第18話 らしくない魔法少女

 風邪が良くなったと思ったら、さっそくレクターが魔法少女との対決をブッキングしてきた。ほんとに人使いが荒い……。

 今日の現場は夜中の学校のプール、照明点けてるけど大丈夫なのか?

 俺は変身を済ませると、早々にプールに飛び込んだ。熱帯夜だからプールの水が気持ちいい。中央で仰向けにプカプカと浮かびながら、俺は今日の対決相手の魔法少女カリンの登場をのんびりと待った。


『なぁ、レクター。俺は三日前まで熱出して寝込んでたんだぞ? 復活していきなりの対決の場所がプールってどういうことだよ、まったく』

『大丈夫、大丈夫。なんだかんだ言いながら気持ちよさそうじゃないか』

『大丈夫じゃないよ。なんだよ、今日の衣装。この水着、ブーメランパンツじゃないかよ』

『いいじゃない。ちゃんと大きく見えるようにしてあるんだからさ』

「パット入りかよ!」


 ちょっと違和感のあるもっこり具合。まぁそっちはいい、いや良くないけど……。

 でも上半身は隠しようがない。こんな貧弱な身体つきでブーメランパンツは、いくらなんでもかっこ悪すぎるだろ。やっぱり、夏休みに向けて鍛えないと……。

 そういや、ピエロのメイクは水で落ちたりしないだろうな? でもこれは何かを塗ってるっていうより、肌の色自体が変わってるみたいだから大丈夫か……。

 そんなことをぼんやり考えてると、いよいよ魔法少女カリンのお出ましらしい。


「元気いっぱい、夢いっぱい。ドジでノロマが玉にキズ。失敗しても許してください。みんなを癒す魔法少女カリン、よろしくお願いいたしますね!」


 プールサイドに現れたカリンは、ピンクのアイマスクに裾の短い浴衣風のコスチューム。背中で大きなリボンのように結んだ帯が印象的。

 なんだ、水着じゃないのかよ……。


「こんな時間に学校に忍び込んではいけませんよ。しかも無許可でプールにまで浸かってらっしゃるなんて。わたくしが成敗して差し上げますから、かかっておいでなさい!」


 そうか、なんにも考えてなかったけど、こうしてプールに浸かってること自体が悪事だったのか……。俺はそんなことに今頃気が付いた。

 だけど俺は、カリンの言葉を無視する。だって水に浮いてるのが気持ちいいから。

 月まで出てて、とっても風流。それを正したいなら、そっちから来るべきだろう。


「わたくしの言葉を無視されましたね、許しませんよ。お仕置きが少々きつくなっても存じ上げませんからね」

「…………」

「は、早くこちらへおいでください。わたくしがあなたを倒してご覧にいれますから」


 前回も思ったけど、悪事を働いてる奴に対して敬語はどうなんだ?

 それにカリンはプールサイドで叫ぶばっかりで、ちっともかかってこない。

 まだまだのんびりしていたかった俺は、カリンをこっちに呼ぶことにした。それに水中に誘えば、カリンも水着になるに違いない。


「俺を倒したければ倒すがいい、でもそれはここでだ。俺はお前の挑発には乗らん」

「…………」

「どうした? 俺を倒すんじゃないのか? こっちへ来ないのなら、そのまま指をくわえて見てるがいい、魔法少女カリンよ」

「し、承知いたしました。わたくしがそちらへ参ればよろしいのですね!」


 かかった! 俺はカリンに注目する。

 マネージャーが一瞬で変身させるのか、それともここで着替え始めるのか。一度更衣室に戻るのが有力だろうけど。

 すると意外なことに、カリンはその場で準備運動を始めた。


「何してんの?」

「プールに入るときは、入念な準備運動が必要でしょう? ご存じないのですか?」

「律義だな……」


 五分ぐらいかけてラジオ体操を一通り済ませると、カリンはそのままプールの縁に座った。そしてゆっくりと後ろ向きに、まるでお風呂にでも入るみたいにプールに浸かる。

 コスチュームはそのままかよ……。

 一番水深の浅いところに降り立ったカリンは、すでに肩ぐらいまで浸かっている。

 そして颯爽と……歩き出した。ひょっとして、泳げないのか?

 となると、ここじゃカリンの足は届かない。仕方ない、こっちから行ってやるか……。


「無理しなくていいぞ。俺が貴様を倒しに、そっちに行ってやる」

「け、結構でございます。悪党の情けはお受けいたしかねます」


 夜中にプールに忍び込んだだけで悪党ってのもなぁ……。 

 カリンは意地になってるけど、泳げないんじゃここまで来られるはずがない。仕方なく俺が歩き出すと、カリンが突然水中に沈んだ。あれ、ヤバいんじゃ……。

 足でも滑らせたか? 俺は大慌てでカリンに向かって泳ぎだす。


「すぐ行くから待ってろ!」


 カリンは完全に溺れてる。俺は必死に泳いだ。

 あの辺りの水深だと、カリンが立ってやっと口が出るぐらい。俺はカリンの少し手前で水中に潜って、その身体を抱きかかえる。

 だけど沈んだカリンはコスチュームが水を吸ってるせいで、持ち上げるには重すぎた。

 すかさず俺は、背中の蝶々結びを引っ張って帯を解く。そしてそのまま強引に、カリンのコスチュームを剥ぎ取る。これは仕方ないことだから……。


 続けて脇の下に腕を挿し入れてカリンを掴むと、そのまま浅い方へと引っ張った。

 やっと自分の足でプールに立ったカリン。水上に顔を出して激しく咳き込む。

 ここまでくれば水深はカリンの肩ぐらい。もう大丈夫だろう……。


「ごほっ、ごほっ、がほっ」

「大丈夫? 気にしないで全部吐いた方がいいよ。大丈夫、誰も見てないから」

「げほっ、げほっ……うぇっ」

「あの……いやらしい気持ちじゃないからね? えーっと、苦しそうだから言うんだけど、ブラのホック外した方がいい?」


 咳き込みながらカリンは、コクリと小さくうなずく。

 いやらしい気持ちじゃないなんて言っておきながら、俺は心臓が飛び出しそうに鼓動が高鳴った。 

 カリンの後ろに回ってホックを外すと、パンパンに張りつめていたブラジャーの背中の部分が一瞬で二つに分かれる。

 脱がせてはいないけど、ゆるゆるになったブラジャーはもう役目を果たしてない。水の揺れに任せて、プールの中でユラユラと漂う。

 いかん、いかん、まだカリンは苦しんでるんだ……。

 俺はカリンの背中を強く叩いたり、優しくさすったりして介抱を続ける。水の揺れに任せてプールの中でフワフワと漂う、大きなおっぱいを見つめながら……。

 そして気管に入った水やら何やらを色々と吐き出したら、カリンは少し落ち着いたようだ。


「ほら、これでうがいして」


 俺はプールの水を両手ですくい上げて、カリンの目の前に差し出す。

 カリンは俺の手に顔を寄せて水を口に含むと、うがいをして吐き捨てた。


「じゃぁ、そろそろ上がろうか」

「…………」


 俺はカリンの腕を掴んで、背負い投げの要領でそのままおんぶする。

 カリンは自力で歩けるとは思うけど念のため。いや、本当は背中に当たるおっぱいと、抱えた太もものの感触を味わうため。

 カリンを背負ったまま、俺はプールの隅にある金属製の梯子を上る。そして運び上げたプールサイドでカリンを下ろして、横になるように促した。


「少し休んだ方がいいよ」

「…………」


 脱がせたカリンのコスチュームは、未だにプールの中を漂ってる。だから仰向けに寝てるカリンは、純白のシルクのブラジャーとパンティの下着姿。

 しかもブラジャーはホックを外したままで、おっぱいの上に置いてあるだけ。それに、ブラジャーもパンティもびしょ濡れのスケスケ。俺は目のやり場に困る……はずがない。カリンに気付かれないように、チラチラと盗み見る。

 すると突然、カリンが嗚咽を漏らして泣き出した……。


「……ぅう……」

「ど、どうした? 大丈夫? あの、俺見てないからね。大丈夫、見てないよ。だから、恥ずかしがらなくていいからね」


 大嘘だ。もう、いつでも思い起こせるほど頭に焼き付けた。

 でも、ここで正直に白状してもしょうがない。俺はカリンを必死になだめる。


「心配しなくていいからね。今はゆっくり休んで、落ち着いたら再開しよ」

「……無理……」

「え?」

「やっぱりわたくしには……魔法少女なんて、無理だったのです……」


 まいった、カリンは完全に自信をなくしてる。だけど魔法少女と俺の戦いなんて、所詮ただの茶番劇。そんなに深刻に考えることないのに……。

 とりあえず、ここはカリンを励ますしかない。


「大丈夫、全然無理じゃない。俺は他の魔法少女とも戦ったことあるけど、みんな似たようなもんだよ。だからまずは落ち着こう、カリン」

「……いいえ、いけません。敵役のあなたに、こんなお気遣いをしていただいているだけでも、わたくしは魔法少女失格なのです」

「そんなことないから。きっと戦って、俺に勝ったら少しは自信も湧いてくるさ」

「いいえ、わかっているのです。きっとわたくしは、あなたには勝てません。前回だってあなたはわたくしのために、わざとやられてくださったのでしょう?」


 やっぱりバレてたか。そりゃそうだろ、あれで騙されてくれたらお人好しすぎる。

 それでもここは嘘をつき通すべきか? これだけ自信をなくしてるんだし……。いや、下手な嘘はさらなる嘘を呼んで、最後は修復不可能になるに決まってる。

 俺は口先だけの慰めは止めにして、正直に話してしまうことにした。


「正直に言うよ。君の言う通り、前回の俺はわざとキミの攻撃に当たりに行った。でもそれは、君の一生懸命さに心を打たれたからだよ。それに最後の必殺技は本当に効いて気を失った。だから、油断した俺がカリンに倒されたのは紛れもない事実さ」

「ありがとうございます。あなたはとってもお優しい方ですね。でもやっぱり、わたくしに魔法少女は無理でした。ごめんなさい……」


 力なく謝りながら、カリンは身体を起こした。

 そして涙をこぼしながら、両手を背中に回してブラジャーのホックを留めると、立ち上がって学校のプールを後にする。

 俺は慌ててカリンを呼び止めた。


「待って、待って、まだ対決は終わってないよ!」

「申し訳ございません、ご迷惑をおかけしてしまって。ですけど……今のわたくしには戦えません。本当にごめんなさい……」


 繰り返し謝りながら、下着姿の魔法少女カリンは去って行く。

 俺は初めて、任務を遂行できなかった……。

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