【第4話】見守友
「友達の様子がおかしい?」
八花は興味なさげに聞き返した。
相談があると告白したあと「
そこでは相変わらずカウンター席で突っ伏している八花と影のように控えている朧の姿があった。
「そうなの、どう思う?」
十夜の相談とは【最近友達の真莉の様子がどこかおかしい】というものだった。
「様子がおかしいっていうのは少し抽象的すぎじゃないかな」
「そうですね……何故十夜さんがその友達をおかしいと感じたのか教えてもらえますか?」
「えっと、アタシと真莉は小学校からの付き合いで今はクラス離れてるけど、いつも昼ご飯は一緒に食べてるほどの仲で。最近は風邪かなんかで真莉が学校を休みがちになってるのも気になるんですけど、学校に来ても避けるんですアタシを」
「・・・・・・・それで?」
「それでって、それだけだけど?」
お店側はそれぞれ顔を見合わせた。
「それは調子が悪いからあまり一緒に居ないようにしている真莉さんなりの配慮なのでは?」
「それならそうと言って欲しいし、というかちゃんと治してから学校に来なさいよって感じですけど」
「それか純粋に君と一緒に居たくないんじゃ――もがっ!」
急に口を押えられた。
「だから、貴方はどうして」
八花の口を押えた緋天が「すいません」と謝罪した。
「いいんです緋天さん。八花君の言ったことも考えたけど急に避けられるようになった理由が思い当たらなくて」
本当に急だった。急によそよそしく振る舞う真莉を何度も心配したものだ。
「何か悩みでもあるのでは?」
「聞いてみればいいじゃないか」
「アタシだって何度も聞いたよ、でもいつも“何でもない”って言うだけで教えてくれないんですって」
休みがちな真莉も心配で声をかけるがその度に理由をつけては避けていく。
下手すれば早退したり、保健室で寝込むこともあった。それでも頑なに理由を言おうとはしなかった。
「そもそもそれはこの店でする話なのかい? 一応ここは君も知るように妖専門の店だよ。君の話を聞いているとその子に妖が関係しているとは到底思えないんだが」
八花の言う通りだった。これではどこにでもあるただの学生の相談だ。
「それはそうなんだけど、なんか気になって……」
「他に気になることでも?」
「最近アタシの学校も含めて周辺の中高生が頻繁に学校を休んでるらしくて、それも女子生徒ばっかり。一姉……あ、アタシの姉で看護師なんだけど女子だけがなる集団で休むような病気は今のところ聞いたことないって言うから」
と表情を曇らせた。
一夜の証言では病院の外来でも普段はさほど見かけない年齢層が急に増えたと言う。市内の回覧板にも、学校の集会でも最近その話題ばかりだ。
「ふ~ん? 女子だけがなる病気ね」
突っ伏したままの姿勢で気だるげに言い放った。
「だとしてもそれが直接関係してるとも言い切れないね」
「そうなんだけどさ……」
「――もしかしてそれは恋では」
今までひたすら沈黙を守ってきた朧自ら静寂を破った。
意外な人から意外な単語が出てきて思わず三人が朧を見た。
「朧なんだって?」
「その恋と言うのはその真莉さんが、ですよね。さすがに集団でそのような現象はないと思いますし」
「勿論その女性ですよ」
朧が淡々と続けた。
「恋ってあの恋? 真莉が?? 恋???」
まさか。
「最近学校に来てもやけに教室の窓の外をぼんやり見てたり、話しかけても上の空だし溜息ばっかりだし、もしかしてそれが恋の予兆だったってこと?」
興奮してカウンターに乗り上げそうになった。
「それはもうそうなのでは?」
「あほくさ」
八花は本当に興味がなくなったのかそっぽを向いた。
「え、でも、でも、ならなんで余計に話してくれないのかな? もしかして知ってる人なのかなっていうか告白とかしないのかな? 言ってくれれば応援したり手伝えることもあるかもしれないのに」
真莉の様子がおかしかったのが『恋』と知ってしまえば余計に気になってくる。興奮したまま己の考えを捲し立てていると「それは止めた方がいいでしょう、夏目殿」と初めて朧に名前を呼ばれて言葉を飲んだ。
「恋とは己で初めて自覚し、芽生え、そして育んでいくもの。夏目殿に話していないのはもしかしたらまだ自覚のない状態かもしれない、そうでないかもしれない。夏目殿の彼女を思う気持ちは理解出来ますが当事者にとってはどうでしょうか」
「どういうことですか?」
「つまり、人によっては応援されたり手伝ってもらいたい人も中にはいるかもしれない。ですが、暴かれたくない、秘めていたい……まだその時期ではない。そういう事情のある恋もあるということなのでしょう」
「おや、なんだか身に覚えのあるような言い方だね緋天」
手持ち無沙汰だった八花が茶化しにいった。
緋天は逆に「……一般的な考えですよ」とそっぽを向いた。
「えっと、つまり……」
「つまり君は余計なことはせずにその友達を静かに見守ること」
「むぅ」
三人に諭され十夜は膨れっ面だった。
「友達を応援する自体は良い事だと思うけど、それ以上踏み込むことにその友達がどう思うかが問題だろう。君、余計なお世話って言葉を知ってるかい?」
「分かるけど……」
「なら余計なことはしないで大人しく家で勉強なり何なりするといい。折角部活とやらに戻れたんだろう」
「……何でそれを?」
何を今更、と呆れられた。
「この前、部活の集団の中に偶然君も走っていたのを見たからに決まっているだろう?」
十夜はここに来る前のことを思い出し、苦笑いを溢した。
一応あの話は二人の間の秘密ということになっている。
「さあさあ、開店の準備だ。夜も更けてきたし、緋天はその子を送ってからこっちに合流して」
「え、別に大丈夫なのに」
この話は終わりだと言わんばかりに八花はイスから飛び降りた。
⁂
「口さがない人ばかりですいませんでした」
帰路につく途中緋天が今日だけで一体何度目かになる謝罪をする。あやかし堂を出るとすでに夜で辺りを暗闇が覆っていた。
十夜は一人で帰れると断ったのだが「なら途中まで」と有無を言わせぬ笑みに結局負けて今に至る。
「それについてはもう本当に大丈夫ですから。それに皆に言われたことも今思えばそうなのかもって思いましたし。でもなんか八花君にまで分かっててアタシに分かんなかったのって何だろう、凄く負けた気分」
商店街を抜け、静かな住宅を過ぎていく。
「……十夜さんは今までいなかったのですか?」
緋天が何を言いたいのかはさすがに分かる。
「いませんでしたねそういう
そうでしたか、と静かに言う緋天にそっくり同じことを聞きたくなった。
「もしかして緋天さ…――」
好きな人いるんですか?
「十夜さん」
「え!?」
(まさかアタシ!? まさか、そんな、そんなことないよね?)
「十夜さんあの方は知り合いですか?」
「え、そんな、知り合いだなんて……はい?」
緋天は目は真っ直ぐ前を見据えていた。
物凄い勘違いをしていた十夜はとりあえず両方の頬をバチンと引っ叩いた。驚いた緋天の視線を浴びつつも気を取り直して前を見た。住宅の多い路地の真ん中で一人の女子が今にも倒れてしまいそうな足取りでふらふらと歩いていた。
「え、大丈夫かな、どうしたんだろう……って!」
足取りの不安定な女子はその場で倒れそうになったのをすかさず緋天が抱きとめていた。
「は、はや……」
遅れながら十夜も駆け寄ったがどうやら見知った顔ではないが。
(パジャマ?)
それが防犯灯に照らされた女子の恰好だった。その姿で出歩く女子に一抹の不安を覚えながらも十夜は声をかけた。
「アンタ大丈夫? どこか悪いの?」
「……じゃ…に」
顔色の悪い女子がブツブツ何か言っていた。
「え? 何?」
「……行かないと…だ、め」
「行くってどこに」
突然ガシッと腕を鷲掴まれた。
「!」
「三、木……、社…ない……と」
目が血走って焦点が定まっていない。どう見ても尋常でない様子に戦慄した。
「い、かない……と」
その言葉を最後に緋天の腕の中で力尽きた。力を失くした腕は十夜から離れパタッと地面に落ちた。
「ひ、ひ、緋天さん、その子……もしかして、もしかして!?」
最悪なことが頭を過ってパニックになろうとしていた十夜に緋天が冷静に言った。
「気を失っただけのようですね」
「へ? あ、そ、そうなんですね、良かった。あ、そうだ、救急車呼ばないと」
鞄からスマホを取り出し震える
「え、でも」
腕の中でぐったりしている女子を軽々抱き上げた。
「救急車を待つよりもこっちの方が断然速い。それに私が目立つと後々面倒なことになりかねないので」
そう言って猫のように跳躍した緋天は住宅を囲う高い塀に飛び乗った。
「知り合いの病院に直接向かいます、その方が話も通しやすい」
あんぐりと口を開けている十夜に再び謝罪をした。
「すいません十夜さん最後までお送り出来なくて。家に帰る道中どうかお気をつけて」
ハッと意識を取り戻した時、すでにその姿は夜の闇に紛れて見えなくなっていた。
その場に一人残された十夜。
「本当にヒトじゃないんだ」
軽々塀に飛び乗る姿が目に焼き付いていた。
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