見知らぬ仲間

「記憶喪失?」


 快活な青年は噛み砕くように、眠そうな顔をした男性の言葉をもう一度繰り返した。


「詳しいことは、ここを出てから、ですねぇ。とりあえず、カト君、転生魔法陣の準備をぉ」

「は、はい」


 顔面蒼白で狼狽えていた少女、カトはすくっと立ち上がった。自分がやるべきことを言われたからか、幾分か落ち着きを取り戻したかのように見える。


「場所は、どこになさいますか?」手に白い石を持ち、何やら地面に書き始めている。

「そうですねぇ、私の、ああ、いや」彼は一寸黙り込み「ガネット君、君の家を、少しお借りしても?」


 後ろの方で壁に背を預け、こちらをじっと静かにして見つめていた猫目の女性、ガネットは無言のまま頭を縦に振った。


「カト君、ガネット君の、家までぇ」

「わかりました」


 彼女は瞬きもせず、迷いもせず、手を止めることなく地面に模様を書き込んでいく。大小様々な丸と、見たことのない文字を組み合わせているようだ。


「なあ、トイラーの部屋じゃ駄目なのか? お前の部屋ならここから近いし、道具もたくさんあるだろう?」


 褐色肌の青年は、先程まで指示を出していた男性、トイラーに問いかける。


「そうしたい、のですがね。私の家は、人が多い街の、中ですからねぇ。記憶喪失、この四人だけ、知っていれば、いいでしょう」

「ああ、そうか」納得した青年は、深くため息を吐く「俺だったら真っ先にそこを選んじ待ってたなあ。ラズリだったら──」

 俺を一瞥し、口を閉ざす。そしてトイラーに向き合い、

「トイラー、やっぱりお前が俺たちと一緒に来てくれて良かった」彼は眩しく笑う。

「当然、ですねぇ」彼は照れ臭そうに笑った。


「皆さん、準備できました」

 そんな中、一人黙々と作業していたカトの声に、皆が彼女を見た。俺も彼女に視線を向けると、何やら地面が光っている。


「さて、行きます、かぁ」

 トイラーの一声に、皆がお互いを見渡し頷いた。

「ラズリ、立てるか?」

 青年の声に俺も無言で頷く。


 目覚めたら見知らぬ場所と人たちで頭が混乱する中、更に追い討ちをかけるように自分の常識やら現実とやらをひっくり返す出来事が続き、ただ黙っているしかなかった。


「ほらここに立って」

 青年に促され、光る輪の中に入る。

 五人で入るには少し狭く体が密着し合っている。

「すみません、急いでいたもので少し狭くなりました」

 中央に立っているカトはこの中で一回り小さいらしく、どうしても上目遣いになってしまう。密着している状態での上目遣いに、俺はたまらず少し体を離そうとした。


「──ダメ」


 それを察知したのか、カトを挟んで対面しているガネットが俺の腕を掴んだ。凛としたよく通る綺麗な声だ。

「ああ、この輪から、外れない様にぃ」

 何故、と浮かんだ疑問を口に出す前にカトが何かを呟いた。



 体が引き延ばされるような感覚。ごうっと風を切るような音が耳元で響く。自分の天地がひっくり返り、ぐわんぐわん体を回されているような気分だ。三半規管が一発でやられてしまい、目も回る。これが一呼吸する間に起こり、足が地面に着いた時、俺の体が傾いた。

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