第37話 あたらしいおともだち
「ひまわりの種を用いた不治の病すら癒すことが可能な万能薬に関する論文が注目を集める中、研究機関の再現実験によって発覚したハ・ムスター氏のデータ改竄問題をめぐって、今日未明、ムスター氏は会見を開き、実験に不正はなかったと記者陣に強く訴えました」
知らない人の声が大音量で流されるリビングには、テーブルに突っ伏して気怠そうに伸びているコウタがいた。
「まぁ〜た不正かよ。どうせバレるんだから、初めから真面目にやりゃいいのに。てか、太り過ぎだよ、何食ったらそうなるんだ?……ぉ、おはよ、クロ。よく眠れたか?」
テレビに映る丸い人を観ながらため息を吐くコウタは、起きてきたわたしに気がついたのか、こちらを見ることもなく声をかけてくれた。いつもはわたしが一番早起きだったのに、ここでは逆にお寝坊さんみたいだ。
……朝ごはん、なにかな?
そんなことを考えながら、器用に目線だけテレビに向けていたコウタの横に、わたしはおずおずと腰掛ける。昨日の夜、わたしが夕食の時に座った席だ。
「続いて、2年前から捜査が続けられてきた地球からの不法入国者について、ついに正体が判明しました……」
「やるじゃん」
「……容疑者の名前は佐東。佐東は、なんらかの手段を使って月の警察組織に侵入し、架空の犯人に対する捜査を強行していたと見られます。今のところ犯行の目的は判明していません。警察は、容疑者の身柄を確保し次第、余罪を含めて追及する方針です」
しばらくの間、テレビの中をコウタと一緒に眺める。でも、内容は全然わからないわたしはすぐに飽きてしまって、テレビとおしゃべりをするコウタの方を見ていた。
でも、長くは続かない。
「………………ふぁ〜っ」
昨日あんまり眠れなかったからか、窓から差し込むオレンジ色の日差しが目に刺さって痛い。
まだ眠り足りず、体が陽の光にびっくりして、じわりと涙が滲んでくる。瞳に溜まっていく涙のせいで、景色がぐらぐらと揺れてぼやけて見えた。
わたしは、目元を軽く握った手で、軽く擦っては瞬きをする。けれど、拭っては溢れてくるものだから、大人しく涙が自然に乾き、目の調子が良くなるのを気長に待つことにした。
「……えっと、クロ?」
はっきりとしない視界の模様が、急に激しく変化する。たぶん、コウタが体を起こしたからだ。
「先に自分の服に着替えてきたらどうだ?その格好は……えっと、色々とまずい」
「……?」
わたしは、もう一度だけ目を擦ってから、自分の格好を確認してみた。
でも、コウタが困る理由がわからなくて、首を傾げる。
けれど、コウタはわたしよりも頭が良い。わたしが気付かないだけで、きっと、着替えなければいけない大変な理由があるんだろう。
だから、言われるがままに、わたしは自分のお部屋に戻って、シャツを脱いで着慣れたお洋服に着替えた。
何が間違っていて、何が正解なのか、わたしにはわからない。
でも、戻ってきたテーブルの上に、温かい朝ごはんが並んでいたから、これできっと正しい。
お腹がとっても空いていたわたしは、昨日も使った慣れない銀色の食器に戸惑いながらも、いそいそと食事を楽しんだ。
二人よりも早く、でも良く噛んで、大きくなれるようにたくさん食べた。それでも、食事が終わったのは、わたしが一番最後だった。
「……ごちそうさまでした」
いっぱいのありがとうの気持ちを、そっと手のひらを合わせて声にする。昨日はできなかったけれど、今朝は言葉だけではなく、料理を残さず食べ切ることができた。
お腹いっぱいに、おいしいご飯が食べられる。それが、こんなにも嬉しいことだと知ることができたのは、コウタとテツのおかげだ。
その二人は、わたしより先に食事を済ませて、慣れた様子で外出の支度をしている。どこかに行く用事があるみたいで、忙しなく動き回る二人の姿を見ていると、どこか落ち着かない気持ちにさせられた。
「クロ、俺たちは仕事で出るけど、買い物一人で行けるか?」
「……わからない」
「ごめんな。昼間は、俺も師匠も時間が取れないんだ。お金は渡しておく。それで気に入ったのを買ってきな」
コウタは申し訳なさそうに、わたしの手にお金の入った袋を持たせてくれる。
「白の友達だって言えば、半端者でも悪い扱いは受けないだろう。この村には、白の他にもそれなりに半端者がいるし、そいつらには当然家族がいる。自分から現状を悪化させたい馬鹿でもいなけりゃ、ここに限っては安全だ」
けれど、それでも半端者に敏感な人も居る。だから、帽子だけは忘れずに被って出ろよと、何度もコウタに念を押された。その帽子も、コウタが持たせてくれる。
「……これ、コウタの帽子?」
「いや、白のだったものだ。こんな良い物をどこで手に入れたのかは知らないが、捨てるのは勿体無いだろう?それに、耳が生えてるクロにはちょうどいい大きさだ。……ほらよ。うん、似合ってるぜ」
「……」
コウタの言う通り、白の帽子は耳が生えているわたしでも、窮屈さはちっとも感じなかった。
でも、帽子の中で少し熱がこもってしまって、耳がこそばゆくて体をくねらせる。
それも、人の生活に慣れていけば、きっと気にならなくなる。そう信じて、じっと帽子を取るのを我慢した。
「じゃ、行ってくるから。戸締りよろしくな」
そう残して、コウタは出かけてしまった。テツも、大きな筒を背負って一緒に居なくなってしまう。
すると、途端に部屋の中から音が消えた。無理矢理聞かされる無音に耳が痛くなり、堪らず頭をぎゅっと抑える。
わたしは、一人で家にいるのが嫌で、二人が出た後すぐにお外へと出た。
まだ日が昇って間もないからか、家の外は自然の音で満ちている。
その中に一つ、わたしに話しかける声があった。
「やぁ、おはよう。イイ朝だね」
石の屋根の上に止まっていた彼は、明るく陽気に口を開く。わたしの手のひらより小さい体なのに、声はハキハキと力強い。
「……おはよう」
わたしは、挨拶をしてくれた茶色くて丸い一羽の鳥に、小さくお辞儀をした。
すると彼は、嬉しそうにぴょこぴょこと屋根の上ではしゃぎ始める。
「お、僕の言葉がわかるやつなんて久しぶりだな。ダメ元でもやってみるもんだね。今日は良いことありそう!」
「……そうなの?」
「君は猫に見えるのに、言葉が通じるなんて変だね」
わたしの尻尾を見てそう言う彼は、とても嬉しそうだ。それが少し恥ずかしくて、尻尾を背中にそっと隠す。
「いや、ちょうど暇してたところなんだよ。友達に約束をすっぽかされてね。少し話し相手になってよ」
返事も聞かないうちに、彼はわたしの肩に飛んで来て止まる。ふわふわで毛並みが良い彼が、わたしは羨ましかった。
彼は、自己紹介から始める。
「僕はスズメだよ。好きなのは甘い食べ物!嫌いなものは……まぁ、別にいいや。君は?」
「……クロ」
「…………それだけ?」
聞かれたことにはちゃんと答えたのに、スズメは物足りなさそうに首を傾げる。
「…………ダメ?」
「名前だけじゃ、君のこと何もわからないよ。話が広がらない」
スズメは小さな翼を広げ、やれやれと肩をすくめながら呆れて見せる。
わたしは、お話があんまり得意ではない。
だから、スズメの真似をして、わたしも自己紹介をしてみる。
「……パン。わたしの好きな食べ物は、パンだ」
それを聞いたスズメは、とっても上機嫌になってくれた。
「イイね!僕もパンは好きさ!何より、お腹に溜まるのがイイ。小さいご飯を地道に探すのも悪くはないけど、たまには楽も悪くないよ」
スズメは、肩の上を跳ねて顔に近づいてきては、笑顔で楽しそうにしている。
けれど、わたしは自分の口にした言葉に、おかしいところを見つけた。
「……でもね、味はコウタの作るご飯の方がおいしいよ」
「なら、なんで真っ先にパンなんだい?」
その質問に、わたしは答えられずに口籠る。
パンが好き。パンは嫌い。どちらかで答えればいいだけなのに、どうしても答えることを躊躇ってしまう。
逆にパンは嫌いかと、試しに自分に聞いてみる。でも、モヤモヤとはっきりとしない感情ばかりが出てくるばっかりで、欲しい答えは貰えなかった。
わたしは、その理由を見つけたいと思った。
だから、わたしは一つずつ、鳥の頃の過去を振り返ってみる。そうしたら、もしかするとスズメが答えを見つけてくれるんじゃないかと、そう思った。
「……わたしね、前はカラスだった。嫌われ者だったんだ」
「不思議なこともあるもんだね。でも、信じるよ。こうして会話できるのも、きっと君が鳥だったからさ。そうに違いない!」
立ち話もなんだし、歩こうか。そう提案するスズメを乗せて、わたしは村の通りをのんびりと歩き始める。
するとすぐに、スズメは申し訳なさそうにお話を再開した。
「君には悪いけど、僕もカラスは苦手だな。よくご飯を盗られたもんだよ。あと、声がうるさくて頭が痛くなるんだ。あれはいただけないね」
「……ごめんなさい」
「気にしないで。あ、でも、僕のは盗らないって約束してよ」
「うん」
「なら、仲直りだ!僕は、君と君の仲間を嫌わないと誓うよ!」
スズメと仲直りをしたわたしは、好きの理由を探すのを手伝ってくれないかと頼んだ。
するとスズメは、友達に気遣いは無用だと言って、快く相談に乗ってくれる。
「……わたしは、いつも通り朝ごはんを探してた。その日は特にお腹が減ってて、危ないってわかってたけど、久しぶりに街まで出てきたんだ」
人は、たくさんの物をゴミと言って捨てる。まだ使える物も、食べられるご飯も、時には生き物でさえ、不要になったら袋に入れて手放すところをわたしは見てきた。
そんなゴミに、わたしが生きていくのに十分過ぎるほどのご馳走が入っているのを知ってからは、ゴミ捨て場に毎朝通うのが日課になった。
けれど、ゴミからご飯を探すわたしを、人は追い払おうと怒鳴ったり、棒を持って追いかけてきたり、時には痛いことをしてきたりした。
……要らないから捨てた物なのに、どうしてそこまで怒るの?
わたしの住んでいた森は、人が木を切り倒してなくなってしまった。寝る場所も、ご飯を食べる場所も、もうない。
だから、ご飯探しに街へ出てきたのに、捨てた物すらわたしにくれない人は、きっとわたしのことが嫌いなんだ。嫌いなわたしが、おいしいご飯を食べるのが気に入らないんだと、そう思った。
その時の悲しさを呟くと、スズメは深く頷いて、わたしの気持ちに同情してくれる。
「人はすぐに暴力を振るうよね。自分たちの方が強いからって、ひどい話だよ。そのせいで、僕たちはいつだって命懸けだ」
それに、人はわたしほど馬鹿じゃない。
いつの日からか、食事場は鉄の箱や網に囲われて、簡単には近づけなくなってしまった。
だからと言って、食事のために危険を冒さなければ、今度は空腹で倒れてしまう。わたしには、食事のあてが他になかった。
しかし、毎回わたしに都合良くいくことは、そうそうない。
あの日もそうだった。
「……頑張って探したんだ。でも、やっぱりなかなか見つからなくて……。もう飛ぶ元気もなくなっちゃった。そんな時ね、玲と目があったんだ」
思い出すと、つい昨日の出来事のようだ。
その人は、わたしに向かって言葉をかけてくれた。それも、怒ったり嫌ったりする怖い声じゃなくて、まるで謝る時のような、辛そうな声だった。
そんな玲の声に、わたしは救われた。
黒いわたしを、嫌わないでいてくれる人もいる。優しくしてくれる人がいると知ることができて、ずっとひとりぼっちだったわたしは、とても、とっても、嬉しかったんだ。
……だから、わたしは夢を見た。
わたしはきっと、この夢を忘れることはできない。
「玲?そいつはどんな鳥なんだい?」
思い出に浸っているわたしに、スズメは首を傾げた。
「玲は人間だよ?」
「ん?そうすると、人間がご飯をくれたのかい?」
「ううん。その時は何もくれなかった」
「……君と話すのは、鳥頭には厳しいよ」
うんうんと唸りながら頭の中を整理するスズメを乗せて、わたしは知らない村を歩く。
石の家をいくつか通り過ぎた頃、スズメは何か閃いたのか、嬉しそうにわたしの上でピョンと跳ねた。
「その時は何もくれなかったってことは、後でご飯をもらった!……どうだい?正解かな?」
「なんでわかったの?」
「考えることを諦めなかったからさ!」
スズメは、誇らしげに胸を張って言う。
努力をすれば、難しいことも達成することができる。それを目の前で示して見せたスズメに、わたしは尊敬の念を抱いた。
でも、同時に、その言葉を素直に受け入れられないわたしもいた。
「……諦めなければ、何でもできるようになるのかな」
改めて思いを言葉にしてみると、違和感の正体がわかった。
……諦めるのは、悪いことなの?
スズメは、自分なりに頑張って考えて、わからない問題に答えを出した。それは、とってもすごいことだと思うし、わたしも嬉しい気持ちになる。
でも、どうしてだろう。わたしには、スズメの言葉が、諦める人への悪口にも聞こえてしまったのだ。
「……どんなに頑張っても、無理なこともあるよ」
わたしは、困難に背中を向ける人を否定したくなかった。
玲は、よく諦めていた。
わたしの前では、いつも優しくて真面目な玲だったけど、一人の時は決まって、とっても弱気な人だった。
物知りで、器用で、何事も楽しそうにこなしているのに、突然我に返ったかのように、不安そうな表情を浮かべる。そんな玲を見ると、わたしも不安な気持ちになった。
それに、玲はよく物に当たる。思い通りにならないことがあると、道具を放ったり叩き落とすところを、わたしは見たことがあった。そして、そんな玲が、わたしは嫌いだった。
物に八つ当たりすることが悪いことだってことくらい、わたしにもわかる。悪いことは、してはいけないことだ。
でも、だけど、そんな玲を否定されたと思った瞬間、胸の中でたくさんのもやもやが出てきた。喉が詰まるような不快感に、わたしは耐えられずに、つらつらと感情を吐き出してしまう。
「当然無理なこともあるさ。でも、簡単に諦めるのはいけない。行動もせずに、真っ先に諦めることを選ぶのは、困難から逃げてるのと一緒だよ。そういうツケは、後で必ず自分に返ってくる。だから、嫌でも、大変でも、頑張らなきゃいけないんだ」
「……でもっ!……………………」
スズメの言うことに、わたしは反論する言葉がなかった。
それは多分、スズメの言葉が正しいからではなくて、わたしが何も考えずに話しているからなんだと思う。それに気がつくと、自分で自分が嫌いになりそうだった。
けれど、どうしても引くわけにはいかない。心の中の熱が、止まることを許してはくれない。
「……絶対に叶わないことだってあるよ!諦めなきゃいけない時だってあるんだ。だって、そうした方が玲は幸せになれる!諦めないと、玲をたくさん困らせちゃうんだ……」
そう吐き出したわたしは、ふと全てを理解してしまった。
……あぁ、そうなんだ。
わたしは、玲のために叫んでるんじゃない。スズメの言葉に、夢を諦めた自分が責められてるような気がして、スズメの努力を認めるのが嫌だっただけなんだ。
そんな意地悪なわたしをスズメに見られたくなくて、顔を横に逸らして項垂れる。
でも、スズメは怒ることもせず、むしろ慰めてさえくれた。
「頑張っても力が及ばないことは、誰だってあるのはわかる。だから、僕の努力は、他の誰かからしたら、ただの悪あがきなのかもしれない」
「……だったら、どうして?」
わたしは、縋るように聞いた。
しかし、期待するような答えは返って来ない。
「それは自分で考えなきゃいけない。絶対に他人に頼っちゃいけないところだよ」
その理由を、スズメは口にしなかった。
だから、わたしもスズメがしたように、答えを考えないといけない。
わたしは、頑張って考えた。
でも、尤もらしい理由はたくさん見つけられても、どれも正解には程遠いように思えて、そんな不出来な自分が悔しくて、少し泣きそうになる。
「……無理だ。頑張っても、スズメが何を考えてるのか、わたしにはわからないよ」
……玲なら、こんな泣き言は口にしない。
でも、わたしには、玲の真似はまだ難しかった。
「クロ。君は何のために頑張ってる?何が知りたくて、頭を悩ませてるのかな?」
まだ答えを出せていないわたしに、スズメはまた別の質問をしてくる。
それにわたしが答えられないでいると、スズメは助け舟を出してくれた。
「努力はね、報われるためにするんじゃないんだ」
意味がわからず首を傾げるわたしに、スズメは優しい笑顔を向けてくれる。
「生きること、それ自体が努力だ。君はどう生きたい?その気持ちに、一つだって嘘をつく必要なんてないんだよ」
「……気持ちに嘘をつかない?」
「そうさ。そうやって生きていれば、常に努力し続けなければならないことに気が付くと思う。それこそ、息つく間もないほどにね。空を飛ぶのと同じさ。それに、目的以前に、見えない大きな力が自分を突き動かしているような感覚に陥るはずだ」
スズメはその感覚のことを、業と呼んでいた。
わたしも、スズメが言うような不思議な衝動に駆られたことがある。そんな、形のないあやふやな感情に、スズメがこれと名前を付けてくれた。
わけの分からない感情に振り回されて不安に思っているのは、決してわたしだけではない。同じように悩んで、そして答えに辿り着いた子がいる。それを知って、わたしの中で勇気が湧いてくるのを確かに感じた。
下ばかり向いていてはいけない。そう思って、わたしは夢と正面から向き合う。
今は遠い青空には、二羽の鳥が仲良く競い合うように飛んでいた。翼を大きく広げて、力強く空を翔けているその姿は、わたしの未練を激しく擽ってくる。
“夢を諦めないで”
そんな言葉を間に受けてしまうようなわたしは、きっとこれから、たくさんの人に迷惑をかける。
それでもわたしは、夢を見ても良いのだろうか。応援してくれる玲を困らせてまで、叶えたいと願っても許されるのだろうか。
答えは、まだ出ない。
でも、ぼんやりとだけれど、答えのありかは掴めたような気がした。
「これは僕の答えだ。君の答えは、また僕のとは違う、君だけのものがある。いや、作るんだ。理由なんてものはない。自分の中の抗えない感情に言い訳を作る。それが理由であり、答えだよ」
スズメのように思いを言葉にするには、わたしはまだ努力不足だ。
だから、わたしは努力しなきゃいけない。それは、わたしがわたしのためにする、唯一の義務だ。
「……わたし、頑張るよ。わたしの答えを見つけられるように、精一杯生きる」
「精一杯生きる、か。そう言うことなら、僕も負けてられないな」
努力は報われるためにするものではないと、スズメは言った。その言葉の意味が、今なら少しだけわかる。
わたしの”この夢”は、きっと業だ。この命続く限り避けることのできない、唯一の未来だ。
そう意識すると、途端に世界が明るく見えるから不思議だ。目に見えるもの全てが夜空の星屑のように煌めき、わたしの心を揺さぶってくる。
わたしは居ても立っても居られず、思いっきり走り出した。その勢いで、空を目掛けて、力一杯飛んでみる。
しかし、わたしはもう人だ。
背中の翼は服のせいで広げられず、わたしは地面へと数秒と経たずに落ちた。
なんとか着地は成功したけれど、勢いを殺せずバランスを崩してしまい、前につんのめってしまう。
「……ひぐぅっ!」
何とか転ばないようにと頑張ったけれど、運動音痴なわたしは、顔から地面に倒れ込んでしまった。
擦りむいた膝がじんじんと熱を持って痛い。でも、わたしは泣くのだけは我慢した。
「君は不思議だね、クロ。全部が全部、まるで正反対だ」
いつの間にか肩からいなくなっていたスズメが、わたしの横に止まる。可哀想なものを見るような視線に、わたしはまた泣きたくなってしまった。
けれど、それはすぐに勘違いだとわかった。
「その痛みを忘れちゃダメだよ。こうして失敗して挫けた数だけ、君は優しくなれる。少なくとも、僕はそう信じてるんだ」
スズメは、玲がわたしにしてくれたように、親切にどうすれば良いかを教えてくれた。
強くなれるではなく、優しくなれる。それは、わたしにとって、とても素敵な言葉だ。そんな自分に、わたしはなりたいと思う。
「……でも」
スズメは、わたしの傷だらけの足を見て、辛そうに頭を下げた。
「痛いのは嫌だよね。僕だって嫌さ。……でも、この痛みを無意味にするのはもっと嫌だ」
それは、ほとんど独り言のようなものだったんだと思う。
でも、スズメの浮かべる悲しそうな怒った表情に、わたしは声をかけずにはいられなくなってしまった。
「……わたし、我慢できるよ?大丈夫だから」
わたしには、スズメの痛いがわからない。だから、どんな痛さかを想像することしかできない。
痛いのは、スズメだ。わたしじゃない。
でも、ただ辛そうに俯く姿を見ているのは、どうしてか耐えられなかった。
しかし、思いの外スズメの反応は薄い。
「怪我をした君に心配されるなんてね。平気平気、大したことじゃないさ!」
そんな言葉が、更にわたしを不安にさせる。
「……大したことでも、小さいことでも。わたしはスズメが心配なんだよ」
「……なんだ。君こそ、僕の心が見えてるみたいだよ」
「そんなことない。……でも、似てるんだ」
スズメの中から、嫌な音が聞こえる。硬いものが擦れて軋むような、耳を塞ぎたくなるような音だ。
「優しくしてくれるのは嬉しいよ。でもね、そんなスズメに優しくしてくれる子は、どこにいるのかな?」
玲は、ダメなわたしに優しくしてくれた。どんなに失敗して、人に馬鹿にされても、応援してくれると言ってくれた。
でも、そんな玲は、みんなに嫌われている。
“あいつといると、不幸になるぞ”
昨日玲と別れた後、わたしはコウタにそう言われた。人間はみんな悪者で、魔者全員に嫌われている。そのせいで白が死んでしまったんだと、そうわたしに教えてくれた。
人間だと言うだけで、見知らぬ人にさえ、居なくなることを望まれる。
なら、そんな玲の味方は、どこの誰がしてくれるんだろう。
わたしにはわかる。
そんな人は、どこにも居ないんだ。
「スズメ」
甘えるだけじゃダメだ。
そんな思いは、無意識に形になっていた。
「思っていたより、君は頑固みたいだ」
「……そうかな?」
「少なくとも、僕の友達よりも強引だね。強がってる僕の方が馬鹿みたいだ」
スズメは、起き上がるわたしを見ながら呆れるように言う。
でも、もしかすると、ただ肩の力が抜けただけなのかもしれない。
いや、そうに違いない。
「君たちみたいな子は、いつだって僕らの天敵さ」
だって、そんな言葉とは裏腹に、スズメは照れ臭そうに小さく笑っていたから。
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