見知らぬ森
「大丈夫か!」
隣にいた褐色肌の青年がすぐに気づき、俺の腕を掴み地面に倒れないよう肩を貸してくれた。がっしりとした体格が頼もしい。
「カイヤ君。どうやら、彼、酔ってしまった、ようですねぇ」
どこから取り出したのか、トイラーが瓢箪のような入れ物を俺に手渡してきた。
「しゃがんで、目を瞑って、深く、息を吸って」
カイヤと言う名の青年の肩を借りたまま地面に座り、目を瞑って深呼吸をする。
深く、ゆっくり、鼻から息を吸い、肺に新鮮な空気をため込む。そして、今度は長い時間をかけて、細く、ゆったりと、口から息を吐き出していく。
ぐるぐるとした目眩に似た感覚が少しずつ治り、気分は大夫良くなった。
目を開けて改めて周囲を見渡すと、ここは、溺れるような草木の緑と咲き乱れた花々とが織りなす、色彩豊かな森だった。
息を吸うたびにむせ返るほど濃い空気が押し寄せてくるが、その清澄な空気は体を隅々まで清めてしまいそうなほどだ。何十年、何百年と生きてきたであろう大樹も連なり、畏怖の念まで覚えてしまう。
ふと、手に持ったままの物を思い出した。瓢箪のようなそれは、振るとチャポチャポと水音がする。中に何が入っているようだけれど、蓋もなく、どこから飲めばいいのか分からない。
「分からないのか?」
そばで見ていたカイヤが手を伸ばしている。俺はそれを彼に渡した。
「これはこうやって、先っぽを刃物で切って」
腰につけている小型のナイフで手際良く、一際細くなっている部分を切り落とした。
「美味しいから、飲んでみな」
彼に手渡されたそれの中を覗いて見ると、実の中は白く、液体は無色透明だ。匂いはほんのり胡瓜のような香りがする。
恐る恐る口をつけると、適度に冷えた液体が口の中を走り、喉を潤していく。やはりどことなく胡瓜に似た味がした。しかし後味はさっぱりとした甘さがあり不思議な味だ。そして気分が落ち着いてくる。
「気分は、良くなり、ましたかぁ?」
トイラーの問いに大丈夫と応え、頷く。
「それなら、行きましょう」
俺に立つように促し一本の大木を指差す。
幹は太く真っ直ぐ伸び、途中からいくつか枝分かれし、それぞれに太い枝が伸びている。そのうちの一つに木造の小屋が建っていた。いわゆる、ツリーハウスというやつだろうか。
そのツリーハウスは思っていたより高い場所に建築されていた。正確な数字は分からないが、信号機より少し高いぐらいだろうか。そしてその高さから太いロープが三本ぶら下がっている。
嫌な予感がして周りを見ると、皆気にすることなくそのロープを支えに足を使って上に登っている。他に階段などは見当たらず、手段はこれだけのようである。
比較的細いトイラーやガネットでさえ軽々と登り、カイヤに至ってはカトを背中に負ぶっているのに、それを物ともしない。
鍛えたことがない自分には出来まいと思いながらも、見様見真似で登ってみる。ところが意に反してスルスル登ることができる。
嘘だろう。心の中で驚愕する。
ああそうか、この体は俺のものではないんだ。そして納得する。
この体は俺のものではない。それは徐々に実感していた。
ここの人たちは俺のことをラズリと呼んでいるが、それは俺の名前ではない。しかし分からない。何故この体に。
いや、そもそも今自分の身に何が起こっているのか何一つ分かっていない。
ただ漠然と理解していることは、今まで生きてきた世界とは全く別の、魔法やら何やらが日常の世界に来てしまったことだけ。
黙々と体を動かしようやくツリーハウスにたどり着く。体感時間としては五分くらいだろうか。大きく一息を吐いただけで息切れは一切なく、むしろ軽度の疲労感が心地よいぐらいだった。
この人も随分と鍛えているらしい。
樹海の景色を眺めながらそう考えていた。
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