第一章 見知らぬ世界

見知らぬ場所

「──ま」



 誰かの名前を呼ぶ声で、徐々に意識が目覚める。頭はガンガンと痛むが、不思議なことに体は軽症のようで、さほど痛くない。



「──様」



 可愛らしい少女の思い詰めた声だ。いや、よく聞くと少女以外にも数人いるようだ。ガチャガチャと金属がぶつかり合う音や話し声が反響している。


 ここは病院、なのだろうか?

 恐る恐る目を開けると、真っ先に飛び込んだものは、ゴツゴツした岩肌だった。


「良かった。目を覚まされましたね」

 頭上から先程の声が聞こえる。視線をその先に向けると、端麗な女の子が俺を覗き込んでいた。 

 細く柔らかな亜麻色の髪。白く透き通る陶器のような肌。梅の花に似た唇は丸く小さく、その隙間から覗く小さい歯と濡れた舌が艶かしく、どきりとした。

 泣いていたのだろうか、長い睫毛に囲まれた瞳は潤み、艶めいていた。群青色のまるで宝石のようなそれは、美妙で、俺は吸い込まれるように見つめていた。

「ラズリ様? そんなに見つめて、如何なさりましたか?」

 少女は困ったように笑う。鈴を転がすような声が耳に心地よい。ずっとそばで聞いていたいほどだ。


「ラズリ、やっと目が覚めたんだな」

 爽やかな男性の声もする。彼は少し離れたところにいたらしく、こちらに向かってガシャガシャと擦れ合う金属音が近づいてくる。そして少女のすぐ横に座りこちらを覗き込んだ。

 褐色の肌に、月の光を想起させる白い短髪のコントラストが印象的な、快活な青年だった。


 さらに、彼に続いて向こうから人が駆け寄ってくる。

 臙脂(えんじ)色の長い髪を一つに束ねた猫目で気の強そうな女性と、蒲公英(たんぽぽ)の様に鮮やかな色をした髪を適当に結い上げた、垂れ目で眠そうな顔の男性だ。


 どうやら、ここは病院ではないらしい。まだ靄(もや)の残る頭で考えていた。

 それならこれは夢なのだろうか。しかし、夢にしては妙にリアルだ。


 ひんやりと冷たい空気に漂う、ジメジメした苔の香り。体の下に何か厚手の布をしいているようだけれども、背中からはデコボコした硬い地面の感触が伝い、手の平はゴツゴツとした岩肌を撫でている。そして頭はじんわりと暖かく、人肌の様だ。



 人肌?



 俺はガバッと体を起こした。まだ万全の体調ではなかったことに加え、勢いよく動きすぎたせいで頭がクラクラし、軽い吐き気もする。



 しかし確かめたかった。



 後ろを振り向くと、件の少女は正座をしており、彼女の太腿を覆うふわりとしたスカートには、丸い窪みがあった。



 それは今まで彼女は俺に膝枕していたことを意味する。



 途端に意識してしまい、興奮と恥ずかしさで顔に血が昇り体温も上昇する。鏡なんか見なくても、赤顔していることがよく分かる。

「あの、大丈夫でしょうか? 顔も赤いですし、まさか」

 正座を倒す形で前にのめり、膝と左手を支えに、右手をこちらの額目掛けて伸ばしてくる。当然、まるで花の妖精のような顔も近づき、俺は逃げるように後ずさった。


「何だか、様子が、変ですねぇ」

 後ずさった先には眠そうな顔の男がいて、その人にぶつかってしまう。彼はそのまま俺の肩を押さえつけるように掴み、後ろから覗き込むようにまじまじと顔を見つめる。


 その様子を見ていた人たちも、怪訝そうな顔でこちらを見てくる。

 色とりどりの髪と肌と瞳。そしてよく見ると皆、コスプレのような服装をしている。加えて、人によって多少異なるが、共通して宝石のような物を身につけている。それが松明の灯りと合わさってゆらゆら揺れるように光っている。幻想的だ。


 さらに言うと俺も同じ様に、見覚えのない金属製の鎧と、体を覆うほどの厚手のマントを纏っていた。腕には深海のように真っ青な石を付けた腕輪も着けている。


 夢だろうか、そういう疑問はとうに消えていた。

 後ずさった時壁に手をぶつけ、鮮血が滲んでる。その鮮烈な痛みがはっきりと頭を目覚めさせた。


 ここは、どこだ?

 いや、それよりも、

「なんで、俺はここに? それに誰ですか、貴方たちは」

 方々で小さく悲鳴が上がる。

 目の前の少女は血の気が引いて、白い顔がさらに白くなっていた。

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