§047 「……花火大会に行きたい」

 ――あれは私が中学2年生の頃だった。 


 自分で言うのもなんだけど、中学2年生にして私の容姿は既に完成されていて、(それに加えてこの『サキュバス能力』があったから)クラスではアイドル的な位置付けになっていた。

 クラスの男の子はみんな私のことが好き。男の子はみんな私に尽くしてくれる。

 私が困っていれば男の子は自然と私の周りに集まり、私が何かを提案すれば男の子は喜んで賛同してくれた。


 当然ながら私は学年中の男の子から毎日のように告白を受けていた。

 でも、私は誰とも付き合わなかった。

 すべてを達観していたというのは言い過ぎかもしれないけど、(どうせみんな『能力』で私のことを『好き』になった男の子ばかりだったから)私は『好き』という感情を信じていなかった。

 だから、告白をされてもテキトーに受け流して、恋愛対象として意識されないように(『能力』を調整しながら)適度な距離を保つようにしていた。


 そんな私の存在が気に食わない女の子もたくさんいた。

 別に表立っていじめられていたわけではないけど、上履きを隠されたりとか、体操服をボンドでベトベトにされたりとかはよくあることだった。


 男の子に好かれ、女の子に嫌われる。

 それが私の日常だった。


 そんなある日、私は“ある先輩”から告白を受けた。

 その先輩は、みんなから『渋谷先輩』と呼ばれていた。

 サッカー部のキャプテンで、甘いマスクと爽やかな雰囲気から、同学年のみならず他の学年にもファンクラブができるほどの人気者だった。


 先輩に告白されたとき、私の胸はトクンと高鳴った。

 もちろん、先輩のことをイケメンだなと思ったのも事実だし、立ち振る舞いが素敵な人だなと思ったのも事実。

 でも、私の興味を掻き立てたのは他でもない、私と先輩のがその告白だったことよ。

(もちろん私は先輩に『能力』など使っていなかった。だって本当に初めての会話だったんだもん。)

 先輩は私に「一目惚れ」だと言ったわ。

 もしかしたら、普通の女の子だったら「性格も知らないくせに告白してくるなんて」とか「顔で私のことを選んだの?」と怒るものなのかもしれないけど、その時の私は素直に嬉しかった。


 、逆に魅力的な告白に感じたの。


 でもね、私だって脳内お花畑なわけじゃない。

 当然疑ったわよ、この人は本当に私のことを『好き』なのだろうかと。

 全く接点のなかった私のことを『好き』になることなんかあるのだろうかと。


 そこで私は先輩の『好き』という気持ちを見定めるために、告白の返事は保留にしつつも、学校が終わったら一緒に帰ったり、土日にデートしたりするようになったの。


 その時の先輩は本当に優しかった。

 ああ、きっと先輩は私のことを本当に『好き』なんだろうなと実感できた。


 でもね……当時の私は……男の人とお付き合いをした経験なんてなくて……私自信が先輩を『好き』なのかどうかが正直わからなかった。

 確かに先輩に告白されたときは胸がトクンと高鳴ったし、先輩と一緒に帰ってるときは別に手をつないだりするわけじゃないんだけど、心臓のドキドキが止まらなかった。

 でも……これが『好き』という感情からくるものなのかを判断できなかった。


 だからね……私はお友達に相談することにしたの。

 ほとんどの女の子からは私は嫌われてたけど……そんな私にも仲良くしてくれる女の子がいた。


 その子がね……『赤梨朱理あかなしあかり』よ。


 私は自分の気持ちを正直に話した。

 渋谷先輩に告白されたこと……自分も満更でもないこと……でもお付き合いの経験がなくてどうしたらいいかわからないこと……それ以前に『好き』という感情がわからないこと。


 朱理はね……親身に相談に乗ってくれたよ。

 その結果、私は『渋谷先輩のことが好き』なんだと思えるようになった。


 でもね、運命のいたずらっていうのかな……実はね……

 本当に神様は意地悪だよね。

 唯一の友達と……初恋の人が同じなんてさ……。


 でも朱理は言ってくれた。


「じゃあこれからはライバルだね」って。

「もうスタートで出遅れちゃってるけど負けないぞ」って。

「お互いに悔いが残らないように頑張ろうね」って。


 私はここで初めて焦りを感じた。

 やっと『好き』と想える人ができたのに、その人を取られちゃうんじゃないかって。

 だって、朱理は中学校のときからすごくモテたの。

 私と違って小柄で愛嬌があってキラキラしてて……女の子っぽくて庇護欲を掻き立てるような可愛さがあって。


 そう考えたら……私は居ても立ってもいられなくなったの。


 私はすぐに先輩を呼び出して……


(……そこで私は『能力』を使った。)


 次の日には私と先輩が付き合ったという噂は学校中を駆け巡っていたわね。

 そりゃそうよね……私と先輩はその日、手を繋いで登校したんだから……。


 いま考えると……私って本当に最低だよね。

 ちょっとした出来心だったの。

 みんなに私と先輩のラブラブなところを見せつけてやろうと思って……私にはこんな素敵な彼氏がいるんだぞって自慢したくなっちゃって……朱理に先輩は私のことを『好き』って言ってくれたよと伝えたくて……。


 だって、私は先輩が『好き』で、先輩も私が『好き』。

 お互い『好き同士』なら何でも許されるものだと思っていた。

 ある意味、私は先輩を利用して……自分の地位というか……立場の確認していたんだと思う。


 でもね……そんな日は長くは続かなかった……。

 ある日、先輩が私のことを犯そうとしたの。


 別に焦らしていたつもりはなかった……。

 でもね……(『能力』を使いすぎてしまったがゆえに)先輩は……もう気持ちを抑えることができなくなってしまってた……みたい。


 別に先輩とそういうことをするのが嫌だったわけじゃない。

 けれど、まだ先輩とはお付き合いして間がなかったし、当時の私はいまよりも何倍もウブだったし、(何よりこの先輩の『好き』はもう最初の本物の『好き』じゃないんだということに気付いて)……私は彼を拒絶した。


 でも、男の人ってそうなると歯止めが利かなくなるんでしょ。

 彼は執拗に私を求めようとしてきた。


 そのときの先輩の顔を思い出すと、いまでも震えが止まらなくなるの……。

 すごい力で押し倒されて……腕を押さえつけられて……痛くて……怖く……悲しくて……。


 そのときは命からがら逃げだして事なきを得たけど、こんな事件が学校内で問題にならないわけがなくて。

 結果として、私は県内の別の地区の中学校に転校し、先輩はもっと遠い片田舎に引っ越したと聞いているわ。


 私は転校する直前に朱理に事の顛末をすべて話した。


(そして、このときに朱理には『能力』のことも打ち明けた。)


 朱理は……当然許してくれなかった。

 そりゃそうだよね……(私はお互いに頑張ろうという言葉を無視して先輩に『能力』を使い)初恋の人を奪った挙句……その人をこの学校にいられないようにしてしまったのだから……。


 それでも朱理は終始声を荒げるようなことはなかった。

 私の話を最後まで聞いてくれて、そして静かに言ったの。


「もう私の前に現れないで」って。

「大切な人を失いたくないから」って。


 あの日の朱理の言葉が、いまでも私の耳に残って離れないの。


 何も反論できなかったよ。

 先輩の心を弄ぶような行動を取った私のせいだもん。


 私ってさ、誰かの大切な人を奪ってしまう悪魔なんだよ……。

 そんな私には人を好きになる資格はないんだよ……。


 私は先輩の人生を狂わした。

 私は朱理の人生を狂わした。

 きっと気付いてないだけでもっともっと多くの人の人生を狂わせている。


 私はね……そういう女なの……。


(……このときから私は人を『好き』になることをやめたの。)


 これが未知人くんに話してなかった私の過去よ――


「だからね……朱理が言ってることは間違ってないの」


 私は膝の上の拳を固く握りしめる。


「さっき朱理から『未知人くんの人生をめちゃくちゃにする』と言われて返す言葉がなかった。そのとおりかもしれないって、また過去と同じことをしてるのかもしれないって思っちゃったから……」


「…………」


「朱理は未知人くんのことが本当に好きなんだね。彼女の目を見たら一瞬でわかっちゃった。だから、あんなに必死に私と未知人くんを引き離そうとするんだよ。未知人くんのことを守ろうとして……」


 私は悔しくて悔しくて、流れ出しそうになる涙をギュッと堪えて唇を噛む。

 それでも未知人くんに……どうしても聞きたかった。


「ねぇ…………私はまた自分勝手に人の人生を狂わせてるのかな」


 そう言って顔を上げると、私の身体は彼の腕に引き寄せられた。


「……えっ」


 気付いたときには、私の身体は彼の腕の中にすっぽりと収まっていた。


「みっ……未知人くん」

 

「つらい過去を話してくれてありがとう」


 私はあまりの衝撃的な出来事に、涙を抑えるのも忘れて、固まってしまっていた。

 涙が頬をつつーっと伝うのがわかる。


「赤梨が希沙良を嫌ってる理由は何となくわかったよ」


「……うん」


「赤梨の気持ちも理解できなくはない。赤梨はその先輩が本当に好きだったんだな」


「……うん」


「でもな……希沙良。相手が本当に自分のことを『好き』なのかを考える、付き合うべきなのかどうかを考える、ラブラブなところを見せつけてやりたいと考える。そんなの恋愛をしていたら当たり前のことじゃないか」


 彼は一呼吸置いて続ける。


「それに俺は今の希沙良を知っている。仮に昔の希沙良が男の心を弄ぶような女だったとしても、いまの希沙良は決してそんなことをしないと自信を持って言える。俺は希沙良の彼氏なんだ。一人で背負い込まずにもっと俺のことを頼ってくれよ」


 彼の抱き寄せる力が強くなる。


 ああ……未知人くんの心臓の鼓動が聞こえる。

 すごい……温かい。

 私、いま未知人くんに抱きしめられているんだ。

 そんな彼の胸に顔を埋めて身を委ねる。


 私がいまを頑張れてるのは未知人くんのおかげなんだよ。

 私にきっかけを与えてくれたから、私を変えてくれたから。


 ねえ……希沙良。本当にいいの。

 彼の言葉に甘えてしまって。


 ……うん、いいの。

 せめて今日くらいは王子様の腕の中で夢を見てもいいじゃない。

 明日からはいつもの希沙良に戻るから……。


「ねえ……未知人くん」


「どした?」


 彼の優しい音色が聞こえる。


「夏休みになったら…………花火大会に行きたい」


 これがいまできる私の精一杯のわがまま。


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