第8話 次回予告、魔法少女死す

 レクターに変身を解除してもらって、近場の公園で休息をとる。

 今回受けたダメージは、みーたんとの対決とは比べ物にならないほど強烈だった。と言っても、文学少女から受けた精神的ダメージが大部分だけど……。


「もう、今日は学校サボるか……」

『ダメだよ、学校は行かなきゃ』

「じゃぁ、もうちょっとだけ休んでからにするか……」


 ここには自転車で来たから、今から学校に向かっても余裕で間に合う。

 一時間目ギリギリでいいなら、あと三十分ぐらいは休めそうだ。


『そうそう、今回も素晴らしい結果だったよ。ほんと、キミはすごいね』

『回収したエネルギーってこと?』

『うん。二人と対決して二人とも好成績なんて、すごい才能としか言いようがない』

『今回は俺が戦意喪失してたのに、向こうが勝手に楽しんでただけなんだけど……』


 今回の魔法少女との対決は二度とごめんだ。

 そういえば、レクターは相手も考慮するって言ってた。だから、今後は遠慮させてもらおう……。


『なぁ、今回の魔法少女……リーンだっけ? 俺、もう対決したくないんだけど』

『えー、今回も向こうのマネージャーから絶賛されてるんだよ? ぜひ今後とも、うちのリーンをよろしくお願いしますって、ボク頼まれちゃったよ』

『どこの芸能事務所だよ。俺は今回何もしてないし、あれだったら誰が相手でも同じだと思うぞ』

『そうかなぁ……。あまりにもキミのやられっぷりが情けなくて、それが向こうに受けてたように見えたんだけどな』

「ますます願い下げだよ!」


 俺が思わず声に出して荒ぶると、呼応したみたいに公園のすぐ外で自転車のブレーキのきしむ音が響いた。

 俺が顔を上げると、自転車に跨った少女はこっちに気付いて首を傾げる。そして少女は降りた自転車を押しながら公園に入ってきて、俺の目の前で立ち止まる。

 自転車のスタンドを下ろして話しかけてきたのは、幼馴染の幸子だった……。


「何が願い下げ?」

「あー、いや、なんでもない。それより、今から学校?」

「うん。でも、泰歳はなんでこんなところに? もしかして、うちの学校に転入?」

「お前の学校、女子高だろ!」


 相変わらず幸子は、冗談なのか本気なのか掴みどころがない。

 とりあえず転入疑惑は否定したものの、さっきまで魔法少女と戦ってた――一方的にやられただけだけど――なんて言えない俺は、適当な言葉でお茶を濁す。


「ちょっと用があっただけだよ、うん、近所に」

「どんな用事?」

「え、あ、ああ、親に届け物頼まれちゃってさ、親戚の家に。はは……」


 まさか幸子がさらに質問を畳みかけてくるとは思わなかったから、俺は咄嗟に苦し紛れの嘘をついてしまった。

 どこにあるんだよ、親戚の家……。

 さらに突っ込まれたらどうしようかと冷や汗をかいたけど、幸子はそれ以上の追及はしなかった。代わりになぜか口を尖らせる。


「ふーん、そっか」

「なんだ? 不満そうだな」

「だって、また泰歳と一緒になれるのかと思ったから」

「いやいや、無理に決まってるだろ。でもそれって……」


 幸子の言葉は、どこまでが本気でどこまでが冗談なのか全然わからない。

 俺が女子高に通えないのは置いておくとして、また一緒の学校になりたいっていう意味なのか?

 これって、めちゃくちゃ好意的な言葉なんじゃないか?

 ここは幸子の真意を確かめるしかない。


「なぁ、俺が男だってのは知ってるよな?」

「知ってるよ」

「そして、男は女子高に通えない」

「それも知ってる」

「でも、幸子は俺が一緒の学校に通うようになったら嬉しいか?」

「泰歳、どうしたの? トランスジェンダー的な話?」

「違うよ! 転入じゃないってわかって、幸子がガッカリしたように見えたから言ってみただけだよ!」


 その気にさせておいて、はぐらかす。

 持ち上げておいて、落とす。

 なんだか、幸子に振り回されてるだけな気がしてきた。

 きっとこの様子じゃ、俺の思い過ごしなんだろう……。

 そう思った途端、幸子が少し頬を赤らめつつポソッとつぶやいた。


「でも、同じ学校だったら……。いつでも泰歳を見られて、きっと私も学校に通うの楽しくなると思う……」


 おいおい、ここまでハッキリ言われたら思い過ごしじゃないだろ。

 この間の再会以来、ちょくちょく携帯でメッセージ交換をするようになったけど、ひょっとして俺の好感度が上がったのか……?

 はにかんでるその表情だって、この間のファミレスよりも段違いに可愛い。

 これはあれか? 女は恋をすると綺麗になるってやつか……?


「俺は女子高には通えないけど、幸子がうちに転入するってのはどうだ? うちは共学だし。ちょっとレベルは落ちるけど、校則は緩いから気楽だぞ」

「ふふ、無理に決まってる」

「そうか、そりゃそうだよな。幸子は今の学校が第一志望だったんだもんな」 


 俺の提案はあっさりと却下された。さすがに調子に乗り過ぎたか……。

 だけど幸子の表情は和やかで、まんざらでもない様子。こんな可愛い幸子を見せつけられたら、意識しないわけにいかなくなる。

 けれどもそれも、そろそろ見納めの時間らしい。


「遅刻しちゃうから、そろそろ行くね」


 幸子は自転車のスタンドを上げると、少し上目遣いに俺を見上げながら別れの言葉を告げた。

 名残惜しい俺は、自転車のサドルに跨る幸子に声をかける。


「ああ、もうそんな時間か。だけど、今日の幸子はいつもより笑顔だったな。その方がいいぞ」

「それは、良いことがあったばっかりだからだよ。じゃぁね、泰歳。バイバイ」


 そう言って幸子は、クリクリした目が無くなるぐらいの満面の笑みを浮かべながら、手を振って自転車を漕ぎ出す。

 その幸子の言葉に俺の胸は貫かれた。


「良いことがあったばっかりって……。それ、ひょっとして俺に――」


 慌てて聞き返してみたけどすでに手遅れ。

 幸子はすでに俺の言葉なんて届かない、公園の入り口辺りまで自転車を走らせていた。けれども自転車はブレーキをきしませて急停車する。ひょっとして俺の声が届いたのか?

 そして幸子は、俺に向かって大声で叫んできた。


「そうだー、この先に変質者が出たって噂だからあ、泰歳も気をつけてー!」

『おい、記憶消し損なってるじゃないかよ!』

『おかしいなぁ、そんなはずは……』

「あっ……」


 レクターに文句を言っている間に幸子の姿はなくなっていた。

 『良いこと』の意味を、ハッキリと本人の口から聞きたかったのに……。

 だけど『良いことがあったばっかり』なんて、どう考えたって俺と会えたことが嬉しいって意味だろ、やっぱり。

 幸子は俺に気がある? だったらここは、俺からコクって……。

 いやいや、告白は自分が好きになった相手にするもんだ。好きになってくれそうな相手を釣り上げる言葉じゃない。


『お取込み中みたいだけど、学校に遅れるよ?』


 レクターの声に、ふと公園の時計を見上げると八時十五分を指してる。

 のんびりしてられる時間じゃない。俺は自転車に跨って学校へと急いだ。




 学校には思ったよりも早く着いたけど、俺は自転車置き場で途方に暮れる。普段は徒歩通学だから、どこに自転車を止めていいのかわからない。

 そこに、ちょうど自転車を止めに来た由美子の姿を見つけた。


「あれ? 委員長って、いっつも一時間前に登校してるんじゃなかったっけ?」

「き、今日は、ちょ、ちょっと出がけに気分が悪くなって、それで……。それより、あなた普段は徒歩通学でしょ? ステッカーを貼ってない人の自転車通学は禁止よ」

「え? そうなの?」

「まったく、そんなことも知らないなんて……。とりあえずここに止めて、あたしについてらっしゃい」


 呆れ顔の由美子についていくとそこは事務室。そして由美子は窓口脇の書類入れから一枚の申請用紙を取り出して、俺にピシャリと突きつけた。


「臨時自転車駐輪許可願。なにこれ?」

「これに記入して出しておきなさい。それを出せば、今日だけならステッカーなしでも止めておけるから」

「ありがとう。面倒見がいいよな、委員長って」

「べ、別にクラス委員長として当たり前のことをしてるだけよ。それにしてもあなたって、口答えしながらもちゃんとあたしの言うこと聞いてくれるわよね。じゃぁ、あたしは先に教室に行くから」

「だって委員長の言ってることの方が正しいからな。サンキュー、助かったよ」


 俺が背後から感謝の言葉を伝えると、由美子は後ろ向きのままそっと右手を挙げてそれに応えた。


 俺が申請書に記入をしてると、今度はレクターから声が掛かる。


『魔法少女みーたんとの次の対決が決まったよ』

『だから、どう考えても魔法少女みーたんって委員長だよね!?』

『それはお答えできないね』


 由美子に会った直後に対決が決まるなんて、どう考えても出来過ぎだろ。由美子と俺がしゃべってる間に、レクターが向こうのマネージャーと話し合ったとしか思えない。

 レクターも全然隠す気がないだろ、これ……。

 それでもみーたんとの対決が楽しみで仕方ない俺は、さっそくレクターにその詳細を尋ねてみた。


『で? いつなんだ?』

『来週の土曜日なんだけど、今回はすごいよ。ボクも滅多にお目に掛かれないシチュエーションだよ』

『そんなに凄いのか? どんなシチュエーションなんだ?』


『――今回は、魔法少女を倒してもいいってさ』

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