クラスでモテまくりの『サキュバス美少女』の魅力が俺には効かない 〜 美少女が何故か俺の手を握ろうとしてくるんだが 〜

§062 「本当にありがとう。私の大好きな人」

「どっ……どうしてそんなことを言うんだ」

「えっ……？」

　私は先輩から放たれたいままで聞いたことないような冷たい言葉に思わず顔を上げる。

　すると、そこには顔面蒼白で歩みよってくる先輩の姿があった。

　あの日の記憶が蘇る。

　身体が一瞬にしてこわばるのがわかる。

「あっ……わ……私は……」

　そう言い終わるか言い終わらないかの瞬間に、私の肩は大きく揺さぶられた。

「どうしてわかってくれないんだ。オレはこんなに希沙良さんのことが好きなのに。オレ以上に君を好きな人はこの世にいないのに」

　私は一瞬何が起きたのかわからなかった。

　視界は宙を舞い、背中が硬いものに打ち付けられる。

　痛ぃっ！

　背中にほとばしるような衝撃が走る。

　それと同時に、私の身体に鉛のように重いものが覆いかぶさるのを感じ、衝撃と恐怖で閉じられていた目を必死にこじ開けると、先輩の顔が目の前にあった。

　その顔は、さっきまでの優しい面持ちとは打って変わって、焦りと怒りと憎しみが込められたなんとも醜いものになっていた。

　やだ……。

　どうして……そんな顔をするの。

　怖い……恐いよ。

　視界が涙で霞む。

　両肩にはものすごい力を感じる。

　身体がカタカタと震えて思うように動かない。

　やめて……痛いよ。

　離してよ……お願いだから。

　もちろん、こうなる可能性を全く考えていなかったわけではなかったが、私の頭の中はもうぐちゃぐちゃになっていた。

　せっかく人通りのある公園を選んだのに……。

　念のためにポケットにはスタンガンを入れてきたのに……。

　身体が……身体が言うことをきかない……。

　どうすればいいの……。

　あんなに覚悟を決めてここに来たはずだったのに……。

　こんなの女の子一人じゃどうしようもできないじゃん。

　私……このまま犯されちゃうの……？

　もうすべてを投げ出して……いっそのこと『能力』で完全に先輩を支配しちゃう？

　そんなことをグルグル考えていると、先輩の手が胸元に向けられ、ペンダントにしていた『約束の鍵』に手がかかる。

　あっ……だめっ……！

　それは……私と未知人の大切な思い出なんだから……。

（ぶちんッ！）

　先輩が抵抗する私の手を制しようとした瞬間、胸元にかけていたペンダントがはじけ飛び、勢いよく宙に舞う。

　未知人……。

　彼の顔がふと目に浮かぶ。

　私は何をやってるんだ。

　私はどんな決意でここに来たんだ。

　今日はすべてを変えるためにここに来たんだ。

　新たに踏み出した姿を未知人に見せるんだ。

　未知人が少しでも私を許してくれるように。

　私が未知人にふさわしい女の子になれるように。

　だから……………………こんな暴力には絶対屈しないッ！！

「私には好きな人がいますッ！」

　私は溢れだす涙を必死に堪え、大声を張り上げる。

　先輩の顔が大きく歪む。

　それでも、そんなの私の知ったことかっ！

「私には好きな人がいますっ！　本当に本当に大好きな人ですっ！」

　私は肩を揺らしながらハァハァと息をする。

　身体が燃えるように熱い。

　でも、もう昔に戻るつもりはないっ！

「私は確かに『好き』という感情を弄ぶひどい女だったかもしれません。多くの人の人生を狂わせてきたかもしれません。もちろん、その罪を許してもらおうとは思いません」

　それでも……それでも……

「彼は……そんな悪魔のような私に『好き』という気持ちの大切さを教えてくれたんです。私の戯言を真剣に聞いてくれて、私のことをいつでも守ってくれて、私のようなわがままな女を受け入れてくれたんです」

　だから……

「ごめんなさい。やっぱり私はあなたとは付き合えません。……だって……私は……」

　すぅ―っと思い切り息を吸い込むと、持てる力のすべてで叫んだ。

「彼のことが……未知人のことが好きで好きでたまらないんだから――――――ッッッ！」

　はぁ……ぁ……はぁ……。

　自分の鼓動が脳に直接響く。

　……言った。

　……言ってやった。

　いままで言えなかった言葉を……いま……初めて。

　これが、私のありったけの想い……。

　もう後悔なんてない……。

　この後、渋谷先輩に犯されようと、私の心には未知人がいる。

　未知人……私……頑張ったよね……。

　ちょっとぐらい……胸を張ってもいいよね……。

　大好きだよ……未知人…………………………

　私が意識を取り戻したのは、彼の涙が私の頬を濡らしたときだった。

　その時には、私を押さえ込んでいた腕も既に力を無くしていた。

「か……か、んぱいだよ……」

　先輩が絞り出すように言葉をつなぐ。

　私は最初、先輩の言葉の意味が理解できなかった。

「せ……先輩？」

「君にそんなに想ってもらえる彼には心底嫉妬するよ」

　先輩は何かを押さえ込むように、グッと拳を握り、目を堅く瞑る。

「でも……君にそんな顔を……そんな幸せな顔を見せられたら、怒れるわけないじゃないか」

　そう言うと、先輩は私から手を離して、スッと立ち上がる。

「希沙良さん……君の素直な気持ちが聞けてよかった。ありがとう。どうかオレの分まで幸せになって」

　先輩の顔にはもう怒りや憎しみの感情は込められていなかった。

　先輩はそれだけ言い残すと、そのまま背を向けて歩き出す。

　私は少しの間立ち去る先輩の背中を茫然と眺めていたが、ふとした瞬間に、いままで必死に堪えてきたものが、決壊したように溢れ出してきた。

「ああ……」

　大粒の涙が頬を流れ落ちるのがわかる。

　未知人……わたし……勝てたよ。

　この……悪魔の『能力』に……勝てたんだよ。

　怖かった……恐かった。

　つらかった……辛かった。

　私のことを『好き』だと言ってくれた人に『好きじゃない』と言うのは本当に心が痛かった。

　でも、本当は好きなのに……どうしようもないくらい大好きなのに。

　『好き』だと言われて『好きじゃない』と嘘をつかなきゃいけない気持ちに比べたら……。

　私だけじゃね……この『能力』に勝てなかったよ。

　未知人がいたから。

　未知人が支えてくれたから。

　初めて勝つことができたんだよ。

　これで……私も……ほんの少しだけ……前に進めた……よね？

　辺りはいつの間にか日が暮れて、一面に広がる空には満天の星が輝いていた。

　私は涙で霞んだ目で宙を見上げる。

　いつか……この星を一緒に観れたらいいな……。

　本当にありがとう。

　私の大好きな人。