第5話 未遂犯
未遂。
実際に悪事を働いていなくとも、犯罪を計画するだけでその者は罰せられる。また、その計画が失敗に終わったとしても、相応の刑罰が科せられる。
ここで、犯罪を実行、完遂した時よりも刑罰は軽くなるものの、裁かれる罪であることにはなんら変わりない。
しかし、時は終点。神にも等しい機能を有する因果律予測装置、その演算機である「律」の提示する未来は、絶対不変の確定事項だ。
つまり、だ。律ちゃんの宣言と同時に、自分は罪を犯したのと同義となる。
「現在、水城容疑者の身柄を確保するため、警察が総力を上げて捜索を続けています。有用な情報をお持ちの方は、今から読み上げる番号に連絡し、情報提供のご協力をお願いします。0120-xxxx……」
自分の人生は、"無事"に終わりを迎えた。罪を犯す。それは確定事項であり、揺るぎない自分の未来らしかった。
駆け込んだ自宅のリビングで虚ろに眺めていたテレビの中には、クラスメイトだ。先程まで一緒にいた者たちが、なにやら知った風な口を叩いていた。中には、一度も話したことがないどころか顔も知らない生徒らも”友人”として取り上げられていて、あることないことを列挙しては、けらけら、けらけらと楽しそうに笑っている。
ニュースは嫌いだ。人を食い物としか思ってない。
学校を飛び出したのは、ただ居心地が悪かっただけだった。他人の目のある場所に居たくない。友人から侮蔑の眼で見られたくない。ただそれだけで、最初こそ逃げはしたものの、自分の罪自体から逃げるつもりはなかった。
「……未来って、なんだよ」
予測された犯罪の芽は、前もって摘み取っておく。それは確率論の壁を超え、確定した未来を「律」がもたらすからこそ成立する刑罰だった。
確定した未来を変えることは簡単だ。その当事者を隔離、もしくは処分すれば良い。因果律の中心に存在する原因自体を社会から取り除く。たったそれだけのことで、犯罪は起こらなくなる。
一時期は世界の修正力だとか、必ず結果が収束する特異点だとかがあると実しやかに語られていたが、そんな目に見えない力は世界のどこにも存在してはいなかった。
世界は舞台だ。物事を起こす、動かすことができるのは、唯一生き物だけであると自分は思う。故に源を絶てば、自ずと結果は変わる。その理屈を、考え方を。理解はしているのだ。
でも、と。駄々を捏ねずにはいられなかった。
殺したいほど恨んでいた相手がいるのなら分かる。自分の性格が明らかに暴力的だったとしても、分かる。危ない薬をやっているとか、飲酒で悪酔するたちだとかでも、理解はできる。お金に困っていて、生活のためにどうしようもなく犯罪に手を染めてしまう、というのも、現実味があって、なんとも”らしい”理由だ。全て想像ができるし、百歩譲って納得はしよう。
けれど、これはそんな範疇じゃない。
……魔王?なんなんだよ、それは。
意味がわからない。ただ、それだけが思考を占めていた。
不意に、来客を知らせる電子ベルが鳴り響いた。律ちゃんの言っていた迎えが来てしまったようだった。
「……ごめんなさい」
せめて、最後に母親と話せれば。そんな些細な願いも、今のこの身にはひどく難しい事のように思えてならない。
アパートのベランダには、大きな人影がいくつか蠢いていた。あまり悠長なことをしているとガラス窓を破りかねないと思い、焦って玄関へと走る。
「……今開けます!」
ドアの鍵をゆっくりと開錠する。扉の向こうは、やけに静かだった。
なるべく丁寧に受け答えをしよう。
それで、少しだけ時間を貰って、手紙を書きたい。
大丈夫。相手は人だ。頼めば分かってくれる。
そんな願い、もとい祈りは。唐突な暗闇の訪れとともに、消えてなくなった。
「身柄確保!”監視塔”まで連行しろ!」
雨音が反響して嫌に五月蠅かった。頭に袋を被せられているのか、視界を奪われているせいで小さな段差に躓いてしまい、足がもつれて前のめりに倒れてしまう。
しかし、周りの誰かが自分の手を取ってくれたおかげで、体を地面に叩きつけずに済んだ。
「ありがっ……!!………………」
お礼を口にしようとした瞬間、体を引かれた勢いのまま、おもむろに首元を強打された。急激に意識が手元から零れ落ちていく。
ああ、そうだ。当たり前だよね……。
体から力が抜けていく最中、犯罪者になったということの本当の意味をようやく理解したように思えた。
これから先、どんなひどい目にあったとしても、自分を憐れんでくれる者は、もういない。
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