第1話 部隊結成
魔法協会は、世界の秩序を乱す魔王を討伐するために作られた大規模な治安維持組織だ。その前進は、意外にも人々が祈りを捧げる教会であり、その名残は協会の施設や制服からも容易に見てとれる。今自分たちが立っているのも、広大な教会の敷地の一角に設けられた講堂のその一つだ。
収容可能人数が軽く万を超えているだろう大講堂には、モノクロの制服に身を包んだ魔者たちが列となって並んでいる。その最後尾に当たる場所が、これから自分が所属することになるだろう技術部に割り当てられたスペースだった。
「半端者の子が随分と多いわね」
「そりゃあそうだよ。半端者は、人としての枠から自分から外れた埒外だよ?相手が相手だ。利用しない手はないよね」
もう時期に式が始まるというのに、会場はひどく賑やかだ。他の魔者には姿が見えない神様と話すのには、いちいち人目を気にする必要がないのは個人的には大変助かる。
しかし、近場にいた半端者たちの中には耳が良い者も少なくないようで、少なからず敵意を買ってしまったようだ。
「……何も学ばないわね、あんたは」
「でも、みんな言葉に出さないだけでわかってるはずだよ?少なくとも、この技術部に配属された自分たちは、良くも悪くもはみ出者だから」
魔法協会の中で魔王と直接的に対峙するだろう部隊は、実はそう多くはなかった。その大半が魔王討伐の補助や、警察のように魔法の悪用を未然に防ぐための活動を主としている。よって、”普通”の魔者たちは、基本的に非戦闘用員として採用されることが大半だ。
逆に言えば、魔王との戦闘が想定される最前線では、何よりも力がものを言う世界だ。つまり、半端者の能力を最大限に活かすためにはもってこいの環境である。
けれど、半端者をチームに入れるのに抵抗がない魔者はいない。だからこそ、数少ない実戦部隊の一つである技術部に半端者が集まっているのだろう。
「魔法の能力値だけで評価するなら、そこら辺の魔者なんて比較にならないのに。目的を果たすためにならどんな手でも使うって言う気概は、ここの魔者にはないのかしら」
「そう簡単な話じゃないんだよ」
半端者が嫌われる理由は、何も人の道を外れる代わりに強大な力を手にしたことへの嫌悪や嫉妬だけではない。人のそれではない耳や尻尾、毛深いと言い表すにはあまりに多すぎる体毛や、異常に発達した体器官。それらは、常人には受け入れ難い異常なのだ。つまり、生理的に受け付けないが故に避けているのである。
「でも、そのおかげで自分も詮索されずに済んでる節もあるからね。居心地がいいと感じてる半端者も少なくないんじゃないかな」
「研修の時ね。他のチームは丁寧な自己紹介をしてたのに、あんたのチームは名前だけなんだもの。だと思ったら、いきなり演習を始めるしで、見てて少し心配だった」
「あの時は本当に助かったよ」
「あぁ、魔法の話ね。持ちつ持たれつよ。……ほら、そろそろ始まるみたい。式の時くらいしゃんとしててよ、一応私のご主人様なんだから」
「思ってもないことを。むしろ緊張しちゃうじゃんか」
「はいはい。じゃあ、私はしばらく消えておくから。何かあったら呼んでちょうだい。気が向いたらまた顔を出すから」
「うん。またね」
「は〜い。アデュ〜」
どこで覚えてきたのか、妙なセリフを口にしながら神様は姿を消す。
それとほぼ時を同じくして、会場が一気に静寂に包まれる。自分は咄嗟に姿勢を正し、神様とのお喋りで緩んでいた口をきつく引き結んだ。
すると、講堂に設けられた壇上へと一人の男性が上がっていくのが人の隙間から僅かに見えた。
若いとも老いているとも言い難い渋い容姿の彼は、マイクの設けられた台の前に立つ。そして、眼下の自分たちをゆっくりと一通り眺めた後、ようやく口を開いた。
「我々魔法協会は、諸君らを歓迎する」
喜怒哀楽の感じられない淡々とした声音で放たれた言葉は、何の変哲もないテンプレートのようなつまらない挨拶だった。
しかし、そう感じたのは自分だけなのだろう。他の誰もが彼の言葉に耳を傾けていて、視線は壇上に釘付けだ。
「……彼は魔法協会のジル司祭様で、世界で初めての魔王討伐を指揮した偉大な方です」
一人場違いな顔で参加する自分を見かねてか、隣にいた兎の半端者が小さく声をかけてくれた。
「……ご存じない様でしたので。ご迷惑でしたか?」
「そんなことないです。教えてくれてありがとうございます」
「なら良かったです」
そう言って微笑む彼女は、研修の際に同じチームだったコハクさんだ。
そして、コハクさんと自分のやりとりを見て、近くにいた他の元チームメイトたちも声をかけてくる。
「魔法協会に入る時、面接あったよね?よく司教様の名前も知らずに通ったね」
「たまたまだよ。運が良かったのかも」
「タマとアキラは面接があったのか?俺は面接なんて受けていないが……」
「ロクは推薦だからだよ。いいなぁ、僕も格闘技齧っておけば良かったよ」
「タマは手先が器用だ。暴力に頼らなくとも、問題を解決する手段の一つや二つ、その手で生み出せるだろう?」
「まぁね!でも、それとこれとは話が別だよ。意味のない問答に半刻も割くほど僕は暇じゃないんだ」
自分の前で楽しげにしている凸凹コンビは、体格が大きい男らしい方が雪豹の半端者のロクさん、小柄でともすれば女の子と言われた方が納得のいく子の方が熊の半端者のタマさんだ。二人とも話しやすく、また同性ということもあって、研修の時はとても仲良くしてもらっていた。
「お二人とも、今は式中ですよ。お話は式が終わった後にでもできますから、関係のない雑談は控えてください」
「おっと、そうだったね!ごめんごめん」
「かたじけない、コハク」
コハクさんの注意で正面に向き直る二人は、けれど、未だ式に集中しきれてはいない様子だ。
「……また、皆んな同じチームになれるといいね!」
「同感です」
「……もう、仕方のない人たちですね」
コハクさんもタマさんたちと同じ意見なのか、注意の言葉もどこか勢いが欠けていた。
ともかく、そんなこんなで、結局自分たちは式の半分を雑談に費やしてしまい、気付けば決起式は終盤に差しかかっていた。
「では、ここからは私、グレンから、配属に関して軽く説明をさせていただく」
いつの間にやら、司教のジルさんの姿は壇上にはなく、代わりに”白衣”を着た場違いな女性が気怠げにマイクを握っていた。
「えー、皆が気にしているチーム分けだが、基本的には諸君らの自由意志に任せる形となる。しかし、こちらにも事情があってだな。特殊な能力を有する者や危険な魔杖の適合者などの一部の者は、こちらの指定したチームへと強制的に配属されることになる」
ぬか喜びをさせたのなら悪いと、長髪を手で煩わしそうにかく女性は、多くの上司から白い目を向けられながらも、気にした様子もなく砕けた態度のまま話を続ける。
「だが、あまり身構えるな。特定の部隊以外は、ある程度の融通はするつもりだ。まぁ、ここで隠すこともないだろう。協会が面子に口を出すのは、大司教直属の致死部隊へ配属される魔者に対してだ。要するに、この魔法協会の最強の矛だな。むしろ光栄に思え」
白衣の女性は偉ぶった口調を努めているが、それが無理をして大人ぶっている様にも感じられて、一人勝手に妙な親しみを感じていた。
ともかく、女性の話は自分には全く関係のない話のように聞こえた。
だから、不意を突かれて自分はひどく動揺してしまう。
「あぁ、そうだった。昨年度の致死部隊は二部隊編成されていたんだが、どうやら今年は優秀な人材が多いようだ。最後の一チームは補欠と言う形にはなるが、今回は三部隊編成されるぞ。そして、今までの口上のおよそ半分は”彼女”のための言葉でもある。……さぁ、上がってきたまえ」
「…………」
女性に呼ばれて首元の小さな鈴を鳴らしながら舞台袖から出てきた小さな半端者に、自分は思わず目を疑う。
……クロ?どうして……?
補欠とは言え、最前線で魔王と戦うことになる致死部隊最後の人員は、まさかの半端者のクロだった。
周囲からも動揺の声が聞こえてくる。それもそうだろう。ここは魔法協会であると同時に、また教会でもあるのだ。これまで教会は、半端者を排斥してきた歴史がある。純粋な魔者こそが神によって救われると、そう言う文句を宣ってきた組織だ。その頂点たる大司教が、だ。直属の部隊に半端者を起用するなど、例え神を冒涜する魔王と言う存在を討つためだとしても、もはやあってはならないことのように思えるのは自分だけだろうか。
それに、クロは碌に魔法を使えなかったはずだ。それが今では、理不尽の権化たる魔王への切り札として、協会のトップに選定されるまでの力を有していると判断されているのだから、とても目の前の光景を信じることは容易くはなかった。
もちろん、不安はそれだけでは無い。むしろ、この後に始まるだろうことの方が、自分にはひどく憂鬱だった。
「彼女はクロ君だ。君たちの文句は聞かずともわかるよ。しかし、彼女の実力は本物さ。仮にここで、彼女一人で魔王を倒せる、と言っても過言では無いくらいにはだ」
女性の言葉に更にざわつく魔者たちを置いて、話は勝手に前へ前へと進められていく。
「……さて。先も話した通り、クロ君は補欠部隊のリーダーを任せることになった。これにあたって、彼女にはチーム編成を協会が許す範囲で自由に行う権利が与えられる」
予めクロから希望をとっていたのだろう。女性は白衣のポケットから紙のメモを取り出すと、補欠部隊のメンバーを発表する。
「クロ君の希望により、射撃手・コウタと医師兼魔杖技師・ミナトを配属する。また、協会からは魔法剣士・イズモを。最後に上層部からの指名から、クレアだ。以上四名と、魔導師のクロ君を含めた計五名が致死部隊のメンバーとなる」
「…………」
自分は一人、言葉なく俯く。
……呼ばれなかった。
期待などしていなかったはずなのに、どうしてこうも悲しい気持ちになってしまうのだろう。
その理由に、クロの表情を見て気が付く。
「……やっぱり、君と自分は赤の他人なんだね」
君が仮に自分との時間を望もうと、万が一自分がそれを受け入れたとしても、その望みが叶う未来は限りなく絶たれている。原因は自分自身だ。そして、君は壇上でこちらを見つめながら、たまらなく寂しそうにしている。だから、きっと自分は悲しいのではなく、ただ罪悪感で胸が締め付けられているだけなのだろう。
「お知り合いの方ですか?」
「ええ、まぁ。でも、それだけですよ」
「とてもそうは見えませんが……」
コハクさんは自分の返答に納得がいかないのか、しばらくの間、クロと自分とを交互に見ていた。そして、やはり、自分たちはただならぬ関係なのではと踏んでいる様子だ。けれど、だからと言って無闇に詮索はしてこない。そんな彼女の性格が、魔者に知られてはならない秘密を多く抱えている自分にとってはとても都合が良く、それを抜きにしても彼女の人柄と性格は割と気に入っていた。
気付けば、壇上からはクロの姿はなくなっており、もう間も無く閉式のようだ。
お腹減ったなぁ。終わったら何食べようかなぁ。
後で神様にも尋ねてみよう。そんな呑気なことを一人考えている自分は、世界の理不尽の在り方をすっかり失念していた。
「でも、確か私たち技術部のいくらかは、致死部隊専属の補助部隊になるみたいですよ」
「……え?それ本当ですか?」
「はい。もしかすると、彼女の部隊に就くことになるかもしれませんね」
コハクさんの言葉に、自分は思わず頭を抱える。
忘れた頃に、神の悪戯は猛威を振るい始める。そんなことは、これまで何回と経験してきたはずなのに、自分はどうにも学ばない性格の様だ。
しかしながら、長らく沈黙を強いられてきた式が終われば、皆の興味は自然とチーム分けへと向かう。つまり、自分が何に苦しめられているのかなど、他の者には知ったことではなく、いちいち構っていられるほど暇ではない。
「コハクちゃん。そんなことよりも、まず自分たちの班のことだよ!さっきの女の人、確かチーム決めは自由だって言ってたよね?」
「はい。優秀なタマさんは、皆さんに引っ張りだこですね」
「もう、意地悪言わないでよ!わかってるくせに!」
「すみません。ですが、はい。私も、またタマさんたちとチームを組んで働きたいと思っていますよ」
「良かったぁ〜!嫌われちゃったのかと思ったよ!」
「タマの方は相変わらずだ。感情がすぐ体の動きに出る」
「あぁ、ロク!それ馬鹿にしてるよね!?」
「そんなことはない。人の感情に疎い私は、タマの性格がとても助かっている。……しかし、損な性格だとは思ってしまうな」
「やっぱり馬鹿にしてたぁ!?」
ガタイの良いロクさんをポコポコと叩くタマさんの手は、背伸びをしているにも関わらず腹の辺りまでしか届いていない。自分から見ても一回りも二回りも身長の高いロクさんだ。小柄なタマさんと並べば、さながら反り立つ壁と、それに挑むクライマーという様相である。
その後は、ロクさんがタマさんに謝罪をして、彼もまたコハクさんたちのチームに参加した様だ。
……さて、自分はどうしたものか。
そんな心配は、幸運なことに抱く余地もない。
「アキラも一緒で良いよね?」
「……枠が余ってるのなら」
「枠だなんて、つれないこと言わないでよぉ。でも、そう言うことなら問題なしだね!だって、僕は最初から皆んなと一緒でチームを組むって決めてたんだから!」
恥ずかしげもなく大きな声でそんなことを言うタマさんに、自分たちは顔を見合わせて一様に笑みを浮かべる。
「これからもよろしくね!」
「はい」
「よろしく頼む」
「皆さんに迷惑をかけないように頑張りますね」
こうして、自分たちのチームは研修の時と同じ面子で決定したのだった。
後に、クロたちの補助部隊に自分たちが配属されたのは言うまでもない。
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