§044 「本当は付き合ってないんでしょ?」

「(おい国分……どうしてこんな状況になった)」


 俺は国分をドリンクバーに無理やり引っ張っていき、気まずそうな顔をしている国分を問いただす。

 チラリと希沙良たちが待つ席に目をやると、希沙良と赤梨は会話もろくにせずに、赤梨はスマホをポチポチといじり、希沙良は居心地が悪そうに俯いて手いたずらをしている。


「(いや……その……すまん)」


 珍しく素直に謝る国分が、状況の深刻さを物語っている。


「(謝罪じゃなくてどうしてこういう状況になったか説明しろ)」


「(赤梨の全国大会出場のお祝いでケーキでも奢ってやるよって言ってファミレスに入ったらお前たちがいて)」


「(俺たちがいて?)」


「(オレは邪魔しちゃ悪いからあっちの席に行こうって言ったんだけど、赤梨がどうしても二人と話したいと)」


「(なぜそれを了承した!)」


「(赤梨ってアホみたいに怖いの知ってるだろ! それを言うならお前が止めてみろよ!)」 


 そうだ。赤梨は小柄な見た目だし笑顔も愛くるしいからついつい忘れてしまうが、性格は典型的な女の子というか……感情の起伏が激しかったり、気分に大きく左右されやすいところがあるんだった。そして、キレるとめちゃ怖い。

 それにしてもだ……。

  

「(国分にも話しただろ……赤梨に告白されたこと。それに俺は希沙良にはもう近付くなって言われてるんだよ……こんなの針の筵すぎるじゃないか)」


「(そんなのオレだって百も承知だよ。でもさっき赤梨にギロリと睨まれたらおしっこちびりそうになっちゃって……)」


 俺は大きなため息をつく。


「(ちょっと二人の関係を簡単に説明してくれよ。さすがに二人の関係がわからないと俺も対処の仕様がない)」


「(オレだってそうしたいけど……さすがにずっとドリンクバーでしゃべってるわけにはいかないだろ。未知人……オレマジで帰っていいか?)」


「(そんなことしたらおしっこがアイスコーヒーになる呪いをかけてやるからな)」


「(うげぇ)」


「二人とも……いつまで飲み物入れてるの?」


 赤梨の落ち着いているようでハリのある声がすぐ背後からした。

 俺と国分は慌てて振り返ると、早く飲み物持ってきてよ、と促す赤梨の姿がそこにあった。


 これはもう逃げられないみたいだな……。

 俺と国分はうなだれながら赤梨に連行されるかのようにテーブルに戻る。

 するとそこは戦場というよりは冷戦という感じの冷ややかな空気が漂う空間となっていた。


「国分くん、この前のバッティングセンターのときはどうも」


「うっす」


 希沙良はそんな空気を打開しようとばかりに国分に勇んで話しかける。

 この状況を見る限り、赤梨が希沙良を避けてるのではなく、希沙良が赤梨を避けているようだった。


 俺と希沙良、国分と赤梨がそれぞれペアとなってシートに腰を下ろす。


「希沙良ちゃん……久しぶりね。こうやって話すのは中学校ぶりかな」


 赤梨はテーブルに手を乗せ、目を細めながら、静かな口調で話し出す。


「……そうね。私は中2で転校しちゃったし、まさか高校が一緒になるなって思ってもみなかったよ」


 希沙良は赤梨から突然に話を振られて肩をビクッとさせたが、取り繕うような笑顔を浮かべてそれに応える。

 希沙良は気後れしているというか、赤梨に対して明らかに尻込みをしているようだった。

 本当に二人はどんな関係なんだ……。


 赤梨は希沙良の返答に微笑んで返すと、ところで、と切り出した。


「希沙良ちゃんは、いまは成瀬くんの彼女をやってるみたいだね」


 赤梨から繰り出される言葉は口調こそ柔らかなものの、明らかに棘を感じさせるものだった。

 希沙良はその言葉にピクリと眉を動かす。

 そして何かに怯えるかのように遠慮がちに答える。


「うん。未知人くんは私の彼氏」


 希沙良が続ける。


朱理あかりと未知人くんは知り合いだったの?」


 希沙良が赤梨の方を見ているということは、これは俺に対する問いではなく、赤梨に対する問いなのだろう。

 そんなの『1年生の時は同じクラスだった』というのに尽きるような気がするけど……というかそれ以上は言及しないでくれマジで。


「あれ、成瀬くんから聞いてないの?」


 そう言ってキッと俺を見る赤梨。

 背筋が凍るってまさにこのことだと思う。

 このとき、多分俺の顔は真っ青になっていたはず。

 いや……ここで俺に振るのマジでやめろよ。

 ほんとに俺このままだと逃げ出しちゃいそうですよ。

 助けを求めて国分に目をやると、国分はどうやら既に『絶』の訓練に入っているようだ。


「いや……特には……」


 今度は希沙良が恨めしそうに俺に目を向けるのがわかった。

 俺はその視線に気付かないふりをして、汗をかけ始めていたアイスコーヒーをぐいっと飲み干す。


「ふぅ~ん……じゃあ希沙良ちゃんは成瀬くんが1年生のときにわたしに告白したことも知らないんだ?」


 その言葉を聞いて希沙良が小さく「えっ」と声を漏らす。

 しかし、今度は希沙良が俺の方に目を向けることはなかった。


「ごめん……知らなかった」


 希沙良の声のトーンが一段と小さくなる。

 あっ……俺もうこの場から逃げられないんだ。

 絶望して国分に目をやると、国分はどうやらお子様向けに用意してある『間違い探し』に全力で取り組んでいるようだ。


「じゃあ……わたしがこの前、成瀬くんに告白したことも当然知らない……ってことよね?」


 その言葉を聞いた希沙良が息を飲むのが聞こえた。

 本当に予想もしてなかったようで目を見開き、口元は手で覆っている。

 俺は死期を悟って国分に目をやると、国分はどうやらドリンクバー代だけを置いてこの場から離脱することを目論んでいるようだ。


「希沙良ちゃんは何も知らなかったわけね……」


 赤梨が落胆したようにふぅ~とため息を漏らすと、続けて強い視線を希沙良に向ける。


「知らなかったなら仕方ないけどさ……もうこれ以上……成瀬くんを振り回すのやめてもらっていいかな」


 赤梨の声の温度がどんどん低下していくのがわかる。

 それは……そう。心の底から響くような冷たい声だった。


「そっ……そんな私は……」


 希沙良は必死に否定しようとするが、赤梨の声にピシャリと制される。


「わたし全部知ってるから。もう嘘をつかなくていいよ」


 赤梨はそこで一度言葉を切ると、光沢が失われつつある瞳を真っすぐこちらに向けて言った。


「だって……二人は……?」


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