深まる魔法少女

第14話 開発される魔法少女

『あれほど嫌がってたくせに、なんで対決を引き受けたんだい?』


 今夜の対決相手は魔法少女ナイツ。指定された場所は前回と同じ、女子高近くの少し大きな公園。

 現場に向かう道すがら、レクターの声が頭の中に響く。

 俺はすぐさま、その返答を思い浮かべる。心の会話にもいい加減慣れた。


『だって魔法少女ナイツって幸子だろ? だったら断るのも悪いじゃないか。あいつは幼馴染だし、最近ちょっと可愛いなって思えてきたし』

『それはお答えできないね』

『はいはい、そうですね。だけど魔法少女になったってことは、きっとあいつにだってやる気はあるはずなんだよ。だったら俺も全面的に協力してあげたいじゃないか』


 やる気が微塵も感じられなかった魔法少女ナイツから、対決の申し込みが来たのは昨日のこと。戦闘終了直後のままだったら、きっと断ってたと思う。

 でもあの後、幸子にコンビニでバッタリ会って、確信しちゃったから仕方ない。

 だけど幸子が魔法少女なんてちょっとビックリした。彼女は目立つことはしないタイプだったから……。

 でも人間なんて、一皮剥いたら性格が正反対だったりするのはよくあることだ。


『なるほどね。キミにも魔法少女の敵役としての使命感が芽生えたみたいだね。だったらどうして、魔法少女リーンとの対決は断ったんだい?』

『だって魔法少女リーンって、ただの暴力女だろ? だったら引き受ける筋合いはないじゃないか』

『それはお答えできないね』

『どの辺がお答えできないんだよ。きっと彼女は憂さ晴らしがしたくて魔法少女を引き受けたに違いないんだよ。だったら俺は全面的に拒否しようと思ってね』


 やる気みなぎる魔法少女リーンからも、同じ条件での対決の申し込みが昨日来た。あの日、男に凹まされた直後の低姿勢なままだったら、きっと引き受けてたと思う。

 でも牛乳泥棒の敵役を引き継いだ後、リーンはまたしても俺のことを袋叩きにしたんだからたまらない。

 性根が暴力的な人間なんて、いくらしおらしく見せても隠しきれるもんじゃない。きっと普段から粗暴な人物に決まってる。



 現場に到着した俺は、レクターに変身させてもらって魔法少女ナイツを待つ。

 天気予報じゃ、夜遅くなるほど降水確率が高いらしい。それに今日も日曜日、遅くなったら見たいアニメがリアルタイムで見られなくなる。

 録画の予約はしてきたけど、できることなら早めに終わらせたいところだ。


『あー、降ってきちゃったよ……。それにしても、今回の筋書きも前回と一緒ってマジなのか?』

『うん。キミが公園で女性に襲い掛かったら、実はその子が魔法少女で逆に撃退されるっていう筋書きだよ』

『それって、やる気がないのはナイツじゃなくて、マネージャーじゃないのか? そもそも、あんなアイマスクを着けた奴を襲うか? 襲う前に気付くだろ』

『向こうのマネージャーも初心者だからさ、大目に見てあげてよ。それにキミならきっと、同じ筋書きでも最高の結末を引き出せるさ』


 どうせ今さら筋書きなんて変えられないだろう。幸子……いや、ナイツだってそれで準備してるんだろうから……。

 こうなったら出たとこ勝負。アドリブで適当に切り抜けてやる。

 小雨がパラつきだした公園で、俺はひたすらに魔法少女ナイツを待った……。



「お待たせ……」


 登場した青いアイマスクの魔法少女ナイツは礼儀正しくペコリとお辞儀すると、今回もさっそく右手を突き出してとどめの構え。

 早く終わらせたいとは思うけど、さすがにこれはない。

 俺は慌てて両手のひらを突き出してナイツを制すると、そのままダメ出しする。


「前回も言ったけど、やることはやろ? せっかく魔法少女になったんだしさ」

「でも私、魔法少女ってよくわからない……」

「ねぇ、それって哲学的な話?」


 向き合ってるのは本当に魔法少女なのか? 俺は自信がなくなる。

 確かに青いアイマスクは着けてる。だけど今日の服装は女子高の制服。前回の私服もひどかったけど、正体を隠す気はあるのかよ……。

 ぶっきら棒で会話も最小限。そして身長も、なだらかな胸も、やっぱり幸子の雰囲気だ。幸子のことだから、魔法少女の勧誘を断り切れなかっただけなのかもしれない。

 嫌々やらされてるなら可哀そうだ。俺はナイツに尋ねてみた。


「だったら、なんで魔法少女になったんだよ……。人見知りなんだろうから、無理して答えなくてもいいけどさ」

「なんで知ってるの? 私が人見知りってこと」

「あぁ、あぁ、なんとなくね、そんな気がしただけだよ」

「私が魔法少女になったのは、憧れの人が魔法少女だったから」


 幸子に憧れの人がいたのか、初耳だ。

 だけどそれなら、少しはやる気を引き出せるかもしれない。さっそく俺はアドバイスしてみる。


「だったら、その憧れの人を参考にしてみたらどう? まずは名乗るところから」

「なるほど……」


 ナイツは返事をすると、後ろに向かって駆け出した。

 ひょっとして登場からやり直すのか? 結構、律儀だな……。

 しばらくすると向こうからナイツが走ってきて、俺の前でピタッと立ち止まる。

 ショートカットの髪型に青いアイマスク、服は女子高の制服。チェックのプリーツスカートに、ベージュのジャケット、白いブラウスの胸元には青いリボンが結ばれている。

 そしてナイツは軽く息を吐き出して、身体を斜にして構えた。

 この構えの角度、俺はなんだか嫌な予感がする……。


「私はいじめを見逃さない。私は悪事を見逃さない。いつでもどこでも駆けつける。魔法少女ナイツ、ここに見参!」

「まんまかよ! それは参考って言わないよ、パクリって言うんだ。名乗りは引き続き、次回までの宿題だな……」


 あぁ、やっぱり……。

 これはリーンの登場の仕方だ。口上もそのままんま。それにしても、物真似だとこんなに元気に声を張り上げられるのかよ。

 ナイツは目を輝かせて、生き生きしてる。リーンに成り切ってるのが嬉しいのかも。だけど幸子、いやナイツの憧れの人が、まさかリーンだったなんて……。

 でも、この成り切り作戦は使えるかもしれない。しばらく流れに任せてみるか。


「いきます」


 って、さっそくとどめを刺そうとするなよ……。

 ナイツが生き生きしてたのは一瞬だった。俺はすかさずダメを出す。


「待って、待って」

「何か?」

「何かじゃないよ。どうしてそんなにすぐに終わらせようとすんの」

「それは……」

「恥ずかしいからか? 失敗しないうちに、早く終わらせようと思ってる?」

「…………」


 ナイツは黙り込んだ。たぶん図星だろう。中身が幸子なら考えてることも想像がつく、長い付き合いだし。

 こうなったらアニメのリアルタイム視聴は諦めた。長期戦を覚悟して、じっくりと話し合いながら進めるとしよう。


「ナイツはリーンの戦闘って見たことあるの?」

「うん。それで魔法少女になろうと思った」


 まさかその時のリーンの相手って、俺じゃないよな……?

 とてもじゃないけど、怖くて聞けない。あの時の俺は露出魔として、色々なものをさらけ出してたから。

 リーンは俺以外とも対決してるみたいだし、きっと別な奴だよ。そうだ、そうに決まってる。

 不安要素は胸の奥底にしまい込んで、俺は話を続けた。


「じゃぁその時、リーンはすぐにとどめを刺したか? じっくりと戦闘を味わってから、最後の最後に必殺技を出してたろ?」

「戦ってるリーン先輩は、とっても楽しそうだった……」


 ナイツの表情がうっとりしてる。きっと頭の中に、憧れの先輩の姿を思い浮かべてるんだろう。だけど、リーンのあれは戦ってるって言わない。やられてる方はたまったもんじゃない……。

 それにしても先輩って……。魔法少女にも上下関係があるのか?

 ナイツはリーン先輩みたいになられちゃ困るけど、見習ってもらえば戦闘も改善しそうだ。俺はリーンを引き合いに出して、アドバイスを続けることにした。


「だったらナイツも楽しまないと、戦闘を」

「私は別にいい」

「いいから! 俺がいいって言うまで必殺技は無しだ、いいね」

「……うん」


 俺は無理やりナイツに合意させると、こっちから仕掛ける。

 制服姿のナイツに俺は正面から抱きつくと、回した両手でナイツのお尻をむんずと鷲掴みにした。小さめのお尻は少し固めの感触だけど、なかなか心地いい。

 俺がもうひと揉みすると、ナイツは声色一つ変えずに尋ねてきた。


「私のお尻なんて触って楽しい?」


 えーっ、少しは嫌がってくれると思ったのに……。

 ナイツの沈着冷静な言葉に興醒めしたけど、やりだした手前引っ込みがつかない。俺はちょっとやけくそ気味に感想を述べた。


「楽しいよ! 最高だよ!」

「そう……」


 嫌がってくれないなら、もっとやってやる。

 俺は無反応なナイツのスカートをたくし上げて、パンティの上からお尻を揉み始めた。

 一気に柔らかくなったお尻の感触。そして温かい……。

 お尻を揉んだり撫でたりを繰り返しながら、俺はナイツに次の指示を出す。


「ちょっとは怒りが込み上げてきたろ?」

「少し不快……」

「だったら、その感情を俺にぶつけたらいい。遠慮なく平手打ちでも、パンチでもしてみたらいいよ」


 するとナイツは特に感情を表に出すこともなく、無言で俺に平手打ちをした。


 ――パーン!


 まるで銃声のような破裂音が公園に響く。

 と同時に、ナイツの攻撃なんてと甘く見た俺は、三メートルぐらい吹っ飛んだ。


『魔法少女は正義感エネルギー次第で、攻撃力が跳ね上がるから気をつけてよ?』

『早く言ってくれよ! って、無感情に見えて、結構怒ってたってことか?』


 あまりの強烈なビンタに頭がふらつく。

 俺は頬をさすりながら立ち上がって、ナイツに感想を聞いてみた。


「どうだったよ。不快感をぶつけた気分は」

「別に……。あ、鼻血出てる」

「ああ、心配ない。じゃぁ続けていくぞ」

「まだやるの?」


 俺はナイツの後ろに回り込むと、またガバっと抱きつく。

 そして今度は回した両手でナイツのおっぱいを、おっぱいを……胸をまさぐった。


「胸なんてないのに、物好き」

「うるさいな! こういう胸にはこういう胸の良さってもんがあるんだよ!」

「そう……」


 後ろ向きだから表情は見えないけど、きっとまた呆れてるんだろう。

 俺はもう少し不快感を煽るために、ジャケットのボタンを外してブラウスの上から胸をまさぐる。ほんのりとした膨らみもなかなかいいもんだ。

 そして俺はナイツの背後から、耳元で囁くように煽り立てる。


「不快だろ? 不快……だよね?」

「まぁ……」

「だったら、肘打ちとかで抵抗してみなよ」

「わかった」


 アドバイスに忠実なナイツの攻撃。強烈な肘打ちが、俺の右脇腹にめり込んだ。


「ぐほっ……」


 痛みはないけど、俺は息が詰まってその場にしゃがみ込む。大丈夫か? 俺の内臓。

 前回なんて必殺技を食らってもなんともなかったのに、嫌がらせをしたらこの威力。ナイツは見た目と裏腹に、感情を相当内に秘めるタイプらしい。

 俺が苦しんでると、ナイツが心配そうに俺の目線に合わせるようにしゃがんで尋ねた。


「マゾなの?」

「お前のためにやってんだよ! げほっ」

「でも私、頼んでない」


 確かに頼まれてない。それを言われちゃ身も蓋もない。

 だったらもう私利私欲でいいや、俺が楽しんでやる。しゃがんでるナイツの両膝に手を当てて、俺は力任せに左右に広げた。


「可愛いの履いてるじゃないか」


 ピンクの大きい水玉模様のパンティが丸見えになる。

 ナイツは脚を開きっぱなしにしたまま、蔑んだ目で俺を見つめてる。アイマスクをしてても、それは雰囲気から感じた。


「男の人って、こんなもの見て嬉しいの?」


 その冷静な言葉が俺の胸に突き刺さる。こういうのが一番辛い……。

 嫌がってくれたり、積極的になってくれたなら反応だってできる。でもこの居たたまれなさは苦痛でしかない。

 やけくそになって俺は叫ぶ。もう自分でも何を言ってるのかよくわからない。


「嬉しいよ! すっごく嬉しいよ! どうせ男なんて、こんな布切れ一枚で一喜一憂するバカな生き物だよ……」


 そして沈黙の時間が流れる。その間ずっと俺はナイツの両脚を押し広げて、ピンクの水玉模様のパンティをジッと凝視し続けた。

 普段の俺だったら、いくら見続けても飽きるはずがない。だってパンティだもの。

 なのに今は物凄い虚無感に包まれてる。こんなに空しいパンティは初めてだ……。


「気は済んだ?」


 沈黙を打ち破ってくれたナイツの一言。

 引っ込みがつかなくなってた俺にとっては、温かくて優しい言葉だった……。


「…………はい」


 まるで逮捕された犯人みたいに、俺は背中を丸めてしょんぼりと小さくなる。

 そこにナイツから声が掛かった。もう主導権は完全にナイツだ。


「とどめ、刺すね」

「はい、ひと思いにやってください……」


 そしてナイツは俺に向けて、ゆっくりと右手を突き出す。

 俺の罪が裁かれる時が、刻一刻と迫る。ナイツが脚を広げてピンクの水玉パンティを丸見えにさせたままなのは、せめてもの慈悲かもしれない……。


「必殺技!」


 言い放ったナイツの手から、まぶしい光が放たれた。

 その直後、強烈な衝撃が俺を貫く……。



「ナイツ……決め台詞も次回までの宿題な……ぐふっ」


 俺はその言葉を言い残すと、急激に意識が遠のいていった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る