§030 「『希沙良』って呼んで」

「おい、さっきの台詞は帰る間際に言うべきだったんじゃないか?」


 俺と更科はさっきの恥ずかしいやり取りの後も『恋人のふり』をするための作戦会議に勤しんでいた。


「うるさいわね。なんとなくそういうムードだったからつい言っちゃったのよ。あれが私の本心だと思わないでよね」


「ホントにお前って性格ねじまがってるよな」


「はぁ? 付き合ってくださいって言われて顔真っ赤にしてたくせに。どうせ私の美しさに見惚れてたんでしょ」


「お前だってタコみたいに真っ赤になってたじゃねえか。俺が王子様に見えたんだろ」


「こんな腐れヤンキーと王子様を見間違えるもんですか。自分の顔を鏡で見たことあるわけ?」


「お前がかっこいい髪型にしてくれたおかげで毎日ちゃんと見れてますよ~だ」


「くぅ~。クラスのアイドルである希沙良ちゃんと付き合えることがどれだけ光栄なことかわかってるの? わきまえなさい」


「『恋人のふり』だろーが。付き合ってねーよ」


 まあ、こんな感じで全然話は進んでないわけだが。

 いつの間にか俺も更科もブランコを離れ、2人で公園のベンチに腰掛けていた。


「ちなみに『恋人のふり』って具体的にどうすればいいんだ?」


「は? そんなの『彼氏』であるあなたが考えるべきでしょ」


「そんなの俺が考えられるわけないだろ。彼女いない歴=年齢の童貞だぞ」


「私だって初めてよ」


「……ん?」


 ごめん。いま言葉の意味がよく理解できなかった。

 初めてが……なんだって……?


「だから私も初めての彼氏だって言ってるのよ! バカ! こんなこと言わせるな!」


 耳だけでは留まらず色白な首筋までも真っ赤にした更科が、俺のことをキッと睨みつけてくる。


 ええ……。

 更科に彼氏がいたことないってマジ?

 これだけ美少女で告られまくりの更科だから、当然恋愛経験も豊富なのだと思ってた。

 じゃあこれまで事あるごとに顔を真っ赤にさせていたのは、単に恥ずかしかったというわけではなく、男に慣れていなかったからなのか。


「あの……それ言われるとさすがに重いんだけど……」


「『後戻りできないよ?』って確認したよね?」


「それはそうだけど……」


「どうせやるからには完璧にやるわよっ!」


「……完璧とは?」


「あーもう鈍い男ね! 誰が見ても疑わないぐらいラブラブな姿を周りに見せてやるってことよ! そうしないと私たちの関係を疑った男がまた私に言い寄ってくるかもしれないでしょ!」


 更科が真っ赤だった耳をさらに真っ赤にして、吐き散らすように叫ぶ。


 半ばやけくそになっている更科の態度と「ラブラブ」というなんともむずがゆい言葉は置いておくとして、確かに更科の言うことにも一理ある。

 俺と更科が完璧に『恋人のふり』をすれば、きっとクラスのやつらは誰も疑わないし、更科を好きなやつも諦めがつくかもしれない。


「OKだ、更科。俺の完璧な『彼氏』ぶりにマジで惚れるなよ」


「はい、減点1点。罰金1万円になりま~す」


「……へ?」


「『希沙良』って呼んで」


「……ええ」


「みんなの前では『希沙良』って呼んでくれたじゃん」


 そう言うと、更科はいかにも不服そうに頬をぷくっと膨らませる。


「……あれは勢いというかなんというか」


「苗字で呼ぶカップルなんていないでしょ。そんなことやってたらすぐにバレるわよ」


「俺、女の子を呼び捨てにすると死んでしまう病を患ってるんだけど」


「嘘をつくと鼻が伸びるわよ」


「そういえば更科は俺のこと随分前から『未知人くん』って呼んでたよな」


「…………」


 更科は何が気にくわないのかツンとそっぽを向く。


「おい、更科」


「…………」


「希沙良さん?」


「…………」


「きっ……キサラ」


「な~に?」


 こちらを向いてニコッとしてくる希沙良。

 おい、いつか覚えておけよ。

 お前が想像している以上に下の名前で呼ぶのって恥ずかしいんだからな。

 それがいままで苗字で呼んでた相手だと尚更なんだからな。

 なんか背中がムズムズするし。


「希沙良は呼び方変えないのかよ」


「え、なになに。もしかして『未知人』って呼んでほしいの?」


 希沙良は俺をからかうように顔を覗き込むと、どうしよっかな~と人差し指を口元に当てる。


「……俺は別に」


「うぅ~ん、じゃあ未知人くんがもうちょっと完璧な『彼氏』になれたら『未知人』って呼んであげるよ」


 希沙良はおかしそうに、お腹を抱えてけらけらと笑う。

 お前はからかってる気かもしれないけど、俺の心臓はバクバク言ってるんだからな。

 マジで覚えとけよ。

 あとその姿勢だとそのたわわな胸が強調されるからほどほどにしておいた方がいいぞ。


 最近の彼女は所々に可愛い仕草を入れてくるから本当にたちが悪い。

 その冗談みたいな可愛さは顔だけにしてほしい。


「じゃあ、とりあえず『彼氏』の第1歩として次のデートプランでも組んでもらおうか」


 デートプランねえ……。

 このわがままお姫様が満足するデートプランってどんなのがあるんだ。

 確か俺の持ってるラノベでは……。


「じゃあ、一緒に登校するって言うのはどうかな?」


「は?」


「ええ……」


「なに名案思いつきましたみたいな雰囲気出してるの。やっぱり童貞ね。それじゃあ、いまと何も変わらないじゃん」


「確かにそう言われれば……」


「うーん、仕方ないわね」


 そう言って指を顎に当てて考え込む希沙良。

 

 じゃあまず最初は……


「一緒にお昼を食べるっていうのはどうかしら?」


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