【第5話】体調不良茜色教室
緋天と別れて数日が経った。
あれから倒れた女子の行方もあやかし堂とも音沙汰はなく、また普段の生活を過ごしていた。相変わらず真莉は学校を休んだり、学校に来てもクラスの生徒とも誰とも喋らずぼんやりと初夏の空を仰いでいた。
(話しかけても全然反応してくれないし)
あやかし堂の三人に言われたことを律儀に守りながらグッと我慢して煮え切らない思いで移動教室のために廊下を歩いていると。
「十夜、今いい?」
背後から話しかけられた。
その人物は今まさに十夜の意中の相手。
「どしたの真莉?」
振り向くと案の定真莉だった。
「帰るの?」
その手には鞄を持っていた。
「そうなの、気分が悪くて……」
その顔色は前に見た時よりもずっと青白く、見るからにやつれた頬、いつも綺麗にしていた髪も艶がなくなり少しボサついたものになっていた。
今にも倒れてしまいそうな真莉に「早く帰った方がいいよ」という十夜の心配をよそに「それよりも十夜に聞きたいことがあるの」と遮った。
もじもじと自分のスカートを弄って言いにくそうに顔を俯かせながら
「あの、さ……十夜って気になる人っている?」
蚊の泣きそうな声でそう言ってきた。
「!」
まさに十夜の気にしていたことだった。
「十夜?」
少し間が空いただけで表情を曇らせる。不安げに見上げてくる真莉に素知らぬ顔で努めて明るく言った。
「いるわけないじゃん! 普段からアタシのこと見てるくせにぃ、そんな素振りなかったでしょ? もしいたら
未だに浮かない表情をどうにかして普段の明るい真莉に戻って欲しいと思った。何がそんなに不安にさせているのか分からないけど、何よりも真莉を安心させたかった。
(そんなに頼りないかなアタシ……、そもそもなんでそんな確認みたいなこと?)
「……そっか、そうだよね」
ホッとしたように少しだけ笑った。
「でもそれがどうかした?」
「ううん、いないならいいんだ。ごめんね変なこと聞いて」
「真莉はいるの?」
「え?」
「気になる人だよ、アタシには聞いて自分は言わないなんてズルい」
少し間があった。
「絶対に言わない?」
「そら勿論!」
迷った末、口元に手を当て小さく「いるよ」と頷いた。
「アタシの知ってる人?」
問い詰めることがないように。言ってくれたらいいな、と感じるくらいのニュアンスで聞いた。
「フフッ、どうかな~?」
「ちぇ~、やっぱり誤魔化した」
少しはにかみながら頬に薄紅がかかったように笑う様子は本当に恋する乙女の顔だった。やつれていてもその表情は普段と遜色なかった。
(まいっか)
そこに運悪く授業の始まるチャイムが鳴ってしまった。
「やば、移動教室だった」
「私が呼び止めたからごめんね十夜、早く行かないと先生に怒られるよ。それにまた会えたらその時は絶対に話すから」
(また会えたら?)
真莉の言い方に違和感を感じた。
「何それ、転校でもしちゃうわけ?」
「そうじゃないけど、なんか出ちゃった。可笑しいね。それじゃあそろそろ私行くね」
後ろ髪を引かれる思いで昇降口へと向かう真莉に手を振った。
「絶対だよ。その前にちゃんと風邪治しておきなさいよ!」
小さく手を振り返す真莉の姿。
――しかし、その姿を最後に真莉を学校で見かけることはなかった。
⁂
「あ~やっちゃった」
スマホを机の中に置き忘れていたのを思い出して部活が終わったあと急いで教室に戻った。
誰もいないと思って教室の扉を思い切り開けた。放課後の茜色に染まった教室に一瞬目が眩んだ。細めた視界の中で誰かいるのに気付いた。
「げぇ十夜!」
マジかよ、と顔を突っ伏した。
「ん? 亮平じゃん何やってんの」
お互いがお互いの言いたいことを言い合って気付いた。
「あれ? アンタ今日部活休んでなかった? 腹痛いとかなんかで……」
う、と言葉に詰まったのを見て。
「きみ~? もしかして仮病かね?? いいのかね~高跳びの島風さんがまさか堂々とこんなところでサボってて」
「ちげぇ。訳じゃないけど、別にサボりたくてサボった訳じゃねーよ」
「言い訳は――…って何それ? まさかアンタの点の悪いテストなんじゃ」
亮平の手に持つ紙に目がいった。
そろ~っと近付く十夜に「
「おやおやそんなに悪い点だったのか、となると個人的に補修でも受けてたクチか」
「ちげぇってこれは、その……」
様子がオカシイ、亮平と誰もいない教室。
大事そうにもってるその紙。
「もしや、ラブレターかな?」
冗談で言ったつもりだった。なのに亮平ときたら平静を何処かに置いてきたらしい。
「え!? なんでバレ……」
図星だったようだ。
「あららら~、それはそれはお邪魔しました」
事情を知ってそそくさとスマホを探し出して早々に教室から出ていこうとした。
「ちょっと待って十夜」
何故か腕を掴まれた。
「何よ、あんまり長居してたらそれくれた女子が入ってこれないでしょ。なんでそんな……ってなんでそんな情けない顔してんのよ!」
縋るような目の亮平に一分くらいならいてやってもいいかと諦めて適当な机に座った。
「んで?」
「いや、な、これなんだけけど……正直断ろうと思ってる」
「なんで? 相手知ってる子なの?」
「知らない、名前書いてなかったし」
「ならなんで?」
一呼吸、二呼吸――…三呼吸ほどしてから亮平が顔を赤らめながら「好きな奴がいるからだよ」と言ったのは耳を疑う余地もない。
教室には二人だけ。顔が赤いのも夕日のせいじゃない、と思う。
「…………………え、そうなの?」
開いた口が塞がらない。
「ッだあああああああ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔すんなよ! なんで俺はこんなこと言ってんだぁぁあ!!」
ガシガシ頭を掻きむしる亮平に照れてるのが伝染してこっちまで顔が赤くなる。
「ちょ、ちょっと自分で言って何で照れてるのよ。てか誰が鳩だ!」
幼馴染の衝撃の告白ほど恥ずかしいものはないと心底実感した。
「落ち着け十夜、落ち着いてくれ」
「アンタだよ!」
お互いパニックになっていた。
⁂
「というかそんな気になることを聞かされたら最後まで聞きたいんですけど?」
結局すぐに落ち着きを取り戻した二人だった。それに十夜としてはすぐに出ていく予定だったけど気が変わった。もう一分くらいならいいかな、と。
「何がだよ」
「それは勿論アンタの好きな人?」
「なんで言わないといけないんだよ」
「じゃあなんで引き止めたんですか~?」
「ひ、一人じゃ心細いだろうが!」
何故か逆ギレされた。それにその呆れた内容にアホらしと項垂れた。
(心細いって女子かよ)
「まさか来たのがお前で一瞬、マジかとか思ったけどな。そしたら急に力が抜けて」
恥かしくなった、と。
「っていうかそろそろ本気で出ないとその手紙の子困ってると思うし、下手するとアタシら変な疑いかけられそうだし、なんか嫌な方面に間違えられそうだし~」
女はこと恋愛に関してどう出るのか予想がつかない。
それは同性としてよく聞く話。
身の危険を感じて、ようやく重い腰を上げた。
「待った待った、分かった、分かったから、もう少しだけでいいから居てください!」
まさか拝み出した亮平に深い溜息が吐いた。
「はあ~…、なんでこんな奴に手紙を出したのかその子の気が知れないよホント」
幼馴染だからこそ、お互いの弱いところを知っている。
お陰で幼馴染という漫画的に美味しい関係でありながら恋愛に発展しないのは近すぎる距離にあるせいだと思うが、別に恋愛に発展したいと思っていない。
(姉弟みたいなものだしな)
「しょうがない、内緒で君の好きな子の名前を教えてくれたらもう少しだけいてやってもいいぞ」
此方の方が本心だ。
「ちぇ、わあったよ」
絶対に言うなよ、と念押しされちょいちょいと指先で手招きされた。
十夜は耳を寄せて亮平からある名前を聞いた。
「!」
思わず口を押えるほど衝撃だった。
「………マジで?」
「
その赤い顔が本当だということを物語っていた。
⁂
チ、チ、チと教室に秒針の音が響く。
「その手紙の子遅くない、そもそも何時指定なのよ?」
「18時30分」
教室の時計を見た。針は【18:20】を差していた。
「まだじゃん。というかなんやかんやアンタにほだされてここにいるけど、アンタどれくらいここで待ってるわけ??」
「何って授業終わってからだけど?」
「ハッ? 授業終わってからって……アンタ」
「いや俺こういうの勝手が分かんないから、部活やってると絶対に遅れるし、あいつらにバレたらお前以上に面倒だし。だから休んだ」
(そうだ、こういう奴だった)
本人には自覚がないのは昔からで高校生になってからこういうのがモテるようになったのだろうか。現に亮平は高校生になってからよく女子の間では話題に上っていた。よくモテると。幼馴染にはよく分からない。
「まあいいよさすがにこれ以上深入りはしないでおくから、兎に角アンタは誰が来てもちゃんと言うのよ!」
もうじき予定の時刻になる。
「わかってるよ」
「綺麗な子とか可愛い子が来ても絆されるなよ?」
十夜は励ましも込めてそう言うと手を振って教室から出ていった。背後で「うるせぇよ」と亮平の照れた声が聞こえていた。
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