第29話 自分で選んだはずの未来

「ただいま!」


ボロ小屋の入り口に立てかけられた薄板が動くのと同時に、明るく楽しそうな女の子の声が聞こえてくる。


「おかえりなさい。どうでした?」

「順調!……って言いたいけど、思ってたよりも難しそうだよ……」


そう言う女の子は、有言実行。方々の準備が整った今朝から、早速村で働き始めていた。


 とは言っても、未だに偏見は残っているのが現状だ。接客業や人目につく仕事に就くのは難しい。


 そこで、女の子は猟師さんの勧めで、森の管理兼村の安全を守る猟師を目指すことにしたのだ。


「まぁ、まだ初日ですし、これから少しずつテツさんに教えて貰えばいいんですよ」

「うん。厳しいけど、ちゃんと覚えていくよ。そしていつか、稼いだお金でここに立派なお家を建てるんだ!」


理想の家を想像しながら楽しそうにはしゃぐ女の子には、少々夢見がちな節がある。


 けれど、同時に努力も怠らない頑張り屋さんでもある。だからだろうか、案外すぐにでも夢を実現させてしまうのではないかと、そう本気で思えてしまう。


 そして、許されることなら、その夢を共に叶えたかった。


 しかし、それは女の子が頑なに許してはくれない。


「……本当に手伝っちゃダメなんですか?割と暇を持て余してるんですけど……。今日も退屈過ぎて、一日で貰った材料使い切っちゃいましたし」

「え、あれをもう!?……本当だ。揺れる椅子に、大っきなテーブル!?……すごい!この棚動くよ!!玲って何でもできるんだね!」

「いいえ、そんなこと。人並みは越えられませんって」


ボロ小屋の中には、その外見には不相応なほど真新しい家具が一式揃っている。藁の布団だけはそのままだが、それ以外に必要な家具のおおよそは、昼間のうちに全て完成させてしまっていた。


「外を出歩いたりしてないよね?」

「はい、極力は」


不安そうに女の子は尋ねてくるけれど、根は怠け者な自分だ。特別用事がないのであれば、わざわざ疲れることをする気もなかった。


 それでも、時には外をぶらつきたい気分になることもある。そんなストレスを誤魔化すための日曜大工の成果が、今目の前に並んでいる家具たちだった。


「何か欲しいものがあるんだったら言ってね?お願いがあるならわたしが叶えてあげるから。……だから、絶対に外に出たらダメだからね!外は、玲の敵でいっぱいなんだ」


女の子は、最近になって過剰なほどに自分の外出を禁止するようになった。


 けれど、それは自分のことを心配してくれてのことだ。


「敵、ですか……。そこまで言うのは流石に大袈裟じゃないですか?」

「全然大袈裟なんかじゃないよ!外は本当に、危険だらけなんだからっ!」


無茶をして自分にだけ被害が降りかかるのなら、それは別に構わなかった。


 けれど、自分が生きていることが村の人たちに知られてしまえば、ようやく普通になれた女の子の立場が壊れてしまうのは必至だ。それは、なんとしても避けたい結果だった。


 それに、外出の件を抜きにしても、最近の女の子の様子は少しおかしい。


 女の子が外出に厳しくなったのも、七星祭からしばらく経った後のことだった。


 理由を聞いても答えてくれないあたり、差し詰め人間に対する酷い悪口でも耳にしたのだろう。そういう風に、勝手に納得することに自分はもう決めていた。


「……わかりました。でも、このままだと不便ですから、変装に使えそうな小道具を見かけたら買ってきてくれると助かります」

「うん。あったらね」


そうやって口では了解してくれた女の子だったけれど、視線を静かにそらしたあたり、あまり期待はしない方が良さそうだ。


「……そうだ!玲に聞きたいことがあったんだよ!」

「今晩の夕飯ですか?」

「それも気になる、けど……。3つの才能の話だよ!」

「…………あぁ、そう言えばそんなのもありましたね」


七星祭は、年に一度の天体ショーが繰り広げられるのと同時に、人の持つ才能を映し出すという不思議な光が星に降り注ぐ。その七色の光を浴びた者は、この世に一つとして同じもののない命の光を放つのだ。


 そして、その光が他人には、その者の持つ才能として理解することができる。理屈は全くの謎だ。けれど、実際にこの身で体験したのだから、疑いようもない。


「まだ聞いてなかったよね?だからね、わたしのはどんなのだったのかなって気になっちゃって」

「考え事しながら仕事してて、テツさんに叱られなかったんですか?」

「うっ…………」

「あぁ、もうこってりと絞られた後でしたか……」

「だってぇ!!」 


そうやって駄々を捏ねる女の子には、今まで自分の才能を教えてくれる存在がいなかった。


 女の子がいつ頃半端者になったのか。あるいは、生まれながらにして不幸を抱えていたのかもしれない。


 どちらにしろ、折角の巡ってきた機会だ。何が何でも自身に秘められた才能を、可能性を知りたいに違いない。


「……でも、そうですね。一人前になるまでは才能は秘密にしようかなぁ〜」

「えぇ、なんでぇ!?」

「さて、なんででしょう。ただ、そういう気分なんです」


そんな風にはぐらかした自分は、そっと足元へと視線を落とす。


 …………才能、才能ねぇ。


 まるで重りの繋がった足枷を嵌められているかのように、足が酷く重たく感じた。少しでも足を踏み出そうとすると、どうしようもなく醜い音が鳴り響く。その音を女の子に聞かれてしまうのが怖くて、下手に動けなくなってしまった。


 だから、できることなら、女の子には自分と同じにはなって欲しくない。


「……才能なんて、なくてもいいじゃないですか。あんなのは、そうです。ズルですよ。楽をして上手くなるのは気持ちがいいかもしれませんが、自分は下手だろうとなんだろうと、頑張った人の結果の方が良いなって、そう思うんです」


天才が努力をしていないなんて言うのは嘘である。同様に、凡才が努力を怠っているかと言えば、そんなことはない。


 でも、天才たちは無意識に凡庸らを殺す。心を折り、自信をなくさせ、夢を潰して生きていく。


 凡庸に生まれた者たちが悪いと言われれば、それまでだ。努力が足りないからだと、憂さ晴らしに適当な言葉も一緒に吐くに違いない。


 そして、そんな言葉たちは、意見は、きっと正しいのだろう。


 でも、自分はどうしても、恵まれた者たちの側に立つことはしたくないのだ。


「……わたしには、猟師の才能はないんだね」

「いや、そういうわけじゃ……」

「頭が足りないわたしでも、玲の癖ならわかるんだよ?……わざわざ遠回りな言い方して、自分は馬鹿にしないよって安心をくれて、それでも止めようとせずに優しく背中を押してくれる。……でも、肝心な事は何も言ってくれない」

「そんなことないですって」


女の子の言わんとすることは理解できた。


 でも、だからと言って正直に話すかと言えば、それはまた別の話だ。


「人をその気にさせておいて、これだもん。たまには本音を話してくれてもいいって思うんだ」

「そんなに期待されても、わざわざ話すような面白いネタは持ってませんから」

「ほら、またそうやってはぐらかす!絶対にわかってるでしょ!ねぇ、ねぇ!」


不満を垂れながら細い腕で体を揺さぶられても、なお口を割らない自分に、いつだって折れるのは女の子の方だ。


 そして、自分はこう言う場面ではすこぶる運が良い。


「ごめんください!どなたかいらっしゃいませんか?」


珍しいを通り越して奇跡に等しい来客が、女の子との会話を中断するきっかけを与えてくれた。


「誰ですかね?ちょっと行ってきます」


そう言い残してそそくさと逃げようとするも、しかし、女の子に止められてしまった。


「ううん、わたしが行くから!玲は、えっと、その……うん!わたしの猟銃のお手入れをお願い!」


頼んだからね、と。一方的に仕事を押し付けて、女の子はリビング兼寝室と玄関とを隔てる扉をわざわざ閉めてから、来客の対応に一人走って行ってしまった。


「……さて、任されましょうか」


幸い、一人で黙々と作業に取り組むのは嫌いではない。


 でも、静かな時間はいつだって、余計な思考が働いてしまう。今なんて、来客は実は強盗なんじゃないかと、そんな突飛もない想像をしている始末だ。


 しかし、現実はむしろ逆だ。


「こんばんは。私は警察の者です。少しお時間をよろしいでしょうか?」

「……わたしに、なんの御用でしょうか?」

「えぇ、それがですね。この辺りに指名手配犯が潜伏しているという情報が匿名で寄せられまして、現在聴き込みをして回っているんですよ」


小屋の薄い壁は、話し声を遮ることさえ叶わない脆弱なものだ。


 けれど、こうして女の子の安全が確認できたのだから、一概に悪いとも言えない。


 音を聞く限り、警察は一組数人体制で捜索しているようだった。


 しかし、なぜだろう。荒い息遣いや、シャリシャリとした衣摺れの音、靴に砂利が噛んでキシキシと嫌な音を響かせている彼らからは、緊張感のようなものが欠けらも感じられなかった。


「まぁ、全員が真面目に働くなんて、期待するだけ無駄か」


向こうに存在を悟られないようにボソリと文句を吐いてから、自分は女の子が猟師さんから新たに譲り受けた猟銃の手入れに専念することにした。


 それからしばらくして、女の子が戻ってくる気配がして、これから開かれるであろう扉へと視線を向ける。


「指名手配犯だって。怖いね」

「何か言ってましたか?容姿とか」

「ううん、警察の人もわからないんだって。若い女の人から匿名で連絡があったみたい」

「その情報を警察は真に受けたんですか?」

「変だよね。今の人たちも納得できないみたいで、世間話だけして帰っちゃったよ」


そう言う女の子は、何故だかとても上機嫌に見える。その理由を、原因を、自分はよく知っているはずなのに、不思議と思い出せない。


「……ねぇ、玲。変なこと聞いてもいいかな?」

「別にいいですけど、なんです?」

「玲は、どっちの味方?」

「……えっと、それは警察の味方になるか、それとも犯罪者の味方になるか、ってことで合ってます?」


小さく頷いた女の子は、じっと自分の答えを待っていた。


 どう言葉にしようか少し考えた後、あまり真面目な雰囲気にはならないように気をつけながら、自分の答えを言葉にする。


「どっちの味方もしませんね、きっと」

「……え?」


何故だかひどく驚く女の子に、自分は気にしないで適当に続ける。


「警察は組織ですから一枚岩じゃ無いでしょうし、だからと言って犯罪者の味方につくかと言えば、それも違う気がします」

「……普通は警察の味方をするとわたしは思うんだ。なのに、玲はどっちの味方もしないの?」

「警察は正義ではないですし、犯罪者が必ずしも悪とは限りませんよ」


万人が語るような善悪など、風が吹けば簡単にひっくり返るのが世の中だ。そんな危うい物を信じて物事を判断するのは、あまり褒められた事ではない。


 けれど、女の子が指摘するように、周りに合わせて答えを決める方が普通だとも思う。


 でも、女の子が自分にそうあって欲しいと望んでいるわけでもないようだった。


「……玲は、優しいよね。だから、わたしなんかの味方になってくれた」


むしろ、その口ぶりは、悪人の味方をする自分でいて欲しいと願っているようにさえ聞こえる。


 でも、この考えを曲げるつもりはない。


「優しくないですよ。味方なんて、そんな大層なことをしたこともないじゃないですか」


 優しさとは、自然と滲み出てくるもののはずだ。


 だから、自分のそれには当てはまらない。


 そんな弱気な自分に、女の子は急に真剣な表情を浮かべたかと思うと、おもむろに揺るぎない意志を持って断言する。


「わたしは、悪い人の味方だよ」


今度は自分が驚く番だった。


 いや、冷静になれば、至極当然な答えなのかもしれない。


「……それを外では口にしちゃダメですからね。嫌われちゃいますよ」

「でも、”ずっと昔に決めた事”だから。それに、わたしの考えは合ってた。この気持ちに嘘はつきたくないよ」

「……そうですか」


半端者が故に、壮絶な日々を乗り越えてきたのだろう女の子の言葉に、自分はこれ以外にかける言葉を見つけられなかった。


 そうだ。人生は物語とは違う。一人一人に最高の世界など用意されているわけもなく、むしろ大勢の生き物が一冊の本の中でひしめき合っている。その本での女の子の役割は、見た目が他の魔者と違うというだけで虐げられる悪人だ。そんな女の子が世界の普通を受け入れられるわけがない。


「わたしは、引けるよ。玲のためになら」


その言葉には、嘘も誇張もない。そんな、怖いくらいに躊躇いのない女の子が、自分は心配でならない。


 そして同時に、ひどく後ろめたい気分にもさせられるのだ。


 女の子は、自分のためになら罪を犯す覚悟があると断言する。


 でも、不思議と自分にはそれがないらしかった。


 だから、なんの覚悟も持たない自分は、ただひたすらに祈るしかない。


「心配しなくても、そんな物騒なこと、そうそう起きませんって」


喋りながらも続けていた猟銃の手入れが終わり、元通りに組み直す。


「はい、任務完了です」

「うん、ありがとう」


そばに近づいてくる女の子に、猟銃を手渡すか一瞬迷うも、結局素直に返すことにする。


「……ねぇ、玲。わたし、猟師を選んでよかったよ」

「どうしたんですか、急に」

「……ううん、気にしないで!」


はぐらかすように笑顔を浮かべた女の子は、変わらぬ口調で言う。


「玲はそのままでいてね。わたしはね、もう、それでもいいんだ!」


清々しいまでにそう言い切った女の子は、しかし、複雑な表情を浮かべていた。言葉とは裏腹に、とても寂しそうに笑う女の子に、胸がどうにも締め付けられる。


「わがままなわたしを、玲は許してくれる?意地悪なわたしを、赦してくれるのかな?」

「まぁ、ほどほどになら」

「やった!」


そんな他愛無い言葉に、女の子は嬉しそうに声を上げながら自分へと飛び付いてきた。


「え、ちょっ……!?」

「えへへ、ミナトとは違う匂いがする。玲の匂いだ」

「変なこと言わないでください!」


今日の女の子は、やけに積極的に感じられる。こんなことは初めてで、どう対応していいのかわからずに自分は固まってしまった。


 そんな動揺する自分の耳元で、悪戯っぽくくすりと女の子は笑う。


「わたし、もう我慢しないからね」

「すごく心臓に悪いんですけど……」

「ふん、今までのお返しだ!」


 そう言ってまた、女の子は幸せそうな笑顔を浮かべるものだから、自分はもう何も言えなくなってしまった。

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