第16話 魔法少女みーたん、やっと後編

 今夜は久々に由美子……いや、みーたんとの対決予定の日だっていうのに、俺は今朝から体調がすぐれない。大雨の中でリーンと対決したせいで風邪を引いたらしい。

 今回の対決は前回の続きで、みーたんだって心待ちにしてるはずなのに……。

 レクターもかなり心配してるみたいで、授業中だっていうのに俺を気遣う。


『風邪ってやつは、人間にとって深刻なものなのかい? そんなんで今晩大丈夫?』

『咳がなかなか止まらなくてね。でも大丈夫、薬飲んだし』


 熱はないし、声も正常。きっとなんとかなるだろう。

 だけど、たまに激しく咳き込む。戦いが長時間になるときついかもしれない……。


『今夜の対決の筋書きを説明しておくね』

『わかった』

『キミは前回盗み出したテストの答案をネタに、魔法少女みーたんを脅迫するっていうのが今回の悪事だよ』

『どんな脅迫をすればいいんだ?』

『もう、いい加減わかってるくせに。そんなの、キミにお任せに決まってるだろ』


 ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ……。

 風邪のせいと、レクターの無責任な言葉が合わさって激しく咳き込んだ。

 その瞬間、由美子からの視線が突き刺さる。また授業を妨害するなって怒られるんだろう、きっと。


『だけど、対決終了後に巻き戻されたから、テストの答案なんて残ってないぞ?』

『それは現地で用意するから心配ない』


 小道具まで準備してくれるなんて、これはもはや演劇だ。そもそもこの魔法少女のシステム自体が、正義感エネルギーを回収するための茶番劇か……。



 授業が終わった途端、俺の机の前に由美子がやってきた。

 見上げる俺の目の前で、由美子はスカートのポケットに手を突っ込むと、飴玉を三つ取り出して机の上に転がした。


「これは?」

「見ればわかるでしょ、のど飴よ」

「ありがとう、心配してくれるのか?」

「なに言ってんの。授業中にあなたが激しく咳き込むから、先生の声が聞こえなくて迷惑してるだけよ」

「あぁ、ごもっともです……」


 飴をもらって一瞬は喜んだけど、結局怒られたようなもんだった。

 それでも心遣いには違いない。俺は由美子にもらったレモン味ののど飴を、その場でありがたく口の中に放り込んだ。

 そういや、キスはレモンの味がするとか聞いた気がするな……ほんとかよ。



 今日の現場は深夜の学校の体育館。由美子はどれだけ学校が好きなんだ……。

 予定より少し早めに着いた俺は、ポケットに残ってた飴玉を口に放り込みながら休息を取る。昼間、由美子にもらったやつだ。


『本当に大丈夫かい? もしも辛いなら延期してもらおうか?』

『ちょっと喉が痛いけど、なんとかするさ。今日は手短に済ませるから大丈夫』


 姿を現したレクターは俺のことを見つめる。心配そうな表情をしてるのかもしれないけど、俺には読み取れなかった。


『キミが大丈夫っていうなら、変身いくよ? ほほほほーいっと』


 レクターがいつものバック転をすると、俺はお約束の黒のタキシードとマント姿に変身を遂げる。そしていつの間にかレクターの足元には、以前盗み出したのと同じ茶封筒が置かれていた。


『じゃぁ、これがテストの答案用紙ね。気をつけて』

『わかった』


 俺はテストの答案の入った茶封筒を手に掴むと、小さくなった飴玉を噛み砕いて、下手から体育館の舞台に上り出た。



 上手からは一瞬遅れた魔法少女みーたんが、ゆっくりとこっちに向かってくる。


「い、言われた通り来てやったわよ。早くそのテストの答案を返しなさい」

「バカか、魔法少女みーたん。すんなりと返すわけがないだろう」

「要求はなんなの。どうせあなたのことだから、あたしを辱めるつもりなんでしょ」


 わかってらっしゃる。だけどそれは、由美子……いや、みーたんの遠回しの要望にも聞こえる。

 脅迫内容は俺に任せるってレクターは言ってた。

 せっかくのチャンスだから、本当はネチネチと時間をかけてやりたい。だけど残念なことに風邪が辛すぎる。だから俺はみーたんに、ストレートに要求することにした。


「ふふふ、魔法少女みーたん。そのコスチュームを、自ら脱いでみせろ」

「なっ……!」

「どうした? 早くしないと交渉が決裂するぞ。ゲホン」

「わ、わかったわ……脱ぐわよ。このゲス野郎」


 リボンを残したまま、みーたんは一つずつブラウスのボタンを外していく。

 だけどみーたんは、ブラジャーが見えそうになる三つ目のボタンのところで手を止めた。そして頬を赤らめながら、少し上目遣いでこっちをチラッと見る。


「どうした? 手が止まっているぞ?」


 やっぱり下着を見られるのは抵抗があるんだろう。

 でもみーたんの表情は、嫌悪してる感じじゃない。むしろ期待に胸を膨らませてる感じだ。俺の希望的観測かもしれないけど……。

 そしておずおずと、みーたんは三つ目のボタンを外す。開いた胸元から、薄いピンク色のブラジャーの一部が目に入った。

 前回は黒だったのに、今回はまた俺好みに戻ってる。俺は胸が高鳴った。


『あぁ、向こうのマネージャーに、キミの好みを伝えておいたからね』

『お前の仕業か! でも、ありがとうございます、師匠』


 今度は俺が期待に胸を膨らませる。早くそのブラジャーの全貌が見たい。俺は風邪をひいてることも忘れたみたいに、鼻息が荒くなる。

 下着が顔を出して開き直ったのかもしれない。わざと少しだけブラウスの胸元を広げると、みーたんはそれを見せつけるように突き出しながら挑発してきた。


「そ、そんな遠くから眺めていて楽しいのかしら?」

「ほう、ならば少し近寄らせてもらうとしようか」


 うーん、これはもっと見て欲しいって意味か? たまらんな……。

 俺はゆっくりと三歩、みーたんに近寄ってみた。


「ねぇ、もっと近くで見たくはないの?」


 見たいに決まってる! 本当は顔がくっつくぐらい、間近で見たい。でもそれじゃ、テストの答案が取り上げられて終わっちゃうから、ここはグッと我慢だ。


「お前の素晴らしいスタイルを眺めるのは、これぐらい離れてた方がいいんだ。ごちゃごちゃ言ってないで、早く脱いで見せろ!」


 俺の少し強い口調に、みーたんはビクッと身体を強張らせた。

 そして四つ目、五つ目と、みーたんは一つずつ丁寧にボタンを外していく。まるで俺を焦らすように……。

 全てのボタンを外し終えたみーたんは、ブラウスを握り締めたまま固まっている。でもやがて覚悟を決めた様子で、恥ずかしそうにスルリと肩からブラウスを滑り落とした。

 パサリと音を立てて床に落ちるブラウス。みーたんは顔を上げられないまま、両腕を交差させて胸元を隠す。羞恥心でいっぱいなんだろう。

 もちろん俺は、その羞恥心を煽り立てる。


「なんのつもりだ? 両手は後ろだろう?」

「くっ……この、変態……」


 俺が指示すると、みーたんはゆっくりと手を下ろす。そしてそのまま後ろに回すと、左手で右の肘を掴んで組んだ。突き出された大きな胸が、さらに飛び出して見える。

 その格好が屈辱的なのか、みーたんはモジモジと身体をくねらせた。

 ブラジャーは薄いピンク色、清楚な感じが俺の好みにピッタリ。そして、膨らみの頂点の茶色が薄っすらと透けて見える素材は、もはやパーフェクトだ。


『どこまで向こうに詳しく伝えたんだよ』

『でも、キミの好みだよね? これ』

『ありがとうございます、師匠。完璧です。一生ついていきます』


 俺はじっくりとみーたんの身体を鑑賞する。胸、そして少し上を向いた可愛いおへそ、そしてまた胸と……。

 すると黙ったままの俺に焦れたのか、みーたんの方が痺れを切らした。


「もういいでしょ。早く、そのテストの答案を返しなさい」

「まだに決まってるだろう、次はスカートだ。テストを返して欲しいんだろう?」

「この屈辱……あたしは絶対に、お前を許さない!」


 悔しそうにみーたんが叫ぶ。でもそれは自分で自分を煽り立てて、自ら気持ちを高ぶらせてるように見える。

 キッと俺を睨みつけながら、震える手でスカートのホックを外す。そしてファスナーを一気に下げると、みーたんはその手を離した。

 パサリと、さっき脱いだブラウスの上に赤いチェックのミニスカートが落ちる。

 次の瞬間、俺のハートはそのパンティに射抜かれた……。


「ヒ、ヒモ、ヒモ……」


 ブラジャーとお揃いの薄いピンク色のパンティ。生地も同じみたいで、薄っすらと透けてる気もする。

 だけど俺のハートを射抜いたのはその形状。腰の部分が頼りない細い紐で結わかれただけのヒモパンに、俺の心は狂喜乱舞した。

 完璧すぎる俺好みの下着。俺は食い入るようにジッと凝視する。


「き、気に入ってもらえたかしら?」

「あ、あた、当たり前だろ。最高だよ」


 しまった、素で返事しちゃったよ……。だけど冷静でいられるわけがない。

 そんな色めき立つ俺に、みーたんはさらに心を揺さぶる言葉をかけてきた。


「それじゃ……ここも、見たい?」


 そう言ってみーたんは、腰にぶら下がる細く頼りないヒモを摘み上げてみせる。

 俺と目を合わせないで、斜め下を見つめるみーたん。頬も耳も見えるところは真っ赤に紅潮してる。ひょっとして、ほんとに見てもらいたくなってるんじゃ……。

 いや、まさか……罠だよね?

 だけど俺は正直な気持ちを答える。


「み、見たいに、決まってるだろ」

「ほんとに?」

「そ、そりゃぁ、そんなに綺麗な身体してたら、全部見たくなるさ」

「じゃぁ……見せて、あげる」


 俺の心臓は破裂しそうに高鳴ってる。息遣いも全力疾走したぐらいに荒い。

 でもそれはみーたんも同じみたいで、ハァハァと息を漏らしながら、もう片方の手は心臓のあたりを押さえていた。

 俺はみーたんを見つめながら、生唾を飲み込む。

 みーたんも色っぽい目で俺を見つめながら、生唾を飲み込む。

 右手で摘まんだヒモをみーたんがゆっくりと引っ張り上げると、蝶々結びの輪が少しずつ小さくなっていく……。

 その光景を血走った目で見つめる俺に、みーたんが優しく囁いた。


「もっと……もっと良く見て。こっちに来て……?」


 アイマスクの奥の目は、物欲しそうに俺を見つめている。

 迷わず俺はみーたんの元に歩み寄って、すかさずしゃがみ込んだ。至近距離に迫る薄いピンク色のパンティは、なんだか薄黒く透けてる気もする。

 この布の向こう側は未知の領域。今、俺の目の前でそれが明かされる……。


「あ……」


 見上げた俺の頭上には、テストの答案用紙を掴んだみーたんが微笑んでいた。


「ふふふ、隙あり」


 優しい口調でそう告げたみーたんは、ちょっとだけ寂しそうにも見えた……。



「答案さえ取り返せばこっちのものよ。はっ!」


 やっぱり罠だった……。でも悔いはない。あれに食いつかなきゃ男じゃないさ。

 覚悟を決めて歯を食いしばった俺の頬に、回し蹴りがもろに食い込む。

 その勢いで、俺は舞台の上から体育館の中央まで蹴り飛ばされた。


「迷惑行為を許さない。不正行為を許さない。真面目に生きる人のため、弱者のためにあたしは戦う。魔法少女みーたん!」


 名乗りを上げると、俺に追撃をかけるためにみーたんは舞台から飛び降りる。

 罠にはまった落ち込みと風邪がしんどくて、俺は仰向けのまま起き上がれない。そこにみーたんは下着姿のまま馬乗りになって、胸倉を掴んで俺を引っ張り上げた。

 目の前のみーたんは、やっと俺に仕返しできる感激が隠しきれないのか、喜びの表情をほとばしらせてる。それはアイマスク程度じゃ隠し切れなかった。


 ――パーン!

 ――パーン!

 ――パーン!


 繰り返される往復ビンタ。痛みはほとんどないけど相当に力がこもってるらしくて、その度に俺の首が激しく左右に振られる。脳震とうを起こしそうなほどに。

 みーたんが手を離すと、風邪のしんどさも手伝って俺は力なく床に大の字になった。

 そしていよいよ必殺技。みーたんは両手のひらを俺に向けてかざすと、嬉しそうに大きく息を吸い込んで、一気に決め台詞を吐き出す。


「あなたの悪事は許さない。すべてこのあたしが葬り去る。悔い改めよ、正義の鉄槌、ジャッジメントハンマー!」

「ぐえぇっ……! ゲホッ、ゴホッ」


 ちょっと待ってくれ、マジで痛いんだが……。いや、痛いっていうか、死んじゃうんじゃね? 俺……ってぐらいだ。

 薄れる意識の中で、衝撃を受けた胸の部分を見ると大きく窪んでた。これって、肋骨が砕けてるだろ。早く巻き戻してくれ……。

 そんな力尽きた俺を抱き上げると、まだみーたんは皮肉めいた言葉で挑発を続けてる。


「ふふふ、強い魔法少女を屈服させたかったんじゃなかったかしら?」


 すぐ目の前には透けたみーたんのおっぱい。それに優しく抱き上げられてる感触も、とても心地いい天国気分だ。本当に天国に行きそうだけど……。

 まだみーたんの小芝居は続いてる。それなら俺も続けなきゃ……。


「ふん、魔法少女みーたんよ、これで勝ったと思うなよ」

「でも、あなたのおかげであたしは強くなれた。これはささやかなお礼よ」


 突然、俺の口が塞がれる。みーたんの唇によって……。

 不意打ちのファーストキス。俺は天国よりも、さらにさらに高く舞い上がりそうだ。

 さらに唇を震わせながら、みーたんの舌がこわごわと俺の口の中に入ってくる。

 マジか……。いいのか? いいんだよな?

 みーたんが積極的過ぎて驚いたけど、ここは俺だって応じないわけにいかない。入ってきたみーたんの舌に、自分の舌をねっとりと絡ませた。


「……ん」


 その瞬間、みーたんは短い声を発したと思ったら、動きがピタッと止まって唇が離れた。

 そして俺の身体を体育館の床に投げ出して、一目散に逃げ去ってしまった……。

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