第2話 ウサギの少女と愉快な半端者たち
式が終わった後、各種手続きを済ませた自分たち技術部隊メンバーは、早速クロたちのチームと顔合わせをすることとなった。
「だからって、家でする必要ないのに……」
事の発端は、小一時間前のことだ。式の後、協会の窓口で部隊メンバーの登録をしていた自分たちの所に、クロが所属する致死部隊に配属されたミナトが一人やってきた。そして、こちらの予定が空いていることを知るなり、顔合わせと親睦会の開催を強行し、会場もクロたちの家に勝手に決められてしまったのだ。
班員の都合が悪ければ、日程を改めることもできるだろう。しかし、残念ながら自分たちに拒否権はない。それが致死部隊と技術部隊の間にある力関係であり、また自分をひどく苦しめる悩みの種でもあった。
そんなこんなで、技術部の仲間を引き連れてギアフロータスの大通りを歩く自分の足取りは、客観的に見てもひどく重たく映っていたに違いない。
「アキラ、本当に顔色悪いね……。さっきも言ったけど、辛いなら先に協会の宿舎に帰っててくれてもいいんだよ?」
「気にしないでください。それに、クロたちの家の場所を知ってるのは、この中では自分だけですから」
俯く自分の顔を心配気に覗き込んでくるタマさんは、少しでも気分が楽になればと優しく背中を摩ってくれた。
「顔合わせなら今日じゃなくてもできるよ。アキラが体調を崩したら元も子もない」
「タマさんの言う通りですよ、アキラさん。致死部隊の方々には、私から伝えておきますから」
「歩くのが辛いようでしたら、僭越ながら私がおぶって宿舎まで運びましょう。心地はお世辞にも良くはないでしょうが、なるべく揺らさないように心がけます」
「まぁ、それも楽しそうではありますね」
皆んなが自分の身を案じてくれている。そう思うと、理不尽に負けずに顔を上げて頑張ってみようかと言う気持ちになってきた。
とは言え、自分はチームメイトに重要なことを伝えねばならない。
「……でも、すみません。自分は協会の宿舎には入らないつもりなんです」
「ええ!?そうなの!?」
「前から使っている部屋が気に入っているので。その部屋も、この大通り沿いにあるんです」
「では、宿舎では私とタマとの二人ですか」
「そ、そうだよ!部屋が余っちゃうよ、もったいないよ!」
「ごめんなさい。他の仕事もあって、今の部屋の方が色々と都合が良いんです」
「そっか……。お仕事なら仕方がないね……」
すっかり三人で生活をするものだと思い込んでいた様子のタマさんは、自分の不在をひどく落ち込んでくれている。けれど、他にもやらなければならない仕事がある以上、慣れない協会の宿舎に移り住むのは可能ならば避けたかった。
「タマさん。例え住む場所が違っても、会えなくなるわけじゃないですよ。むしろ、私たちはこれから多くの時を共に過ごす仲間になるんです」
「わかってるつもりなんだけどね。でも、やっぱりショックなものはショックなんだよ」
「タマは、私だけでは不満ですか?」
元気付けようと冗談のつもりで言ったのだろうロクさんに、けれど、タマさんの表情は暗いままだ。
「……ロクだって不安じゃない?だって、僕たちは半端者だよ?」
「……そうでしたね。研修の時は、アキラに何度も助けられました」
「私もです」
何やら研修時代の記憶を思い出して感傷に浸るタマさんたちに、自分はどんな顔をすれば良いのかわからなくなる。
「アキラとロクとなら、また楽しい生活が送れるって、そう思ってたのは嘘じゃないんだ!でも、アキラがいれば、嫌なことがあった時に助けてくれるんじゃないかって、そんな期待もしてた。……ごめんなさい」
「正直に言いましょう。私も少なからずあなたを利用しようとしていた」
協会での研修は、当然ながら普通の魔者の方が参加者が多く、必然的に半端者の扱いは劣悪なものだった。とは言っても、近い将来上司になるだろう協会の面々の目のある中で白昼堂々と暴行を加える者は流石におらず、迫害の大半は悪口や嫌がらせの類だ。
他の部隊での半端者たちの扱いを、自分はよく知らない。ともかく、不幸なことに自分たちが参加した研修プログラムには他の半端者がほとんどおらず、端的に言えば半端者の彼らは完全に目の敵にされていた。
そして、そんな状況で自分がタマさんたちの言うような勇気のいる行動を取れたかと言えば、もちろんそんなことはないのだ。
「大袈裟ですって。むしろ、不快な思いをさせてたのは自分の方ですよ」
自分は、何もしなかった。それが真実だった。
研修参加者でチーム分けが行われている中、自分は一人周囲の様子を伺いながら立ち尽くしていた。と言うのも、多くの魔者は、ある程度まとまった人数で研修に参加しており、知り合い同士でチームを組んでいたのだ。そんな中、一人で参加した自分ができることといえば、自分と同様にあぶれた人が出てくるのを待つことのみだった。そして、そのあぶれた魔者というのが、今共にいる半端者の三人なのである。
「……周りの魔者には運が無かったねと、哀れみの目を向けられましたね。その代わりに、自分は研修の間、色々なことを彼らに優遇してもらってたんですよ。食事に付いてきたデザートを譲ってくれたり、相談事があれば何でも親身になって聞いてくれたり……。だから、タマさんたちが言うような立派な人なんかではないんです」
自分は、何もしていない。ただ、結果として彼らに都合が良い環境が出来上がっただけのこと。
それを彼らが理解していないかと言えば、決してそんなことはない。ただ、彼らは自身を受け入れてくれる存在に少々甘過ぎる。
「アキラは、物事を過剰に悪い方に捉えすぎだと思うな。僕たちが言いたいのはね、半端者の僕たちを見ても嫌な顔一つせずに、今だってそうだ、一緒のチームになってくれてありがとうって、そう言いたいだけなんだよ」
「夕食の時、研修所の食事が足りずに腹の虫を鳴らしていた私に、アキラは他人から貰ったデザートを譲ってくれたではないですか。譲ってくれた魔者に見つかれば何を言われるかわかったものではないのに、それでもあなたは、そういう行動を無意識に善意でできる。それは素晴らしい才能ですよ」
「私は女子寮で一人離れて生活をしていましたが、それでも困った時はふらりとアキラさんが現れて、ずっと欲しかったものを贈ってくれたりしました」
「あっ!?もしかしてお風呂の話?」
「はい」
自分は、彼らの言葉に顔が熱くなるのを感じて、歩く速度を少し早める。
「私たちが共同のお風呂に入ると、普通の皆さんを不快にさせてしまうので、あまりゆっくりとできませんでしたから。アキラさんがお風呂を貸切にして下さった時は、本当に嬉しかったんですよ」
「楽しかったよね!海の上なのに真水の湯船もあったりしてさ!ギアフロータスに来てから蒸し風呂にしか入ってなかったから、お湯に浸かった時は気持ちよくてとろけちゃいそうだったよ」
「確かに、タマはつきたての餅のように伸びていたな」
「そう言うロクだって大の字になっておじさんみたいな声あげてたじゃないか!」
「でも、ロクさんの気持ちもわかる気がします。包まれるような温かさは、蒸し風呂のそれに似てはいましたが……何と言えばいいのでしょう。幸せな疲労感と安心感のようなものがあったように思います」
彼らは良い思い出のように気安く語る。しかし、自分にとっては、とても聞いていられない恥ずかしい話だ。
「そのお風呂だって、アキラさんが私たちのために少ない貸切の時間を譲ってくれなければ入れませんでした」
「そうだよね!……でも、どうしてアキラはお風呂に来なかったの?どうせならアキラも一緒に入れば良かったのに」
「タマは時間の許す限り、のぼせる限界まで湯船の中でアキラを待っていましたね」
「そうだよ。なのに来てくれないんだもん。上がって部屋に行って聞いてみたら、部屋で適当に体を拭いて済ませたとか言うんだよ?もうびっくりだよ」
いつの間にか、彼らは早足で歩く自分に追いついてきていた。その上、風呂に来なかった理由をどうしても確かめたいのか、タマさんは自分の身体を掴んで揺すってくる始末だ。
しかし、どう説明すれば良いというのだろう。
「……一言で言えば、文化の違い、でしょうか」
「何それ?意味わかんないよ。僕にもわかるように言ってよ」
そうやって引っ付いてくるタマさんもタマさんだが、他の二人もそうだ。ロクさんは大きな体を使って人知れず自分たちを危険から守ってくれているし、コハクさんも付かず離れずの位置で愉しそうに微笑みを浮かべている。
何というか、嗚呼。ともかく、色々と”普通”ならこんなことはあり得ない。だからこそ慣れなくて、自分は彼らの信頼が苦しくなってしまって、堪らず逃げ出してしまった。
「あ゛ぁ゛〜!!何で半端者は皆んなそんなに優しいんだよぉ!もう半端者嫌い!知らない!お願いだから構わないでっ!」
「あ、アキラがおかしくなっちゃった!?」
「追いかけましょう。あのままでは怪我をしかねません」
「そうですね。タマさん、ロクさん、お願いできますか?」
「もっちろん!ね、ロク!」
「はい。準備はいつでも万全です」
「私は先方へのご挨拶用に少々買い物をしてから向かいます。終わり次第連絡を入れますから、後で合流しましょう」
「了解!じゃあ、また後でね!コハクちゃん!」
「はい。……逃しちゃダメですよ」
「……こ、コハクはたまに底の見えない瞳で物を言う時がある」
「失敗したら何されるかわからないよ。……が、頑張ろう、ロク!」
「ええ。では、参りましょうか」
不穏なやり取りが耳に届き、自分は更にスピードを上げた。
しかし、魔者の体力や脚力に自分が敵うはずもなく、十秒ともたずに二人に拘束されてしまう。
「つ〜かま〜えたっ!」
「ご無礼をお許しください」
「ちょ、流石に背中に乗られると……」
「赦しを乞うても無駄だよ!こっちだって命がかかってるんだから!」
「いや、せめて拘束を緩めて……」
「こう?……えい!」
「お゛っ゛、折れるぅっ!!」
二人の魔者の拘束に、全身がミシミシと軋む音がする。けれど、二人とも何を言っても手を緩めることなく、結局コハクさんが粗品を買って帰ってくるまで地獄のような時間は続いた。
「アキラさんが悪いんですよ。いきなり逃げるからです」
「だからって、ここまでする必要は……」
「……何か言いましたか?」
「い、いえ……。なんでもないです……」
「……コハクちゃんには逆らっちゃダメだよ、アキラ」
「私も、これまで多くの猛者と戦ってきましたが、どうしてでしょう。彼女にはまるで勝てる気がしません」
「そんなことはいいから、二人は早く背中から退いてっ!!」
体の限界を感じて、大通りの真ん中で大勢の魔者の注目を集める中、自分は羞恥に耐えながら必死に叫ぶ。
これから重労働が待っているというのに、自分は早くもヘロヘロだ。
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