第3話 サプライズ -前編-
食事を終えた生徒たちが増えて、ガヤガヤと教室が騒がしくなってきた頃。その時はやってきた。
「皆さん、こんにちは~!今日は突然のLIVEなのに集まっていただけて嬉しいです!」
「律ちゃ~ん!!俺も会えて嬉しいよぉ〜!!」
もとい、一番うるさいのは、向かいに座る佐藤と机の上に置かれた彼のスマホであるのだが。
ともかく、年齢層問わず大人気のアイドルである律ちゃんの生放送が、スマホの画面の中でこじんまりと始まった。
「意外と地味だね」
「うるさい!!水城も黙って見てろ!」
「あ、はい……」
素直な感想を言っただけだというのに、語気を強くして怒ってくる彼の態度に少しばかりむすっとしながらも、今は大人しく画面に視線を落とすことにする。
クラスの大半も同じようにスマホの画面にかじりついているのだろう。ひそひそと生放送を楽しむ声を除いては、聞こえるのは律ちゃんの声だけとなっていた。
「さあ、今日の占いは五人までですよ。当たるかな?それともハズレかな?」
律ちゃんの明るい声とともに、画面にBAMと爆発の効果が入った。
すると、演出が終わると同時に、商店街のくじ引きで置いてありそうな、ちゃちで、でも身近な夢の詰まったガラガラが画面の中央に現れる。同時に、スマホの画面上部には、ポップな字体で飾られた彼の会員番号である“14106番”の数字も表示されていた。
「当たるかな?」
「まぁ、見てろって」
彼の言葉に否応なく期待が膨らむのを感じ、興奮を悟られまいと必死に隠しながら当選番号の発表を待った。
「わぁ……!?」
律ちゃんが自身の口で奏でる長い長いドラムロールも、いい加減終わりかという頃。唐突に胸ポケットに入れていたスマホが不意に大きく振動し、驚いて間抜けな声を教室に響かせてしまった。クラスメイトの皆んなに冷やかされ、自分は恥ずかしさを空笑いで必死に誤魔化す。
そんな中でも、滞りなく五人の当選者の番号は開示されていった。
「……え?」
画面を見た瞬間、学ばない頭はまたもや素っ頓狂な声を口から漏らした。
しかし、今度は自分一人だけではない。
「おい、五人目が空欄だぞ?」
同じ画面を見ていただろうクラスメイトの一人が、周りに確かめるように言った。けれど、誰に聞いても五人目の情報は出てこず、バグだとか、通信の遅延だとか色々な意見が教室を飛び交っていた。
「どうしたんだろうね」
「すぐわかるって」
彼は至って平静に応えた。律ちゃんに対する絶対的なまでの信用が何処から来るものか定かではないけれど、彼の素っ気無い返事がちょっとだけつまんないなと、一人勝手に不貞腐れる。
「八卦、当たんなかったね」
「だな。世の中甘くはないな〜」
謎の五人目はさて置き、四つ提示された番号の中には、彼の数字は見当たらなかった。自信ありげな態度をとっていた割にはあまりにもあっけない終わり方に、若干の違和感を覚えなくもなかったが、彼に文句を言うのはお門違いと言うものである。
「どうかな?画面の前の君は当選したかな?五人の幸運な人たちは、渡したリンク先に飛んで待っててね」
当の律ちゃんはと言えば、当選者の発表は既に済んでいると言わんばかりに話を進めている。
それに対して、視聴者たちが“発表に不具合がある”だとか、“あと一人はどうした!”だとか。助言をしたいのやら、文句を言いたいのやら、はたまた目立ちたいだけなのかもしれない。そうして皆が皆遠慮なくコメントを書き込むものだから、動画配信サイトのコメント欄が恐ろしい勢いで流れ去っていく。ふと視界の端に見えた視聴者の数は、俄かには信じがたかったが、小学生がふざけて言うような馬鹿げた単位が現実のものとなっていた。
そんな、人にとっては膨大なデータも、機械である律ちゃんにとっては些細なものなのだろう。さして慌てた様子もなく、のんびりとした口調で視聴者の指摘を読み上げていく。
……もしかして、笑ってる?
何が面白いのだろう、律ちゃんは画面の中で楽しげに微笑んでいるように見えた。
「えっと、みんなコメントありがとう。五人目が表示されてないよ、ってことだね。でも、これであってるから心配しないで大丈夫だよ。五人目の人はね、”番号を持ってない”だけなんだ」
妙な物言いをする律ちゃんに、再び教室がざわつき始めた。コメント欄の流れる速度の方も、律ちゃんの言葉で数段ギアが跳ね上がったように思える。
「……番号って、会員なら無料会員でもみんな持ってるんだよね?」
拙い知識を引っ張り出し、答え合わせを目の前の廃課金者に求める。
自身の好きなものについて尋ねられたのがよほど嬉しかったのか、彼は鼻を膨らませながら誇らしげに説明をしてくれた。
「もちろん。今や全世界の八割の人が律ちゃんのスポンサーであり、会員だ。そのすべてのアカウントに番号は紐づけられてる。そしてその中でも、俺はゴールド会員だ!」
課金自慢を不要に挟む彼を適当にあしらいつつ、改めてもう一度“それ”が意味することを確認するべく、言葉を変えて問うことにする。
「……ってことはさ、番号なしってどういうことになるの、ゴールド会員さん?」
「それはもちろん、律ちゃんの会員じゃない人ってことになるな。まったく持って不愉快だよ」
「……うるさいなぁ~。ただちょっと、趣味じゃないだけだよ」
改めてコメント欄を見てみると、そこには怒りを露わにしたコメントが少なくない数投稿されていた。それは一介のファンのものか、はたまた彼のような高額を貢いでいる廃課金者なのかは知りようもない。どちらにしろ、大勢いる会員の内から選ばれるべきはずの五人という限りなく狭い枠。その一席にでも非会員が収まると言うことの意味を、この現状が如実に物語っていた。
「炎上するとこ、初めて見たよ」
「他は知らないが、律ちゃんのライブは内容が内容だから、よく炎上するぞ。今回ほど酷くなったことはないけどな」
抽選前には楽しそうなコメントで溢れていたのに、今はぎすぎすとしていて、投稿された文章を見るだけで気分が悪くなってしまう。それが嫌になってしまい、自分は彼のスマホをそっと裏返した。
「なんだよ。まだ始まったばっかなのに」
「……購買。ちょっと甘いもの買ってくるよ」
本格的に気分が悪くなる前に休憩を挟もうと、逃げるための方便を口にしながら腰を上げた。
しかし、彼は焦ったようにして自分を静止してきた。先ほどまでの落ち着きは何処へやら。彼の行動は、先ほどから色々とちぐはぐに思える。
「ほら、コメント表示消したからさ。律ちゃんのライブ、もう少しだけ見ようぜ?な?」
「……ちょっとだけだよ?」
普段は発揮されることのない気の使い方を見せる彼に、仕方なく席に戻ることにする。
そして聞こえる律ちゃんの声。
それは、当選した謎の五人目への催促の言葉だった。
「当選者の方は……。はい、あと一人ですね。早く来てくださいね~。そうでないと私、炎上で今にもチャンネル凍結されちゃいそうです」
なんてことを彼女は言っているけれど。
「番号がないんじゃ、誰が当選してるか分からないよね。それに会員じゃないなら、このライブを見てるとも限らないし」
「はい、それもそうですね」
「…………え?」
誰にともなく口にした不満に、タイミング良く画面中の彼女が応えた。
「抽選の時にメールでメッセージとリンクを送ってあるんですけど……。もしかして気がついていませんか?」
不安げに語る律ちゃんに促されるままに、五人目の可能性の一人として何気なくスマホを取り出してみる。
それと同時に、近くから勢いよく椅子を引き摺る音がした。
「……おい佐藤。なんでお前のスマホでだけ、律ちゃんが喋ってるんだよ!?」
「さぁ~な。そんなの俺が知るわけないだろ?」
クラスメイトと何やら話している彼を横目に、要らぬ期待を捨てるため、さっさと確認を済ませてしまおうとスマホの電源ボタンに手を添える。
その瞬間だった。
「こんにちは、
「わぁ!?…………あ、やばっ」
自分のスマホが突然しゃべり出し、画面の中には当然のように彼女の笑顔で映っていた。それにひどく驚いた自分は、勢いよくスマホを宙へと投げだしてしまう。
「あ〜れぇ〜〜〜〜」
どこかの時代劇で聞いたような台詞を陽気に口にする自分のスマホは、無事向かいの佐藤が受け止めてくれた。
「うぅ〜。目が回りましたよぉ〜」
彼の手の中でぐるぐると目を回す律ちゃんに、自分は開いた口が塞がらない。
「何で?……え?どゆこと?」
静かな教室で一人慌てふためく自分に、クラスメイトが何事かとわらわら近寄ってくる。よく見れば廊下にもギャラリーがちらほらとでき始めていた。
「「ふっふっふぅ~」」
見計ったようなその声の主たちは、なんとも不敵な笑顔を浮かべている。それはさながら、悪戯が成功した子供のようだった。
「驚いただろ?どうせお前のことだから、単に俺が当選しても、驚きも喜びも羨ましがったりもしないだろうと思ってな。少し細工をする事にしたんだ」
と、佐藤。
「佐藤さんからメールをいただいた時はびっくりしましたけど、面白そうだったので実行させていただきました。心配しないで下さいね。不正も何にもありません。ちゃんと佐藤さんからは、月一回分の占い権は頂いていますからね」
と、律ちゃん。
「…………なんだかな〜。とにかくびっくりだよ」
してやられたなとため息混じりに言う自分を見て、二人は心底嬉しそうに微笑んでいた。
「あ、そういえばライブの途中でした!そろそろ戻らないと……。水城さん、リンク先でお待ちしていますね。では後ほど!」
律ちゃんはそう言い残すと、自分のスマホから手を振って去っていった。
彼女が去った画面には、メールが一通。簡単な挨拶と、占い会場の入場コードが貼られている。
「……本当に、すごく、びっくりした」
「……だろ?」
そして、メールの最後の一文。
あぁ、全く持ってしてやられた。
忘れていたわけではないけれど。
いや、だからこそというべきか。
「誕生日おめでとう。いい将来が見つかるといいな」
「ありがとう。……大切に使わせてもらうね」
そんな友人のお祝いの言葉と共に、自分は今日、また一つ歳を重ねた。
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