第22話 復活の魔法少女

『魔法少女カリンから果たし状を受け取ってきたよ』

「なんだよ、果たし状って。時代劇かよ」


 口にくわえてた白い紙包みを、レクターは俺に向かって突き付けた。

 包みは細長い厚手の和紙製。その上端と下端は後ろに向けて折られていて、表には堂々とした毛筆で大きく【果たし状】って書いてある。


「あぁ、こりゃ紛れもなく果たし状だわ」


 魔法少女からの対決の申し込みは何度も受けたけど、わざわざ果たし状って……。

 その和紙の包みを開くと中にはこれまたご丁寧に、時代劇にでも出てきそうなクルクルと巻かれた手紙。その潰れた巻物のような手紙を広げながら、それを埋め尽くす綺麗で丁寧な文字を、俺はゆっくりと読んでいく。


 ――この度は失敗した任務を再遂行致したく、筆を執らせて頂きました。

 差支えがないようでしたら、明日深夜二時、先日の学校のプールにお越しください。是非とも、わたくしとの対決をお受け戴きたく存じます。

 まずは先日の件について、深くお詫び申し上げます。あの時のわたくしはどうかしておりました。そもそも――。


「どこまで続くんだ? この果たし状って」

『その先はずーっと反省文だね。それだけキミに申し訳なく思ったんだよ、きっと』

「要するに魔法少女は辞めない。この間のやり直しがしたいってことね」

『美しい敵対関係だね。ドラマチックだね』

「まぁ、カリンが辞めずに思い止まってくれたなら、俺も嬉しいよ」


 場所も時刻も前回通り。わざわざ苦手なプールでやり直さなくてもいいのに……。

 でもそれが友恵……いや、カリンの意気込みか。俺は、立ち直った魔法少女カリンとの対決が楽しみになった……。




『俺は本当に前回通りでいいのか?』


 照明が照らす深夜の学校のプールの真ん中で、俺は今回もプカプカと浮かびながらぼんやりと夜空を見上げてる。

 前回はそのせいで、カリンが溺れたっていうのに……。


『それが向こうの指示だからね。キミはそのまま待ってればいいよ』

『わかったよ』

『それじゃ、頑張ってね』


 レクターの声が途切れると、入れ替わるようにカリンがプールサイドに現れた。

 いつも通りのピンクのアイマスクに、裾の短い浴衣風のコスチューム。背中で結わえた帯は、まるで大きなリボンのよう……。

 前回と丸っきり同じく登場した魔法少女カリンは、今回もポニーテールの髪を振り乱しながら準備体操を始めた。


 ――運動音痴のカリンが、こんな短期間で泳げるようになるはずがない。

 だけど俺にわざわざ、前回と同じくプールの真ん中にいろって言うんだから、きっと何か作戦を考えてあるんだろう。

 だったら俺もそっちに歩み寄ったり、手を抜いたりしない。前回の失敗はなかったことにして、新たな気持ちで対決を楽しもうじゃないか――。


 なーんて……。

 やれやれ、やっとカリンの準備体操が終わったか。時間つぶしの妄想も楽じゃないな……。

 すると魔法少女カリンは、さっそく俺に指を突きつけて宣戦布告した。


「あなたのことはわたくしが、絶対に倒してご覧にいれます。そこで今しばらく、黙ってお待ちください」


 宣言し終わったカリンは、トレードマークのポニーテールの付け根を掴むと、髪を束ねてたゴムをスルリと引き抜く。ふぁさりと肩に掛かる栗色の髪が、とっても柔らかそうに風になびく。

 そしてそのゴムを口にくわえると、カリンは髪を束ね直し始めた。

 付け根を掴んだまま、クルクル捻じりながら手際良く巻き上げられていく髪。それを付け根で大き目のお団子にして、最後にくわえてたゴムで留めて完成。

 うなじにかかる後れ毛が色っぽくて、その姿にゾクッとした。

 なるほど、これなら水中でも邪魔にならなそうだ。


「お、お待たせして申し訳ございません。ですが……もう少々お待ちくださいませ」


 続けてカリンは背中の大きなリボンに手をかけると、スルリとひと思いにそれを解く。はだける短い裾の浴衣風コスチューム、それをカリンはバッサリと脱ぎ捨てた。

 現れたのは純白の下着……じゃなくて、今日は純白のビキニの水着か……。

 前回は水着姿じゃないのをガッカリしたのに、今日は水着でガッカリ。やっぱり見えるなら下着の方がいいに決まってる。布面積はほとんど違わないのに不思議なもんだ……。

 だけど水着になったってことは、やっぱり泳ぎを克服してきたのか?

 いや、違う。何やら口で膨らまし始めた。浮き輪か! カリンらしい解決方法だ。


「元気いっぱい、夢いっぱい。ドジでノロマが玉にキズ。失敗しても許してください。みんなを癒す魔法少女カリン、よろしくお願いいたしますね!」


 準備が整ったカリンは、ようやく名乗りを上げた。

 今日はポーズなし。代わりに膨らませた浮き輪を抱え上げると、カリンはゆさゆさと大きな胸を揺らしながら、こっちに向かって駆け出してきた。

 プールの縁で踏み切ったカリンは元気いっぱいに飛び跳ねて、プールへと吸い込まれていく。その見事な胸と、ほんのちょっとだけ余ってるお腹の肉を躍動させながら……。

 ザッパーン!

 派手な音と共に上がった巨大な水しぶきが、カリンの姿をすっぽりと隠す。

 そして水の緞帳が落とされると、中から満面の笑顔を輝かせるカリンが現れた。


「長らくお待たせいたしました。さっそくあなたを血祭りにして差し上げますね」

「丁寧だけど物騒だな。でも遠慮はいらない。かかって来い、魔法少女カリン!」



 プールの中央で繰り広げられる戦い。それは壮絶……とは程遠い。

 カリンは一生懸命にパンチを繰り出すけど、やっぱり例えるならポカポカっていう音が相応しい。これならきっと、生身の俺でも痛くないだろう。

 そんな調子だから、俺はカリンの攻撃を軽くあしらう。

 するとカリンは、今度は俺の頭に手を回して抱きついてきた。そしてそのまま強く締め付ける。なるほど、おっぱいで圧殺か。それはいい攻撃だぞ、カリン。

 俺はうっとりしながら、カリンの柔らかいおっぱいの感触を顔面で満喫する。


「んんん。良いもうめみま。あめ? もめっめ、いみま、めみまいんじゃ……」


 これって、やばいんじゃ……。充実感に浸ってる場合じゃない、息ができねえ。

 カリンの胸に埋めた俺の鼻と口は、見事なほどにぴったりと塞がれてた。

 慌てて俺はカリンの浮き輪を掴んで、力任せに投げ飛ばす。


「はぁ……はぁ……」


 危ない、危ない。お楽しみはまだまだこれからだっていうのに、本当にカリンに倒されちゃうところだった……。


 カリンの圧殺攻撃を切り抜けた俺は、反撃のためにプールの縁に向かった。

 俺が狙うのはプロレスで言う、トップロープからのボディプレス。プールサイドの高い位置から、カリン目がけて飛びかかってやる。


「さぁ、今度はこっちから行くからな」


 プールの縁に泳ぎ着いた俺はさっそくよじ登る。すると俺のブーメランパンツに、後ろからカリンの手がかかった。


「逃がしません。この手は絶対に離しませんので、そのおつもりで」

「待って、ちょっと待って。脱げるから、脱げちゃうから……」

「えっ? えっ?」


 カリンは驚いてるみたいだけど、がっしりと掴んだ手は離してくれない。

 プールの中から見上げるカリンに、俺は一瞬にしてブーメランパンツをサポーターごとずり下げられてしまった……。


「あーっ! どういたしましょう、と、と、殿方のオチ……いえ、あぁ、わたくしとしたことが……」


 これは正面から見られるよりも恥ずかしい。恥ずかしすぎる。丸出しの下半身を、後ろから見上げられるなんて……。だけど羞恥の極限に達した俺は、逆に開き直る。

 俺は水着を諦めて、丸出しのままプールサイドによじ登る。そして当初の目的通り、カリンに向かって高い位置から飛び掛かった。丸出しだけど……。

 プールだからできる派手な技の応酬。だけど傍から見たら、プールでじゃれ合ってるカップルにしか見えないだろうな……。



 どれだけの時間じゃれ合って……いや、戦ってただろう。

 楽しかった、そして疲れた。カリンはプールサイドに腰を下ろして、肩で息をしてる。俺も体力的にそろそろ限界かもしれない。身体だって冷え切って、あちこち縮こまってしまってる。

 だけど俺は嬉しくて仕方ない。前回あんな終わり方をしたのに、こんなに元気に魔法少女カリンが復活してくれたから。

 俺は水中からカリンを見上げながら、戦闘を終わらすために合図を出した。


「短期間のうちにずいぶん腕を上げたな、大した魔法少女だ。俺の魔法少女たちとの戦いの中においても、今日は一、二を争う激闘だったぞ。俺はもう限界だ、早くお前の手で楽にしてくれ……魔法少女カリンよ」

「お褒めに預かり光栄でございます。ではわたくしの必殺技を味わっていただいて、この壮絶な戦いの締めくくりとさせていただきましょう。よろしいですね?」

「あぁ、頼む……」


 カリンはプールサイドに腰かけたまま、水中の俺の両頬を左右から太ももで挟んだ。

 見上げる俺にカリンは頬を赤らめながら微笑むと、カリンは俺の後頭部に手を当てて、優しく力を入れて押さえつける。


「お父様、お母様、成長したわたくしをご覧ください。おとなしいだけがわたくしじゃありません、おてんば娘の渾身の一撃、ヒップ・アターック!」


 カリンは決め台詞を叫び終えると、その体勢のままプールへと飛び込んだ。

 圧し掛かるカリン……。カリンの太ももに挟まれたまま、俺の頭は水中へと引きずり込まれていく。

 太ももの柔らかい感触。だけど楽しんでる余裕はない。これは今までのどれよりも必殺技だ、なにしろほんとに息ができない……。


『レクター、巻き戻して助けてくれるよな……』


 魔法少女カリンの成長ぶりに満足しながら、俺の意識は水中で薄れていった……。

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