第4話 サプライズ -後編-
かくかくしかじか。ついに自分の番が回ってきた。
「さて、最後はレイさんです!」
読みを変えただけという安直なユーザーネームを呼ばれる擽ったさに身を捩りながらも、羞恥を悟られまいとスマホをじっと眺める。どこから情報を仕入れたのか、周りには野次馬がひしめいていて、落ち着かない事この上ない。
冒頭に軽く非会員の当選の経緯を説明した後、律ちゃんは本題へと移った。
「レイさんは、何を占いたいですか?」
占い。それはエンターテインメントの色を強くするための体裁だ。因果律予測装置そのものと直結し、また、そのすべての演算領域の支配権を持つと言われている律ちゃんの占いの結果は、未来に確定している事実と同義である。
だからこそ、自分は距離を置いてきた。結末を知らないのと、知っているの。そのどちらにも身を置きたくなくて、知り得ない場所にいようと努めていたけれど。
「将来どんな仕事をしているかを……知りたいです」
生唾を飲み込みながら、自分は自身の未来を占う事にした。
今真剣に悩んでいることがあり、一言「どうすればいい?」と問えば、絶対的信頼を置ける確実な未来が返ってくる。それは砂漠に浮かぶオアシスだとか、あるいは手元に残る最後の飲み水、その一滴と同じだ。道は、そう。一本だ。自分に選択の余地はなかった。
占いたい内容、もとい知りたい未来を受諾した律ちゃんは、先の四人の時と同様にして決まり文句を放つ。
「わかりました。ご希望通り、レイさんの運勢を占いましょう!……それでは、視聴者の皆さまもご一緒に!せ~のっ!」
「「「当たるも八卦!当たらぬも八卦!」」」
生徒たちの盛大な掛け声は、いつかの文化祭の賑やかさを思い起こさせた。楽しめるものは楽しんだもの勝ちだと。恥も外聞も知ったことかと。その豪胆さがなんとも学生らしくて、思わず顔がニヤけてしまった。
かく言う自分も、今ばかりは中心人物だ。
けれど、とても皆のように騒ぐことはできそうもなかった。
「大丈夫かな……。変な未来だったらどうしよう……」
じわり、じわりと。湧き上がってくる不安が心を塗り潰していくと共に、騒がしい外野の熱気が少しずつ煩わしく思えてきた。ここにいる生徒だけではない。大勢の人たちの前で自分の未来を暴露される瞬間を思うと、すでに恥ずかしくて堪らず、心がぎゅっと締め付けられるようだ。
「心配するなって。どうせエンタメの八卦だ。大して演算領域を使えるわけじゃないから、未来って言ってもどうせ漠然とした答えしか返ってこないよ。他の奴らもそうだったろ?」
「そうかもしれないけどさぁ……」
沢山の不安が口から出そうになるのに、緊張で呼吸もままならず、感情が喉奥で詰まってしまう。こんなにも多くの人たちに囲まれているというのに、何だか酷く寂しくて、心細くて。悲しい気持ちに襲われた。
「レイさん!占い結果、出ましたよ!」
幸か不幸か、陰鬱な感情に浸る間もなく、律ちゃんは演算の完了を宣言した。
後戻りは今更できない。そんな半ば諦観の念を持って、それでも期待を半分に、彼女の提示する未来を固唾を飲んで見守る。
「さて、何からお伝えしましょうか……。うん、手始めに勤務地から行ってみましょうか!」
知りたい未来の発表を後回しにするのは、律ちゃんの八卦では定番のようだった。すでに占い終えた四人と同様に、ドンという音と共に画面に虫喰いのクイズのようなパネルが表示される。順々に上から空欄を埋めていき、最後に答えという流れだ。
「たら〜っ!勤務地。一ヶ所に寄らず、各地で活躍す。と出ています!グローバルなお仕事ですかね?」
ですかねって……。
作りの雑なバラエティ番組を見せられているようで、微妙に不愉快な気持ちにさせられる。
「水城がグローバルだってよ!笑えるな!」
彼は「英語、できないのにな」と、心底可笑しそうに小馬鹿にしてきた。周りのクラスメイトに至っては、自分が以前授業で書いた支離滅裂な英文を黒板に書いてはゲラゲラと笑い始める始末だ。少し意地悪が過ぎるんじゃないかと、ちょっと泣きたい気分になる。
「しょうがないじゃん……。苦手なんだからさ……」
一言文句を言ってやりたい。そんなことを考えてみるけれど、反論することもできず、みっともなく開き直ることしかできなかった。彼らの言葉には嘘偽りはない。その真実を受け止めるのだけで、心はもう精一杯だった。
「別に出来ないのが悪いなんて言ってないだろ?責めてるわけじゃない。被害妄想だ」
彼の言葉に、周りのみんなが深く頷くのがまた悲しかった。
「もう、なんなんだよ……」
俯く自分に、彼は「ふざけ過ぎたな」と申し訳なさそうに頭を掻いていた。
そのまま掻き毟ってハゲてしまえと、内心で意地悪を言うと少しだけ胸がスッとした。だから、悪いのはおあいこだ。赦すことにする。
「お、次もう出てるぞ。就職は二十歳半ばだってよ。……なんか中途半端だな」
その後も、小出しに開示されていく情報を仲間内でふざけ笑い合いながら眺めていると、あっという間に本題の番が回ってきた。
「さあ、今回のメインテーマにして、本日最後の占いですよ!レイさんの将来、皆さんは何だと思いますか?」
教室の皆んながさまざまな職の名前を口にしては、ああだ、こうだと。議論して楽しんでいるのを見ていると、先程までの陰鬱な気分は何処へやら。いつの間にかこの状況を楽しめている自分に気付き、それが少し嬉しく思えた。
そしてついに、一番大きな空欄に律ちゃんが手をかける。
「それじゃあ行きますよっ!さん!にぃ!いちっ!……えいっ!!」
自分の未来を隠していた一枚のレイヤーが律ちゃんの手によって勢いよく取り去られる瞬間を前に、途端に怖くなってしまって、自分は咄嗟に目を瞑った。
後戻りは出来ない、という言葉にどれだけの意味があるのかを上手くは表現できないけれど。人が知るべきでないものを知ることが、未来の覗き見という自然の摂理に反したその行為に、少しばかりの後ろめたさを感じてしまった。
しかし、将来の不安に比べれば、そんな悩みはちっぽけなことで。数秒と持たずに目蓋を開く。そこにある未来が、自分にとって好ましいものであることを信じて。
だというのに、自分の未来が記されている筈の欄には、何も書かれてはいなかった。
「空欄……?」
また彼の仕業かと疑うも、彼の困惑する表情がその考えを否定していた。
「そうでした。レイさんの職業はイレギュラーでしたね。ちゃんと皆さんにもわかるように言語化しないとでした」
そう言って律ちゃんは、おもむろに赤のマジックを取り出したかと思うと、空白に手書きで文字を書き始めた。
人が書いたらこうはならないというきっちりと整ったフォントで、律ちゃんは自分の将来の職業の名を書く。
「……何、これ?」
誰が見ても完璧と言うだろう、そんな美しい文字だった。読めないわけがない。
しかし、それを理解するのは大いに躊躇われた。
「レイさん。あなたの将来就く職業は……」
お願いだから間違いだと言って欲しかった。こんなふざけた結果に「はい、そうですか」と頷けるわけが、ないだろう。
だって、ありえるはずがないのだから。
「……“水城
……あぁ、何なんだこれは。どんなふざけた、冗談なんだよ。
「ハッピーバースデー、“水城玲”さん。すぐにそちらへお迎えをお送りします。……ですが、どうかそのままで。まだ壊れないでくださいね、私の“希望”」
気付けば自分は、逃げ出すように教室を飛び出していた。
一度律が示した“未来”からは、決して逃げられないというのに……。
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