§063 「もし夢が叶うなら……」
あの日から数日が過ぎた。
今日は『星夜祭』の当日。
辺りはだいぶ暗くなり、草むらでは夏虫がりんりんりんと心地いい音色を奏でている。
少し遠くからフォークダンスのリズムとみんなの笑い声が聞こえてくる。
そんな中、私は体育館裏の石段に一人腰掛けていた。
うん……ここはやっぱり落ち着く。
ここは、去年の『星夜祭』のときに見つけた私のとっておきの場所だ。
たくさんのクラスメイトに告白され、よく知らない人にまでダンスに誘われた挙句、逃げ惑う私が見つけた特別の場所。
私の目に映る風景は、1年前と何も変わっていない。
フェンスに絡まった青々としたツルの木、長いこと放置されているのだろう何も植わっていない花壇。
まるでここは時が止まっているかのように、あの時のままだ……。
「あれから1年かぁ~」
私は思わず独り言を漏らす。
この1年、本当にいろいろなことがあった。
私は未知人に出会ったときのことを思い出す。
ふふ、いまでも鮮明に覚えてるよ。
私が能力を使ってるところを目撃されちゃって、それで彼は尻もちまでついてポカンと口を開けてるんだから。
その次に印象に残ってるのは……手相占いかな。
未知人が『好き』という気持ちについて考えろって言ってくれたのもこの時だったっけ。
今思うと私はこの瞬間から未知人に惹かれていたのかもしれない。
未知人の印象を決定付けたのは……やっぱり相合傘かな。
私を車から守ってくれて……ワイシャツがびしょ濡れになってる私に気を遣って傘だけ貸して自分は走って帰るとか……本当にどれだけお人よしなのよ。
まあ、それのおかげで未知人のお見舞いに行くことができたんだけどね。
その後は、未知人と『恋人のふり』をすることになって、いろんなところにお出掛けして、本当に楽しかった。
この場所は何一つ変わってなかったけど、私はこの1年で随分と変わったと思う。
だって、去年の『星夜祭』のときは早く終わってほしいとしか思わなかったもん。
星空を楽しむ余裕なんてなかったからね……。
でも、いまは違う。
さすがに私の『能力』だと、みんなに交じってキャンプファイヤーをすることはできないけど、こうやって満天の星空を見上げることはできる。
そう……みんなが見ているのと同じ星空を。
ほんの少しかもしれないけど、未知人のおかげで普通の女の子に近付くことができたよ。
時折涼しげにふっと吹く風が髪の毛を揺らす。
私は最近とある夢を見る。
未知人が私に手を差し伸べてくれて一緒に踊るの。
キャンプファイヤーの周りを人目もはばからずに何回も何回も……。
ああ……もし夢が叶うなら……一度でいいから未知人と踊りたかったな。
なんてね……。
未知人のことを振っておいて、何を身勝手なこと言ってるんだろう……。
私は渋谷先輩に想いをぶつけられただけで十分満足だよ……。
頬を一筋の涙が伝う。
「未知人……みちひとォ……」
「ああ、やっぱりここにいたか」
……えっ?
聞き覚えのある優しい声に、私は顔をあげる。
「迎えにきたぞ、お姫様」
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