§046 「どうしても話さないとダメ?」

 私たちは『恋人のふり』が始まったあの公園へと足を向けていた。

 人に聞かれたくない話をするときは、この公園に来るのが私たちの暗黙のルールになっていた。

 既に陽も落ちかけ、辺りがだいぶ暗くなっている中、私たちはベンチに横並びで腰を下ろす。


「さっきは大声出して悪かったな。驚かせちゃったよな」


 未知人くんが私のことを心配そうに慰めてくれる。

 彼の優しい声を聞いていると、涙がいまにも零れ落ちそうになる。

 もし、いま頭をなでなでされたりしたら、確実に涙腺は崩壊していたと思う。

 私の心はそれくらい弱っていた。


「……ううん。私の方こそ熱くなってごめんなさい」


「希沙良だけじゃないよ。あの場はみんな冷静じゃなかった。俺も赤梨には悪いことをしちゃったよ……」


「……うん。私も言い過ぎちゃった」


「なぁ……希沙良」


「……なに?」


 未知人くんは、遠慮がちに、けれど真っすぐに私のことを見つめてくる。


「希沙良と赤梨の過去を俺にも話してくれないか? 俺はきっと二人のことを知らなさすぎたんだと思う」


 私と朱理の過去……。

 まぁ、やっぱりそうなるよね……。

 この公園に向かった時点で、少なからず覚悟はできていた。

 そして、ここまで話がややこしくなってしまった以上、隠し通せないことも理解しているつもり。


 それでも、未知人くんにはできれば話したくないと思っている自分がいる。

 だって、私の過去を知ったらきっと未知人くんは私のことを幻滅するから。


 そんな彼の反応を見るのが……心の底から怖かった……。


「話しづらいことか?」


 押し黙る私の感情を推し量るように、俯く私に声をかけてくれる未知人くん。

 でも、私には彼に返す適切な言葉が見つからなかった。


 真実を知られたくない……。

 でも、話さないといけないこともある……。

 だけど、未知人くんに幻滅されたくない……。

 未知人くんに……嫌われたくない……。


「こんなにもったいぶるような話じゃないよ。よくある恋愛のいざこざだからさ」


 私は精一杯の笑顔を作って彼に見せる。

 あわよくば、未知人くんが話に興味を無くしてくれることを願って。


 それでも、彼は私から一切目を逸らさず、表情は少しも変わることがなかった。


「希沙良を見てればわかるよ。よくある恋愛のいざこざだったとしても、それは希沙良にとっては大きな問題なんだろ?」


「……どうしても話さないとダメ?」


 こうやって相手の反応を窺おうとする自分が嫌いだ。


「希沙良のことを知りたいんだ」


 それなのに……未知人くんはこんな私のことを知りたいと言ってくれる。


「……聞いてて気持ちのいい話じゃないかも?」


 こうやって過去に目を向けようとしない自分が嫌いだ。


「希沙良の過去とちゃんと向き合うよ」


 それなのに……未知人くんは私の過去と真摯に向き合うと言ってくれる。


「どんな過去があっても嫌いにならない?」


 こうやってすべてに予防線を張ろうとする自分が嫌いだ。


「当たり前だろ。俺は希沙良の彼氏なんだから」


 それなのに……未知人くんはこんな私の『彼氏』でいてくれる。


 私のずるい問いかけに対するずるい返答。

 未知人くんは……本当に……ずるい。


 でも……私はそれの何倍も……何百倍も……ずるい女。


 こうやって大切な人を信じられない自分が大、大、大、大、大っ嫌いだッ!


 ……わかったよ。

 未知人くんに話すよ……私の過去。

 でもね……『能力』のことを話すのは……まださすがに勇気が出ないから……。

 そこだけは許してほしいんだ……。

 いつか……未知人くんに打ち明ける勇気が出たときは……ちゃんと話すから……今回だけは……許して。


「……この話をするのは未知人くんが初めてなんだからね」


 そう言って、私はスッと目を閉じた。


 ――あれは私が中学2年生の頃だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る