マリーゴールドの花を添えて
鬼多見 林檎
序章
大学受験に失敗し、何とか滑り込んだ私立大学では意義を見いだせず、そのまま大学に行かなくなり、休学からの退学。真正面から両親の顔を見ることが出来ず、ずっと自分の足元ばかり見ていた。
反省の姿勢も、言い訳の言葉も出ず、ただただだんまり。最初は何かしらあったのかと心配していた両親も、今ではため息ばかり。案の定、呆れられたらしい。
何か言わなければと絞り出した答えはただ一言。
ごめんなさい
返事はなく、またため息だけが聞こえた気がした。
そうなるとますます両親を見ることができず、そのまま部屋に引きこもっていた。
あれから気がつけば三年の月日が経っていた。
負い目を感じ、それとなく遠ざけていたSNSのアカウントをほんの気まぐれで開いてみた。数少ない友達をフォローし、友人もフォローしているリアルなアカウント。だけどほとんど見ることはなく、投稿することもなく、最早ただそこにいるだけ。まるで幽霊みたいな。
もう一つの架空のアカウントの方が生き生きしているから可笑しな話だ。だけどこちらはゲームでキャラを作るかのように自分を作成できるからいい。誰も正解なんて知らないし、誰も現実を求めない。そうだろう?
つまらなくなったら、ポンと消せばいい。それで、何もかもリセットできる。簡単な話さ。
そんなアカウントだけを見てきたから、久しぶりに開いたアカウントは眩しくて仕方がなかった。
避けていた現実を目の当たりにされ、自分の現状を直視された気がした。
何か一つ投稿したもんなら、数十の眼が、俺を嘲笑してくる。自分を下に見て、馬鹿にしてくる。そんな世界だった。
考え過ぎかも知れないと、思った。けれど、自分は誘われていない飲み会の、笑顔の写真が、答えなんだろう?
俺の世界は広いと思っていた。友達だって、現実には少なくても、そこにたくさんいると。
答え合わせをしようか。聞こえないはずの声が聞こえた。
見てご覧、ペケがいっぱい。差し出された見えないはずの解答用紙。
これが学校のテストなら赤点でも零点でも、補習すれば見逃してくれるけれど、残念ながら過ぎた年月にそんな都合のいい受け皿はない。
それに気がついた時、頭を殴られたかのような衝撃が走り、手が震えた。
嫉妬を通り越した瞋恚(しんい)の炎に身を焼かれ、自分を顧みては慟哭(どうこく)し、他者を見下し愚弄し続けてきた日々が空虚で、八畳一間の井戸の蛙(かわず)はおたまじゃくしで夢見てたんだ。
ぐるぐると、行き場のない感情が体を走り回り、爆発寸前。
どうにもならないその衝動に身を任せ、着の身着のまま家を飛び出した。
そして俺は死んだ。
目の前には大型トラック。目を見開き、驚いた顔の運転手。慌てて急ブレーキをかけようとしているが、もう間に合わない。
体全体に衝撃が走り、ポンと軽く飛ばされた。何かのアトラクションのように、町全体が一望できた。小学校のグラウンドを走る児童や、その遠くにある中学校の屋根まで見えた。
徐々に下がる視界の片隅で、血の気が引いたトラックの運転手がこっちを凝視している。まだ若く二十代のようだ。
道路に叩きつけられて、もう一度体がバウンドする。
ぐしゃり。
嫌な音が体内で響く。手足は折れているのか焼けるように痛み、衝撃で体が弾けたのか、遠くに自分の耳が見える。内臓もぐちゃぐちゃなのか吐き気が襲い、息をするだけでも肺が悲鳴をあげ、口内が血で満ちる。
そこで俺の意識は途絶えた。
もう一度いう。俺は死んだ。
わらって。しんだ。
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