クラスでモテまくりの『サキュバス美少女』の魅力が俺には効かない 〜 美少女が何故か俺の手を握ろうとしてくるんだが 〜

葵すもも

第1章

§001 「見ちゃったよね?」

「真壁くんは私のこと好きなんだよね?」


「好きです」


「じゃあ私のために精一杯尽くせるよね?」


「仰せのままに」


 誰もいなくなったはずの放課後の教室で、俺、成瀬未知人なるせ みちひとは思いもよらない光景を目撃してしまった。

 それは、ついさっきまで一緒に授業を受けていたクラスメイトが、美少女にギュッと手を握られ、まるで王族を前にしたかのような台詞を宣っている瞬間だった。


 俺はそのあまりにも衝撃的な光景に、反射的に机の物陰に隠れてしまった。


 これは新手のドッキリか何かか……。

 それならどこかにカメラが仕掛けられているはず。

 そう思って辺りを見渡すが、そんなものは見当たらない。


 ということは、演劇の練習という線は……。

 いや、うちの学校には演劇部はないし、文化祭もまだまだ先だ。


 じゃあ、これは本当に……


 真壁が告白している瞬間に立ち会ってしまったということかぁぁああああっっっ――――っ!


 真壁とはほとんど話したことないけど、どちらかというと“陰キャ”に分類されるやつのはずだ。 

 そんな真壁の好きな人が、まさかクラスのアイドル、更科希沙良さらしな きさらだったなんて。


 更科希沙良といえば、我が2年A組が誇る圧倒的な“美少女”。

 ほぼ接点のない俺でさえ、つい目で追ってしまうほどの美貌の持ち主だ。

 ラノベで言えば、間違いなくヒロインに抜擢されているレベル。


 くるりと長い睫毛に、スッとした鼻先。

 青みを帯びた絹のような髪は腰丈まで流れ、もえぎ色の髪留めと澄んだ空色の瞳が、彼女の清廉さを際立たせている。

 スカートから覗くふとももは雪のように白く、女の子らしい脚線美とニーソックスのコラボはまさに絶景。

 おしげもなく強調された胸元リーサルウェポンは、もうコメントのしようがない。


 そんな彼女と真壁がカップルに?

 うっ……うらやましぃぃいいいっっ――――っ!

 のはもちろんなのだが、俺が言うのもなんだけど、更科と真壁じゃいささか不釣り合いじゃないだろうか。


「真壁くんはもう行っていいわよ。わざわざ放課後にありがとね」


 更科はそう告げると、握っていた手を離す。

 そして、真壁が教室を出て行ったのを確認すると、机によいしょと腰掛け、ふぅ~とため息をつく。


「これでやっとクラスの8割か……思ってたよりも順調かな~」


 『8割』ってどういうことだろう。

 ダメだ、想像以上の出来事で頭の整理が追い付かない。

 とりあえず、この場は逃げて、明日真壁から事情聴取した方が手っ取り早そうだな。

 

 そう思って教室を後にしようとした瞬間、


(ゴンッ)


「痛っ! やべっ!」


(ドタン)

 

 俺は立ち上がる拍子に、不注意にも机に頭をぶつけ、バランスを崩して尻もちをついてしまった。


「誰!? そこに誰かいるの!?」


 物音に気付いた彼女は、机からふわりと降り立つと、カツカツとこちらに歩みを寄せてきた。


 やばい……やばい……やばい!

 逃げなきゃ……!


 しかし、尻もちをついて反応が遅れたのが仇となり、一瞬にして彼女に捕捉されてしまった。


「ああ、君は……」


 猫の愛くるしさと鋭さを併せ持たせたようなアーモンド形の瞳が俺に向けられる。

 すべてを見透かすような神秘的な瞳。

 その存在感は、俺に逃避や誤魔化しを許してくれなかった。


「確か……成瀬未知人くん」


 俺の名前を知ってる……?

 直接話したことはないはずだけど……。


「おっ……おう」


 名前を憶えられていたのが思いのほか驚きだったので、俺は尻もちをついたまま、情けない声を出してしまった。


「ほら、いつまで尻もちついてるの」


 彼女はそんな俺の姿を見てクスっと笑うと、透き通るような白い手をスッと差し伸べてくる。

 さすがに彼女の手を借りるのは気が引けたが、手を差し伸べられたら反射的に応じてしまうのは、もはや本能のようなものなのだろう。

 俺は何かに導かれるように彼女の手をギュッと握りしめる。


「あっ……ありがとう。じゃあ、俺帰るから」


 俺は尻もちの恥ずかしさと盗み見を見つかってしまったバツの悪さから、足早にこの場を立ち去ろうとするが、彼女は逃がさないとばかりに握った手にグイっと力を入れてくる。

 その反動で、俺の身体は彼女の下へ引き戻される。


「見ちゃったよね?」


 彼女の顔が一気に近くなる。

 いまにも触れそうな距離で囁く彼女の息遣いに、心臓の鼓動が速くなる。

 

 ちょ……顔が近い……。

 しかも、吐息が耳に……。


 俺は彼女の魅惑的なオーラに気圧されて口をパクパクさせていると、彼女は握った手に更にギュッと力を入れてくる。


「いま見たことはすべて忘れてくれるかな」


「……え」


「私のこと好きならそれくらいできるよね?」


 俺はこの場を早く逃げ出したい一心で、ブンブンと首を縦に振る。


「じゃあ、よろしくね」


 そう言い終わると、彼女は急激に興味を失ったかのように、握っていた手をスッと離した。

 俺はそれと同時に「失礼しましたー」と声をかけて、猛ダッシュで教室を後にする。


 とんでもないものを見てしまった。

 これはクラス最大のビッグニュースかもしれない。

 クラスのアイドル更科と陰キャ筆頭のような真壁がまさか付き合うなんて。

 でも、完全に口止めをされてしまった。


 きっと彼女ほどの人気者になるといろいろと立場というものもあるのだろう……。

 クラスのアイドルとは実に複雑な生き物だ……。


 それにしても…………「私のこと好きなら」ってどういうことだ。

 俺、別に更科希沙良のこと好きじゃないけど……。




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