第3話 致死部隊補欠組
「……何してるのかな?」
出会い頭に呆れた口調でそう言うのは、自分たちを迎えるために玄関へと出てきたミナトだ。
「あのぉ、よろしければ助けて下さるとありがたいのですが……」
「……自分で抜け出せばいいよ。魔者なんだからそれくらいできるでしょ?」
「いや、え……?」
「私の助けは要らない。だから、今まで一度もここに来なかったんでしょ?それなのに、こんな下らないことで助けてだって?……ふざけないで欲しいな」
何気なく助けを乞うた自分に、ミナトは不機嫌にプイッとそっぽを向いてそれっきり黙り込んでしまう。
「……タマ」
「うん」
ロクさんとタマさんは雰囲気を察して拘束を解いてくれるが、むしろ、その自由は自分には苦痛でしかなかった。
けれど、ご立腹なミナトも、流石に他の客人の前で喧嘩を続けるつもりはないようだ。コハクさんが挨拶のために自分たちの間に入ると、ミナトの顔が仕事モードのそれへと変わる。
「致死部隊第三班直属、技術部隊第六班隊長のコハクです。本日はお忙しい中、ご邸宅にご招待頂きありがとうございます」
つい先ほど決まったばかりの所属名だと言うのに、コハクさんはすらすらと詰まることなく言葉にする。彼女の記憶力もさる事ながら、初対面の、しかも気が立っている相手に真正面から向かっていける度胸は、とても自分には真似できそうもない。
「あまり畏まらないで欲しいな。半端者同士仲良くやっていこうよ」
「はい。では、過剰な対応は控えさせていただきますね」
「そうしてもらえると助かるよ。私はミナト。気軽に呼んで」
「体格の大きい方はロクさん、小さい方はタマさんです。アキラさんとはお知り合いなんですよね?」
「……まぁね。腐れ縁だよ」
そう言うミナトの表情は複雑だ。ただでさえ表情の読みにくい彼女に、初対面の皆んなは対応に四苦八苦していた。
「彼はあまり自分の昔話をしたがらないんです」
「だろうね。……だからって、根掘り葉掘り聞いたりしちゃダメだよ。過去は過去だ。君たちが知るべきは今のアキラであって、昔の彼じゃない」
「……そうですね。私もミナトさんの言う通りだと思います。」
「でも、安心してよ!僕だって聞かれたくないことの一つや二つあるもん。無闇矢鱈に聞き出そうとはしないから」
「我々とて、その辺りの礼節は弁えているつもりです。」
「そう。それは良かった」
安堵したように胸を撫で下ろすミナトが心配しているのは、他ならぬ自分が抱えている秘密だ。なんだかんだで、人間の自分の身なんかを真剣に案じてくれるあたり、彼女はひどくお人好しである。
「良い人たちに恵まれたね」
「今も昔もね」
「……バカ」
おもむろに近づいてきて照れ臭そうに細い腕で自分の胸を小突いてくるミナトに、自分は彼女の求めるものを察して、昔を思い出しながら大きな狐の耳が生える頭へと手を伸ばした。
けれど、すぐに他人の目があることに気がついて、羞恥で咄嗟に腕を引っ込めてしまう。そのせいで、ミナトの心は宙ぶらりんとなってしまい、我儘に怒ることも、またあざとく照れることもできなくなってしまった。
「あ、アキラさん、私たちは向こうを向いていますから……」
「ミナトさんがなんだか可哀想だよ。久しぶりにちゃんと会うんでしょ?優しくしてあげて!」
「甲斐性を見せる時ですよ、アキラ」
「そんなこと言われても……」
「…………いや、別にいいんだ。むしろ、それがアキラらしい」
物欲しそうにこちらを見つめてきていたミナトは、けれど、しばらく自分があたふたしている様子を眺めていたかと思うと、何に満足したのか小さく微笑む。どうやら自分だけ門前払いされることはなさそうだと、少しだけ安心した。
ミナトに招かれて玄関をくぐると、すぐに談話室へと通される。そこでは、クロをリーダーとする致死部隊のメンバーが各々好きな場所に座って寛いでいた。そして、その内の半分は既に顔見知りである。
けれど、肝心のクロの姿はどこにも見えない。
「……よっ」
「……久しぶりだね、コウタ」
部屋の真ん中に置かれたテーブルを囲うようにして設置されたふかふかのソファーに、声の主は偉そうに踏ん反り返って腰掛けていた。それは何も、半端者だらけの技術部隊と同じ空間にはいたくない、などと言う差別的意味はない。ただ、長らく会っていなかった知り合いと妙な巡り合わせで再会して、今更どんな顔をして接すれば良いのかわからないが故に、見かけだけでもどうにか強がっているだけだろう。
「世の中不思議なことも起こるもんだよな。クロが協会に入れただけでも驚きだったのによ。今は大司教様なる偉い人の直属部隊のリーダーだぜ?そこに、今まで疎遠になってたお前が最も簡単に帰ってきた。なんだか笑えてこないか?」
そう言うコウタは、しかし、表情に笑顔は見えない。ただただ得体の知れない偶然に違和感を覚えている様子だ。
「クロがいきなり魔王を倒すだなんて言い出した時は、雪でも降るんじゃないかと思うほど驚いたさ」
「え……?クロは自分から望んで協会に入ったの?」
「そうだぜ。前触れもなく突然言い出すもんだから、正直正気を疑ったさ。でも、何度確認しても意志は変わらなかった。で、クロを一人で行かせるのもアレだって話で、俺とミナトも一緒にならって条件付きで協力することにしたんだ」
「クロが魔王を……」
コウタの言ったことが本当なのかはわからない。けれど、クロが協会に入る動機に、自分が直接関係はないとわかってはいても、少なからず落ち込んだ。
「……何勝手に全部喋ってるのかな?」
「何って……いだっ!?ちょ、何すんだよミナト!」
「全く……。その口の軽さだけは、どんな薬でも治せる気がしないよ……」
クロが協会に入るまでの過程を、持ち前の軽い口でペラペラと詳らかにしてしまったコウタに、ミナトのゲンコツが彼の脳天に容赦なく落ちる。音からして、相当痛かったに違いない。頭を抱えて悶える彼の姿に、技術部隊メンバーも彼の悪癖と皆の中での立ち位置を察して、思わずくすりと笑ってしまっていた。
そんな中、今まで黙ってソファで足を組んで座っていた致死部隊の長髪の少女が、不機嫌な顔でこちらを睨みつけてきながら、溜め息交じりに嫌味をこぼす。
「……おい、いつまでこうしてるつもりだ?あたしだって暇じゃないんだ」
赤と言うには少し暗い、
「……クレア。この会の目的は、これから一緒に仕事する仲間と親睦を深めることだよ。なのに、その態度は良くないと思うな」
誰もが言葉を発することを躊躇っている中、ミナトだけが空気を読まない彼女に向って注意をしてくれた。
しかし、向こうにも向こうの言い分があるようで、それを確かめぬままにミナトに一方的に悪者扱いされたことで、彼女は酷くご立腹の様子だ。
「そりゃ、あんたらは楽しいだろうな。昔馴染みとの再会で積もる話があるのも、まぁわかる。でも、その間、あたしたちはどうなる?自分に関係のない話を笑顔で聴いて、適当なところで相槌を打つのが信頼関係の構築になるっていうのか?ふんっ、話にならないな」
伸びた前髪の隙間から爛々とした獰猛な瞳を覗かせるクレアは、敵意を隠すことなくこちらをきつく睨みつけてくる。そんな彼女の目は、よく見れば、珍しいことに虹彩の色が左右で異なっていた。
全員が返す言葉を失っている中、髪の色とお揃いの紅い有線ヘッドホンを首から下げているクレアは、バツが悪そうにパーカーのポケットに手を突っ込んだかと思うと、音楽プレイヤーを取り出して詰まらなそうに曲を破茶滅茶に回し始める。あまりの爆音に、それなりに距離が離れているにも関わらず、登録された一貫性のない雑多な音楽がその曲調まではっきりと聞き取れた。けれど、どれも今の気分には合わなかったようだ。彼女は不機嫌そうに舌打ちをしながら、再び自分たちを睨みつけてきた。
その一方で、過激な主張を躊躇なく言葉にしてしまう攻撃的なクレアと違い、クロを除いた致死部隊最後の一人は、温厚そうで爽やかな目鼻立ちをした青年だった。
とは言え、彼とてクレアと同じ立ち場の魔者であって、自分たちの味方ではない。
「クレアの言うことは間違ってはいませんよ、ミナトさん。お二人とクロさんが、彼との再会を楽しみにしていたことは重々承知しています。仕事を共にする上で、この家で共同生活を始めてからというもの、彼の名前を聞かない日の方が少なかったですからね」
「……そっか。私たち、少し舞い上がってたんだね」
「おいおい、誤解を招くようなこと言うなよ、イズモ。ミナトはともかく、俺は別にアキラと会いたいだなんて、そんな気色悪い台詞言った覚えはねぇぞ」
イズモさんの指摘を素直に受け入れようとするミナトに対して、コウタは眉根を顰めて彼の言葉を全力で否定した。
しかし、イズモさんたちにとっての重要な点は、コウタのそれとは違う。
「さて、どうだったでしょう?私の勘違いだったら申し訳ありません。」
「全くだぜ。いきなり適当なこと言うなよな。」
「ともかく、です。私やクレアだって、待ち人との再会が叶ったときの気持ちは十分に理解できます。ですが、その横で会話に混じれずに、疎外感で退屈している者がいることを忘れないでいていただけると、私としては嬉しいですね」
そう言ってイズモさんは、ずっと立ちっぱなしで待たされている技術部隊の面々へと視線を向けた。自分たちも釣られて視線を動かすと、確かに彼の言う通りだ。皆んな複雑な表情を浮かべていて、居心地が悪そうにしていた。
自分たちが原因で空気が微妙になり、果たしてどうしたものかと悩んでいると、おもむろにイズモさんは小さくクスリと笑い、皆んなの気を引いてくる。そして、身動きが取り辛い自分たちのために、親切にも助け舟を出してくれた。
「……などと、偉そうなことを言いましたが、実は皆さんの言うアキラと言う方が、一体どのような魔者なのかと気になって仕方がなかっただけなんです。きっとクレアもそうですよ」
「知ったような口を。お前と同じにするな、このエセ紳士」
「そうですね。決めつけてしまってすみません」
誰彼構わず敵意を向けるクレアだが、イズモさんは慣れた様子でそれをいなしてみせる。彼の落ち着き払った態度を彼女は小馬鹿にしていたけれど、自分からは彼の振る舞いは正に紳士のそれに見えた。
しかし、イズモさんがクレアに向ける目は、どうにも普通ではないように思う。
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもないです……」
「そうですか?」
二人の間にある何かを探ろうと安易に手を伸ばそうとした自分に、牽制するようにイズモさんが笑顔でこちらを見てくる。彼の笑顔はとても爽やかで、街に繰り出せば注目の的になること請け合いだろうが、こう言う状況で向けられると心を覗き見られている気がして、どうにも落ち着かない。
「でしたら、早速自己紹介を始めましょう。その前に、すぐにお茶をお持ちしますので、技術部隊の方々はどうぞ空いている席に自由に腰掛けていて下さい」
「じゃあ、私はクロを連れてくるね」
言葉通りお茶を沸かしに行ったイズモに続いて、ミナトも顔合わせを始めるために、致死部隊最後の一人を呼びに行こうとする。
「ミナト。」
自分は、透かさずミナトを呼び止めた。
「ん?何?」
「その、何て言うのか……。とにかく、無理強いはしなくていいからね」
「……そう。」
ミナトは、クロの部屋の方を見ながら、慈愛と諦観の念が混じったどっちつかずの返事をする。それは、報われぬ結末を知っていて、思わず吐いてしまったような憂いのこもった溜め息のようでもあった。
「……あの子は本当は人見知りだから、出てきてくれるかはわからない。今日の式だって、不安がってたけど、それでも勇気を出して頑張ったんだよ。だからって言うのは、おかしな話かもしれない。だけど、これ以上の何かを、あの子に期待はしないでいて」
「……わかってます。”どちら”にしても、それが自分の選んだ運命ですから」
「…………私は、アキラがそんな風になるために、あの魔杖を作ってあげたわけじゃないんだけどな」
そうミナトは小さくボソッと呟いて、悲しそうな表情を浮かべながらクロの部屋へと行ってしまう。けれど、自分は自分の心を守るために、優しい彼女の悲痛な声を聞かなかったことにした。
そんなミナトとのやりとりの間に、技術部隊の仲間たちは空いている場所を見つけて腰掛けていた。本来は部隊ごとに分かれて座るべきところを、しかし、技術部隊は致死部隊に混じってバラバラの位置に座っている。
けれど、それは何も、人の道から外れた半端者だから常識や礼儀がなっていない、などと言うことはなく、ひとえにこの家が抱える欠陥が故に起こってしまったことだ。
「すみません。お客さん用の椅子を買っておけば良かったですね……」
なんだか急に申し訳ない気持ちになって謝る自分に、しかし、仲間たちは顔を見合わせて不思議そうに首を傾げる。
「どうしてアキラが謝るの?」
そうタマさんに尋ねられて、自分は失言をしてしまったことに気が付く。けれど、一度口に出してしまった言葉を撤回することは、頭の回転が遅い自分には難しそうだ。
加えて、ここには口が極めて緩い男もいる。誤魔化そうと足掻くだけ自分の首を絞めるだけのように思えて、言い訳は早々に諦めた。
「アキラも、この家の家賃を払ってる一人なんだ」
黙っていれば、コウタは必ず要らぬお世話を焼いてくれる。そんな確信が、こうして見事に的中されてしまうと、彼の性格を知っていながら対処できない自分の方が愚かなのではないかと、そう錯覚してしまいそうで怖い。
「アキラの言ってたお家って、致死部隊の人たちと一緒のお家だったんだね」
「いや、違いますよ。あくまでお金を払ってるだけで、ここには住んではいません」
「でも、アキラさんは、どうしてそんなことを?」
「そう言う気分だった……って言うのはダメですか?」
「しかし、普通は他人のために、進んで財産を切ることはしない。式の際には、ただの知り合いだと言っていましたが、私にはとてもそれだけとは思えません」
「……嘘をついていたのですか?アキラさんのことですから、何か理由があるのだとは思います。ですが、私たちは、そんなに信用できませんか?」
「もしコハクちゃんの言う通りだったとしたら、ちょっと悲しいな……」
コウタの余計な一言で、自分の肩身が瞬く間に狭くなる。もちろん、彼一人に責任を押し付けるのは間違っているけれど、それでも文句の一つは言ってやりたい気分だった。
「相変わらずみたいだな、お前は」
「…………」
自分は黙って皆の視線を受け流す。それが、その場しのぎには一番楽だと自分は知っていたから。
すると、自ずと周りの対応も決まってくる。
「ねぇ、アキラはどこに住んでるの?」
タマさんは、気を利かせて話題を変えようとしてくれた。微妙に逸らし切れていないのが気になるが、それでも十分過ぎる助力である。
しかし、ここでもコウタが、自分の口で答えることを許してくれない。
「何だ、聞いてないのか。」
「うん。近くにあるってことだけは教えてもらったけど、それ以外は何も」
「この大通りを協会の方に少し行った所に学生寮があるのは知ってるか?」
「はい。……ですが、その学生寮がアキラさんのご自宅と何の関係があるのでしょうか?」
頭に疑問符を浮かべる面々を前に、コウタは楽しそうににぃっと口角を上げて、他人の秘密を暴露し続ける。
「聞いて驚くなよ。コイツ、魔法学校の非常勤講師やってるんだぜ」
「えぇ!?アキラが先生!?」
「それは初耳です。こう言っては失礼かも知れませんが、意外ですね」
「まぁ、成り行きでですよ……」
「そんな訳で、アキラの家は学生寮なんだよ。実際に部屋に入ったことがあるのは、引っ越しの作業を手伝ったミナトだけだが、話によると相当狭くて人が住めた場所じゃないみたいだぜ。こっちに住めばいいものをよ。わざわざ不便な家を選ぶなんて、変な奴だよな」
躊躇いなく個人情報を垂れ流してくれたコウタに、よくもまぁここまで他人の話で饒舌に舌が回るものだと、一周回って感心すらしてしまった。しかも、自分が学生寮に住むことになった経緯に関しては順序が前後しているものの、それ以外の内容は怖いくらいに正確だ。他人の懐に入るのが得手であるが故に、彼は多くの情報を集められるのだろうから、あながち口が軽いだけとも侮るわけにはいかない。馬鹿にしていたら、いつか足元を掬われそうだ。
とにかく、コウタのおかげで、自分は皆んなから質問攻めに合う羽目になってしまった。
「魔法学校と言えば、世界中のエリートが集まる学校だよね?そんな場所で先生してるなんて、実はアキラはすごい人だったりするの?」
「そんなことは決して。教師って言ったって、ほとんど雑用係みたいなもので」
「そうなの?でもあそこって、今は魔王を倒すための技術を生み出す研究機関でもあったよね?僕はてっきり、アキラはそれ関連で協会に入ったんだと思ったんだけど……」
「学校関連で何かあるんじゃないかってことですね?」
自分の言葉に、タマさんとロクさんは首肯した。
「研修でチームを組んだ際にも、アキラは魔法を使うのが得意ではないと言っていましたし、実際魔法を使っているところを私は見たことがありません。同じ目的をもって共に戦う仲間に、ここまで徹底的に自身の魔法を隠す意味はないはず。そう考えると、タマの言った通り、アキラは魔法以外の能力を買われて技術部隊に配属されたと考えるのが自然でしょう」
「言葉を隠さずに言うとね、コネとか裏口とか、そう言うのを考えちゃった」
「まぁ、無理もないですよね……。側から見たら、こんなのがどうして協会に入れたのかって思うのは当然のことですから」
自虐的に言う自分は、試しにと皆の目の前で魔法を使ってみることにする。と言っても、どうすればいいのかもわからないのだから、もちろん何も起こらない。手を握ったり開いたり、腕をぶんぶん振り回したり、適当な呪文を唱えてみたり。色々と思いつく限りの手段を実践してみたけれど、周りの魔者が自分を見ておかしそうに笑う以外には、特に変化は見つけられなかった。
……ソラがいないと、本当に何もできないんだ。
いつも暇を持て余しているソラのことだ。一言名前を呼べば、きっとすぐに姿を見せてくれるだろう。けれど、彼女の力を利用して行使した魔法を自分のものとして皆に見せるのは、何か違う気がした。
「改めて考えてみると、アキラがいつも背中と腰に下げてる二本の魔杖も、抜いたところすら見たことがないよね……」
タマさんはそこまで言うと、突然何かに気が付いたように、あっと声を上げた。そして、何を言い出すかと思えば、タマさんは何とも突拍子のない妄想を嬉々として披露してくれる。
「ねぇ、アキラ!実は実は、それって国家機密レベルの
自身たっぷりの表情で楽し気に言うタマさんだったが、対する周りの反応は、とても冷めたものだった。
「……タマさん。国家機密を一民間人が自由に持ち歩けると本当に思いますか?それに、等級五ともなれば、それはもう魔杖の域を超えた、人に少なからぬ害を成す魔剣です。保有しているだけでも重罪になる魔剣を、人目に付くことが多い協会に自分から持ち込むなんてことがあると考えられますか?」
コハクさんは、タマさんの予想、もとい願望を大きな溜め息を吐きながら否定する。それもそのはずで、実物を見たことがなく、また手を伸ばすこともないだろうイレギュラーに対する関心など、在るという情報以外に求めるものは普通はない。加えて、高等級の魔杖の話題は、魔者たちにとっては、聞いていても楽しくない類の詰まらない話のようだ。周りの反応も、おおよそ彼女と同様の反応だった。
だから、これはあくまでも、タマさんの考えは間違っていると気付かせるために取られた会話の流れであって、それ以外には深い意味は全くない。
しかし、そうわかってはいても、自分にとって着実に近づいて欲しくない方向へと話が進んで行くものだから、内心気が気ではなかった。
けれど、良くも悪くも、タマさんは程よく抜けている。
「あぁ、等級五は魔剣になるんだったね。うん、確かにコハクの言う通りだ。すっかり失念してたよ。ごめんごめん」
「となると、あくまでもアキラは、魔杖は護身用にと携帯しているのですか?」
「まぁ、そんな感じですね。因みに、これを作ったのはミナトなんですよ」
「そう言えば、偉い人がミナトさんのこと、医師兼魔杖技師とか言ってたね!」
「はい。タマさんも魔杖には詳しいですから、気が合うかもですね」
「うん!今度お茶に誘ってみるよ。アキラの魔杖についても気になるし!」
「……タマ。気安く女性をお茶に誘うのはいかがなものかと……」
「そうかな?じゃあ、ロクもくる?」
「そう言う話ではなくてですね……はぁ……」
「……ロクさん。タマさんには何を言っても伝わりませんよ。残念ですが、諦めるしかありません」
「わかっているつもりではいるんですが……。どうも良心が痛みます」
「え、何?僕がどうしたって??」
「「「…………はぁ〜」」」
「ちょっと、本当に何!?僕、また何かしちゃった!?」
先ほどとは別種の仲間の冷たい反応に焦るタマさんは、見ての通りの天然だ。常識が欠けていると言うには、半端者が大半を占めるこの異常な空間ではふさわしくないだろうが、それでも彼が、この中で飛び抜けて常識に欠けていることは確かな事実だ。ここであえて話題に出すことはしないけれど、自分たちは研修時に彼のとばっちりで痛い目を見ている。だからか、どうにも優しい対応をする気にはなれず、みんなで揃って呆れ混じりにため息を繰り返すばかりだ。
「皆さん、仲が良いんですね」
話も切りが良いところで、お茶を持ったイズモさんが談話室に帰ってきた。若干一名は未だ不安そうに他人の顔を窺っているが、いい加減本題に取り掛からないと日が暮れてしまう。だからと言う訳ではないが、タマさんのケアは一旦保留とした。
ミナトも間も無く帰ってきた。しかし、近くにクロの姿は見えない。
「ごめんね。クロ、急用ができて無理みたい」
落ち込むミナトの前に、そっとイズモさんがお茶を差し出す。良い香りのする紅茶が湯気を立てていて、至ってつまらない感想ではあるが、とても美味しそうに見えた。
「粗茶ですが、皆さんもどうぞ」
「ありがとうございます。頂きますね」
技術部隊を代表してコハクさんが頭を下げるのに、自分たちも続いて礼をする。つい気を抜いてしまいそうになるが、どこまで行っても自分たちが彼らの部下であることには変わりない。その辺り、コハクさんは弁えているのだろう。適当に生きている自分には、お手本になるような彼女の存在はとても大きい。
「さて、無礼講といきましょう。……構いませんよね?コウタもアキラさんも」
「改めて聞くまでもないだろ」
「はい、自分も大丈夫です」
謎の確認をコウタと自分にだけしてくるイズモさんに、一先ずコウタを真似て適当に頷いておいた。
そして、ようやく集まった目的である、顔合わせと自己紹介が始まる。
「では、僭越ながら私から失礼いたしましょう」
初めは、紅茶を持ってきてくれたイズモさんからになった。
「私はイズモと申します。協会での所属区分は魔法剣士となっていますが、元々は傭兵や警備会社の勤めではなく、家のしきたりで学んだ技術を目的のために活かさせていただいています」
「その言い方からすると、イズモさんには、何か魔王討伐以外にも目的があると言うことでしょうか?」
「はい。人探しを。……と言いましても、その相手が魔王なので、あまりやることは変わらないのですが。そんな折りに、補欠とは言え、新たに致死部隊が一枠増えると言う話を聞きつけまして、協会やクロさんたちに無理を言って部隊に入れて頂いたんです。本当に幸運でした」
一分と経たずに話すことがなくなるのは、自己紹介ではありがちなことだ。例外があるとしたら、それは外から話題を提供された時だろう。そして、自己紹介には、どうしてか質問の時間が常にセットで付いて回る。全く悪しき文化だ。早く消えてしまえ!……と、心の底から思う。
ともかく、最低限必要な話を終えば、やはりお決まりの質問タイムへと移った。
「イズモさんが淹れてくれた紅茶が美味しいのも、お家のしきたりで習ったの?」
「お口にあったようで良かったです。まだまだ未熟ですが、ゆくゆくは自分の店を構えるのも面白いと思っています。その時は、どうぞよしなに」
「それは良いね!楽しみにしてるよ!」
「私からも一つ良いでしょうか?」
「はい、何でしょう?」
気軽な雰囲気で質問したタマさんに対して、ロクさんは躊躇いがちに尋ねたのが少し気になる。初対面で気を遣わなければならないほどの込み入った質問とは、一体どんな内容なのだろう。
しかし、どうやら自分の想像は若干外れていたようで、ロクさんはイズモさんのことを一方的に知っていたようだ。
「イズモさんのお召しになられている衣服に刺繍された、歯車の家紋。見覚えがあります。もしや、魔王討伐を思い立った原因と言うのは……」
「……ええ。お察しの通りです。」
「やはりそうでしたか……」
イズモさんとロクさんの話について行けない自分たちは、果たして関心を持っても良い話題なのかと内容を聞きあぐねる。
けれど、イズモさんは、魔王討伐への意欲に関する話題は必要な要素だと考えているのか、思いの外あっさりと理由を口にした。
「一年ほど昔の話です。ニュースを見ていた方は、私の家で起きた事件を知っているでしょう。そうです。魔王は、私の許嫁を攫ったんです。その罪は、しっかりと償ってもらうつもりですよ」
「……やはり、魔王は倒さなければなりませんね」
「もちろん、残り二人の魔王も討つつもりです。長い付き合いになるかと思いますが、お互いに助け合って行きましょう。……ですが、私の身勝手を許していただけるのなら、どうか最期は私に譲っていただきたい」
「それに関しては、協会に決定権がありますが……そうですね。イズモさんの意志は尊重させていただきます」
「十分過ぎる配慮、痛み入ります」
イズモさんは、静かに目蓋を閉じ、仲間の厚意に震える。しかし、未来の妻を攫われた過去を持つという彼だ。外見では落ち着いているように見えても、心の中は怨みの炎で燃え盛っているに違いない。だからと言って腐らず、身を危険にさらしてまで、自らの手で魔王に報いを受けさせる日を夢見ている。そんな彼の覚悟を馬鹿にしたり否定する者は、この家の中には誰もいなかった。当然と言えば、当然のことだ。協会に入った魔者は、誰だって大なり小なり魔王に対する敵意を持っているのだから。
初っ端から重たい話題が出たこともあってか、魔者たちは自然と黙り込む。どうやら、改めて魔王討伐に対する自身の覚悟と真剣に向き合っている様子だ。
そんな中、恐れ知らずにも、空気を読まずに溜め息を吐く者もいた。
「辛気臭い。いつまでそうしてるつもりだ?」
クレアの指摘に対して、皆が皆苦笑いを浮かべる。全員自覚はあったのだろう。
「……おい、終わったのか?」
「え、ええ……」
「なら、次はあたしだ」
短気なクレアは、イズモの答えを聞くなり、勢いよく席から立ち上がる。そして、おもむろに頭の後ろへと両手を差し込み、赤い髪を持ち上げて首元を晒した。
「初めにはっきり言っておく。あたしは、クレアであってクレアじゃない。人工的に造られた、魔王を殺すための決戦兵器だ」
何も知らない人が聞けば、クレアの言葉を冗談だと受け取る者が大半だっただろう。しかし、少しでも知識があれば、彼女が人体実験の被験者であることは疑い用もない。その証拠こそ、彼女が見せてくれた首に嵌められた黒い首輪だ。
「それはもしや……」
「お察しの通り、ラグナロクよ」
「まさか、実在するとは……」
「存在は知ってたけど、実際に運用されているところは初めて見たよ」
技術部隊と言うこともあってか、自分たちは最新技術に知見がある。
だからこそ、全員クレアのことを警戒した。
「魔化併用爆弾ラグナロクは、その用途を人命を確実に絶つことに限定した出所不明の技術だよ。まさか、協会がこんなものに手を出すなんてね」
「タマが言ったものとは違いますが、私も対魔王兵器に関しては、噂話程度ですが、小耳に挟んだことがあります。何も、疑似龍血と呼ばれる液体と、魔王の保有する神の鍵と同じ物質で構成された神核なる謎の物質。それらを人体へと無理やり埋め込み、魔者の域を超えた半神を生み出そうと言う計画だとか」
「まさか!その実験は禁止されてたはずだよ!」
「ですが、彼女の容姿には、被験者に現れると言う副作用も見受けられます」
「瞳の色だよね……。確かに、左右で違うけど……」
「神核は、目に移植するんでしたよね?」
「……本当に酷いことをする魔者もいるもんだ」
クレアの境遇を憐れむ彼らは、人の穢れた欲から生まれた危険な生物兵器を恐れながらも、同時に壊れ物を見るような目で見る。
「擬似龍血も神核も、人体なんかに入れたら凄まじい拒絶反応を示すはずだ。御伽噺に出てくる、この世界を生んだとさえ言われる龍の血の特性を再現した紛い物と、世界の理を捻じ曲げることができる、今まさに魔王が振るっている神の力。片方でも馬鹿げた力を、魔者の体一つに押し込めようなんて悍ましいこと、一体誰が考えつくんだろうね」
技術部隊の三人はひどく憤る。それは、同じ魔法技術に携わる者として、超えては行けない一線があると信じているが故に、目の前の負の遺産を産んでしまった同類への嫌悪が抑えられないからなのだろう。
しかし、当の本人はと言えば、何と言うことはない。至って平然としていて、逆に状況を正しく理解しているのか心配になるほどだった。
「面倒なことは考える必要なんてない。魔王を倒したいなら、魔王を超える力が必要になる。だから、あたしは、あんたたちが魔王を王たらしめる神威を簒奪するための武器として戦う。だが、あたしの中の力が片方でも暴走すれば、即座にラグナロクが起動して、あたしの体は塵も残さず消し飛ぶ」
命に関わる物騒なことを、まるで他人事のように語るクレアだ。何を考えているのか、自分には見当もつかない。
しかし、決して死にたがりと言うわけでもないようだ。
「……だから、あたしからも、頼みたいことがある。……この力を全力で使うか否かは、あたし自身が判断する。そこに関しては何一つ口出ししないで欲しい」
イズモさんの望みに便乗して、クレアも一つだけ願いを口にした。
彼女の言葉を受け入れない者はいない。魔王を殺せるほどの並外れた力がその身に押し込めてあろうと、それは自分の命と交換に得られる常ではないものだ。戦わない権利を、この場の全員が言葉なく認めた。
その後は、コウタとミナトが簡単に自己紹介を済ませ、いよいよ技術部隊の番が回ってくる。
トップバッターは、もちろん我がチームのリーダーであるコハクさんからだ。
「致死部隊第三班直属、技術部隊第六班隊長のコハクです。区分はクロさんと同じで、魔導師になります」
「魔導師区分ってことは、クレアほどではないにしても、戦況をひっくり返せるほどの強力な魔法が使えるってことだな。頼りになるぜ」
「はい。精一杯皆様のお役に立てるように尽力致します」
コハクさんは、外向きの笑顔を浮かべながら、至って無難な返答をする。
けれど、ミナトだけは、どうしてだか眉根を顰めた。
「コハク、勘違いをしてないかな?」
「……すみません。何か私は、間違っていたでしょうか?」
「自覚はなしか。でも、私は許さないよ」
普通としか言いようのない事務的な自己紹介をしていたコハクさんに、ミナトは呆れながらにダメ出しをする。
「魔導師は強力な魔法が使える。だけど、その時の魔力使用量を侮っちゃいけない。魔法は便利な力だよ。でも、下手をすればエーテルが足りずに、補填のために、無意識のうちに命を削りかねない危険な力なんだ」
「……はい。心得ているつもりです。」
コハクさんは、口だけではないと証明するために続ける。
「私たちの魔法は、辺りの空間に存在するエーテルを丸ごと使い果たしてしまう可能性があります。仮に魔力が足りたとしても、魔導師が発動した魔法が干渉して、別の方の魔法が飲まれて不発に終わるリスクもある」
「なんだ、わかってるじゃない。なら、尽力だなんて言葉は不適切なこと、気付いて欲しかったな」
「はい、失言でした。申し訳ありません」
コハクは、ミナトに向かって深く頭を下げた。
とは言え、ミナトの指摘は、過剰な配慮であり、ともすれば難癖とも取れなくもない。これではミナトが貧乏籤を引かされたようで可哀想だ。
「ミナトは、コハクさんだけが無理をする状況を認めないって、そう言ってるんだと思いますよ」
過去に患者から死による解放を願われ、しかし、病を直すことも死を贈ることも叶わなかったミナトは、ひたすらに自身の能力不足を嘆いていたのを思い出す。そして、人一倍他人の温もりに飢えている狐の半端者は、今はもう親友すら失ってしまっていた。
そんな、医者と言う職業柄も相まって、知り合いの命の灯が消える様を見続け、また正面から全て受け止めてきた彼女だ。これ以上、守りたい者が苦痛に表情を歪める所を見たくはないと怯えることの、一体何がいけないことだろう。
だから、どうか彼女を責めないで欲しい。
……鬱陶しいって、そう思われるかもしれないのに。ミナトは頑張ってるんだね。
ミナトは、半端者たちを直したいと願っている。不幸を取り去り、幸せにしたいと願っている。それを知っていたから、彼女のことを勘違いして欲しくなくて、何度も余計なことを口走りそうになった。けれど、その度に彼女に小突かれ、自分は勢いをそがれてしまい、結局何も言うことはできなかった。
それでも、感の良いコハクさんは、自分の気持ちを汲み取ってくれる。
「アキラさん。大丈夫ですよ。」
コハクさんは自分の方を向いて、安心するようにと頷いて見せてくれた。この様子だと、自分が行動を起こすまでもなく、ミナトの優しさに気が付いていたのかもしれない。
しかし、ミナトの言葉に素直に従うかと言われれば、それはまた別の話だ。
「ミナトさんの言うことは、尤もだと思います。ですが、魔王との戦いは一筋縄ではいきません。それに、私は第六班の皆さんにリーダーを任せて頂きました。だから、皆さんの安全は私が保障しなければならない。そう考えています」
「気持ちはわかるよ。でも、コハク。それは諸刃の剣だ。君たち全員がそんな考えで行動をしていたら、私たち医者の仕事はいつまで経ってもなくならない。怪我は私が治すから、まだ良い。でも、重ねた敗北と倒れた仲間たちの痛々しい姿は、君の心を確実にすり減らしていくんだよ。……そうだよ。私はね、コハク。そんな傷ついた心までを治す自信がないんだ」
「そんな、落ち込まないで下さい!ミナトさんは悪くありません!心の問題は個人が管理すべきものです。それこそ、ミナトさんが抱え込む必要はありません!」
「そうだとは思うよ。……でも、私の周りにはそれができない友達が多いんだ」
そう言って、さり気なく自分の方へと視線を向けてくるミナトに、自分は覚えがあって苦笑いで返すしかなかった。
しかし、それも一瞬のことだ。ミナトは、再びコハクの方へと向き直る。
「魔法は、心の見る景色で姿を変える。謂わば、その者の願いの形が魔法なんだ。魔法は未だ謎の多い力だけど、心が病めば確実に魔法にも影響が出る。どうかそのことだけは忘れないで欲しいな」
「はい。肝に銘じておきます」
この場では、コハクさんが一人で頭を下げていたが、自分も他人事ではなかった。
魔法。それは、一見万能のように見える素晴らしい力だ。しかし、人間の自分がソラに頼んで魔法を使っているように、魔者たちも魔力量が願いの大きさに対して不足している際には、意図せず命を削ってしまう場合がある。自分と比べれば本当に微々たるものではあるが、命は命だ。手放しで喜べるような気軽な力ではない。まして自分には、常について回る危険である。ソラと言うリミッター役がいるとしても、気を付けるに越したことはないだろう。
ともかく、ミナトとコハクさんの関係が険悪になることはなさそうで、自分は一人安堵した。
「コハクちゃんが終わったみたいだから、次は僕からいくよ!」
コハクさんに続いて、今度はタマさんが勢いよく席を立ち上がる。ご丁寧に手を挙げて皆の注目を集めようとする様は、彼の体格もあって、少し子供っぽい。
しかし、実力はお墨付きだ。
「僕はタマ!魔杖技師だよ。うちのチームの魔杖は、みんな僕がメンテしてるんだ。前は警察で爆弾処理なんかをしてたけど、上司の人に勧められて協会に入ることにしたんだ」
「爆弾処理って……。気軽に言うけど、それって魔法爆弾のことだよね?」
「そうだよ。僕、機械弄り好きなんだ」
「魔法爆弾の解除には、無暗に魔法を使えない。爆弾に使用される高濃度のエーテルは、魔者には猛毒だ。そうでなくても、干渉を起爆条件にしているケースも多いって聞くよ。少なくとも私には怖くてできない」
「そこは慣れかな。ミナトさんも、僕と同じように数をこなせばできるようになるよ」
「警察に爆弾処理を任せられるなんて、タマは随分と魔杖や機械に詳しいんだね」
「まぁね!逆に魔法と体力の面ではからっきしだよ。流石にアキラほどじゃないけどね」
「……もしかして馬鹿にしてる?」
「怒らないでよ。悪気はなかったんだ」
そこまで言って、タマさんは何かを思い出したように、突然不満気に頬を膨らませる。
「けど、アキラもアキラだよ。研修の時だって、僕に一度も魔杖を預けてくれたことないよね?ケチだ」
「自分のものは無闇に他人には貸さない主義なので」
「ブーブー!」
「何を言われても渡しません」
「ちぇ〜」
タマさんは自身の容姿を活かしてあざとくごねてくるけれど、自分は決して他人に魔杖を渡すつもりはない。なにせ、自分の魔杖は所持製造共に禁止されている正真正銘の魔剣である。彼の技術は身内贔屓を抜いても素晴らしいものだ。正体を知られてしまう可能性がある以上、彼に自分の魔杖を預けることはできない。
理由はそれだけではない。
……ソラが怒るからってのもあるけど。
過去に黙ってミナトに魔杖を返そうとした時、神様はひどくご立腹だった。自分の勝手な判断でタマさんに魔杖を渡そうものなら、また神様の逆鱗に触れてしまいかねない。
しかし、タマさんはなかなか諦めてくれない。
「……でも、アキラが魔杖をメンテしてるところは見たことないよ?」
「言われてみれば、そうですね。私も研修で同室でしたが、確かに見たことがありません」
「魔杖は滅多なことでは壊れたりしないけど、日頃から手入れはしとかないと、いざという時に動作不良を起こすんだから。面倒なら僕に丸投げしてくれても良いんだよ?それが僕の仕事だからね」
「……だってよ、アキラ。良いじゃねぇか、魔杖の一つや二つ。相手はプロだぜ?気持ちはわかるけどよ、試しでもいいから、一回任せてみたらどうだ?」
「そうですよ。話を聞いた限り、タマさんの実力は本物です。良好なチームワークの構築のためにも、ここは折れて差し上げては?」
「う、うーん……」
コウタとイズモさんまでタマさんの味方についたものだから、自分は一気に劣勢になる。
しかし、要は自分が魔杖の手入れを欠いていると思われているのが問題なのだ。その誤解を解けば、恐らく万事解決に違いない。
「ちゃんとしてますよ。自分でもちょくちょく見てますし、定期的に魔杖技師にもメンテナンスをお願いしてますから」
「じゃあ、その魔杖技師の名前を言ってみてよ。嘘だったら問答無用で僕がメンテを任せてもらうからね!」
「嘘じゃないですって。えっと、三人いるんですけど……」
「三人も!?」
「は、はい」
とは言ったものの、彼らの前で出せる名前は一人しかいなかった。
「三人とは言いましたが、普段は製作者のミナトに任せてて、摩耗したり派手に壊れたりしたら、専門の技師に見てもらってるって、それだけなんですけどね」
「魔杖が壊れるぅ?一体どんな乱暴な使い方をしたらその魔杖が壊れるのさ?」
「この魔杖、自分だけの所有物というわけでもないんですよ。二倍使う分、普通より早くガタがくるんです」
「でも、アキラの魔杖は見た限り精密機器の類じゃないよね?言っちゃえば、一つの問題処理に特化したタイプの魔法剣だ。魔杖を介した簡単な魔法ですら使いたがらないほど魔法が得意じゃないアキラが、いつ何のために魔杖を酷使しなきゃいけないのか僕には想像もつかないよ」
何か隠してはいないかと疑ってくるタマさんだけれど、それは自分の普段の行いが招いた結果だ。だからと言って魔杖の用途を打ち明けるつもりは毛頭ないが、詮索は時に悪意がなくとも突飛もない答えを作り出してしまうことがある。それが自分に不利に働かないかと不安で、何と言い訳をするべきかじっくり数秒悩んでしまい、それが更に疑惑を強くしてしまう。
けれど、そんな自分に、意外なところから救いの手が伸びてきた。
「魔杖の過度な詮索はマナー違反だ。まさかとは思うが、第六班の技師はそんなことも知らないのか?」
「……お、おっしゃる通りです。すみませんでした……」
「あたしに謝るな」
細い脚を組んで無礼を凄むクレアは、不意に自分へと視線を向けたかと思うと、しかしすぐに首元のヘッドホンへと手を伸ばしては自分の世界へ入って行ってしまった。気紛れとは言え、困っているところを助けられてほっと一息つく。後でお礼をしなければならないだろう。
「……ご、ごめんね、アキラ。ちょっとムキになっちゃってたよ」
「別に良いですよ。無理やり魔杖を取ろうとしたわけでもないですし」
「…………」
「……おい、その焦った顔は何だ」
「ナンデモナイヨ?」
「タマさん……」
「だってぇ!!」
前言撤回だ。タマさんは何を考えているわけでもなく、純粋な好奇心のみに突き動かされて他人の魔杖で遊びたがっているただの子供であった。
「タマがこれ以上醜態を晒す前に、今度は私が名乗らせていただきましょうか」
そう言って今にも自分の魔杖へと飛び付こうとしていたタマさんの首根っこを掴み持ち上げたロクさんは、まるで親猫が子供を咥えて運ぶ時のような体勢のまま平然と話し始める。
「私はロクと申します。武芸の道で会得した力を他人のために活かせたらと、この度協会に入りました。この拳がどこまで魔王に通用するかはわかりませんが、この命ある限り、我々に降り掛かる火の粉の一切を払い退けて見せましょう」
「ロクさん、そんなこと言うとまたミナトに怒られちゃいますよ」
「これは漢の性です。どうかご理解いただきたい」
そんな台詞に、ミナトは頭を抱える。
「どうして半端者は、こうも自分の命を軽んじるのかな」
「でも、ロクさん強いよ?多分大丈夫だよ」
「あのねぇ、私たちの相手は魔王なんだよ?皆んながどんな覚悟をもって協会に入ったのかまではわからないけど、私としては最低限全員の命を守ることが絶対条件なんだ」
「医者の鑑だね」
「あのねぇ、アキラ。人が真面目に話してるのに茶化さないで」
「いでっ!……ご、ごめん」
「ふふっ。ミナトさんとアキラさんは本当に仲が良いんですね」
「どこを見たら、コハクはそう思えるのかな……?アキラは、魔杖が壊れても私に何も言わずに、郵便で魔状だけいきなり送りつけてくるような男なんだよ?さっきも、アキラとはただの腐れ縁って言ったはずだ。だから、別に仲がいいなんてこと……」
突然焦ったように自分の悪口を捲し立てるミナトは、落ち着かない様子で目を泳がせる。
しかし、周りの面々の反応はと言えば、ミナトの挙動不審を彼らは見慣れているのか、至って普通だ。
「なら、見限らずに面倒見てるのはどうしてだよ。腐れ縁とか言うけどよ、今回だってミナトからこの会を提案してたじゃねぇか」
「それは、必要だからで……!」
普段なら、このままコウタの揶揄いが過ぎて、ミナトから拳骨が飛んできて終わっていたことだろう。
けれど、今回のコウタは珍しく、他人の心に寄り添うことを選んだようだ。
「別に責めてるんじゃねぇよ。アキラがミナトの中で比較的古い友人に当たるのは知ってるつもりだ。それも、大切な友人の友人だ。俺だってそうだ。だから、多少ミナトの気持ちもわかる」
「……私はまだまだ未熟だね。今でもあの子に甘えてる」
「でも、生きてれば何とでもなる。そうだろ?」
「……コウタの癖に生意気なこと言わないで」
「おい、そりゃねぇだろ!お前も十分薄情じゃねぇか!」
そうやって馬鹿みたいに騒ぐ二人だけれど、それは心がざわざわと落ち着かなくて、漠然とした不安に恐怖を抱いているからなのだろう。そう、自分たちは、ただ失いたくないだけなのだ。白のおかげで繋がった妙な縁を、可能な限り手放したくないと思っている。
「頻繁に彼の名前が話題に上がっていましたが、なるほど。これほど仲が良いのなら、相手の様子を気にしてしまうのは納得です」
「仲が良いと言うよりは、絆が固いのでしょう」
「どうだか。あたしはそうは思えない」
「ですが、私たちはこれから協力して強大な敵と相対さねばなりません。彼らのように何でも遠慮なく言い合える関係性は、ある意味理想とは思えませんか?」
「あんなの、ただの泥舟だろ。あたしはごめんだ」
「そう言わずに、一緒に頑張りましょう」
「……いつまでその甘い考えが保つか見ものね」
「おいおい、珍しいこともあるもんだな。あのクレアが他人に気を許すなんて」
「……ちっ。そんなんじゃないっての」
「クレア?急に席立ってどこ行くんだよ?って聞いてんのか?まだアキラの番が終わってねぇだろうが!」
「知るか。あたし抜きで勝手にやってろ」
「コウタは相変わらず空気の読めない方ですね……」
「…………」
イズモさんの言葉が効いたのだろう。コウタは大人しくなってしまい、普段の勢いは見る影もない。
「困ったなぁ……。これからどうしようか?」
「もう終わりでもいいんじゃないですか?正直、自分は名前以外話すようなことはありませんし」
クレアが自室へと引っ込んでしまったことで、今まで話題が逸れつつも続いていた自己紹介の流れに一旦区切りがついてしまう。それに託けて、自分は人前で注目を浴びなくて済むように狡猾に立ち回った。
おかげで、自分は一人、自己紹介の苦行から解放される。
しかし、一難去ってまた一難だ。
「皆んな、この後空いてる?おすすめのお店があるんだけど、良ければ一緖に夕食でもどうかな?」
このまま解散かと思われた顔合わせだったが、思えばこの会は親睦会も兼ねていたことを思い出す。
だから、ミナトの提案をここで断る者は一人としていない。
「はい。私は大丈夫です」
「僕も!」
「お邪魔でなければ」
「そう?なら、決まりだね」
ミナトは微笑みながらそう言うと、今度は無言の圧力を自分へと向けてきた。どうも全員での夕食から逃げることは許されない雰囲気だ。
「でも、まだ日暮れまでは時間があるね。夕食の時間まで、自分の家だと思ってゆっくり寛いでて」
そう言って改めて微笑むミナトの内心に漠然とした不安を抱きながらも、けれど、談話室の暖炉から届く熱が心地よくて、逃れられなくて。不安の正体を確かめぬまま、各々交流を深めようと賑やかに談笑している光景を愉しみながら、程よい空腹を誤魔化しつつ、のんびりとした時を過ごしてしまった。
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