【第12話】妖堂再来店
昨今商店街はその数を減らしほとんどのお店がシャッターを下ろしていた。【シャッター街】と呼ばれ昼夜問わず薄暗く、お店がないことで必然的に買い物客は近くのショッピングモールや大型スーパーへと流れていく。アーケード内には活気も人気もなく更に荒廃が進んでいくものだと以前テレビで放送していた。
この町はその心配とは不思議と無縁だった。
昼間でも活気に満ちた行き交う人々に店店の店主が声をかけ商品を買ってもらおうと言葉巧みに
昔ながらの八百屋に鮮魚店、古本屋、雑貨屋、喫茶店、流行りを直ぐに取り入れるお洒落なお店やコンビニがアーケードの奥まで点々と続いていく。
そんな商店街に入ってすぐに十夜はチクチクと刺さる人の視線に気付いた。
擦れ違い様の露骨な視線。どうやら十夜の制服へと向けられているようだった。
(……あんまりメイン通りにいない方がいいな)
これ以上人目につくとまたあらぬ誤解を受けて今度は本当に警察に通報されてしまう。十夜は目に止まった路地へ逃げるように身を隠した。
緋天はただ「駅前の商店街に」とだけしか言っていなかったのを思い出した。
(というかアタシの早退する時間とか緋天さん知らないよね? )
時間も待ち合わせの場所も全て曖昧で、時間がなかったとはいえどうしようと頭を抱えた。
「あ! スマホ……は、家だった」
がっくりと項垂れた。
スマホであの店の名前で検索しようにもスマホ自体が没収されてた。白昼堂々とこんな時間に制服を着てたら怪しまれ、これではどうすることも出来ない。
前に入った路地裏ははっきりいって覚えておらずさらに言えばお店の場所なんて――。
(こりゃ一旦家に帰って着替えてからくるべきだったかな)
それなら緋天が見つけられなくても十夜が見つければいい。
「どうしよう」
途方に暮れて思わず壁に頭をぶつけていた。
ゴンッと鈍い音を立て「痛いなあ」と当たり前の言葉が口を出た。
時代を感じる商店街だけに横と横のお店の間隔も狭く店舗が横一列に密集してるせいもあって、店主同士仲良く仕事の合間に会話の花を咲かせている。
目に留まったそのお店では【花屋】の女性がエプロン姿で忙しそうに動き回り、ピンクや黄色といった春らしい色とりどりの花を手入れしているせいか、微かに甘い匂いが漂ってくる。
「良い香り」
何だか落ち着く―…。
「そうですよね、遠くにいてもこの店の香りはよく分かります。そういえばあそこの花屋は店長の趣味もあって紅茶に使う茶葉も扱ってるので興味があれば今度行ってみるといいですよ」
「へぇ~そうなんだこの商店街にはよく来るけど知らなかったな、今度行ってみよ……か、な?」
後ろを振り返るとサングラスを掛けたパーカーの長身の男が路地の薄暗がりに立っていた。
「ヒィィ…もがッむぐぐぐ」
「シーー、静かに」
口を塞がれたお陰なのか商店街に響くところだった絶叫は免れた。
「すいません遅くなって。貴女のこと気付いてはいたんですが私明るいとどうも動きが鈍るので貴女がすすんで路地に入ってくれてよかった」
口を塞がれた状態で固まってる十夜を落ち着いたものと判断したのか緋天がそっと手を離した。
「そ、そうだったんですね。適当に入ったので見つけて貰えてよかったです」
出会えたことにホッとした矢先、何故か視線を感じた。
じーっと観察するような緋天の視線に耐え切れず「アタシの顔に何か付いてますか?」と慌てて顔を拭った。
「……あ、いえ。涙は止まったようで何よりです。それでは行きましょうか」
そのまま身を翻しそのモデルのような長い足で路地の奥へと歩いていく。ポカンと遠ざかる後ろ姿をみて緋天の言った意味に遅れて思い当たった。
(あ、そうかさっき)
これならゴミとか付いていた方がまだマシだった。
急に恥ずかしくなって薄まった筈の目元を確認してみたけど、やっぱりもう熱はなかった。
それに二度も泣き顔を見られたことだけは只々恥ずかしかった。
⁂
昼間でも路地裏は路地裏だった。
頭上には網のように絡まる電線やら屋根の一部があったりして十分に日が差さず薄暗く、体を横にしないと通れない
(どこまで行くのかな?)
結構歩いたはず。
十夜にとっては何処を通っても同じように思えてしまう路地だが、緋天の迷いのない足取りを信じて付いていくしかない。
無限に続くかと思われた時、とある路地の突き当りを曲がると急に視界が光に包まれた。
ずっと暗い所にいたせいで眩しく、瞬きを数度繰り返すとようやく慣れた目に飛び込んできたのは――…
「わあ!」
地面のアスファルトを覆い尽くすほどの真新しい植物の緑とポッカリと口を開ける煉瓦造りの短いトンネル。くすんだ赤い煉瓦の壁面には太くがっしりとした植物の蔦が生い茂っていた。それ以上にその煉瓦の上では今でも使われている線路が走っていたのには驚いた。
まるで誰にも見つからない場所にひっそりと建てたかのようにトンネルの奥には例の喫茶店が覗いていた。
「こんなところだったんだ」
昼と夜とでは見せる景色が180度違った場所に見惚れ十夜の足は自然と歩みを止めていた。
歴史を感じさせる煉瓦は本来の色より大分色褪せてはいるが、風化を感じさせないその佇まいは本来なら寿命を迎えていてもおかしくない年数以上の働きぶりをみせていた。全く衰えていない証拠に煉瓦の橋を走る電車が物凄い音を立て通過していったが、煉瓦の橋はびくともしなかった。
そこはまるで時間が切り取られたような不思議な場所だった。
誰も知らない秘密基地を発見した時のように胸がドキドキしていた。
「十夜さんこちらですよ」
呼びかけられ慌てて緋天を追った。
短いトンネルを
カラン、カランとお店の扉を開けて待っていた緋天に誘われ、十夜は再びお店へと足を踏み入れた。
⁂
店内は相変わらずテーブルやイスが綺麗に片付けられていて、一週間しか経っていないので当たり前なのだが記憶の通り何も変わっていなかった。
しかし昼間だからこそ見えた部分もあった。よくよく目を凝らすとテーブルもイスもその形に埃が溜まっている。もう何年も動かしていない証拠だった。しかも天井の四隅には下手をするとクモが巣を作っているところまであった。
(うわぁ)
初めて訪れた時には気付かなかったけど飲食店ではあるまじき
カラン、カラン
背後で扉を閉めながら緋天はフードを脱いだ。
「立ちっぱなしではなんなので、そちらの席に座っていてください」
サングラスを外しながら前髪を掻き上げる仕草。顎を伝う汗を手の甲で乱暴に拭う仕草に席へ案内されたことも忘れて見入っていた。
なんと言うか――
(……エロい。同い年の男子がホントにガキにしか見えない)
汗を拭う動作一つ取っても緋天は同じ人間なのかと疑いたくなるほど、綺麗だった。
外国の血がそう魅せるのか、はたまた緋天自身の魅力が隠しきれてないのか。ここに着いた時の胸の高鳴りとはまた別の胸の拍動を感じ無理矢理視線を逸らした。
(えっと、ソファ、ソファ)
促された席は以前のようなカウンターではなく数人はまとめて座れるコの字型のソファ席だった。
「では私は着替えてきますので、八花さんお願いしますね」
緋天はそう言って奥へと消えていった。
「え? 八花さん??」
不思議に思っていたら「いらっしゃい」と誰もいないはずの店内から声がした。
店内をざっと見渡しても誰の姿もない。
「あれ見えなかったかな。ここだよ、ここ」
十夜から向かって正面の背凭れの向こうからニョキと白い手が伸びてきた。
「ひ!!」
驚きすぎてソファからずり落ちそうになった。
「どうかした?」
十夜は鞄を胸に抱きながら恐る恐る正面の席に回り込むと、案の定ソファに寝そべったままの八花が悠々とくつろいでいた。
その手にはこの場に似つかわしくない木彫りのお面を大事そうに抱えていた。
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