第11話 他人の戦い

「ふと思ったんだけどさ、魔法少女の敵役って俺だけじゃないんだろ?」


 俺の部屋の座布団の上で、毛繕い中のレクターに尋ねてみた。

 地球外生命体でも毛繕いするんだ……。


「なんでそんなこと聞くんだい? キミはキミだろ?」

「他の奴がどう戦ってるのか興味があるんだけど、見学とかできないもんかね?」

「キミは充分すぎるほどに成果を挙げてるんだから、今の戦い方で何の問題もないよ」

「でもほら、ひょっとしたらもっと上手く戦えるヒントがあるかもしれないだろ」

「時間の無駄だと思うけどなぁ……」


 レクターはあんまり気乗りがしないらしい。だけど俺は、いつも戦闘の結末が締まらないのが気になっていた。

 もちろんやられる側だから、かっこよく終わるのは難しいかもしれない。だけどそれなりに、俺はかっこいい幕引きがしたい。

 やっぱり他人の戦いぶりの見学は必要だ。俺はもう一回レクターに頼んでみた。


「頼むよー。どうしても見たいんだよ。モヤモヤしたまんまだと、次回の戦闘に影響するかもしれないぞ?」

「うーん……仕方ないなぁ。じゃぁ、心当たりを当たってみるから待っててよ。でもいつになるかわからないから、あんまり期待しないでおくれよ?」

「わかった、わかった。気長に待つことにするよ」


 レクターはそう言い残すと、窓から飛び出してそのまま姿を消した……。



「で? なんで翌朝なんだよ。それも早朝に、しかもこんなに遠く……」

「文句言わないでよ。これを逃したら次の約束はできないよ」


 まだ朝の五時。しかも隣町。日の出前にレクターに起こされて、そのまま自転車に乗ってここまで来た。こんなに眠くちゃ、まともに見学できる自信がない。

 それでも、レクターに巻き戻っても記憶が消えないようにしてもらって、俺は魔法少女の敵役の登場を今か今かと待った。


『あぁ、彼がそうみたいだよ』

『あんなにでかくて強そうなのが?』

『敵役なんてなり手がいないから、贅沢も言ってられないんだよ』


 登場した敵役は、俺とは正反対のタイプだった。身長は190近くあって、体格もがっしりしてる。それに何か格闘技でもやってそうな、自信をみなぎらせた雰囲気も漂わせてる。これと戦う魔法少女がちょっと気の毒だ。

 俺とレクターは男と少し距離を取りながら、気付かれないように後を追いかけた。


『で? あいつがやる悪事って?』

『配達された牛乳を盗んで飲むんだって言ってた』

『そいつは大した悪事だな』


 鼻で笑ってはみたけど、思い返してみれば俺だってやったのは落書きや露出魔、そして痴漢。あいつの方がよっぽどまともな悪事に思えてきた……。

 だけど男は、なかなか配達された牛乳が見つからないらしい。ずいぶん歩き回った挙句、男はやっと玄関に牛乳箱のある家を見つけた。

 すぐさま牛乳箱から牛乳を堂々と盗み取ると、男は蓋を丁寧に剥がしてグイっと一気に飲み干す。そこへ魔法少女が現れた……。


「私はいじめを見逃さない。私は悪事を見逃さない。いつでもどこでも駆けつける。魔法少女リーン、ここに見参!」


 男の相手は、あの忌々しい魔法少女リーンだった。


『対決の相手はリーンかよ』

『キミがリーンからの対決の申し込みを断ったから、相手がこの人になったんだよ』

『そういや一昨日、リーンから申し込まれたっけね。こんな早朝で遠くの対決だったなら、お断りして正解だったな』

『結果的に来ちゃったけどね』


 今日も彼女のコスチュームはボンデージ風のレオタード。目の粗い網タイツに、黒のアイマスク、そして手にはムチを持っている。

 履いてるのはピンヒール。あれを見ただけで、背筋がゾッとする。

 反射的に体が反応するなんて、完全にトラウマだ……。


 だけど今日は観客。俺は貴重な魔法少女の対決風景を堪能することにした。

 今回の対決シーンは、強敵に立ち向かう魔法少女の構図。やっぱり敵役は強そうな方が見栄えがいい。


『俺、自信がなくなってきた……』

『気にすることないのに。頭脳派の敵役だったら貧弱な体格でも問題ないだろ?』

『悪かったな、貧弱な体格で』

『だから余計なもの見せたくなかったんだよ』


 身体はこれから鍛えるしかないか……。今は二人の戦いぶりに注目する。

 リーンは名乗りを上げた後、手に持ったムチをピシピシと振り回しながら、男のことを痛めつけていく。

 一方の男の方はほとんど無反応で、ちっとも劣勢に見えない。身体の表面には赤いミミズ腫れができてるけど、痛みはないだろうから当然か。

 リーンに背を向けてしゃがんだ男は、黙って耐え続けている。


「あはははは、どうしたの? 牛乳を飲んで身体がでかくなっただけなの? だったら、ママのおっぱいでも飲んでたらどうなのよ」

「くそっ」


 調子に乗るリーンに、男が悔しそうな表情を見せだした。

 これ以上リーンが調子に乗ったらちょっと危険。俺の中で自己防衛センサーが反応する。いじめられ続けて身に付いた、処世術とも言うけれど……。

 でもリーンは、そんなことは気にもかけずに調子に乗ったまま。今度は男の背中を、これでもかとピンヒールで踏みつけ始めた。


「弱っちいのね。でも情けない男は大好きよ。さぁ、もっと這いつくばって、無様な姿を私に見せてちょうだい」


 その時だった……。


「ざけんじゃねぇぞ。やってられっか、このアマ!」

「きゃっ」


 男がブチ切れた。たぶんここまでは、敵役だからって我慢してたんだろう。

 元々が強い男をあそこまで馬鹿にしたら、こうなるのは目に見えてる。やっぱり俺の自己防衛センサーは正しかった。

 男が勢いよく立ち上がると、背中を踏み台にしてたリーンはバランスを崩して後ろに尻餅をつく。そして男はリーンに詰め寄った。


「いつまでも調子に乗りやがって。いい加減にしろよ」


 ――パーン!


 リーンの頬を男が軽くはたく。たぶん男は力を入れてない。だけど軽やかな乾いた音が、早朝の街中に響いた。

 その大きな音と男の怒りに恐怖を感じたのか、リーンはびっくりした様子で頬を押さえて目を潤ませ始める。


『なんだか雲行きが怪しくなってきたな』

『まさかこんな展開になるとはね』


 少し気の毒だけど、調子に乗りすぎたリーンが悪い。俺は以前ひどい目に遭わされたリーンの無様な姿を、じっくりと鑑賞させてもらうことにした。

 それに、これだって筋書きの一部なのかもしれない。


「ごめんなさい、やりすぎました。許してください」

「散々調子こいたくせに……。許されると思うなよ」


 リーンは本気で男に謝り始めた。やっぱりこれは想定外のハプニングか……?

 男はリーンからムチを取り上げると、尻餅をついたままのリーンのすぐ横の地面に向かって、それを激しく打ち付ける。

 響く「ピシーン!」という激しい破裂音。その音を聞いたリーンは、縮み上がって正座の体勢で座り直した。


「ごめんなさい、本当にごめんなさい」

「謝ればいいってもんじゃねーぞ」

「……お願い、許して」


 どんどんと声が小さくなっていくリーン。これは演技じゃなさそう。

 本気で男に恐怖を感じてるみたいだ。


『このままじゃ、魔法少女の方がやられちゃうんじゃないか?』

『だからって、他のマネージャーの管轄の対決に、ボクらが口出しするわけにいかないよ』


 レクターにそう言われたら、俺は指をくわえて見てるしかない。

 でも目の前のリーンは、怒りに震える男に心底怯えてる。ひどい目に遭わされた過去はあるけど、さすがにちょっと可哀そうに見えてきた。

 弱々しく震えて涙目のリーンに、男がさらに凄む。


「土下座だ、土下座しろ」

「……はい」


 両手のひらを地面について、ゆっくりと頭を下げるリーン。

 だけど男はまだ許せないみたいで、リーンの頭を掴んで地面に押し付けた。


「土下座ってのは、こうやって額をついて謝るんだよ!」

「……うぅ……ごめん、なさい」


 あそこまでやらなくても……。

 リーンに同情的になった俺は、レクターに申し出る。


『さすがにあれはやりすぎだよ。リーンが可哀想だ』

『確かにまずいね。どうやら男は状況保存の範囲外に踏み出しちゃってるみたいだ』

『っていうと?』

『あの場所は巻き戻せないから、強制的に中止させる方法がないってこと。それにマネージャーたちもパニックみたいで、どうしていいかわからなくなってる』

『そんな、なんとかしてやれないのか?』

『じゃぁ、キミが助けたら?』

『え? 俺? でもさっき、口出しするわけにいかないって……』


 俺が戸惑ってると、レクターは姿を現してその場でバック転をした。すると俺は、いつもの黒いタキシードとマントに姿を変える。


『担当のマネージャーが対処できないんだから、今はキミだけが頼りだよ』


 さっきとは正反対のレクターの言葉。突然頼りにされても困る。

 そりゃぁ俺だってリーンを助けてやりたい気持ちは充分にある。だけど相手はあの強そうな男。俺が出て行っても勝てるはずなんてない。

 なにか、なにかいい方法はないか……。

 だけど男はそんな事情なんてお構いなしに、鎮まらない怒りをリーンにぶつけだす。

 男はリーンの腕を掴んで立ち上がらせると、ボンデージ風のリーンのコスチュームの肩紐に手を掛けて、力任せに引き下ろし始めた。


「さっきはよくも言ってくれたな。じゃぁ、お前のおっぱいを飲ませろってんだよ!」


 反撃することもできず、身を守る一方のリーン。なだらかな胸を両手で必死に押さえて、コスチュームを剥ぎ取られないように懸命にこらえている。

 泣き喚き始めたリーンは表情にも全然余裕がなくて、暴漢に襲われてるただの少女になっていた。


「お願いします……それだけは止めて。いやぁ……」


 涙ながらに懇願するリーンの声に、俺は衝動的に飛び出した。



 リーンと男の間に割って入ってはみたけど、俺は作戦なんて何も考えてない。何とも言えない気まずい空気が、あっという間に漂い出す。


「……あ、あなたは」

「なんだよ、てめえは」


 まさか対決の最中に、第三者が割り込んでくるなんて思わなかったんだろう。男とリーンは二人共、呆気に取られてる。

 間近で見た男は、思った以上にがっしりとした体格。恐怖心しか湧いてこないその迫力に、立ち向かったリーンを俺は尊敬した。

 そして俺は居心地の悪い空気の中で、睨み付ける男の質問におずおずと答え始める。


「えーっと、その、同業者ですよ。俺も魔法少女の敵役なんです」

「だったらお前も手伝えよ。この女、ひん剥いてやらねえと気が済まねえ」

「よく見てくださいよ。こんな貧弱な身体、ひん剥いたって面白くないですってば。それとも、兄貴はこういう幼女的なのがお好みなんですか?」

「誰がお前の兄貴だよ! それに、俺はロリコンじゃねえ!」


 俺は思いつくままに、適当な言葉を並べ立てる。

 力じゃかなわない。対抗できるとしたら口数ぐらい。

 だけど俺が乱入した効果は思ったよりもあったらしい、男のさっきまでの勢いは随分と鳴りを潜めた。


「さっきから見てたんですけど、この女はほんとひどいですね。あれじゃ、兄貴が怒り出すのも無理ないです」

「だから、誰がお前の兄貴だってんだよ」

「ほら、お前ももう一回、ちゃんと謝れよ」


 俺はリーンのボサボサになった頭を掴んで強引に下げさせる。

 すると地面を見つめたまま、リーンは俺の言葉に従ってポツリと謝った。


「……ごめんなさい……」

「まぁいいや。俺も頭に血が上っちまった。悪かったな」


 興醒めした男は急速に冷静になって、バツが悪そうに頭をかきむしり始めた。そこまで悪い奴じゃなさそうだ。

 そこで俺はさらに畳みかけるように、この場を収めるための提案を持ち掛けた。


「ここは俺が代わりにやられときますから、兄貴はどうぞお帰りください。こんな女にやられるのはムカつくでしょうから」

「そうか。確かにこいつと戦ってたら、またはらわたが煮えくり返りそうだ。代わってくれるっていうなら任せるわ。後は頼んだぞ」

「任せてください、兄貴!」


 これが俺のいじめられっ子としての空気を読む能力。それを遺憾なく発揮して、冷静になった男は立ち去って行った……。


 そんな男を見送る俺の袖を、リーンがそっと掴んでお礼の言葉をつぶやく。


「……ありがとう、助かった」

「ヒヤヒヤしたよ。無事で良かったな」


 肩紐が千切られてしまったリーンは、ずっとコスチュームの胸元を押さえっぱなし。それでもリーンが笑顔を取り戻したのは、アイマスクをしててもわかる。

 それを見て、俺は行動に間違いがなかったことを確信した。

 そして元気になったリーンは、明るい声でさっそく俺に話しかける。


「あなたが牛乳泥棒の代わりになってくれるんだよね?」

「あぁ、まぁ、成り行きでね」

「ありがとう」


 リーンは正面から俺の首に手を伸ばして抱きつくと、顔を寄せて耳元でそっと囁いた。


「じゃぁ……いーっぱい、いじめてあげる、ね」


 俺は、自分の行動が間違っていたと確信した……。

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