第6話 の

 どれくらいの時間が経過しただろう。


 時計のカチコチという音は聞こえてくるが、数えていないので分からない。


 そのせいか、それともおかげか。目に見える時間の流れがないことで、いつまでもこうしていられるような気がした。


 いつの間にか、それは浅いものから深いものに変わり、自分のものでないそれが口内を這い回っていた。


 同時に、僕のそれも彼女の口内を侵し、互いの唾液は既に同じ温度になっている。


 初めてだからか息の吸い方が分からず、しばらくすると互いに口を離してしまう。彼女の口から僕の口へ、ねっとりとした橋がわずかな時間だがかかっていた。


 呼吸が苦しかったからか、はたまた別の理由か。僕と彼女は激しく肩を上下させる。


 ここからの展開に、僕は密かに胸を膨らませたが、その期待を裏切るように彼女はこう言った。


「帰りましょう」


 僕は戸惑った。だが、やはり無理にこの先へ進む勇気はなかった。

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