-Another View- ミナト 1

「白、今日はすぐに帰っちゃったな……」


 普段は少し面倒と思えるくらいべったりとくっついてくるのに、今回は随分と早く離れてしまった。それを惜しいと思ってしまう私は、きっととてもわがままだ。


「…………ズルいのは、白の方だよ」


 私も白と同じで、両親はすでに他界している。白と違うところを挙げるなら、親が残してくれた素敵な家があることと、医者という仕事で、生活するには十分なお金を稼いでいるくらいだ。


 だからかな。私は、可哀想な白を守らなければいけないと、勝手に思っていたように思う。家族を奪われて、家を失って、お金もない。稼ぎ先も”ロクでもない”ものしか選べない白には、私しかいないと思ってたから。


 でも、私にはもう、前みたいに白に優しくできる自信がなくなってしまった。


「……嫌な女だね、私」


 下を見て安心して、優しくして優越感に浸る。そんな卑しい目で白のことを見ていた自分に気が付いて、私は思わずため息をつく。


 でも、気付いたのなら変えればいい。


「白は、大切なお友達だからねっ!」


 悪い点を見つけたなら、放置せずに逐一修正する。病気の治療は、後回しにすると百害あっても一利もないんだ。


 それに、何より、私自身が無視をすることを許したくない。この星に住む普通の魔物たちみたいに、半端者が苦しむ姿を見て見ぬ振りをするのは、死んでも御免だ。


 でも、嘘ばかりついていても、きっと体には悪いんだ。


「……白が、羨ましい」


 私だって、いつも側に居てくれる優しい人が欲しかった。そんな思いを、白の前で、玲の前で、言葉にしてしまわないように気をつけてたけど、その気持ちに嘘をつくのは、予想より何百倍も苦しかった。


 彼は、底が見えない不思議な人だった。何を考えているのかわからない、不気味な人。でも、それをまるごと受け入れてしまえるくらい、とても”私たち”に優しい人でもあった。


 その理由は、きっと彼の正体にあるように思う。


「アキラ……。君は、何者?」


 白の代わりに書いてもらった書類を手に取って眺める。やっぱり、見間違いではない。こんな単純なもの、そう読み間違うわけもなかった。


 彼の書いた生年月日。そこには、遠い遠い遥か昔の日付が、筆に躊躇いも感じさせないほどに記されていた。


「……君は、三百年以上も生きてるっていうの?」


 魔物の平均寿命は、百五十年前後。短くて人間の八十年、長くても二百年が、一部を除いた普通の生物の限界のはず。


「白、大丈夫かな……?」


 正体不明の彼に対する考察。それは、白のため、私のため、とても重要なことのように感じられる。


 なのに、私の口角は上がったっきり、なかなか元に戻ってくれない。


「…………ふふっ」


 ……困ったな。こんなんじゃ、お店に出られないよ。


 両手でだらしない顔を隠して、普段の表情に戻るように何度も念じた。でも、そう簡単には感情の波は引いてくれなくて、むしろ、手のひらで外からの覆いができたからか、より大きな波が押し寄せてきて、また困る。


「……ダメダメっ。仕事に戻らないといけないんだから……っ!」


 一抹の不安が現実になってしまわないようにと祈りながら、二枚の書類を棚の中へと押し込める。鍵付きの引き出しに手が伸びたのは、きっと、うん。たまたま。その上に関係のない書類を重ねたのも、ただの、そう。思いつき。


 カチャッ。


 飾り気のない重たい鍵をそっと捻って、書類の入った引き出しを施錠する。額から嫌な汗が流れてくるのも無視して、鍵が間違いなくかかっているかの確認までした。


 この鍵さえなければ、開けようと思う人がいなければ、もうこの棚が開かれることはずっとない。


「……よしっ!」


秘密の鍵は、燃えないゴミ箱へ。


 私は、漠然とした不安に、違和感への気付きに。こうして静かに無視を決め込んだ。

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