第2話 魔法少女の敵役、誕生
「敵役? 俺が魔法少女になるんじゃなくて?」
「何言ってるんだい。キミは男だろ? 少女になれるわけがないじゃないか」
甘かった。やっぱり少女にはなれないのか……。
だけどよりにもよって敵役なんて。そんなの真っ平御免に決まってる。
「敵役なんていうやられ役、やるわけないだろ。そんなものになって何のメリットがあるっていうんだよ。帰れ、帰れ」
「それがそうでもないんだなぁ。ちょっとだけでいいから、まずは話を聞いてよ」
謎の生物と交わす会話。どう考えても異常な事態だけど、アニメ慣れしてるせいか俺はすんなりと受け入れてた。
それにしたって敵役なんて、やられるのが確定でメリットなんてあるわけない。きっとこいつは、俺を騙そうとしてるんだ。
「信じられるわけないだろ? 俺にはデメリットしか思いつかないぞ」
「まぁ、聞いてよ。まずは大前提だけど、魔法少女との戦いで死ぬことは絶対にないから安心して欲しい。敵役に変身中は痛みだってほとんどない。もしも首がもげちゃったとしても、ボクが巻き戻して元通りにするから大丈夫だよ」
「大丈夫だよって……。気分的に大丈夫じゃないだろ」
敵役っていうからてっきりボコボコにされて、挙句の果てには殺されるんじゃないかと思ってた。
こいつの言葉を信じるかっていうのは別問題として、痛みもないならちょっと興味のある話だ。なにしろ魔法少女と出会えるんだから……敵役だけど。
俺は続けてキュゥ……謎の生物の話に耳を傾けた。
「そして戦闘中は、どさくさに紛れて魔法少女の身体に触れても構わない」
「なに!?」
いきなり、キュゥ……謎の生物は興味を引くメリットを挙げてきやがった。
いや、ちょっと待て。そんな言葉は罠に決まってる。
「でも相手は魔法少女だろ? 近付く前に魔法で撃退されるんじゃないのか?」
「魔法少女と言っても、戦闘はほとんど物理攻撃だよ。キミに止めを刺すのが必殺技の魔法ってだけさ。だから、どさくさに紛れるチャンスはいくらでもある」
「ほんとに? じゃぁ、その……もしもだよ? もしも事故で、胸に手が当たっちゃっても問題ないの?」
「そりゃぁ真剣勝負の最中だからね。それぐらいの事故は当然あるだろうね」
「戦闘上の成り行きで抱きついちゃっても?」
「そりゃぁ、魔法少女の動きを封じる必要だってあるだろうからね」
俺は無意識にガッツポーズをしてた。これは確かに大きなメリットかもしれない。
なにしろ俺が女の子の身体に触った記憶なんて、中学の体育祭の競技が最後だ。
「あ、でも待った。魔法少女ってことは、相手はどうせ小学生とか中学生なんだろ? 俺はちょっと興味がないな」
「キミだってちょっと前までは中学生だったくせに……。まぁいいや、魔法少女はいっぱいいるから、キミの好みに合いそうな同年代の子を探してみるよ」
「いっぱいいるのかよ。それだったら、女子大生のお姉さんとか、ちょっと厳しめの婦人警官とかの方が好みかも……」
「探してあげてもいいけど、キミにお相手できるの? 舐められても知らないよ?」
「確かに……。わかりました、同年代でお願いします」
俺はぺこりと頭を下げた。もちろん、まだ引き受けたわけじゃないけど……。
だけどこっちの注文も聞いてくれるなら、もう少し条件を出しておくか。
「見たいテレビがある時間は避けてもらいたいんだけど」
「対決の日程は事前に向こうと調整するから、なるべくキミの希望に合わせるよ」
「あんまり遠くには行きたくないな、面倒臭いから」
「こっちも交通費までは出してあげられないからね。自転車圏内で見繕うよ」
「自転車通勤かよ……」
とはいえ、こっちの事情も考慮してくれるなんて、とってもホワイト。これなら、魔法少女の敵役になってみるのも悪くない気がしてきた。
でもよくよく考えてみると、俺はまだ肝心なことを聞いてない。
「ところで魔法少女の敵役って言うけど、いったい何をすればいいわけ?」
「簡単に言ってしまえば……キミが悪事を働いて、魔法少女から正義の鉄槌を下されればいいんだよ」
「悪事って? 俺はそんなに大それたことはできないぞ?」
「それも心配いらないよ、筋書きはこっちで作るから。それにその悪事だって、戦いが終わったら巻き戻して無かったことにするから、キミは犯罪者にもならないよ」
「筋書き通りに悪事を働くだけ?」
「でも調子に乗って、筋書きにない強制ワイセツとかしたら面倒見切れないからね」
「するかよ!」
話を聞いて、この生物の目的がわからなくなった。
すべてを無かったことにするなら、悪事を働く意味がない。
「俺が悪事を働いて、魔法少女に懲らしめられる。でも実際の世の中は、何も変わってないってことだよな?」
「キミは理解が早くて助かるね。その通りだよ」
「そんな茶番劇に何の意味があるのさ」
「キミにとっては無意味に見えても、ボクにとっては大事なことなんだよ。充分に興味を持ってもらえたようだし、キミには全部話すとしよう」
この生物の言う通り、俺は魔法少女の敵役に充分興味を持って、引き受けてもいいかなぁなんて思い始めてる。だけど、さすがに簡単には引き受けられない。ちゃんと納得がいかないと……。
するとこの生物は雰囲気を変えて、真面目な口調で丁寧な説明を始めた。
「キミの想像通り、ボクはこの星の生物じゃない。そして、ボクの名前は特にないんだけど……そうだな、レクターとでも呼んでもらおうか」
「レクターねぇ……」
「コレクターのレクターさ。ボクが何を集めているかというと、それは魔法少女の正義感エネルギーなんだ。それを引き出すのがキミの仕事ってわけだよ」
「悪事を働いた俺を正そうとする、魔法少女の感情ってことか?」
「そう。変身した魔法少女たちは、正義感エネルギーを力に変えられる。そしてキミを懲らしめようと繰り出す攻撃には、その正義感エネルギーが大量に含まれているんだ。敵役モードに変身したキミは、それを集める回収装置ってわけさ」
もちろん信じられない話だけど、こんな謎の生物がしゃべってる時点で常識なんて吹っ飛んでる。だから正義感にエネルギーがあるって言われたら、そんなものがあってもおかしくないって気になってしまった。
そしてここまでの話が本当だって言うなら、俺は魔法少女の敵役を引き受けようと思う。やっぱり、本物の魔法少女にお近づきになれるのは魅力的だ。
「だけど、どうして俺なんだ? 俺を選んだ理由が納得できればやってもいいよ」
「最初に言ったろ? キミには隠れた素質があるって」
「隠れた素質か……。いったい俺に、どんな素質が眠ってるっていうんだ?」
素質があるって言われたら悪い気はしない。
いっつも自分を卑下してきた俺だけど、事によっては自信が持てるかもしれない。
俺はワクワクしながらレクターの答えを待つ。
「キミはいじめられ慣れてるだろ?」
「失礼な奴だな。やっぱり敵役は止め――」
「今日だってクラス委員長に虫けら扱いされて、キミはゾクッとしてたじゃないか」
「ぐっ……見てたのかよ。でも、虫けら扱いまではされてないと思うけど……」
全面的に否定できない自分が情けない。
そんな動揺した俺に、レクターは次々と説得の言葉を畳みかけてくる。
「それに常日頃から、過去にいじめられてきた仕返しをしたいと考えてるよね?」
「そ、それは、そうだけど……」
「魔法少女の敵役が働く悪事で、それも晴らせるとしたら?」
「謹んで、魔法少女の敵役を受けさせていただきます」
俺はレクターに深々と頭を下げて、魔法少女の敵役を引き受けることにした……。
「ところでレクター、叶えてもらう願いだけどさ」
「なんの話だい?」
「いや、魔法少女になる代わりに、なんでも一つだけ願いを叶えてくれるってのはお約束だろ?」
「ないよ、そんなもの。そもそもボクは、魔法少女の敵役のマネージャーだからね。魔法少女側の事情なんて知らないよ」
「マネージャーなのかよ!」
勝手にそんなつもりになってたけど、あれはアニメの話だ。
それでもちょっとガッカリした俺に向かって、レクターは元気に励ました。
「気を落とさないでよ。最後の最後には、絶対やって良かったって思わせてあげるからさ……」
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