僕と契約して魔法少女の〇〇になってよ ~ラッキースケベにもほどがある~

大石 優

あなたも魔法少女の敵役になってみませんか? 無給ですが、ウハウハな生活をお約束いたします。

ようこそ魔法少女

第1話 ボクと契約して……

「広原君。あなた、また今日も遅刻したわよね。もう少しなんとかならないの?」


 高校に入学して早三か月。俺はクラス委員長の松本 由美子(まつもと ゆみこ)に呼び止められて説教を食らう。今日は遅刻の件か。

 やっと今日の授業が全部終わったから速攻で家に帰って、録り溜めてたアニメでも見ようと思ってたのに……。


「え、あ、ごめん。だけど先生でもないのに、なんでそんなことを委員長が?」

「先生も呆れてらっしゃるのよ。いくら注意しても直らないから、クラス委員長のお前からも言ってみてくれってお願いされたの!」


 由美子はクラス委員長の務めを果たしてるだけなんだろうけど、さすがに言い方がきつすぎる。他のクラスメイトにはそこまでじゃないのに。

 だらしない俺がよっぽど許せないのか、向けられる視線も嫌悪感たっぷり。あまりにも冷酷な処遇に、俺は少しゾクッと……じゃなかった、カチンときた。


「悪かったよ。だけど、遅刻してるのは俺だけじゃ――」

「言い訳しないで! 遅刻したのは事実でしょ? あなたの成績がどんなにひどくても知ったこっちゃないけど、目に見える遅刻はクラスの風紀にも影響するから迷惑なの!」


 弁解のチャンスなし。むしろ、何倍にもなって返ってくるなんて……。

 だけど由美子がそういうタイプなのは、入学初日から知ってる。なにしろクラス委員長に立候補して「あたしはハッキリと物を言うタイプだから、そのつもりで」って言い切ってた。潔癖っていうか、正義感が強いっていうか、だらしない奴が許せないんだろう。


 由美子はきつめの性格がそのまま表れたような涼し気な目元で、鼻筋のシュッと通った凛々しい美人。唇はいつも不満がありそうにしっかり結ばれてて、長い黒髪がトレードマークになってる。

 そんな由美子にギロリと睨みつけられて、委縮した俺は思わず視線を下げる。そしてそれは、程よく大きい形の良さそうな存在感のある胸で止まった。

 すると由美子は、そんな俺の挙動にもすかさず不満を漏らす。


「またそうやって視線を逸らす。人と話をする時は相手の目を見るようにって、いつも言ってるでしょ?」


 顔立ちもスタイルも申し分なしだっていうのに、由美子はみんなから距離を置かれて孤立気味。孤立してる点は俺も人のこと言えないけど……。

 その理由はやっぱりこの、口やかましさのせい。陰口も叩かれてて、『性格ブス』だの『残念美人』だのって呼ばれてる。俺は裏表がなくて誠実ないい子だと思うんだけど……まぁ、もうちょっと優しく接してくれた方が嬉しいかな。


「わかったよ、これから気をつけるよ」


 ちょっと納得はいかないけど、俺は最低限の謝罪を済ませて由美子に背を向ける。

 すると、教室を出ようとする俺の背中に、追い打ちをかけるような罵声が飛んできた。


「どうせ、夜中まで変なアニメでも見て『萌え』とか『推し』とか言ってるんでしょ? 気持ち悪いわね……」


 これ以上腹を立ててもしょうがない、ご褒美として受け取っておくか……。




 学校から家までは徒歩で五分ぐらい。

 高校なのに徒歩通学なのは、家からの距離で学校を選んだから。理由は通学時間を勉強に充てるため……なんていう勤勉さは、もちろん俺にはない。

 単に遠いとだるいし、早く家に帰って好きなアニメを見たり、ラノベでも読んでる方が有意義だから。


 そんなわずかな下校の道で、背後から自転車のベルが響いた。

 俺はその音に振り返る。


「あれ? ひょっとして……幸子か?」

「あ、泰歳」


 自転車に乗ってた女の子は鈴木 幸子(すずき さちこ)だった。

 彼女はサドルから腰を上げて両足で降り立つと、女子高の制服のチェックのプリーツスカートをひるがえしながらフレームを跨ぐ。


 ――見えた!


 と思ったけど、目に入ったのは黒い影だけ。そんなに甘くないか。

 幸子とは保育園から中学校まで一緒だったけど、彼女は進学率の高い女子高を選んだ。その高校は少し遠いから、家は近所だけど通学の時間帯は合わない。

 だからこうしてバッタリ会ったのは、中学校の卒業以来だ。


「ひょっとして、俺に気付いてベル鳴らしてくれたのか?」

「ごめん、ちょっと邪魔だっただけ……」

「なぁ、幸子。せっかく久しぶりに再会したんだし、ファミレスでもいかないか?」

「あ、う、うん」


 俺がこんなに積極的になれるのは、相手が幸子だから。

 もちろん付き合ったりはしてないけど、中学時代はなんでも話せるたった一人の友達だった。

 唯一の友達が異性なんて、おかしな話かもしれない。だけど幸子は、性別なんて気にならない存在で……あれ? おかしいな……。



 帰り道からは外れるけど、ちょっと寄り道して近所のファミレスに二人で入る。

 案内された窓際のボックス席に向かい合わせに座ると、すぐさまドリンクバーを注文した。誘った手前、俺がおごるしかないよな……。

 そして世間話を始めたけど、俺はちっとも会話に集中できなかった。


「女子高ってどんなところだ?」

「女ばっかりだよ」

「うん、まぁ、当然だよな……」


 話は上の空で、俺はソワソワしてる。

 こいつって、こんなに可愛かったっけ……?

 口数が少なくて声も小さい、地味で目立たない、どこにでもいる普通の女の子。

 小顔でクリっとした目、ショートの髪型、歯を見せて笑うと左に八重歯。パーツの一つ一つは中学時代から変わってない。胸の大きさだって相変わらず控えめだ。

 なのに、こうして話してるだけでドキドキする。なんでだ……。


「幸子は彼氏できたのか?」

「できるわけない。女子高だし」

「そうか、そうだよな。俺も一緒だよ」

「泰歳、女子高だっけ?」

「そっちじゃねーよ」

「そっか、泰歳も彼氏できないか」

「彼氏は欲しくねーよ……」


 そうか、幸子もフリーか……。ってなんでだろ、急に気になりだした。

 高校に入ってから女子とこうして他愛のない会話なんてしてなかったせいで、幸子が特別な存在に見えちゃってるのかも……。


「じゃぁ、友達はできたか? 幸子は相変わらず人見知りしてそうだな」

「仲のいい子が一人できた」

「マジか。良かったな」

「うーん、泰歳は?」

「俺か……俺は、話しかけられたと思ったらクラス委員長のお叱りだった……って毎日かな。中学の頃と変わんないよ」


 自分から積極的に打ち解けようとしない性格が災いして、俺には友達がいない。会話を交わす知人はいても、友達なんて言ったら相手に否定されそうなやつばっかり。

 中学時代の幸子だって似たような感じだったのに……。なんだか、ちょっと裏切られた気分だ。


「だけど、女子高で仲のいい子か。ってことはやっぱり、夜は泊まりがけで一晩中たっぷりと――」

「スケベ。泰歳は相変わらず、偏ったアニメ見すぎ」

「お前こそスケベだな。俺は恋バナとかするのか聞こうと思っただけだよ。それに相変わらずってなんだよ。俺の趣味なんて知らないくせに」

「泰歳、昔学校にクリアファイル持ってきてた。魔法少女なんとかってやつ」

「あ、あれは、コンビニでなんか買ったら勝手におまけでついてきて、そのまま何となく使ってたってだけで……」


 当時ハマったあれを見られてたなんて、俺の黒歴史かもしれない。それでも、俺に関することを覚えててくれたってだけで、なんだか嬉しい。

 すると今度は、幸子がぽつりと尋ねてきた。


「最近はどう? いじめられてない?」


 中学の頃の俺は、いわゆるいじめっ子ってやつの腹いせの対象になることが多くて、ちょくちょく痛い目に遭ってた。

 幸子は俺がいじめられてるとき、いつも心配そうに物陰から見てたっけ。

 助けてくれはしなかったけど、後でハンカチを差し出してくれた。それがきっかけで幸子と友達になったんだったな……。


「さすがに高校に入ってからは、暴力的なのはないな。その代わり、精神的なのがちょくちょくあるけど……。今日もあったな、そういえば」

「そっか、暴力はふるわれなくなったんだね。ちょっと気になってた」

「心配してくれてたのか? ありがとう」


 俺にはもう過去の記憶だったのに、幸子は今でも気にかけてくれてたなんて……。

 ひょっとしたら、俺のことを思ってたりして? いや、さすがにそれは調子に乗りすぎか。


「幸子はいじめられたりしてないのか? 女子高はすごいって話聞くし」

「私は大丈夫。でも、陰湿なシカトとかはよくある」

「そっか、気をつけろよ」

「うん。私、そろそろ帰るね」


 あんまり話は弾まなかったけど、母親以外の女子とこんなに話したのは久しぶり。

 俺は有意義だった時間を惜しみながら、幸子とファミレスに別れを告げた……。




 学校から帰った俺は、さっそく録り溜めてあるアニメを見ようと、自分の部屋に入る。久々に登録の増えた携帯の電話帳を、緩んだ顔で眺めながら。

 だけどドアを開けた瞬間、そこに何か居た……。


「やぁ、おかえり」

「……なんだ、これ?」


 手に持ってた通学用のカバンが、ドサリと床に落ちる。

 目の前には四本足の真っ白いイタチのような生き物。そいつは、俺の特等席のテレビ前の座布団の上に、ちゃっかりと鎮座していた。

 そしてこっちをジッと見つめたまま、そいつはさらにしゃべりだす。この状況なら言い出しそうだなって、俺が想像した通りの言葉を……。


「キミには才能がある。だからボクと契約して――」

「魔法少女になんてなれるかよ。俺は男だぞ!」


 予想通りすぎるその言葉を、俺は思わず遮った。だけど俺は冷静に考え直す。

 あれ? 女になってみるのも悪くないんじゃないか……?。


「あ、ちょっと待った、今のなし。少しぐらいなら話を聞いてやってもいいぞ」


 すると俺の返事に、少し嬉しそうな口調で謎の生き物が言葉を返した。



「――本当かい? じゃぁ、ボクと契約して、魔法少女の敵役になってよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る