【第8話】島風亮平足立和
○●○●
「お! なあなあなあ女子の外周始まったみたいだぞ」
始まりは一人の男子生徒だった。
まるで波紋のようにグラウンドでサッカーをしていない暇をもて余していた生徒が集まってくる。運悪く近くにいた亮平も必然的に輪に入っていた一人だった。
「なあなあ、誰が一番だと思う?」
唐突にそんなことを言い始めた。
「何一番って?」
抽象的すぎる。
亮平と違い他の生徒は各々の一番の女子を言い始めた。
「やっぱ隣のクラスの瀬名さんじゃね? おっぱい大きいし、走るとまた…」
亮平と同じクラスの生徒がすぐさま反応した。ジェスチャーで揺れる胸を表現して「おおお~」と皆感心している。
「俺は同じクラスの逢坂真莉ちゃん。 おっぱいないけど、あの身長の低い感じでユルフワ柔らか髪。如何にも女子って感じで横通るとすげぇ良い匂いすんだよなぁ~」
「わかる。それにあの上目使いがまたいいよなぁ~、エロいっつか守ってあげたい系っての。それでいて頭も良いし」
うんうん、と皆揃って頷く。
外周している最後尾集団をひた走る真莉を見て「……まあ運動は出来ないけどな」と亮平が冷静に見たままを言ったら「そこがまた良いんだよギャップだ、ギャップ」と力説された。
どこまでいっても男子は男子だった。
議論が続く中、一人の生徒に話しかけられた。
「なあ、あんたが島風?」
その生徒は屈んでいた亮平が見上げただけでも結構上背がありそうに見えた。
(誰だっけこいつ?)
パッと見、過去に運動部であったであろう節々は見受けられるが残念ながら話したこともない生徒だった。
「そうだけど何か用?」
あまり見覚えのない風貌に警戒して低いトーンで答えた。
「夏目十夜の幼馴染みって聞いたけど本当か?」
「……だったらな、なに!?」
顔がズズイと近寄ってきたので慌てて飛び退いた。
「何だよ
「隣のクラスの
いや以後よろしくって
…ん?
足立和という男としては非常に珍しい名前に何処となく聞き覚えがあった。
「どっかで聞いたことある名前だな」
思い出そうとしてる亮平に和が「ああ」と自身に向けて指差した。
「そういえば島風君も陸上部だったけ。俺も陸上部、
金白中、と口の中で何度か呟いて「あ」と気付いた。
「金白の足立か、短距離の」
「あ、足立君」と慌てて言い直した。
ようやく思い出した名前に改めて朧気ながら覚えている記憶と今目の前にいる男を照らし合わせた。
「髪が伸びてて分からんかったわ」
足立は中学時代陸上部で十夜と同じ短距離走者だった。それなりの成績を修めていた記憶があるが隣のクラスということは高校では進学クラスに入ったようだ。
それに今は陸上部でもない。
「あ、これ? 運動部じゃないし自然と伸びた、って俺の事はいいんだよ。別に夏目さんと違って特別目立つ凄い選手だったわけじゃないし」
あのさ、と改めて声を潜めて聞いてきた。
「夏目さんは陸上辞めたのか?」
「………は?」
(辞めた?)
「去年の足の怪我、もう完治してるんだろ。なのに部活に戻ろうとしないのはなんでだ?」
単刀直入に聞かれ不機嫌さを隠さない亮平のトーンはさらに下がった。
「…なんなんだよさっきから」
「辞めてないのか?」
「辞めてねぇよ……休んでるだけだ」
そう休んでるだけ。
「そうなのか、それにしてはえらく長いなと思って。あ、怪我の事とか薄っすら事情は知ってる。俺も知った時は本当にビックリしたし、インハイ残念だったな」
この事は陸上を齧っている人には広く有名な話だ。部員も敢えてその話をするものはいず、タブーな案件として扱われていた。
亮平は外周している十夜の横顔を盗み見ながら中学の記憶を遡っていた。
中学時代、陸上短距離走で十夜の右に出る者はいなかった。その時代を知る陸上競技者としても十夜の実力には何度舌を巻いたことだろう。亮平は種目競技が違う為、直の怖さを知らないがゴール直後の短距離走の選手がよく泣きながら
「全然差が縮まらなかった」
「あんなの中学生じゃない」
「バケモンだよ」
何度耳にしたことか。
遅咲きであったがため高校での実績を誰もが期待した。実際に高一での成績も危なげなく初の大会で一位を取ったほどだった。
インハイへの出場をかけた大会も突破し、高校でもその名前を轟かせるだろうと十夜自身も疑わなかったと思う。
――しかしその結果は…
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