第3話

次の日ぼくは約束通りにゆーじと一緒に罠を見に行くことにした。

先に来ていたゆーじは虫取り網を持って堂々としている。


「何で虫取り網なんか持ってんの?」

「勉強不足だな。これは虫取り網じゃなくてタモ。タモアミ!」


言われてみれば少し虫取り網より棒の長さが違って、編み目が細かいような気がする。


「ね、ね、本当に行くの?」

「行くよ。何ぼうっとしてんの? 早く早く」


一時の不老不死のためになんだってそんなことしてるんだ?

こいつ。ぼくはそう思ったけど何とか口にしなかった。ぼくはとても偉くかしこいと思う。


ゆーじは鼻歌を歌いながら数歩先を歩いている。鼻歌のメロディは最初シーラカンスをとりにいこうだったはずがいつの間にかあんたがたどこさに変わっていた。

ゆーじは得意そうに罠は池の片隅に仕掛けられていると言って笑う。ぼくは罠に何も掛かってないことを願った。



池の片隅。あまり人も来ない静かな場所。

ぼくらは人魚の罠よりも先に焚火を見つけた。


よく見ると、見知らぬおじさんが何かを焼いていた。


おじさんはヒゲがまばらに生えていて、髪がぐしゃぐしゃ。モップに似ている。

全体的に汚い。前に通学路で見たノラネコと汚さはどっこいどっこいだろう。

罠の方へ近付いていくと焼き魚とぞうきんの匂いがした。

焼かれているのは小型の人魚。小型犬と同じような大きさ。目は大きく見開かれ、ところどころ焦げ付いている。


ぼくは顔をしかめて鼻をつまんだけれどゆーじは平気そうだった。


ゆーじは焼いているものに目を向けた。


「人魚取られた……」


明らかに落ち込んだ声。

真っ先に思うことがそれなのか、とぼくは思う。



ゆーじは、おじさんに近付いて行った。


「おじさん、その人魚この辺で見つけたの?」

「ああ、その辺に引っかかってた。……あの罠作ったの君? 手先器用なんだな」

「自信作だったんだよ。……おじさん、人魚ちょっとちょうだい。元々そこに罠仕掛けたのオレだから」

「そっか。じゃ、一番脂が乗ってる部位は君のだ」

「やった」


ちょいちょいと手招きをするゆーじ。仕方なくゆーじの方に寄る。


「ぼうっとしてないで早く食べよ」

「えー……いや、いい……いらない……」


ぼくは食べるのを断った。


「何で?? じゃあ人魚おじさんと二人で食べるけど? 本当に良いの?」

「良いよ。ぼく魚苦手だから」

「カルシウム取らないと駄目だろ」


人魚からはそういうの取りたくない。話し合いの末結局ぼくは人魚を食べずに済んだ。


それからゆーじは美味しそうに人魚を食べながら楽しそうにおじさんと話している。

ぼくはとても居心地が悪い。仲間外れはなれているけれども。


「……白身だけど、味が赤身の馬刺に似てる……。コウネとはまた違う……何だこれ……」


「バサシ? 何それ?」

「馬の肉。桜肉」

「へえー。馬って食べれるんだ」

「食べれるさ。人間、何だって食べれる」


「何でも?」

「何でもだよ。本来は」

「ふーん……」

「まあ、食わず嫌いしないで色々食べれば良いよ。多分俺みたいな大人にならなくて済むから」

「食べ物でそんな風になる?」

「なるよ」


おじさんはぼくとゆーじが知ってるタイプの大人じゃなかった。大体の大人はかっちりしててうるさいのに、おじさんはそうじゃない。

先生でも親みたいなのでもない。

悪い人ではないけれど良い人でもない。よく分からない人だ。

ぼくはやることもないから遠まきに二人を見ていた。


 

「そういえばおじさん。なんで人魚食べようと思ったの?」


ゆーじはぼくが気になっていたことを質問した。おじさんはシカトするように向こうの方を見た。


「ねえねえなんで? なんで? 教えてよ? 単純に食べたかったから? そうなの? ねえ」


「不老不死になって人生やり直そうと思ってな」

「やり直し?」

「不老不死になってそれ専門のところで働こうって思ってな」

「専門? そんなところあんの?」

「あるさ。不老不死にしか出来ない仕事は世の中に沢山あるんだ」

「でも勝手に不老不死になったら除去されるよ?」

「除去? ああ、それに関してはおじさんは大丈夫」

「なんで?」

「許可貰ってるから」

「えー……良いなあ」

「ええやろ」

「良いーなあー……」



ゆーじは良いな、良いなと言い続けてその内おじさんの周りを回り始めた。おじさんは変な顔してゆーじを見続けながらも人魚を喰い続けた。

それから食べ終わって、おじさんとゆーじは手を振って別れた。


その後ゆーじは不老不死を除去され学校側からも親からもこっ酷く大目玉を喰らった。

何故人魚を食べて、不老不死になったことがバレたのか。それはぼくにもゆーじにも分からなかったけれどぼくとしては予想がつく終わりだった。


それから何日か経って、ゆーじも人魚のことを言いださなくなった。ぼくから人魚について聞いてみてもそもそも人魚って何だっけと言われた。

ゆーじは食べた人魚のことも、概念としての人魚のことも覚えていなかった。


何があったのか、何をされたのかは知らないけれどロクな事じゃないんだと思った。

ぼくはそのことを大人の人にも聞かなかったし、ゆーじにも強く聞かないようにした。

そんなことをすればぼくは大変なことになるかもしれなかったから。



あのおじさんはちゃんと不老不死になったのだろうか、と時々思う。

不老不死になってやる仕事についてはネットにも本にも載っていなかった。


けれどぼくには想像力があるからたぶん分かる。


「ロクなことじゃない」



ゆーじは今日も人魚を忘れたまま生き続けている。おじさんはきっとゆーじやぼくよりも長く生きる。

ぼくは分からない。

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勝手に人魚を捨てないでください @Rene

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