§043 「ご褒美をあげるわ」

「ちょっとその参考書貸してくれる?」


「ああ。好きなだけ使ってくれ」


「あなた勉強する気ある?」


「俺は追い込まれると信じられない力を発揮するタイプなんだ」


 赤梨の壮行会の数日後、俺と希沙良は期末テストが近いこともあり、二人でテスト勉強に励んでいた。

 いや、正確には希沙良は勉強に励み、俺は希沙良の勉強を見つめることに励んでいた。


 場所はドリンクバーがないと集中できないという希沙良の要望で、図書館ではなく学校の近くのファミレスだ。

 このファミレスは小規模展開のチェーン店だが、値段が非常に安く、大規模チェーンでは見かけない種類の飲み物があるため、個人的にはオススメだ。

 なお、俺の一押しは『梅昆布茶』な。


 さて、今日も滞りなく『恋人のふり』は進行している。

 この『恋人のふり』をしていくうちに段々とわかってきたのが、希沙良は俺が想像していたよりも数段“真面目”だったということだ。

 俺に対する傍若無人な態度とは裏腹に優等生そのもの。

 私生活では、ゴミ捨てのマナーとか箸の持ち方とか毎回注意してくるし、夜も遅くならない時間にしっかりと帰る。

 成績も優秀で、今回のテスト勉強も希沙良から言い出したぐらいだ。


「そういえば、希沙良はノートってとってないのか?」


「ノート? とってないわ」


 なぜと頭に疑問符を浮かべたような顔で走らせていたペンを止める。


「いや普通は黒板に書かれてることをノートに写したりするじゃん」


「ああ、私は教科書に直接書き込んじゃうタイプだから」


 ほら、と言って差し出される希沙良の教科書を見て、俺は思わず感嘆の声をあげてしまった。

 教科書には赤字でびっしりと黒板に書かれていた内容や、先生が言ったことなどがメモされており、それ以外にも注意点などが事細かに記されていた。


「おっ……お前ってこういうキャラだっけ? キャラぶれてない? 大丈夫?」


「キャラ? 私は未知人くんと出会ったときから、クラス委員で学年1位の超優秀な希沙良ちゃんですけど?」


「学年1位? なんの冗談だ?」


「未知人くんは本当に私のこと何もわかってないのね。冗談でもなんでもなく事実よ。これだけ話してるんだから私の知的さは嫌でも伝わりそうなものだけど」


「俺いままでお前のことちょっと舐めてたわ」


「そんな顔されるとは非常に心外ね。ちなみに未知人くんはどれくらいなの?」


「学年300人中200位くらいか。一応うちは進学校だし、これぐらいが限界というか……」


 心底不憫そうに溜め息をついた彼女は、仕方ないな~と言わんばかりに肩をすくめる。


「しょうがないから希沙良ちゃんが勉強教えてあげるよ。そんな平平凡凡みたいな成績恥ずかしすぎるから」


「いや俺は別に恥ずかしくないからいいよ」


「私が恥ずかしいの。未知人くんは一応私の彼氏なんだから、もうちょっとちゃんとしてもらわないと困ります」


 そう言って、頬をわずかに膨らませながら、教科書をテーブルにバンっと置く。


「勉強をすると死んでしまう病がそろそろ発症しそうなのだが……」


「ホントにその伸びた鼻へし折るわよ」


「うげぇ」


 そんな俺の顔を見た希沙良は、まったくしょうがないわね~と言って、人差し指をすらりと立てる。


「じゃあ次のテストで未知人くんが学年で50位以内に入ったらご褒美をあげるわ」


「おっ、マジか! 俄然やる気出てきた!」


「その代わりちゃんと勉強するのよ? スパルタで指導してあげるから」


「ちなみにご褒美とは?」


 そうね~と考え込む希沙良だが、すぐに何かを思いついたようにパッと顔を上げる。


「私が未知人くんの望みを1つ叶えてあげるっていうのはどうかしら。もちろん実現可能な範囲で」


「そっ……それってもしかして……」


 俺は不覚にも生唾をゴクリと飲み込む。


「いっ……いったい何を想像したのよ。目が怖い」


 希沙良は身の危険を察知したように、胸の前で両手を交差させる。


「いや、別に何も想像してねえよ」


 とは言うが、何も想像しないということはない。

 だって、毎日こんな“美少女”と一緒にいたら、さすがの俺も段々となんとも言えない気持ちになってくる。

 当の本人は自覚がないんだろうが、ワイシャツから透けて見えるブラのラインとか、ちょっとした拍子に見えるパンツは目に毒だ。

 テストの成績よりもまずそういう無防備なところをどうにかしてくれ。


「今度は鼻の下が伸びてるわよ」


「わかってるよ。エロいのは無し。そこは約束するよ」


 ホントでしょうね~?とジトっとした目をする彼女になんとか言い訳をしつつ、俺も希沙良に倣って教科書を開く。


「あのー俺は何から勉強すればいいのでしょうか」


「得意科目と苦手科目は?」


「得意科目は世界史で、苦手科目は数学です。希沙良先生」


「ふむ。その傾向を見る限りだと、暗記科目は得意で、理数系科目が苦手そうね」


「あー言われてみればそうかもしれない」


「じゃあ私といる間は、数学と英語を中心に勉強しましょう。それで、家に帰ったら国語、世界史、化学、生物の教科書をそれぞれ10周読みなさい」


「希沙良先生。マジでキャラ変わってますけど」


「は? 教科書読むのは勉強の基本でしょ。何回も繰り返し読まないと記憶に定着しないわよ。ほら、まずは英語の教科書開きなさい。私が丁寧に教えてあげるから」


 ああ、これが勉強モードの希沙良か。

 確かにこれが正しい在り方なんだと思うが……勉強嫌いの俺からすると……。

 でも、せっかく希沙良がご褒美まで考えて勉強に付き合ってくれてるんだから……仕方ない。

 今回はちょっと頑張ってみるか……。


(ここはSVOCの構文だから……ここがこうなって)


(うんうん)


(英語の長文を読むときはスラッシュを入れるイメージで読んでいくといいのよ)


(うんうん)


(知らない英単語が出てきた場合でも接頭語や接尾語に注目して意味を予測するのよ)


(うんうん)


 その後、2時間ほどだろうか。

 マンツーマンレッスンの甲斐もあってか、いままでチンプンカンプンだった英語がすんなりと頭に入ってきた。

 

 希沙良……お前……実はマジですごいやつかもしれない。


「これで学年50位は狙えそう?」


「希沙良……ありがとう。超わかりやすかったよ。この調子ならマジでいけるかもしれない」


 希沙良がちょっと照れ臭そうな笑顔を見せながら小首を傾げる。

 そうしたと思ったら、一拍、間を置いて、彼女の視線は俺の後方へと向けられる。


「あれ? 未知人じゃん」


 後ろから聞き覚えのある声が聞こえる。


 俺は声の方に振り返ると、そこにいたのは俺たちに向かって手を挙げる国分誠也こくぶん せいやと、国分の後ろで俯く赤梨朱理あかなし あかりだった。


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