった……。
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