第9話 夜に紛れて
女子高に近い少し大きな公園で、夜遅くにじっと一人たたずむ。
すでに変身してるから、黒いタキシードにマント姿で顔はピエロ。通報されたら一発でアウト。レクターは対策済みって言ってたけど、本当に大丈夫か?
もう十一時。今日は日曜だから、この後に観たいアニメがあるのに……。
「まだかな……」
『うーん、今日の相手も初戦の新人だからね。緊張で出てこれずにいるのかもね』
『それより、こんなところでこんな格好してて、ほんとに大丈夫なのか?』
『心配いらないよ。ここには一般人は誰も来ないようにしてあるから』
『結界でも張ってあるのか?』
『結界? なんだいそりゃ。公園の入り口に、工事中の看板を立てておいたんだよ』
「古典的だな!」
みーたんとの戦いはしばらく先っていうんで、レクターがまた別な魔法少女をブッキングしてきた。この世界には、一体どれだけの魔法少女がいるんだよ……。
『俺だってまだ三戦目なんだけどな。充分初心者だろ』
『いやいや、才能あるキミの戦いっぷりはベテランの風格だよ』
『それで? 俺はその新人の魔法少女に襲い掛かって、あっさりと撃退されればいいんだっけ?』
『あっちのマネージャーも新人でさ、気の利いた筋書きを思いつかなかったらしいんだよね』
『魔法少女をスカウトしたり台本書いたりと、マネージャーもご苦労さんだな』
レクターと世間話をしながら時間を潰してると、少し向こうに人影が現れた。
その人影は、こっちに一歩一歩近づいてくる。やっと来たか……。
青いアイマスクをしてるところを見ると、やっぱり魔法少女らしい。
でもショートカットの髪型の少女の服装は、茶色いショートパンツに白いキャミソール、そして薄手のピンクのサマーカーディガンを羽織っている。
アイマスクをしてなきゃただの一般人。ほんとに彼女が魔法少女なのか?
そんな魔法少女は俺の目の前までやってくると、さっそく右手をかざして言い放った。
「始めてもいい?」
その構えは、ひょっとして必殺技?
不安になった俺は、魔法少女を慌てて止めた。
「待って、待って、まさかもう、とどめを刺そうっていうんじゃないよね?」
「だって、敵役は倒せと」
「ねぇ、ちょっと待って。俺、まだなんの悪事も働いてないよ? それをやっつけるって、話が少しおかしいよね?」
「でも、そういう設定だし」
「設定言うな!」
遅刻された上にいきなりとどめを刺されるなんて、さすがに納得いかない。
今回は単純な筋書きだけど、それでもどんな風に魔法少女に襲い掛かってやろうかって、昼間さんざん構想を練った。それが台無しじゃないか。
妄想ともいうけど……。
せめてちょっとだけでもいい思いがしたい俺は、魔法少女に提案を持ち掛けた。
「そりゃ、何をやっても茶番かもしれないけど、やることはやろ? それなりのことをしてから、とどめを刺そ?」
「魔法少女って、結構面倒」
「面倒言うな!」
そりゃぁ、魔法少女にも色々な人がいるんだろう。だけど、ここまで冷めたタイプがいるなんて思わなかった。
俺は思わず、レクターに愚痴をこぼす。
『こいつはなんで魔法少女になったんだよ。手順を面倒臭がったら、魔法少女の存在意義がないだろ』
『向こうのマネージャーがどういう経緯でスカウトしたかまでは、ボクにはわからないよ。だけど、以前対決したリーンと同じマネージャーみたいだね』
『リーンといい、こいつといい、向こうのマネージャーは無能かよ!』
『みーたんのマネージャーと違って、まだ駆け出しみたいだからね』
リーンっていえば、俺が一方的に痛めつけられた暴力魔法少女。そして今度は無気力魔法少女なんて、こいつのマネージャーは人を見る目がなさすぎだろ。みーたんを見出したマネージャーとは大違いだ。
俺が姿の見えない向こうのマネージャーに憤ってると、魔法少女がおずおずと話しかけてきた。
「私はどうすれば?」
「あぁ、ごめん、ごめん。えーっと、そうだな……」
すっかり魔法少女を疎かにしてた。不安そうに尋ねてきた魔法少女に、俺はこっちから段取りを提案してみる。
っていうか、これって向こうのマネージャーの仕事じゃないのか?
「まずはほら、魔法少女なら登場と共に名乗るじゃない? あれやってみようよ」
「名前、考えてない」
「はぁ…………わかったよ。待っててやるから、今考えてくれよ……」
俺は思わず深いため息をついた……。
名前に関しちゃ俺も強く言えないけど、魔法少女に名前がないのは問題だろ。ただの魔法少女じゃ締まらない。
世の中にたった一人っていうならそれでもいい。だけど、俺が出会っただけでも三人目。レクターと話すときにも、赤とか黒とか青とか色で呼び分けろっていうのか?
その点、敵役は退場する立場だし、謎の怪人っていう設定も使えるし、名前がなくても許されると思ってる。もちろん言い訳だけど……。
なんてことを、魔法少女が空を見上げながら名前を考えてる間に、俺はぼんやりと考えていた。
待つこと十五分。魔法少女が顔を下ろして、俺に向き直る。
やっと決まったか……。
「ナイツ」
夜だからナイツ? 安直だけど、名前が決まったんなら先に進める。
俺は魔法少女を促した。
「じゃぁ、登場シーンから改めてやってみようか。はい、スタート!」
「魔法少女ナイツ! です」
「それだけ!? じゃぁ、次回までにセリフ考えておきなよ、宿題だ。次回があるかわかんないけど……」
「魔法少女も色々と大変だ」
「他人事かよ!」
名前だけでさえ、十五分もかかってやっと今考えついたところ。その上、登場シーンのセリフまで考えさせてたら夜が明けてしまう。
この魔法少女との対決は二度とご免だし、とっとと終わらせるか……。
登場シーンは宿題なんて言っちゃったけど、きっと確認する日は永遠に来ないだろう。
「じゃぁ、次だけど……。その、ちょっと襲い掛かってもいいかな?」
「イヤ」
「でもそれじゃぁ、筋書き通りにならないし」
「襲い掛かるって、何するの?」
「そりゃぁ、悪事になるぐらいのことはしようかなぁ……なんて」
「その姿だけで、充分悪事」
ある意味正論。だけどそれじゃ、俺に何の楽しみもないだろ。
飛びかかって、抱きついて、どさくさに紛れてあっちこっち触っちゃおうと思って来たけど、この様子じゃ今回は期待できそうもない。
「でもほら、そこは君に抱きつくぐらいさせてよ。その方がそっちだって、悪党を倒したって気になれると思うよ?」
「んー、それぐらいなら……」
「じゃぁ、行くよ?」
「うん」
ようやく話がまとまった……。
相手に許可をもらってから抱きつくなんて空しいけど、いきなり倒されるよりはマシだ。
俺はわざとらしく両手を身体の前に突き出して、空気を揉みしだくように指をくねらせながらナイツに迫る。
「ナイツちゅわ~ん」
そして次の瞬間、ナイツに突進して俺は抱きついた。
シャンプーのいい香りが、俺の鼻孔をくすぐる。
その直後……。
――ドスン!
突然、胸に衝撃が走った。
俺が下を向いてその原因を探ると、そこにはナイツの右手が当てられてる。
ひょっとしてこれは、とどめを刺したのか? 何の前触れもなく……?
「とどめを刺したのに倒れない……」
ナイツが不満の声を漏らす。
えーっ、これで倒れろって言われても、さすがに無理。威力もなければ、盛り上がりも全然ない。
だけどとっとと帰りたくなった俺は、演技をしてでも対決を終わらせる道を選ぶ。
「ぐ……ぐふっ……。衝撃が今頃になって……」
とってつけたように俺は膝を折って、そのまま前のめりに地面へと倒れてみせた。
ちょっとわざとらしかったかな……?
「…………」
「ふふ……魔法少女ナイツよ、なかなかやるではないか。俺は貴様ほどの強敵を見たことがない。もう貴様の前に姿を現さないことを、俺は約束しよう……」
遠回しに再戦をお断りする。そして、手を伸ばしてすがりつくような演技をしながら、ナイツの反応を見るために俺は顔を上げた。
すると、そこにはもう誰も居なかった……。
『いくらなんでも、あれはないだろ、あれは』
『相手は今日が初戦だって言うし、仕方がないんじゃないかな?』
『あれももう再戦はお断りだよ! リーンとナイツのマネージャーの仕事は、今後一切お断りしてくれよ』
『まぁ、まぁ、そんなに怒らないで』
対決を終えて変身を解除してもらった俺は、帰り道にレクターに愚痴をこぼす。なんだか、わがまま芸能人みたいだ。
ここまで俺が不機嫌な理由は、あのナイツのせいっていうよりは、見たかったアニメのリアルタイム視聴が絶望的になったせい。
どうせ録画で見るんだから急いで帰る必要もない。お腹も減ってきたので、俺はすぐ近くにあったコンビニで夜食を買って帰ることにした。
「らっしゃっせー」
店内をうろついてると、ビクリと俺の足が止まる。茶色いショートパンツに目が留まったからだ。
それを履いてるのは、雑誌コーナーでこっちに背を向けて立ち読みしてる少女。目線を上げると、薄手のピンクのサマーカーディガンも羽織ってる。さらに薄っすらと透けてるキャミソールも白い。
間違いない、さっきの魔法少女と全く同じ服装だ。これは正体を拝むしかない。
魔法少女について探るのは守秘義務違反な気がするけど、たまたま後姿が気になった人の顔を、たまたま通りがかりに見ちゃっただけなら仕方ないだろ。だって偶然なんだし。
自分を説得し終わった俺は、会計を済ませて店の外に出る。そして雑誌コーナーの窓の反対側に回り込む。
そして唖然とした……。
「幸子……」
俺は店の外だから、独り言は店内にまでは聞こえてないはず。だけど視線を感じたのか、雑誌を読んでた幼馴染の幸子は顔を上げてこっちに気が付いた。
慌てて雑誌を棚に戻した幸子は、驚いた顔で店外の俺の所に駆け寄る。
「こんなところでどうしたの? 泰歳」
「そっちこそ。なんでこんな時間に、こんな遠くのコンビニにいるんだ?」
「お互いさま。それより家まで送って欲しい。だめかな?」
「あ、あぁ、いいけど」
「最近よく会うね。ふふ……」
並んで歩く幸子の髪からは、さっきのシャンプーの香りがした……。
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