【第13話】八花十夜狐面
「なんでお面なんて持ってるのって言いたげだね」
一週間前の十夜の態度を覚えていないのか、八花はまるで昔から知っている友人のような気軽さで話しかけてきた。十夜としては再び得体の知れない人物と会ったことに再び緊張が走った。
「……まあそれはそうだよ。お祭りがあるわけじゃないよね、それにその変わったお面、猫…? あ、狐か」
「そうそう狐だよ、この状態でよく分かったね」
まるで子ども扱いする八花にムッとして少しだけ及び腰だった姿勢を正した。
尖った鼻に長い耳、少し面長の狐のお面。夏祭りの出店でよく売られているそのお面がどうして今の時期に手元にあるのか、どうしてそのお面には色が塗られていないのか瞬時に疑問が浮かぶ。
「今日は天気もいいし早く目が覚めてしまってね。予定してる営業時間まで結構時間が空いてしまったからここで昼寝をしてた」
ん~っと伸びをして大きな欠伸を溢した。
「……昼寝って君、学校は?」
「行ってないよ」
「どうして?」
「行く必要がないから、かな」
「そ、そうなの?」
どうみても年下なのに。行く必要がないなんてそんなことあるのだろうか。
猫のように伸びをしている八花に対しては分からないことばかりだった。
⁂
「……ところで気になってたんだけど」
元の席に戻って緋天が戻ってくるまで八花と少し話をしていた。
十夜にしてみれば背凭れと会話をしている形になるのだが、相変わらずよく分からない人物なだけに丁度いい距離だった。
「なんでそのお面、色がないの?」
どうせなら気になる話題を振ってみようと思った。
普通の狐のお面には白や赤といった狐の表情を現す色がある。
昔近所にある神社のお祭りで散々我儘を言ってキャラクターのお面を買って貰ったことがある。
喜んだの束の間、そのキャラクターの横には売れ残っていた狐のお面が沢山並んでいたのを思い出す。表情があるにも関わらずジッと見下ろしてくる不気味な狐のお面とカラカラと鳴る風車のコラボレーションは子供心に多大なるトラウマを植え付けてきたのは言うまでもなかった。
(さすがに今はそんなことないんだけど)
八花も話すのが嫌いでもなかったらしく「それはね」と背凭れからさっきの狐のお面を翳してきた。
「これが今請け負ってる依頼の報酬の前金だから。見ての通り木彫りだし、表面も荒くて質素だし、何を模して造られたのか一瞬分からなかっただろう」
その通りだった。
「依頼が達成されたらこれにちゃんと色が付いて報酬として受け取る。色がない仕様にしたのは今回の依頼主のもう一つの特性だろうね」
え~っとつまり、十夜の頭の中で噛み砕いた結果。
「なんか依頼されて報酬の前金としてお面をくれて、こなしたらちゃんとしたお面になるってことだよね」
否定されないということは概ね合っているのだろう。
「でもなんで狐のお面なの?」
好奇心から次々に質問してくる十夜に「まあいいか」と八花は呆れたように肩をすくめた。
「君は狐のお面の意味を知ってる?」
「知らない。普通は知ってることなの?」
素直に聞き返した十夜に八花は嘲笑うわけでも馬鹿するでもなかった。
「知らない、知らない。普通の人で知ってる人はほとんどいないだろうね。神社関係者ならまだしも、もしくは家業で古くから農業、商業やってる人達ならもしかしたら周知してるかもね。君、さすがに能楽や神楽は知ってるよね?」
「ん~…まあ名前くらいは」
教科書で何度か見たような気がする。
「この国に遥か昔からある舞と歌をおもな要素とする仮面楽劇にも使われて神様の使いとして狐が登場する場面とか五穀豊穣を祈る舞で付けて踊ったりする。狐を神聖なものとして崇めたりしているから特に白狐は縁起の良いものとして有名で、とある神社じゃ狛犬の代わりに神の使いとして祀られてるくらいだしね」
「えっと――つまり?」
雲行きが怪しくなってきた。
「狐にも神聖なものがあって、その狐から貰えたお面には
はぁ~面倒、と溢す。
「……依頼しにきたっていう人はもしかしてお面職人か何かなの?? 」
あれが職人なもんか、とせせら笑った。
「あれは脈々と続くとある血筋を絶やさないよう未来へ繋げる、守り神みたいなものなのかな」
それらしいことを言って詳しい内容は聞かせて貰えなかった。
結局のらりくらりと掴みどころのない八花に弄ばれていた気がしないでもない。
(未だにこの子がこのお店の店主だなんて信じられないんだけど……)
今みたいに意味不明なことを平気で言って人を混乱させる。
(早く緋天さん帰ってこないかな)
奥の廊下を見やるも足音は終ぞしなかった。
⁂
「――ところで君はここに用があって来たんじゃないの?」
「え」
「世間話をしにきたのなら残念だけど喫茶店じゃないからお冷やしか出せないよ。それとも私みたいな怪し気な店主には話せないこと?」
ドキッとした。
「べ、別に。そんなことは思ってない、けど」
返事を待ってるのかさっきまで饒舌に喋っていた八花が急に黙り込み店内に妙な静けさが戻っていた。漂う雰囲気に何故か「何か言わなければ」という焦心に駆られていた。
「そんな固くならなくても。なんでもいい、君が今思うことを話してみてよ」
「え?」
「緋天も何の意味もなく君のここに連れてきたわけじゃないだろう。事情もある程度知ってるし、それなら今ここで吐いてしまっても変わりはないだろう?」
緋天抜きで話を進めようと言っているのだろうか。それならそれで緋天がいない内にその言葉に甘えよう。
「……今思うこと? そんなの分かりきってるでしょ、失礼だと思うけど私は君のことを信用出来ないから。どうみても私より年下の子がお店の店主なんて正直…有り得ない。それに朧さんとか、緋天さんの方がずっと大人な対応だし、口調もなんかそれっぽいし…。だから悪いけど私緋天さん抜きなら何も話せない」
一瞬の間があって八花が声をあげて盛大に笑った。
「そうかそうか、そんなに信用がないか私は。まさか私のことを言及する人が来るなんて、フフッ。緋天はいつのまにそんなに君の信用を得ていたんだか、帰ってきたら聞いてみようか」
(自分に信用がないって言われたのに笑ってる)
何度も言うがこの八花は本当によく分からない。
「いやいやごめんごめん。君が何度も廊下の奥を見返して変だなと思ってたけど緋天を気にしてたんだね。そう思ったら何だか微笑ましいなと思ってね」
君は素直で若いね、という嫌味な八花に対して「君も十分若いよね、私なんかよりも」とやっぱり言い返していた。
「フフッ、そうだね。一つだけ言えるのは目に見えるものだけを鵜呑みにしてはいけないことかな」
「どういうこと?」
「真実は歪んで見えてくる、見えるものは一つじゃないってことだよ――おっと、どうやら君の待ち人が来たようだ」
考える暇も与えないうちに八花の言った通り奥から着替えを済ませた緋天が銀のお盆を手に店内に入ってきた。
「遅くなりましたお二人とも。汗をかいたのでシャワーを浴びていたら時間がかかってしまいました」
慌ただしくお盆の上にあったコップを十夜の前に置いたその瞬間、緋天のシャツのからふわりと香る太陽の匂い。
吸い寄せられるように緋天を見上げた。
シャワーを浴びてそう時間が経っていないからか頬にはまだ微かに赤みが差していてその様子が男性なのにやけに色っぽく、それにまだ湿り気のある髪からは微かにシャンプーの香りがする。十夜は妙な胸の高鳴りと同時にゴクリと生唾を飲み込んだ。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえこちらが呼んでおいてお待たせしてすいません。こんな店なので簡単なものしか出せませんが」
そう言って隣の席にも同じようにカップを置きに行った。コップを覗き込んで納得した。冷えて結露で濡れたコップの中身は透明な水、カランと軽快に氷が音をたてた。
「お冷ですいません」
申し訳なさそうに緋天が謝ってきた。
「あ、いえ、今日は暑かったのでちょうどいいです!」
キンキンに冷えた水が喉を通るたびに十夜の火照った顔の熱を一緒に洗い流していく。お冷でよかった、と心底ホッとした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます