第13話 屋上仲間

 今日はとっても天気が良かったから、昼休みの弁当を屋上で食べることにした。

 もちろん屋上への扉は施錠されてて、緊急時にしか入れない。でも俺には奥の手、レクターがいる。


『まったく、ボクを便利に使わないでくれるかな』

『いいじゃないか。正義感エネルギーとやらは、着々と回収できてるんだろ?』

『確かにその点じゃ、キミには頭が上がらないけどね』

『じゃぁ、固いこと言うなって』


 やっぱり、青空の下で食べる弁当は格別だな……。

 毎度毎度のノリ弁も、ここで食べればハイキング気分。しかも今日は、さっきのカリンとの戦闘でいい思いもできたから、さらに飯が美味い。

 あのハンドボールみたいにおっきなおっぱいが、弾みながら少しずつはみ出して……そして、こぼれ出したあの瞬間! あれには感動した。俺の脳裏に焼き付いたあの光景は、絶対に一生消えることはないって断言できる。

 そんなカリンのおっぱい……いや、戦闘を頭に思い浮かべながら、俺は一口、また一口と箸を口へ運ぶ。これもおかずって言うんだろうか……。

 すると誰も来るはずのないこの場所で、俺は少し鼻にかかるちょっと低めの可愛い声で呼び掛けられた。


「あなたが、屋上への扉をお開けになったのですか?」


 つい最近聞いた気がする声の方へ、俺は振り向く。

 するとそこには二つのハンドボール……いや、立派な胸の少女が立っていた。

 ついその胸に目が奪われてしまったけど、視線を上げて少女の顔を確認すると、それは俺の前の席の岡本友恵だった。


「あ、岡本さん。どうしてこんなところに……」

「それは、わたくしが先にお伺いしたのです。この扉をお開けになったのは、広原さんなのですか?」


 レクターのことは話せないし、ここは適当にごまかすしかない。


「いやー、たまたま開いてたんだよ、今日に限って」

「そんなはずはございません。あなたがお開けになったのでしょう?」

「なんでそんなに言い切れるんだ? 何か証拠でも――」

「だってわたくし、お昼休み早々にこのドアノブを回してみましたから。その時は、間違いなく鍵がかけられていたのです」

「だからといって、俺が開けたとは――」

「失礼とは思いましたけど、階段を上っていかれるあなたを追いかけさせていただきました。そうしたら、あなたが易々とこのドアを開けて屋上に入られたのです」


 開けたのはレクターなんだけど、これはひょっとしてバレてる?

 不安になった俺は、レクターに尋ねてみた。


『さっき鍵を開けた時って、レクターは姿を現してないよな?』

『もちろんだよ。ボクがそんなヘマするわけないだろ。だけどいいんじゃないかな、キミが鍵を開けて屋上に入ったことにしちゃえば』

『本当にいいのか?』

『いいって、いいって。キミがピッキングでもしたことにすれば』

「それじゃ犯罪だろ!」

「はっ、申し訳ございません! ストーカーのような真似をしてしまいまして……」

「あ、いや……」


 『岡本さんに言ったわけじゃない』って言いかけて、俺は言葉を飲み込んだ。じゃぁ誰に言ったんだって話になるから。

 そして、人の考えが読めるレクターが『俺が開けたことにすればいい』って言うんだから、そうしておいて間違いないんだろう。


「そこまで見られてたなら仕方ないな。白状するよ、屋上の鍵を開けたのは俺だ」


 そう答えた途端、友恵の目が輝き始めた。まるで神を崇めるかのように、身体の正面で両手まで組んで。

 そして嬉しそうな弾んだ声で、俺に頭を下げてお礼を言い始めた。


「広原さんはわたくしの恩人でございます。感謝いたします」

「え? どうしたの? 突然」

「実は以前からわたくしは、屋上に上ってみたいと思い続けておりました。それで時折こうしてここまでやって来ては、扉が開いていないか確認していたのです」

「へぇ、そうだったんだ」

「ですから、この扉を開けてくださった広原さんは、わたくしの恩人なのです」

「大げさだな。とりあえず座れば?」


 まるで自分の部屋のような口ぶりだけど、周囲はコンクリートの地べた。俺は気休め程度に、隣の辺りを手のひらで払ってみせる。

 すると、友恵はそっとお尻の方から手を回して、スカートの裾が捲れないように気を使いながら、俺の隣に足を少し崩して横座りした。

 風になびく彼女のポニーテールの髪。そしてそこから漂うバラのような香りが、風下にいる俺を癒す。石鹸の香りもいいけど、これもいいな……。


「あぁ……今日は最高に素晴らしい一日です」

「屋上に入れたこと? 岡本さんの役に立てたんなら、俺も嬉しいよ」

「それもありますけど、他にも良いことがあったもので……」

「へぇ、何があったの?」

「あまり詳しくは教えて差し上げられないのですけど、今日は自分らしい振る舞いができた、とでも申しましょうか……」


 口ごもってるけど、友恵はとっても嬉しそうなまぶしい笑顔を見せた。

 そっか、あれは友恵にとってそんなに良いことだったのか。俺にとっても最高の出来事だったけど……。


『なぁ、レクター。この岡本さんが魔法少女カリンだろ?』

『それはお答えできないね』

『まぁ、お前はそう言うよな。だけどあの対決で、気付かない奴なんていないと思うぞ』


 その声、口調、そして何よりもその大きな胸。絶対に友恵が魔法少女カリンだ。

 とはいっても『さっきはお疲れさまでした』なんて守秘義務を漏らして、記憶を消されちゃったらかなわない。俺は気づいてないふりで話を続ける。


「へぇ、なんのことか俺にはサッパリだけど、良かったね」

「はい、とっても。それにわたくし失敗ばかりしておりましたのに、優しい方にお助けいただいて……。その方には感謝しても致し切れません」

「へ、へぇ……でもきっと、そいつも君に感謝してると思うよ、とっても」

「そんなはずはございません。だってわたくし、醜態ばかり晒しておりましたから」

「いやいや、醜態なんてとんでもない。あれは、とっても素晴らしい……あ、いや、岡本さんは可愛いから、醜態になんてなるはずないさ、ってね」

「ふふ、嬉しいことをおっしゃってくださるんですね、可愛いだなんて」


 危ない、危ない。口を滑らせるところだった。

 それにしても、あんな姿で戦ったのに全然落ち込んでないなんて……。

 この子は正体さえ隠してたら、あそこまで大胆になれるのか? バレてるけど。


「あぁ……風が気持ちいい……」


 空を見上げながら、吹き付ける風にもつれる髪をそっと押さえる友恵。

 普段は後ろ姿ばっかりだったけど、こうして横顔を見てるとやっぱり可愛い。あれだけみんなが取り巻くのも納得かもしれない。


「そういえば、今日は一人? いつもは大勢に囲まれてるのに」

「…………」


 他愛ない質問のつもりだったのに、友恵は急に黙り込んでしまった。

 嫌味に受け取られちゃったかもしれない、とりあえず謝っておくか……。


「ごめん、別に深い意味はないんだよ。ただ珍しいなって思っただけで」

「いえ、わたくしの方こそ、なんだか広原さんを誤解していたみたいで申し訳ございませんでした。実を申し上げますと――」


 友恵が何かを言いかけた時、無情の予鈴が響く。

 女の子との和やかな会話なんて、俺にとっては貴重な時間なのにもう終わりか。

 友恵も話の腰を折られたみたいで、さっきの続きはもう語らなかった。


「ここは時間がゆっくり流れているのですね。のんびりできて、わたくしとっても楽しいひと時を過ごすことができました」

「そうだね、ここで食べる昼飯は普段の倍は美味いよ」


 これにて昼休みも終わり。俺は残っていた弁当を一気にかき込む。

 一足早く立ち上がった友恵は俺の目の前に立って、お辞儀をするように目線の高さを合わせると、笑顔を浮かべて言った。


「もしもまたここでお弁当を食べる時には、わたくしも誘っていただけませんか? わたくしもここで、お弁当が食べてみたくなってしまったので……」


 思った以上に接近した友恵の顔に、俺は思わずドキッとする。

 そして照れ臭くなって合った目を反らすと、そこにはハンドボールのような友恵の大きな胸が待ち構えていた。俺は慌てて弁当箱まで視線を落とす。


「ああ、わかった。その時は声かけるよ」

「ふふ、どうしてでしょう。わたくし、広原さんにならなんでもお話ができそうな気がしてまいりました。さっきのお話の続きも、またその時にでも……」


 意味ありげな言葉を残して、友恵は一足早く屋上から駆け出して行った……。



 その時いたずらな突風が、友恵のスカートを捲り上げた。


「きゃっ」


 友恵は慌ててスカートを押さえたけど、俺の目に飛び込んだのは光沢のあるシルクの純白パンティ。さっきもさんざん見たのに、やっぱり目が釘付けになる。

 そして俺は振り返った友恵と目が合う。気まずい……。

 だけど友恵は人差し指を突き立てて自分の唇に当てると、咎めるどころか俺に微笑みかけて、そのまま屋上から出て行った……。

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