§058 「これが『あの事件』の顛末だ」

 ――あれはオレたちが高校1年生のときだった。


 オレと未知人と赤梨は最初の席が近かったこともあって自然と3人でいる時間が多くなった。

 それぞれ性格が違う3人だったからこそ、グループのバランスがよかったんじゃないかと思う。

 ファミレスでくだらないことを駄弁って、ゲーセンやカラオケで馬鹿騒ぎをして、そんな日常がオレは好きだった。

 こういう言い方をすると照れ臭いが、いつからかお互いがお互いを『親友』と呼べるような関係になっていた。


 そんな、ある日……オレは未知人から『赤梨に告白したい』という相談を受けた。


 念のため言っておくけど、オレは赤梨にまったく恋愛感情を持っていなかったから、泥沼展開に突入とかそういうのではない。

 まあ、オレもそこまで鈍感ってわけじゃないから、未知人が赤梨に好意を寄せているのは薄々勘づいていたよ。


 でも、正直なところ、なんて答えようかは迷いどころだった。


 オレは未知人も赤梨も友達だと思っていた。

 出来ればずっとずっとこの3人で楽しい学校生活を送りたいとまで思っていた。

 もちろん、その二人が付き合えば、ハッピーハッピーという考え方もあるのかもしれないが、生憎、オレはそんなに楽観的な思考回路は持ち合わせていなかった。


 だって、そうだろう。

 まずもって、赤梨が未知人の告白にOKするかわからない。

 それに、仮に告白がうまくいったとしても、高校生の恋愛なんてたかが知れている。

 いつ別れの時がくるかわからない。


 もしそうなってしまったら、いまの関係性が壊れてしまうのではないかと……。


 それでも未知人は真剣だった。

 それがたくさんたくさん考えて導き出した結論だと言っていた。

 未知人は本当に本当に赤梨のことが好きだったんだ。 


 オレは最終的には未知人の執念に負け、約束をしてしまったんだ。

 『未知人と赤梨が付き合えるように協力する』とね……。


 この選択が間違いだったんだ。


 オレは『あの事件』が起きたあの日、未知人と赤梨を二人きりにするために、3人で遊園地に行くはずだった予定をドタキャンした。

 結果として、未知人と赤梨は二人で遊園地に行くことになり、オレと未知人の計画は首尾よく進んでいった。


 そして、遊園地の帰り道、未知人は赤梨に告白し……そのタイミングで未知人は『渋谷』に襲われた。

 

 『渋谷』っていうのは、お察しのとおり、更科がいま想像している渋谷と同一人物。

 お前や赤梨と同じ中学校出身で、とある問題を起こしたことをきっかけに片田舎の学校に転校させられただ。


 未知人は告白のために、既に陽も落ちた遊園地の帰り道、「もうちょっと話したい」と言って赤梨を公園に連れて行ったらしい。

 実はこのプランは、オレと未知人で話し合って決めたプランだった。


 そこで未知人は赤梨に自分の想いを告げた。

 赤梨は未知人から告白を受けるなんて夢にも思ってなかったのだろう。

 その動揺は相当なもので、赤梨はその場から走って逃げだしてしまったみたいなんだ。


 赤梨に聞いた話だと……赤梨はその時点では未知人のことを友達としか思ってなかったらしい。

 だから突然の告白にどうしていいのかわからなくなって、気付いたら逃げ出してしまっていたとのことだった。

 フラれたことにショックを受けていた未知人はしばらくその場で茫然と立ち尽くしていたようだが、段々と赤梨のことが心配になって赤梨を追いかけたとのことだ。


 そこで、赤梨と渋谷が路地裏で話しているのを目撃した。

 実は渋谷が転校した片田舎の学校っていうのが未知人が通っていた中学校で……『渋谷』って言えばその界隈では知らない者がいないくらいのヤンキーグループのメンバーだったみたいなんだ。

 それで未知人は直感的に赤梨が渋谷に襲われていると思ったみたいだな。

 まあ、当然のことながら赤梨と渋谷が同じ中学校だったなんて話は未知人は知らないわけだし。


 そんな状況の中、渋谷が突然声を荒げて赤梨に詰め寄っていたものだから、未知人は赤梨を守ろうと無我夢中で二人の間に割って入ったらしい。


 まあ、これは後から赤梨から聞いた話なんだが、どうやらそのとき渋谷は更科のことを探していたみたいで、更科の情報を聞き出すために更科とも渋谷とも面識があった赤梨に近付いたみたいなんだ。

 それで、赤梨が抵抗する素振りをしたものだから、逆上して詰め寄ってきたと……。


 その結果、渋谷と未知人は……まあ言葉が悪いが、殴り合いのケンカになり、未知人は頭部を強打して全治3カ月の重傷。

 渋谷も怪我を負ったようだが、赤梨が周りに助けを求めたことによって、その場は引いてくれたみたいだ。


 ただ、『あの事件』はこれで終わりではなかった。

 この一連の出来事はオレたちの人間関係も歪めてしまったんだ……。


 どういうわけか学校では未知人が傷害事件をという話になってしまっていたのだ。

 確かに未知人が渋谷に怪我を負わせたのは事実だったが、それはあくまで赤梨を守るための正当防衛であったはずなのに。


 しかし、噂というのは尾ひれがつくもので、未知人は髪も赤毛だし、素行がいいわけでもなかったから、「相手に怪我を負わせた」という情報が曲解されて、「うちの学校の生徒が他校の生徒と乱闘騒ぎを起こした」という噂に変化してしまったのだ。


 もちろん、オレはその噂を必死で否定した。

 オレの持つ情報網をフルに駆使して、どうにかみんなに真実を伝えようとした。

 でもな……みんなは真実なんか求めてなかったんだ……。

 この代り映えのない学校生活に何かしらのスパイスが欲しかっただけだったんだ……。


 結局、オレはそんな噂という空気のような存在に勝てるはずもなく、未知人は他校との乱闘騒ぎの張本人というレッテルを貼られてしまったのだ。


 そして、未知人が入院生活を終えて学校に戻ってくると、未知人の居場所はどこにもなくなっていた……。


 それに『あの事件』は、赤梨にも大きな影響を与えた。


 赤梨は『あの事件』以降、未知人と話すことができなくなってしまったのだ。


 昔の想い人だった渋谷と大切な友達である未知人が争い、結果として未知人に大怪我を負わせてしまったという後悔。

 彼女はその気持ちに耐えられなかったようで……『あの事件』を思い出すだけで呼吸が苦しくなり、未知人を目の前にすると声が出なくなったそうだ。


 このときオレはすべてを後悔したよ。


 オレが渋谷に襲われた現場にいれば未知人が怪我をすることはなかったんじゃないか……。

 オレがもっと信用できる情報をみんなに伝えられていれば未知人が学校で孤立することはなかったんじゃないか……。


 そもそも、オレがあんな作戦を立てなければ、未知人に協力するなんて言わなければ、こんなことは起こらなかったんじゃないか…………ってね。


 そして、オレは自責の念に堪え切れずに、反省を、懴悔を未知人に吐露した。

 どんな叱責でも受けようと覚悟していた。

 

 それでもあいつはオレに何て言ったと思う?


 オレのことを『親友』だと言ってくれたんだ。


 自分が一番つらいはずなのに……まるで何もなかったかのようにオレに笑いかけてくるんだ……「国分がいてくれてよかった」とね。


 この言葉にオレがどれだけ救われたことか。

 

 このときオレは決めたんだ。

 未知人がオレを必要としてくれるときは……今度こそは……未知人の力になろうと。


 これが『あの事件』の顛末だ――


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