第6話 妹、襲来 後編

 次に妹が目を覚ましたのは15時を過ぎたころだった。

「おはよー!アニキ、おなかすいた。なんか食べさせて」

 寝癖をつけた頭で寝ぼけながらそう言った。

「もうおそよーだよ。もう15時だけど時間は大丈夫か?」

「だいじょーぶ!チケットはもう取ってあるし会場は近いし。まあすぐに用意して出ないといけないけどね」

「OK。なら簡単なものでいいか?作ってやるから寝癖、直してこい」

と妹を急かすように洗面台へ送ると冷蔵庫を開けて今作れる簡単なものを考えた。

「卵と高菜があるしチャーハンでも作るか」

とフライパンを火にかけた。

彼女の手料理はとてもおいしいものだったが簡単なものなら負けない自信はあった。かれこれ独身生活まもなく10年。独身男料理は大得意だ。

「アニキ―、そういえばあの人はどこ行ったの?」

と寝癖を直して彼女のことを聞いてきた。

「彼女が図書館に用事があると言って出かけたよ。夕方には帰ってくるって。今日の晩御飯も作ってもラうようにいっといたからライブ楽しんで来いよ」

「ほんと!アニキさいこー!そういうとこだけあいしているぜ!」

「そこだけかよ。いいから早く食っていってこい」

「はーい」

 そして妹は、手早く食べると動きやすい服装に着替えて出かけていった。

 俺は特にやることもないからと買うだけになっていた本を手に取り、ソファに寝転がって読み始めた。

 しばらくして肩をつつかれたことで目が覚めた。本を読みながら眠ってしまっていたのだった。

「お昼寝されるのでしたら布団を使われた方がいいですよ」

声の主を見ると彼女が帰ってきていた。

「ああ、寝るつもりはなかったのだ。本を読んでいたらうとうとしちゃってね。お帰り」

と言うと彼女はとてもかわいらしい笑顔で

「ただいま戻りました。すぐに夕飯の準備始めますね」

と言いエプロンを手に取った。

「もしかして買い物も済ませちゃった?ごめんね、結構重かったのじゃない?」

「いえ、今日は冷蔵庫の余っていた野菜とかを使ったカレーですし、そこまでは重くなかったです」

「そっかごめんね。ありがとう」

「いえ、居候の身ですので、これくらいやらせていただきます」

と少し申し訳なさそうな顔をして台所に立った。そして、

「妹さんはいつごろ帰ってこられますか?」

と聞いた。

「あーっとライブだから早くても10時を過ぎると思う。まぁ、簡単に温められる状態にしておいてくれたらいいよ。アイツが帰ってきたら俺が温めるから気にしないでいいよ」

と言い、彼女の手伝いをしようと台所に立った。

「俺も、手伝うよ。カレーだから簡単だし、これでも一人暮らしは長かったから、少しは料理ができると思うし」

と言うと、彼女は微笑みながら

「では、お言葉に甘えさせていただきますね。最初にご飯を炊いていただけたらと思います」

と言いなれた手つきで野菜を切り始めた。

 いつ見てもその手つきはとてもなれたもので毎日ご飯を作っているのではないかと思うほどだった。他の家事も良くできていてとても家庭的な女の子だと改めて感じた。

 30分後、あらかた料理は終わっていた。カレーは残りもう少し煮込めば完成となり、サラダも色鮮やかにポテトサラダまで手作りで作られていた。

「改めてみるとすごいな、これは」

「そんなことないです」

「いやいや、一人暮らしが長かったからわかるけど、料理って結構手間かかるから一人だとまあいいかってなるから。正直、君が来てからの方が食生活はだいぶましっというか、まともになった」

「食生活は生きていくうえで大事ですからね。自分が食べたい量で調節もできますし、頑張ってみてもいいのかもしれませんよ?」

とかわいく首をかしげながら彼女は言った。そして

「あ、そういえば明日はお仕事でしたよね?お昼はどうされますか?」

と聞いてきた。

 すっかり忘れていた。

「適当になんか買って食べるよ」

と俺は言うと

「では、お弁当をおつくりいたしましょうか?」

と彼女が提案してきた。正直ありがたいが会社に急にお弁当を持っていくとなにか勘ぐられそうな気がして嫌だったので

「いいよ、いつ食べられるかわからないから。この時期だし腐ったりしたら大変だから」

と、傷つけないようにやんわりと断った。

 取引先の企業がだいたい土日は休みだから何もできないからと休みになっている俺の会社。営業やら資料作成やらめちゃめちゃな時間でさせられて、いつ昼休憩が取れるのかわからない、加えて突然仕事を増やして帰っていく上司がいる。週休2日ということ以外はブラックな会社だ。そりゃり離職率も高くなる。俺も辞めたい。

「そうですか、わかりました。でもお体には気を付けてくださいね」

とすこし残念そうに、そして俺を気遣う声で彼女は言った。

 そして、彼女は

「お風呂のお湯を張ってきますので、鍋を見ていてください」

と言い去っていった。

 事実を伝えただけとはいえ、俺はどういえばよかったのだろうか。

 夕飯を2人で食べた後、お風呂に入る順番で少しもめた。

「明日は、お仕事なのですから先に入っていただいてゆっくりしてください」

「いいよ、君が先に入って。今日家事とかいっぱいしてくれたから疲れているでしょ」

「大丈夫です。なので先にどうぞ」

そういって互いに平行線で10分くらい続いた。

決着は俺が

「後に入る人がいるとゆっくりできないから、先に入ってゆっくりさせて」

と言い彼女を納得させて着いた。

 彼女にこんなところで頑固な態度を取られると思っていなかったので拍子抜けしていた。

 2人で順番にお風呂に入り、テレビを見ていると

「ただいま~」

と大きな声をあげて妹が帰ってきてドアを開けた。

「おかえり、楽しかったか」

と聞くと

「も~さいっこうだった」

という言葉を皮切りにライブが良かったのか、でもここはこうしてほしかったなど早口で話し始めた。

 毎回ライブの度にその話を聞いていたので俺は慣れていたが、隣にいた彼女は驚いて目を丸くさせていた。

 俺は、区切りのよさそうな所で

「わかった、わかったから風呂入って来いって。明日は早いのだろ」

と言い妹を風呂へ行かせた。

 妹は夜行で帰るのではなく、親父から新幹線のチケットを買ってもらっていて帰りは新幹線で帰り、そのまま学校に行くそうだ。制服はあるが毎日着ていく必要がなく、指定日だけの着用で明日は指定日でないみたいだ。時間はぎりぎりになるが今更1日遅刻したところで何も影響はないみたいだ。

 妹の元気な鼻歌が風呂場から聞こえてくる。未だに驚いて動けない彼女に俺は

「ごめんな、驚いただろ?」

と声をかけると

「ええ、びっくりしましたけど、本当に好きなのですね。妹さんは」

と言った。

「あいつはそのバンドが好きっていうより音楽が好きなのだと思う。あいつ自身軽音部でバンドやっていてさ。よくメンバーと喧嘩しているみたいだけど、その内容が聞いていたらライブの演出とか演奏法とかの話ばかりでさ。正直俺はあんまり詳しくないからわからないけど、あいつが楽しそうに話すからさ。いつも全部聞いてやっているのだよ」

と愚痴をこぼすと

「優しいのですね。正直あなたみたいなお兄さんのいる妹さんがうらやましいです」

と優しい声で言った。俺は首を振りながら

「そんなことないよ。親の反対押し切って勝手に家を出て、置いてけぼりにして。ダメなアニキだよ。俺は」

と否定した。しかし、彼女はまっすぐな瞳で

「そんなことないです。少なくとも妹さんはダメなお兄さんとは思っていないと思います。じゃないと、わざわざ泊りに来たりはしないですし、あんな風に呼びかけたりしないですよ」

と言った。俺は

「家がこんなところにあるから便利なアニキと思っているかもね」

とごまかすようにしか返せなかった。

「アニキ―なんの話しているの?」

妹が風呂から上がってきて声をかけてきた。

「別に、お前には関係ない話だよ。ってこらパジャマくらいは着ろっていつも言っているだろ」

「にひーなに妹で欲情しちゃうの?バカアニキは」

「ばーか、風邪ひくからに決まっているだろ。ほらさっさと部屋にいってきて来い」

と部屋に無理矢理押し込んだ。そして扉越しに

「明日何時に出るのだ」

とだけ聞いた。

「んーとね、7時過ぎのだからここを出るのは早くても6時半かな」

と返事が返ってきた。

「わかった。じゃあ明日6時に起こしてやるから、もう寝ろ。おやすみ」

とだけ言うと

「おーあしてるぜアニキ、おやすみ~」

と返ってきたのを聞いて戻った。

 リビングに戻ると彼女がうとうとと船をこいでいた。俺は彼女の肩をつついて

「眠いならベッドに行った方がいいぞ」

と起こした。

彼女は少し寝ぼけた声で

「じゃあ連れってて」

と言った。

 俺は少し動揺した。いくら寝ぼけているとはいえ、その甘えた声を聞いたことがなかったからだ。まるで子どものような声は普段大人っぽくふるまっている彼女からは想像できない声でギャップにやられたのだった。

 そんなことを考えていたが、俺は再び彼女を起こそうと肩をつついた。

 しかし、一向に目を覚ます気配はなく、仕方がないので彼女に毛布を掛けて俺は床で寝ることにした。


 翌朝、固い床の上で寝ていた体は予想通りバキバキだったがアラームを6時に設定し無理矢理に起きた。ソファを見てみると彼女はもういなかったので途中で目が覚めて部屋に戻ったと思った。立ち上がってあくびをしながら軽く伸びをしていると声をかけられた。

「おはようございます。夕べはすみませんでした。」

 彼女はもう先に起きていて、キッチンのところに立っていた。

「朝食、もうすぐできますので、妹さんを起こしてきてください。」

と言うとお皿を出し始めた。もう朝食を作っていたことに驚きつつ

「おはよう。分かったありがとう」

と遅ればせながら言い、妹を起こしに向かった。

 妹を起こすとそこからは大忙しだった。

 朝から支度でバタバタする妹をせかし、俺も会社に行く用意をした。時間的に駅まで送った後そのまま出社という形になるだろうからだ。

 2人とも用意が終わると玄関まで彼女が送り出しに来てくれた。

「二人共、お気をつけて」

と言うと妹は

「2日間ありがとうございました。ごはんとてもおいしかったです。あとアニキは渡しませんから」

と言い家を出た。

 彼女は困った顔をしながら

「あー、嫉妬されちゃいましたね。そんな関係じゃないのに」

と言った。

 俺も靴を履いて立ち上がると

「じゃあ、行ってくるから」

と言い

「あ、それとこれ」

と言い手を出した。

「家の合鍵。無いと困るでしょ」

と家の鍵を彼女の手に握らせた。

「え、でも」

 困った顔で何か言おうとしたから

「いらないなら、ポストにでも入れておいて、じゃあもう時間だから」

と言い玄関を開けて外へ出た。

 外に出ると妹が何か言いたげに見てきたが無視をして

「時間ないのだからいくぞ」

と言い足早にエレベーターへ向かった。


 新幹線の時間にはぎりぎり間に合い、妹は少し不機嫌そうに乗っていった。

 何が不満だったのかは全く分からなかった。俺はそのことを疑問に思いながら会社に出勤した。

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