第4話 俺の初仕事
学校が終わった俺は速攻で家に帰ると、一直線で自室に直行する。
そしてドアを開けると、部屋の中央の座布団の上にレクターがちょこんと座って、俺の帰りを待ち構えていた。
「おかえり、早かったね。じゃぁ、さっそく初仕事の話をしようか」
やっぱり夢じゃない。そしてついに魔法少女と対面できる。そう思うと、地球外生命体と遭遇してる異常事態なんてどうでもよくなる。いや、よくないか……。
でも俺は興奮を抑えきれないままに、レクターに自分の役目を再確認した。
「初仕事って……確か俺が悪事を働いて、魔法少女に倒されれば良かったんだよな」
「そうだよ。じゃぁさっそく、今回の悪事の概要を話すね」
「う、うん、わかった……」
たとえ悪事を働いても、巻き戻して無かったことにするから犯罪にならないってレクターは言った。
そうは言っても悪事は悪事。許されるのがわかってても、何をやらされるんだろうって思うとドキドキする。
俺は生唾を飲み込んで、レクターの言葉に耳を傾ける。
「記念すべき、キミの初仕事は……」
「俺の初仕事は……?」
「キミのクラスで起こる……」
「俺のクラスで起こる……?」
「落書き事件だ!」
「なんだ、そりゃ。子供のいたずらかよ」
思わず本音が口から洩れる。
ピリピリと張り詰めるほど緊張してただけに、脱力感が半端ない。
だけど俺の落胆ぶりに、レクターが反論した。
「最初はお試しとして、簡単な仕事にしてくれって言ったのはキミの方じゃないか」
魔法少女の敵役は引き受けたけど、まだ全部を信用したわけじゃない。
だから最初はお試しの意味で簡単な仕事にしてくれって、契約した後のレクターの去り際に注文をつけておいたんだっけ。
「確かにそう言ったけどさ。だからって、そりゃないだろ」
「でも悪事なんて、ただのきっかけだからね。実際のところは何でもいいんだよ。確かに大きな悪事の方が正義感エネルギーは引き出しやすい。でもキミ次第で、些細な悪事でも大きなエネルギーを引き出すことが可能なんだよ」
「どういうことだ?」
「それは場数を踏めばわかってくるよ。じゃぁ、夜中の一時ぐらいになったら現場に向かうとしようか。キミは心の準備をしてておくれよ」
「えっ!? 今晩なのか?」
夜中に家を抜け出して、いつもの通学路を歩いて学校へと向かう。魔法少女と戦うために徒歩で移動って、かなりシュール。
それに足元をチョロチョロとレクターが走り回ってるもんだから、蹴っ飛ばしちゃうんじゃないかって心配に……。と思ったら、どこにもいないことに俺はふと気がついた。
「あれ? レクター、どこ行った? おーい」
俺はレクターの名前を呼んでみた。
だけど次の瞬間、俺の頭の中にレクターの声が響く。
『ボクの姿を他人に見られるわけにいかないから姿を隠したけど、ちゃんとキミのそばにいるよ。会話は学校でやったみたいに念じてくれればいいから』
『だけどやっぱり慣れないな、この心の会話ってやつは』
『そうかい? 頭で考えるだけで伝わるんだから、面倒臭がりなキミにはピッタリなんじゃない?』
他の人のことはわからないけど、少なくとも俺は常に色んなことを考えてる。
こうしてレクターへの返事を考えながらも、頭の片隅では魔法少女はどんな子だろうとか、どさくさに紛れて何をしてやろうかとか……。
それが全部筒抜けになってるって思うと、迂闊な妄想だってできやしない……。
『魔法少女の人柄は会ってのお楽しみだから答えてあげられないけど、今キミが妄想したハプニング程度のことは全然オッケーだからね』
『余計なことまで読み取るなっつーの』
ふと思い浮かべた妄想がさっそく読み取られて、俺は急に足取りが重くなった。
魔法少女と戦ってる最中に倒れてスカートの中を覗いたり、後ろから羽交い絞めにする振りで抱きついたり……。そんなことを、軽く考えただけなのに。
あー、ダメだ、ダメだ。これもレクターに筒抜けになるんだ……。
だけど妄想なんて止められるわけがない。だから後悔しても仕方ない。
別にこいつだって言いふらすつもりなんてないだろうし、諦めて開き直るか……。
『そう、それでいいよ。それにボクは嫌いじゃないよ、キミの妄想』
「いちいち答えなくていいよ!」
あ、通りがかりのサラリーマンに変な目で見られた……。
深夜の学校に到着すると、カチャリと音を立てて通用門の鍵が開く。
そして昇降口へ忍び寄ると、ここでも自動ドアのように扉が開いた。
これはレクターの仕業か。なんでもできるんだな……。
『これぐらい、お安い御用さ』
『話しかけてないから、いちいち答えんな!』
深夜の校舎で頭の中に声が響くと、薄気味悪くて心臓に悪い。それに心で思ったことにいちいち返事をされるのは、あんまり気分のいいもんじゃない……。
『そうか、気をつけるよ』
「だから、それだよ!」
校舎に入ったら、まずは男子トイレに行くようにレクターに指示された。
するとレクターが、薄暗い非常灯の下で姿を現す。その姿はまるで、稲荷神社の狐の石像みたいだった。
「じゃぁ、いよいよ敵役に変身してもらうよ、いいね!」
「わ、わかった、やってくれ」
「ほほほほいっと!」
緊迫感のない軽い掛け声と共に、レクターはその白い身体を飛び上がらせると、クルリと空中で一回転して元の場所へと着地した。
あっという間の出来事。今の一瞬で、もう俺の変身が完了したらしい。
下を向いて服装を確認すると、俺は真っ黒いタキシードとマントを身に着けている。
そしてトイレの鏡を覗いてみると……ピエロみたいな顔をした怪しい人物がそこにいた。
「変態じゃないか!」
「えーっ、かっこいいじゃない」
「お前の感覚、ちょっとおかしいぞ」
鏡をもう一度よく見ると、顔は変わってない。ただ、まるでメイクでもされたみたいに、ピエロの顔になっていた。髪型はオールバックだけど黒いまんまだし、体形だっていつも通り。
これで本当に正体が隠せてるのか……?
「大丈夫だよ。いつまで鏡を見てるんだい?」
またレクターが俺の心を読み取って、勝手に話しかけてくる……。
絵の具みたいに白い肌。唇は大げさなほどに大きい赤。目の周囲には黒い模様が入ってて、左目の下には大粒の涙のマーク。夜中の学校でこんな奴に出会ったら、俺なら絶対ショック死する。対決する魔法少女がちょっと心配になった。
「これ、変えられないのか?」
「敵役はこれって、もう決まってるから。それより名前はどうする?」
「どうするって、敵役の名前こそ決まったのないのかよ。先に言っといてくれないと、急に思いつくわけないだろ」
「でももう約束の時間だから、もたもたしていられないよ。すぐに考えてよ」
「無茶言うなよ!」
俺の言葉にも構わず、男子トイレから出て行くイタチのようなレクター。
だけど思い止まったように、俺に向かって振り返る。
「じゃぁボクはこのまま姿を隠すけど、指示があれば頭の中に直接話しかけるね」
「わかった。でもまだ名前が……」
「無理に名乗らなくてもいいよ。あ、そうだ、ちょっと待ってね。学校内の今の状況を保存しておくから……」
そう言ってレクターは目を閉じると、しばらく考え込むように動きを止めた。
その間、十秒ぐらい……。そしてレクターは、再び目を開いて俺に話しかける。
「これで任務完了後はこの状態に戻せる。だからこの校舎内なら、キミは何をしてもかまわないよ。気に入らない奴の机に落書きをしようが、教科書を破こうが好きにすればいい。好きな子の縦笛を舐め回したって証拠は残らないよ」
「うちの高校じゃ縦笛なんか使わないよ!」
「あとはキミが適当に暴れてれば、その内魔法少女が現れることになってるから頑張ってね。それじゃ!」
一方的に言い放って、レクターは姿を消した。
こんな奇妙な姿に変えられて、人気のない深夜の校舎に一人取り残されたらさすがに不安になる。見回りの警備員が来ませんようにと恐れながら、俺は男子トイレから足を踏み出した……。
いつもの自分の教室に入って、とりあえず電気を点けてみる。
教室の様子は夕方帰った時のまま。俺はいきなり途方に暮れた。
好き勝手やっていいって言われたけど、どこまでなら許されるんだろう。適当になんて曖昧な言葉じゃなくて、具体的な内容を指示してもらえばよかった……。
心で念じてみたけどレクターからの返事がない。
不安になった俺は、心の中でもっと強くレクターに向かって呼び掛ける。
『おーい、おーい、返事してくれよ! 俺はどうしたらいいんだよ!』
『なんでもかんでもボクに頼らないでよ。好きにしていいってば。まずいことをしそうな時は必ず止めるから、安心してやりたいことをやっていいよ』
『教室の机や椅子を滅茶苦茶にしても?』
『いいよ』
『黒板のチョークを全部粉々に砕いても?』
『いいよ』
『教卓の上に上履きのまま上がっても?』
『別にいいけど、さすがにどれも悪事と呼ぶにはささやかすぎるよね。なんなら、教室中にオシッコを撒き散らしたっていいんだよ?』
『できるか!』
『とにかく、ボクが止めない限りは何をやってもいいから、頑張るんだよー』
レクターは明らかに投げやりな励ましの言葉を俺に掛けると、再びおとなしくなってしまった。
どうやらレクターは、これ以上のアドバイスをするつもりはなさそうだ。
ここから先は、自主的に行動するしかないか……。
「何から始めようかな……」
夜の教室で暴れ放題。地味だけどチャンスはチャンス。
せっかくだから、普段できないことをやっておこう……。
――キィィィイイイ……。
黒板に爪を立てて引っ掻く。でもこれは自分にダメージを与えただけだった。
それならチョークで落書き。WXY……空しい、俺は小学生か……。
「こんなんじゃ悪事にならないな……」
気を取り直して、今度は教卓を思いっきり蹴り倒してみた。これは思ったよりも胸がスッとするかもしれない。
続けて嫌いな奴の机も蹴り倒し、椅子を頭上に掲げて床に叩きつける。
憎しみの感情は、やっぱり俺の中で大きくくすぶってたのか……。
始めはあれだけ何をしようか悩んでたのに、火が付けばあっという間。俺はタガが外れたみたいに、腹いせに夢中になっていた。
どこから転げ落ちたのか、床に落ちてた油性のマジックを俺は手に取る。
そして今度は、手当たり次第に机に落書きして回った。
「この席は委員長か……」
机の中を探ってみると、ノートが入っていた。
俺は委員長の席に座って、そのノートに油性のマジックで、下手くそな絵を書き殴る。そして普段言い返せない悪口も、思いつくままそこに書き連ねていった。
その時だった……。
閉めておいたはずの教室の扉が、バーンと音を立てて勢い良く開く。
「――あなた、そこで何をしているの! あたしが来たからには、これ以上の悪事は許さないわ!」
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