第19話 魔法少女の悩み

 翌日の友恵は、学校には来てるけど元気がない。

 取り巻き連中には相変わらず気遣いの笑顔を振りまいてるけど、毎日その背中を見てる俺の目はごまかせない。

 なーんて、昨夜のカリンを知ってる俺だから、そう見えるだけだろう。

 なんとか元気付けてあげたいけど、魔法少女とその敵役から離れちゃえば完全に無関係。それに、取り巻き連中の人垣に割って入る気力は俺にはない。

 そうなると、俺が取れる手段はこれぐらいだ……。


「ひゃっ!」


 四時間目の授業中に、俺は目の前の友恵の背中をシャーペンで突いた。

 ビックリして振り返った友恵に、俺は丸めたノートの切れ端を渡す。受け取った友恵は前方に向き直って、俺の渡した紙切れを広げ始めた。

 紙切れには【今日の昼休み、屋上で一緒に弁当を食べないか?】って書いておいた。前にそんな約束をしたのを思い出したから。

 だけど友恵はちっとも振り向かない。やっぱりそんな気分じゃないのか……。



 そんな俺の心配は杞憂だった。

 授業の終了直後にそっと渡された手紙を開いてみると、国語の先生よりも綺麗な字で【みなさんをごまかしてからお伺い致しますので、お先に屋上でお待ち下さい】って書いてあった。手紙までご丁寧な言葉遣いだよ……。


 俺はレクターに鍵を開けてもらって、屋上で友恵を待つ。

 どうやって励ましたらいいんだろ……。

 一人で考えても結論が出ないことに頭を悩ませてると、屋上の扉が「ギギギ……」と軋みながら開いた。


「遅くなってしまって申し訳ございません。みなさんをごまかすのに手間取ってしまったものですから……」

「お腹も空いたし、さっそく弁当食べようか」

「今日は突然どうされたのですか? 屋上に誘っていただけるなんて」

「あー、ごめんね。突然で迷惑だったよね。だけど岡本さんが、ちょっと元気なさそうに見えたからさ」


 するとポロリと、一粒の涙が友恵の頬を伝う。

 まずい、昨夜の失敗を思い出させちゃったかな……?

 俺は友恵の涙に不安になったけど、その表情はすぐに作り笑いに戻る。そして友恵は俺と向き合うように、両足首を外に開いた正座の体勢で地面に腰を下ろした。

 そして持ってきたランチバッグを……開くことなく俺に向かって差し出す。


「せっかく、お弁当にお誘いいただいたのですけれど……。広原さんが召し上がってくださいませんか? わたくし、食欲がありませんので……」

「そっか、じゃぁ、まったりとお話でもしようか。ここでのんびりしてたら、そのうち食欲が出るかもしれないし」


 俺が受け取らなかったせいか、友恵はちょっと残念そうにランチバッグを置いた。

 そんな元気がない友恵に構わず、食欲旺盛な俺は自分の弁当を食べ始める。申し訳ないけど欠食までは付き合えない。

 そして弁当を食べ始めた俺に、友恵がいきなり冷や汗の出る言葉を漏らした。


「なんだか、広原さんって……」

「どした?」

「わたくしの存じ上げている方に、少々似ているような気がいたします」


 俺は思わず咳き込む。そんな俺にレクターが追い打ちをかける。


『やすとしくーん? おぼえてるよねー? しゅひぎむのことー』

『わかってる、わかってる。忘れてない、忘れてない。ってか、ここで守秘義務なんて言い出すってことは、やっぱり彼女がカリンなんだろ?』

『それはお答えできないね』


 レクター自身の守秘義務はどうなんだ? 自分の発言だって、充分ヒントになってるんじゃないのか?

 だけど俺はちょっと反省した。昨日の今日で、突然優しい態度を取ったら怪しまれてもおかしくない。そもそも普段は目の前の席なのに、ほとんど話しかけないんだから……。

 友恵にこれ以上ボロを出さないように、俺は慎重に返事をした。


「へ、へぇ……どんな人なのかな? その知ってる人って」

「そのお方は……あまり詳しくは申し上げられないのですけれど、とっても優しくて尊敬できる、わたくしの王子様のような方なのです」


 あれ? 敵役としての俺のことじゃないのか? っていうか王子様なんて、今時少女マンガでも出てこないんじゃ……。

 だけど友恵は、王子様のことを話しながらうっとりとした表情を浮かべてる。

 それに、そんな人物に少しでも俺が似てるって言われれば、当然興味だって沸くに決まってる。俺はその『王子様のような方』について探ってみることにした。


「王子様なんて大絶賛だな。その人って、どんなところが優しくて尊敬できるの?」

「えーと、そうですね……わたくしが恥ずかしい失敗をしても、ニッコリと微笑んでジッと見守っていてくださったり……。それから、わたくしがモタモタしていても、黙って待っていてくださったり……。つい先日は、命まで助けていただきました」


 やっぱり俺のことだろ、それ! 先日ってか、昨日だろ!

 色々と突っ込みたかったけど、俺はグッとこらえる。

 だけど友恵が語ってるのが本当に俺のことなら、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。友恵、いや魔法少女カリンの目に、俺はいったいどう映ってるんだ?

 恥ずかしい失敗をニッコリ微笑んで見守ってた? それはきっと、ニタニタと鼻の下を伸ばしながらカリンを眺めてただけ。

 モタモタしてても黙って待ってた? それだって、少しでも戦闘を長引かせたかったり、黙ってた方がハプニングを巻き起こしてくれるから。

 そして昨日だって、意地悪しないで俺がプールから上がってやれば、カリンは溺れたりしなかった。


「たぶんそれは君の中で美化しすぎだよ。君が尊敬する人を悪く言うつもりはないけど、過大評価はほどほどにね」

「そんなことはございません、あの方は本当に素晴らしい方なのでございます! ですが……」


 今の今まで目を輝かせながら語ってたのに、急に友恵の表情が曇った。


「ですが……そのお方の前でわたくしは、取り返しのつかない大失態を犯してしまいました。やっとわたくしが見つけた居場所を、諦めなければならない大失敗を」

「岡本さんが見つけた居場所って?」

「少々長くなりますけど、お話ししてもよろしいですか? お弁当が美味しく無くなってしまいそうな、つまらないお話なのですが……」

「大丈夫だよ。こうして二人で食べてる時点で、もう格段に美味くなってるから。遠慮なく話してよ」


 俺が話に興味を持つと、友恵は沈んだ表情が少しだけ和らいだ。

 よくよく考えてみると、俺は友恵のことを何も知らない。

 俺は箸を置いて、友恵の話をじっくりと聞くことにした。この話の中に友恵を、そして魔法少女カリンを立ち直らせるヒントがあるだろうから……。


「わたくしの家は厳格で、小さい頃から人前での失敗は許されませんでした。できないことを人前でしてはならない。恥をかいて、家名を汚してはならない……と」

「それって厳格っていうのかな……」

「ピアノの発表会でミスタッチをしたら大変でしたし、絵も結果が伴わない作品はすべて捨てられます。ですがわたくしが何よりも辛かったのは、人前で上手にできないことはやりたくてもやらせてもらえないことなのです」

「失敗するぐらいなら、やらせないってことか。確かにそれなら失敗しないな」

「本当はわたくし、身体を動かすことが好きなのです。ですけど運動音痴で、スポーツは何を試しても両親の許可は下りませんでした……」

「あぁ、それで体育はいつも見学してる……いや、させられてるわけね」


 魔法少女カリンとして動き回る姿は、ドジだけど楽しそうだった。

 病気というわけでもなさそうなのにいつも体育を見学してて不思議だったけど、そういう理由だったのか……。

 友恵は成績が良くて音楽も美術も得意、誰だってそう言う。だけど運動は苦手って言うやつは誰もいない。知られてないから……。


「ですからわたくしは、みなさんの前でも完璧な人物を演じなければなりません。会話も内容を吟味して、みなさんに話を合わせてと、毎日息を詰まらせているのです」

「そりゃ辛いね」

「お友達に罪はないのですが、時折一人になりたくなってしまって……。それで身を潜める場所として、屋上にコッソリと上れはしないかと幾度も試みていたのです」

「そうだったんだ。そんな思い入れがあったとはね、ここに」

「ええ、ですから申し上げたじゃありませんか、広原さんはわたくしの恩人ですって」


 まだまだ表情は硬いけど、少しは微笑みが戻った気がする。

 だけど問題の本質はまだ取り除けてない。俺は話を戻すことにした。


「それで? 居場所って言うのは?」

「そうでした。あまり詳しくはお話できませんが、とある方に場所を提供していただいたのです。そこでは思う存分身体を動かして良いと。誰も咎めないから、好きなだけ暴れても良いと。わたくし嬉しくなってしまって、一生懸命頑張りました」


 これは間違いなく魔法少女の話だな。

 自由に身体を動かせなかった岡本友恵が、魔法少女にスカウトされて居場所を見つけたってことか……。

 こんなに嬉しそうに話す友恵を見れば、魔法少女が楽しくて仕方なかったのがよくわかる。

 だけど友恵は、また表情を一気に曇らせた。


「ですが……」

「ですが?」

「破ってしまったのです、一番大切なルールを……」

「どんなルール?」

「それは……ちょっと、申し上げられません。ごめんなさい」

「まぁ、それがさっき言ってた大失敗ってわけね」

「……ええ、そうなのです……」


 守秘義務だろうな、やっぱり。

 教えてくれないとは思うけど、俺は試しにレクターに尋ねてみる。


『魔法少女の一番大切なルールってなんなんだ?』

『一番大切なルールって言えば、正義感を失ってはいけない、だね。正義感エネルギーを放出してもらわないと、魔法少女としての意義がないからね』

『どうしたんだ? 素直に教えてくれるなんて』

『ボクは魔法少女のルールを教えただけだよ。目の前の女の子とは関係なく』

『そっか、ありがと』


 昨日のあれは、敵役に命を救われたから正義感が保てなくなったってことだったのか。由美子はともかく、友恵もクソがつくほどの真面目っぷりだな……。

 友恵が魔法少女失格なんて言い出した理由がわかれば、後はそれを得意の屁理屈で丸め込んでやるだけだ。俺は重い雰囲気を断ち切るように、わざと明るい口調で話題を変えた。


「そういえばさ……この間見たアニメなんだけどさ」

「はい? アニメ……ですか?」

「いつもケンカやいじめで人に迷惑かけてた奴が、川に飛び込んでおぼれてる猫を助けたんだよ。そうしたら周囲の奴らが突然、『俺たちはあいつのことを誤解してたのかもしれない』なんて言い出して、すべてが許された雰囲気になっちゃってさ」

「はぁ……」

「悪党でも猫を助けたのはいい話だ、褒めていいと思う。だけどそれまでの悪行は別な話で、ちゃんと裁かないといけない。プラスとマイナスを合わせてゼロにしちゃいけないって、俺は思うんだよね」

「広原さん、そのお話……」


 友恵はうつむいていた顔を上げて、俺の目をじっと見つめた。

 この例え話で少しでも心の迷いが晴れてくれればと、俺は友恵の目を見つめ返す。夜中に学校のプールで泳いでたのが、どれほどの悪行かってのは置いておいて。

 すると友恵は目に少し光を取り戻し、興味津々な様子で俺に問いかけた。


「何というタイトルのお話ですか? ぜひ一度、わたくしも拝見したいです」

「えー、そっち? ええっと……なんだったかなー、つまらない話だったから忘れちゃったなぁ……」


 答えられるわけないだろ、でっち上げの作り話なんだから。

 言いたいことが伝わったのか不安になった俺は、今の話をごまかしつつ違う話題に切り替える。


「だけど、岡本さんは随分と親の影響を受けちゃってるんだね、かわいそうに」

「どういうことでしょう?」

「譲れない自分の居場所なら、追い出されるまで居座ればいいんだよ。一度失敗したからって自分から立ち退く必要はないし、ルールだって考え方次第さ」

「ですけど……わたくしなんてそれ以外も失敗ばかりで、ご迷惑をお掛けしてばかりですから……」

「ほら、失敗して恥をかく前にやらないようにしようっていうのは、まさしく岡本さんの両親の言葉でしょ? 岡本さんの方こそ、完璧な振る舞いをしないと自分が許せなくなっちゃってるんじゃないの?」

「!」


 友恵はハッとした表情でしばらく固まった。

 そして曇りのない晴れやかな表情になったと思ったら、友恵は張りのある元気な声で嬉しそうに俺に決意表明した。


「そうですね、わたくしが間違っておりました。せっかく見つけた居場所ですから、もうしばらく居座ってみようと思います」

「元気は出たかい? 食欲が少しは出たなら、一緒に弁当食おうよ」

「はい、ありがとうございます。でもまだ全部はいただけそうにありませんから、広原さんもわたくしのお弁当をお召し上がりください」

「じゃぁ食べさせて。あーん」


 俺の図々しい要求に、友恵は激しく戸惑ってる。さすがお嬢様、そういう冗談に慣れてないんだろう。嫌なら断ればいいのに……。


「えーと……もう、仕方のない方ですね……。その代わりと言ってはなんですけれど、広原さんのことを下の名前で呼ばせていただいてもよろしいでしょうか?」

「え? 『あーん』してくれるの? ついでに俺も、友恵って呼んじゃおうかな」

「え、ええ、ちょっと照れ臭いですけれど……泰歳さんがそうお呼びになりたいのでしたら、どうぞ……」


 呼び捨てに慣れてないのか、友恵は頬を赤らめてうつむく。

 こんな仕草を見せられたら、俺の中で好感度がダダ上がりだ。今まで目の前の席で鬱陶しく思っていた気持ちなんて、あっという間に消し飛んだ。

 でも冷静に考えてみたら、教室で『友恵』なんて呼び捨てにしたら取り巻き連中に睨まれてしまう。呼び方はやっぱり『友恵さん』ぐらいに留めておこう。


「じゃぁ、唐揚げもらってもいいかな? あーん」

「あ、そうでございました。それでは、この大き目のを……」


 友恵は恥じらいながら、箸で鶏のから揚げを摘まみ上げて、ゆっくりと俺に……。


 ――キーンコーンカーンコーン……。


 その瞬間、無情の予鈴が鳴り渡る。

 友恵は手を付けられなかった弁当を少し寂しそうに見つめると、俺に提案した。


「泰歳さん、放課後にこのお弁当を一緒に召し上がってはいただけませんか? その時に『あーん』もして差し上げますので」

「ほんとに? 楽しみにしとくよ」

「それではわたくし、先に戻らせていただきますね」


 俺は駆け出していく友恵を見送って、残った弁当を一気にかき込む。

 そして食べ終わった弁当を片付けながら、レクターに尋ねた。


『なぁ、レクター。さっきのって守秘義務違反か?』

『限りなく黒に近いけど、ギリギリグレーってことにしておいてあげるよ』

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